第11話 実況6

 黄色いコップをひっくり返したような形のマスコットが、スターターの台に上がっている。


「スターターは、のとドン」


 のとドンの胸に、『ほっと石川』の文字が書かれている。


「これは、能登のと半島の形をモチーフにしたゆるキャラ。まさに県をあげての観光PR」


「抜かりないですね。喉元のどもとにあるハートマークは、能登じまを表しているそうで、こののとドンの嫌いなものは、プリンだそう・・」


「さぁ、スタートまであと10秒を切りました」

 石野アナウンサーが、解説の途中であっさりと話をさえぎる。


 のとドンがピストルを構え、競技場のスピーカーから、

「位置に付いて」

と、ゆるキャラのイメージを損なう、上擦ったかすれ声が流れたあと、パァンと快音が青空に響いた。


 選手が一斉にスタートを切る。


 石川県警察音楽隊が演奏する『人生いろいろ』の曲とともに、選手がトラック上を走っていく。


「世界への切符を目指して、うだつが上がらない選手たちの、熱き42.195キロが始まりました。第10回金沢人生マラソン」


 選手がトラックから、

『背水の陣! 第10回金沢人生マラソン』

と書かれた、第1ゲートの下をくぐる。


 両サイドから、白い煙が噴射され、紙吹雪が宙を舞った。


「すごい紙吹雪ですねぇ」


「はたして、この西部緑地公園陸上競技場に戻ってくるのは、何人になるのでしょうか。今年のワールドカップで、ジャパンのユニフォームを着るのは、一体どの選手になるのでしょうか。それぞれの事情を背負った選手たちの、恥も外聞も捨てた仁義なき戦いが、今始まりました」


 コマーシャルのあと、放送センターが映る。

 石野アナウンサーと瀬古敏文が、カメラ目線になった。


「さぁ、選手たちがロードへと出ていきした。ここで放送体制をご紹介しましょう。障害がありますので車は通れません。したがって、第1移動車、第2移動車とも、バイクリポートとなります。第1移動車は日本陸上競技連盟、長距離ロード委員会委員長代行・松村幸彦さん。第2移動車は、HTVの田辺アナウンサーです」


 選手たちは、公園前の出入口から左折して、県道196号線を走る。

 右手には、2008年にオープンした総合スポーツセンター。左手には西部緑地公園があり、沿道の桜並木は満開から、やや散りかけていた。


「人生マラソンのホームページを開設しています。アドレスはご覧の通りです」

 画面下にアドレスが出てくる。


「また、リモコンのdボタンを押しますと、リタイアした選手が、リアルタイムでご確認いただけます」


 選手は長い列を成していた。

 先頭集団は、早くも稚日野わかひのの交差点で左折し、公園の正面にあたる出入口を通過していく。


「さぁ、3500人の中から、災い転じて福となすのは誰なんでしょうか。天に選ばれし1人は、どの選手になるのでしょうか。桜の花びらは風にあおられ、必死の抵抗もむなしく、無残に散っています」


「こういう感じで、少しずつ選手たちも散っていくんでしょうね」

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