第12話 再び、着ぐるみの中へ!

 船での生活を続けるようになって、一日、一日、桃子はある強い思いがこころの中で芽生えて来るものを感じ取っていた。

 それは、船は地球に似ていると。

 船は、海の中を、地球は、宇宙の中で、どちらも果てしない航海を続けている。

 どちらも、好きであろうと、嫌いであろうと、その中で生活しないと生きて行けない。

 いやだからと云って、外に出られない。

 これから先、科学が進めば、人類も地球以外の星で生活するようになるだろう。

 しかし、今は地球にしか住めない。

 船の生活がいやだと云って、海に飛び込めない。

 船の中の人達は、運命共同体と云えた。

「だからいいんだ」

 と云う人もいれば、

「だから嫌なんだ」

 と叫ぶ人もいるだろう。

 船の中で、誕生日を迎えるお客様がいる。

 乗船名簿から、航海の間に誕生日を迎えるお客様をあらかじめ、リストアップしている。

 大体、他のクルーズ客船でもやっているのは、誕生日を迎えたお客様のディナーの時に、ハッピバースデーケーキや、品物のプレゼントだったりする。

「平安」では、さらにグレードアップしたサプライズを用意していた。

 まず誕生日の朝。

 メッセージ付きの赤い薔薇の花束が用意される。

 それは、お客様が朝食に行かれた間に、部屋のテーブルに置かれる。

 そして、お客様の誕生日の日の毎朝新聞も用意される。

「平安」は、毎朝新聞と提携していた。

 またお客様のフェイスブックにも「平安」から、アクセスしてお祝いのメッセージが添えられる。

 さらに・・・。

「これ、今夜読んどいて」

 ぶっきらぼうに、陽子は桃子に、レジメを渡した。

「何ですか」

「明日のサプコンの進行表」

「サプコンって何ですか」

 陽子は、髪の毛をかきむしり、

「読めばわかる!」

 レジメの表紙を指先で、何度も叩きながら陽子は、叫ぶ。

 これ以上聞くと、甲板から身を落とされるぐらいの、あまりの剣幕に、

「はい、わかりました」

 と、レジメを持って、慌てて自室に飛び込んだ。

 今夜、エリカは、

「野暮用」

 と云って部屋を出て行った。

 一人で気楽にベッドでレジメを読む。

「サプコン」とは、サプライズ・コンセプトの略だった。

 それには、誕生日を迎えるお客様の名前は書かれていない。

 個人情報の保護の点からかもしれない。

(お客様にスポットライトが当たる)

 あの数百名いる広いテーブルで、一人にスポットライトを当てるなんて無理。

(これは、前日、本人に情報が漏れないためのものなのだ)

 と桃子は思った。

(タラップ、お客様とダンスを踊る)

 タラップとは、出港の時、乗船客を迎えた「平安」のゆるキャラ人形、着ぐるみだ。

「えええっ!じゃあひょっとして、私はスポットライト担当じゃなくて、着ぐるみなの!」

「そうよ。あなた以外、誰がやるの」

 翌朝、確認を込めて、桃子は着ぐるみの件を質問した。

 その答えが、これだった。

「じゃあ、スポットライトのフォローは」

「エリカがやるから心配ご無用」

 メインテーブルは、基本的に自由席だ。

 しかし、日本人の習性と云うべきか、日を追う事に、だんだんそれぞれの指定席が出来上がって来る。

 自分がいつもの席につく。

 周りを見渡す。同じ顔ぶれが集う。

 これは、日本人特有の性格らしく、外国人はそうではないらしい。

「日本人の几帳面な性格の現れね」

 エリカの分析だった。

 夕食タイム。

 日々、クルーズ客船は、さらに南下して次の寄港地、台湾を目指していた。

 今夜は、南の温かい風を受けながらの夕食だった。

 沖縄を出てから、一気に気温があがる。

 甲板から受ける風も、神戸を出る時の爽やかさから、夏の匂いと汗ばむものに、僅かな時間で変化を遂げていた。

 陸地よりも如実に天気や風の変化を身体で感じるのが、船旅だった。

 乗船客が、定刻時間を目指して、続々と集まる。

 時間をきっちりと守るのも日本人の特性、性格だった。

 その証拠に、定刻には、九割の乗船客が、テーブルの席についていた。

 その人達を桃子は、着ぐるみのタラップちゃんの中で待ち受けていた。

 最初の乗船の時の初めてのお出迎えに、顔を紅潮させ、やや興奮気味だった乗船客も、二回目となるとかなり冷静だった。

 その大半は、ちらっと見て、後は素通り。

 数少ない反応する人は、ごつんと頭を軽く叩いたり、撫でたり、握手したりしてくれた。

 頭を叩かれる度に、鈍い振動を受ける桃子だったが、全く無視されるよりは、ましだ。

 夕食が始まる。

 すでに、神戸港を出港して、途中松山、沖縄を経由していた。

 時間の経過とともに、船の中での新しい出会いが生じて、初日に比べ、随分と賑やかな空間が出来ていた。

 夕食が始まって一時間後。

「ではここで、お客様にお知らせがございます。今回のクルーズ旅で今日、誕生日を迎えられるお客様がおられます」

 今日は、司会を務めるポールだった。

「その人は、田所光夫さんです」

 瞬間、スポットライトが一人の男に投射される。

「さあ、行って!」

 桃子の耳に、ポールの指令が飛び込む。

 早速駈ける。

 はあはあ息して、近づく。

(この暑さは何だ)

 乗船した時の神戸港は、まだ爽やかな風があった。

 しかし、今は、南国特有のむっとした湿気を帯びた重い空気が桃子を取り囲む。

 もっともそう感じたのは、着ぐるみを被っている桃子だけだった。

 桃子が、いや、タラップちゃんが近づくと、田所の方から抱きついて来た。

(ノリのいいお客さんでよかった!)まず桃子は思った。

「田所様、お誕生日おめでとうございます」

「有難う」

「実は田所様、タラップちゃんから、素敵なリクエストがございます」

「何でしょうか」

「お二人には、このステージで踊っていただきましょう」

「弱ったなあ」

 顔に少し照れ笑いを浮かべる田所だった。

 タラップちゃんに先導されてステージに上がる。

「では、踊っていただきましょう。客席の皆様もご一緒にどうぞ」

 場内の明かりが暗くなる。

 タラップは、田所と踊る。

「実は、きみに頼みがあるんだ」

 耳元で何か云っているが、よく聞こえない。

 そのゼスチャーを桃子はした。

 すると田所は、メモ用紙に走り書きして、空気穴の喉に、紙を投げ込んだ。

 終了後、控室で着ぐるみを脱いだ時に、ぽとっと落ちた。

 汗で、紙片は濡れていた。

「このイベント終わったら、寿司屋(松風)でお待ちしてます」

 と記され、携帯電話番号らしきものも、記載されていた。







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