第9話 実況5
スタートが間近に迫り、列をなす選手に、ピリピリとした緊張感が漂い始めていた。
「ワールドカップ日本代表を勝ち取るのは、どの選手になるのでしょうか。注目の3人に加えまして、国内招待選手は5人。海外招待選手は4人となっております。そのうち、アメリカのマイケル・ターナーは、10年も定職がない失業者。ナンバーカードは17番」
最前列の真ん中で、そばかす顔のマイケル・ターナーが、口をすぼめて強い息を吐く。狩りをするライオンのような目つきで、前方をにらんでいた。
「瀬古さん、海外勢では、このマイケル・ターナーがかなり脅威になるかと思いますが・・」
「そうですね。アメリカは雇用情勢が大変厳しくてですね、1年以上も職がないという失業者は、3人に1人なんです。その1人に、見事入っていますから・・」
「まだ33歳という若さ」
「ええ、特に若年層の失業率が、上昇していますね」
「去年の9月中旬に、ニューヨークのウォール街でデモがありましたけれど、そのデモに、タダでピザにありつくため参加」
「世渡りはよさそうですけどねぇ」
「大学を卒業した年に、リーマンショックが起きています。その余波で失業。現在に至っています」
「確かに2008年のリーマンショックから、失業率が上昇していまして、若年層の失業と、所得格差の拡大というのが、今のアメリカを大きく揺さぶっています。マイケル・ターナー選手は、リーマン・ブラザーズの破綻によって、大きく人生を変えたわけですから、その無念さ悔しさを、このレースにぶつけてくると思います」
マイケルが、両手で頬をピシャリと叩く。
「ああ、気合が入ってますね」
「力み過ぎはよくないですよ。何事も、80パーセントの力でいいんです」
「80パーセントですか?」
「そうです。100パーセントの力を出し切る必要はありません。かえって力が入り過ぎて、結局、思うような成果は得られないんです。80パーセント程度でいいんだ、という気持ちの余裕、これが必要なんですね」
「つまりそれは、マックスで戦うな、ということですか?」
「そうです。余裕こそが、100パーセント以上の結果を生むんです。スポーツは特にそうですね。一流選手は技術が
「となりますと、マイケル・ターナーは、もう少し気を楽に持てということですね?」
「まぁ、実生活が、そうさせなくなっているんでしょうね。気の毒です」
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