第13話 犯人を追ってます

「何それ?着ぐるみナンパなの」

「そうかなあ。向こうが勝手に放り込んで来たの。ナンパとしたら、どうして女ってわかったのかなあ」

「桃子一人じゃあ危ないから私も一緒について行ってあげる」

 勝手にエリカは同行を買って出た。

 寿司屋に行くのは、乗船客の自由で、旅行代金には、含まれてない。

 三度の食事代は含まれるが、カフェ、バー、寄港地での自由タイムでの飲食、観光は乗船客の自腹である。

 船内では、こうした施設が多数存在していた。

 寿司屋(松風)は、完全予約制でしかも滞在時間は、最大二時間と決められている。

 と云うのも、やはり人気寿司店と云う事もあり、一人でも多くのお客様に利用されるようにと、店主の計らいでもあった。

 桃子とエリカが行くと、すでに田所は一番奥のボックス席にいた。

「いやあ、お呼び立てしてすみません」

 すくっと田所は、立ち上がり会釈した。

「こちらは、エリカさんです」

「よろしく」

「桃子の保護者です」

 挑む目つきでエリカは睨んだ。

 座ると、すぐに予め予約してあったのか、握りのお任せコースが出て来た。

「決して誤解しないで下さい。私は何も桃子さんをナンパするためにここへやって来たんじゃないのです」

 まるで、桃子らのこころの内を見たかのように云った。

「じゃあ何者ですか」

「実は、私はこう云う者です」

 きちんと二人が読めるように、桃子には日本語、エリカには英語版の名刺を手渡した。

(国際警察機構・特殊捜査課 田所光夫)

「刑事さんが、何故私に用なんですか」

「実は、ある人物を追ってまして。その人物が(平安)クルーズに乗船の情報をつかみましてね。それで今回、私も乗船しました」

「だったら、さっさと逮捕すればいいでしょう」

 エリカはにぎりを食べながら云った。

 もっともな意見だった。

「それが、奴は変装の名人でね」

「じゃあ、どうやって見つけるんですか」

「そこで、桃子さんにぜひともご協力していただきたいんですよ」

「はあ。あのう、そう云った重要な事は、私の上司、姉川陽子に云って下さい」

「そう。そんな重大な事は、あとはフロアマネージャーのポールに云えば」

 エリカも追随した。

「はい、お二方には、もうご挨拶してます」

 あっさりと田所が云い返したので、桃子らはがくっと来た。

「どうして、よりによって私なんですか」

「そう。ライティングガール・桃子に頼むより、フィリピン人ウエイターで屈強な男達沢山いるからね」

 エリカは、一旦箸の手を休めて云った。

「着ぐるみ、タラップちゃんなんです」

「はあ?」

 田所の云ってる意味が分からず、思わず桃子とエリカは、顔を見合わせた。

「奴は、着ぐるみが大好き人間なんです」

「で、その犯人は女性ですか。男性ですか」

「どちらでもあります。先ほども云いましたが、何しろ変装の名人なんですから」

「じゃあ、何を目印に見つけるんですか」

 桃子は開き直った。

「癖です」

「癖?」

 桃子とエリカは同時に聞き返した。

「ええ、先程も云いましたように、奴は部類の着ぐるみファンであり、特に着ぐるみの匂いフェチなんです」

「匂いねえ」

「もっと他に特徴はないんですか」

 桃子は食い下がった。

「ありません」

 あっさりと田所は云いのけた。

「じゃあ、もっと肝心な事云います」

「どうぞ」

「例えば私が見つけて、田所さんに引き渡したとします。でも犯人が否認したらどうするんですか」

「ああその点は大丈夫です。奴の指紋照合アプリを我が、国際警察は開発してまして、このようにスマホを当てて、失礼」

 田所は、桃子の手を取り、スマホを当てる。

「ノーの表示が出ました」

 次にエリカにもした。

「同じくノーでした」

「で、奴はどんな犯罪を犯したんですか」

「それは捜査上の秘密でして、ここでお二方にお話しするわけにはいきません。申し訳ございません」

 田所は深々と頭を下げ、率直に謝った。

「何だか、怪しいなあ」

 さっきから桃子は自室に戻り、何度もつぶやいた。

 帰り際、田所は、有力な情報があれば、部屋に来てくださいと云って、ルームナンバーを教えてくれた。

 それは「平安」の中でも、最上のスペシャルルームだった。

「私もそう思う」

「ミーティングの時、云ってみる」

「平安」航海中、ミーティングは各セクションごとの、小さなものから、部門を越えた全体ミーティングまで多岐にわたる。

 もっとも航海中は、すでにお客様が乗船されており、二四時間色々な部署が稼働中なので、全体ミーティングは、滅多に開催されない。

 その代わり、細かいお知らせは、「平安」乗組員専用メールで知らせていた。

 そこには、緊急メールシステムがあり、緊急時、電話していても、ゲームしていてもチャットしていても、ネットしていてもアラームと共に、それらの行為は全て自動的に遮断され、緊急メールが告知されるシステムだった。

 桃子がスマホを取り出して、乗組員画面を見ると、すでに陽子とポールから同様のメールが届いていた。

(・・・ですので、これからは捜査に協力する意味で、タラップちゃんの登場が多くなる企画を行いますので、ご協力下さい。陽子)

「何だ、奴の云ってる事は、嘘じゃなかったんだ」

 画面を見ながら、桃子はつぶやいた。

「だったら、タラップちゃん、頑張ってね」

 エリカは、笑いながら桃子の肩と頭をぽんぽんと叩きながら云った。

「あのさあ、何で私だけ着ぐるみなの。もっと他の人がやればいいでしょう」

「やらない」

 短い一言を返す。

「どうして」

「暑いから」

 大笑いしてエリカは、ベッドの上にダイビングして笑い転げた。

 確かに二回目の着ぐるみは苦行だった。

「具体的にどんな感じ?」

 と問われてみれば、

(スチームの濃い、サウナの中で、口を塞がれた状態)

 と桃子は思う。

(大体、何で照明の仕事の私が、着ぐるみなの。フィリピン人スタッフにやらせればいいじゃん)

 思いのたけを陽子のメールに書いた。

 すぐに返信が来た。

「フィリピン人も皆、断られた。外国人から見たら、あの中に入るのは、相当勇気がいるそうです。宗教観の違いかなあ。もちろん私も嫌ですから、念のため。だから、あなたは重宝されているのよ!頑張ってね!」

 陽子には珍しく、桃子を持ち上げる内容のメールでもあった。






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