第13話 実況7

 画面は選手の力走から、コースを紹介するCGに切り替わった。


 日本地図が現れ、そこから石川、金沢と範囲を狭め、金沢市内の地図に合わせて、女性の声でナレーションが始まる。


「北陸の中心金沢、加賀百万石の城下町を巡るコースです。西部緑地公園陸上競技場をスタートすると、毎日玉子の特売で客を釣るスーパーマーケットから、県道8号線を北上します。選手は15キロポイント、みなと2丁目の交差点から金沢市の中心に向かいます。ひがし茶屋街、近江町市場おうみちょういちば、金沢一の繁華街香林坊こうりんぼうを抜け、金沢城公園、兼六園と、観光名所をこれでもかと巡り、犀川さいがわを渡ったあと、万馬券を見事になくした鈴木邸前から、住宅地へと入っていきます。39キロ過ぎ、再び犀川さいがわを渡り川沿いのコースへ。42キロ地点、酔っぱらいが誤って落ちた示野橋しめのばしを渡れば、ゴールの陸上競技場は目と鼻の先です。人生が決して平坦ではないように、人生マラソンのコースもフラットではありません。その分、過酷なレースが期待できます」


 上空のヘリコプターからは、同じ公園内にある、県立野球場側の道路を走る選手をとらえている。


 画面下に、高低差のグラフが表示され、石野アナウンサーが補足する。


「ご覧の通り、高低差が60メートルのコース。選手にとっては厳しいレースになるでしょうが、本来、人生というものは、山あり谷あり」


「そうですね。特に大半の選手は、坂道を転げ落ちるのは得意ですから・・」


「守田進や坂井友哉あたりは、もう奈落の底にまで落ちている感じがありますね」


「ええ、人生のアップダウンが激しいですから、せめてコースぐらいは、フラットがよかったと思っているでしょうね」


「さて、気象コンディションですが、競技場を出た時点で11度。昨日は18度を越えていましたから、それに比べますと、急速に冷え込みました」


「まさに、リーマンショック後の景気と同じですね」


「そして北北西に4メートルと、選手にとってはやや厳しい風」


「人生マラソンにとっては、比較的いいコンディションと言えるでしょう」


「なるほど。先ほどから少し雲が出てきましたが、大きな天気の崩れはないと思われます」


「でもまあ金沢という街は、『弁当忘れても傘忘れるな』と言われるほど、雨の多い所ですから、どうなるかわかりませんよ」


「晴天ばかりの人生はなし。さぁ、選手が緩やかにカーブする道路を、西へと向かって走っていきます」


 色とりどりのウエアと、仮装・着ぐるみの選手たちが、軽快に走っていく。

徐々に列は長くなり、ところどころに、プッツリと空間ができ始めた。


「ペースメーカーは、人生マラソンの場合、最後尾に2人です。黄色いナンバーカード10番、20番を付けています。画面右側、朝比奈化成あさひなかせいの桜井亮太。結婚式当日に、新婦が逃げ出すという、韓流ドラマにありがちなシチュエーションを経験しています。そして画面左は、ケニアのピーター・オルワです。来日して、わずか3日目での大役。この2人が39キロ、大豆田まめだ大橋まで選手を追い込んでいきます」


「要するに、羊の群れを追い込む放牧犬、鬼ごっこでいうところの、鬼の役割ですね」


「選手はペースメーカーに捕まった時点で、リタイアとなります。ですからこのマラソンは、タイムレースではありませんが、ゆっくり走ってもいられないということになります」


「前方には障害、後方からはペースメーカーが迫ってきますから、ともに注意が必要ですね」


「それが、世知辛い人生を生き抜く試練」

「そうです」


「また、センサーを取り付けましたリストバンドを、各選手がしています。バンドはどちらの手首にしてもいいわけですが、地面に触れてしまうと失格になります。さぁそれでは、招待選手のリストを見てまいりましょう」


 画面の右隅に、国内招待5名、海外招待4名のリストが出てくる。


「瀬古さん、先ほど紹介した3人の他に、注目する選手といえば、誰になるでしょうか」


「そうですね。去年の大阪人生マラソンで、長居陸上競技場の手前で、惜しくもリタイアした加古川しゅんですね」


 灰色のウエアを着た加古川峻が、先頭集団の一番後ろを走っている。

 えらの張った顔で、見た目は根暗な印象だ。


「加古川は現在第1集団後方、ナンバーカード24番。ひきこもり続けて、はや8年目。ずいぶんと暗いウエアを着ています」


「心の色ですかねぇ」


「代々、医者の家系に生まれた加古川。医学部以外の受験は許されず、浪人が決定した時から、ひきこもりが始まっています」


「両親は皮膚科専門の開業医ですから、一人息子を継がせたいという思いが強いんでしょうね。本人は料理が好きで、専門学校に行きたかったそうですが、母親が未だに、がんとして受け付けないといいますから・・」


「医者の家系なら、専門学校では体裁が悪い、ということでしょうか」


「まぁ、それもあるでしょう。完全に親のエゴです」


「ひきこもりが長期化しますと、肥満や運動不足になりがちですが、加古川の場合、かなり体を作ってきている感じがしますね」


「そうですね。長い距離を走り込んで、スタミナの強化に努めてきたようですね。トレーニングで、筋力もつけていますよ」


「そうなりますと、ひきこもりというよりは・・」


「ニートでしょうね。親が裕福ですから、差し迫って働く必要はありません。現在は26歳、ですか?」


「26ですね」

「無駄な20代になりますね」


 固い表情で走る加古川峻の姿が映る。


「去年はもう少しで完走、というところで、リタイアしました」


「最後の最後まで、気を抜いてはいけないという教訓を、得たと思いますよ」


「まぁ、ゴール目前のリタイアですから、かなり悔しい思いをしたんじゃないでしょうか」


「あまりのショックに、またひきこもったそうです」

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