第7話 実況4
「スタート5分前となりました。ここで有力選手を、VTRで紹介いたしましょう」
大型モニターは、スタート地点に並ぶ選手の映像から、ロック調の音楽にのせたVTRに切り替わった。
水色のトレーニングウエアを着た1人のランナーが、田んぼの中の一本道を走っている。
その姿に合わせて、ナレーションが入る。
「連覇を狙うコンプレックスの
解説者の瀬古が画面の左下に現れ、
「昨年の優勝者なんですが、モテたという話は、一切聞こえてきません。収入も少なく、四重苦は必至」
と、コメントする。
そのあと、プロレスラーのような体格を持つ上半身裸の男が、ジムのランニングマシーンで走る姿が映る。
「株の大損、泥棒被害、果ては恋人商法にまで引っかかった男、守田進」
「まさに負のスパイラル。幸運の女神も、救いの手を
と、解説が入る。
最後に、夜の繁華街で、ガラの悪い連中から、必死で逃げる男が映ると、
「キャバクラ嬢に貢いで借金地獄。利子が利子呼び400万円。坂井
「クララに夢中だそうですが、間違いなく、クララはお金に夢中です」
やけに冷めたコメントのあと、
「新たな伝説を作り、歴史に名を刻むのは誰だ!」
ナレーションにエコーがかかり、VTRが終了すると、再び画面は、トラック上の選手を映し出した。
「さて瀬古さん、ナンバーカード15番の西宮ですが、気の毒といいますか、身につまされるといいますか・・」
「そうですね。チビ・デブ・ハゲ、1つや2つなら持っている人は大勢いますけども、3つそろうというのは、ある意味奇跡ですね。まさに天は、悪い方の三物を与えてしまいました。こういう人は強いですよ」
「・・といいますと?」
「人はコンプレックスがあるからこそ、それをバネに飛躍していけるわけです。逆に言えば、コンプレックスのない人間は、高みにのぼることはできません。西宮の場合、ダイエットに励んで、何とかデブから脱出しようとしたんですが、唯一、努力によって改善できそうなコンプレックスも、アルコールの誘惑には勝てなかったようです」
前にせり出した腹を、片手でポンと叩く姿が映る。
「確かにビール腹ですね。意思の弱さを感じます」
「コンプレックスは健在ですから、今年も優勝候補筆頭です」
「ナンバーカード33番の守田はいかがですか?」
「注目の選手ですね」
「それは・・?」
「選手の中では、一番アスリートらしい体格をしています」
「確かに胸板は厚いですし、筋肉が肩から腕にかけて、異常な盛り上がりを見せていますね。走ることに必要な筋肉なのか、という気はしますけれども・・」
「まぁ、そうは言いましても、人生マラソンはスポーツですから・・」
「オリンピックこそありませんが、ワールドカップのあるれっきとした競技」
「そうです。ですから、まずは体ありきなんですね。普通にフルマラソンを走るだけでも大変なのに、障害物までありますから、下半身だけではなく、上半身も鍛えておかないと、完走はできません」
「12番の坂井はどうですか?」
「女性にだらしない、というところでは優勝できますね」
「しかし西宮と違って、ルックスはまずまずといいますか・・」
「確かにそうですが、キャバクラ嬢を舐めてはいけませんよ。どんなにルックスがよくても、財力がなければ、客としての価値はゼロですから・・。彼女たちはイケメンより、福沢諭吉の方が好きなんです」
「なるほど。万札ですね」
「所詮商売ですから、吸血鬼の如く吸い取られます。血がなくなれば肉を食われ、肉がなくなれば骨までしゃぶられます。カネのつながりは、カネがなくなった時点で切れるのは、世の常、人の常。今どきの小学生でもわかります」
「カネというパイプラインを切らないために、借金が膨らんだわけですね」
「まぁ坂井の場合、女性だけが問題でもなさそうですから・・」
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