第9話キミ

 1


 

 私の生い立ちは、他とは違う。

 望まれてもいないのに、この世界に生きる宿命をもらう。 

 ううん、みんな生きる宿命は、望んでいない。

 勝手に産まれる。

 望んでいるのは、父と母でみんな勝手に産まれる。



 その所が少し違う。  

 私は……



 会社にいくクルマの中、免許を取ったのは高校卒業後だった。

 高い費用だったようだ。

 私は一切払ってないから、わからないけど。

 わかる必要もない。

 何故なら、私にはスポンサーがいる。



 会社の駐車場に着いた。

 クルマを置き、会社を見上げる。

 ここは私の職場。

 さて、行こうかな。



 2



 私は出勤前数分以内が、モットーだ。

 要するに仕事始まる少し前に、職場に入る。

 おはようごさいます、形式的にする。

 みんながやる気なさそうに、笑う。

 それが、解答だった。


 

 「おはよう、吉村さん」



 やる気なさそうな挨拶で、キミだけは違っている。

 優しい笑顔に、今日も来てよかった。

 心が弾む。

 つまらない職場が、キミのおかげで楽しくなる。



 メールを開く。

 いつもの、儀式だった。

 そこに私の仕事があり、仕事の結果がある。

 何もおかしなことは……ある!



 この書類が何故、隣の部署の課長から来るの?

 それも指摘事項があり、それを他の課長に見られている。

 これは一体どういうことなの。

 あのバ課長は何を考えてる。

 見てなさい……



 3



 「アドバイスを頂くかも知れませんが、その時はお願いしてよろしいですか?」

 


 キミは謙虚だね。

 そして素晴らしい。

 隣の部署と私の部署は、同じ部屋にある。

 だから聞こえる。

 聞き耳を立てていることも、聞こえる理由ではあるけど。

 隣の部署に私は書類をチェックする振りをして、立ちすくんでいる。

 私が何故ここにいるか?

 大声を上げるためだ。

 私は舐めた真似を許さない。

 そうやって生きてきた。

 


 「コレくらいは、簡単な見積だ! 全く! まあ、その時はアドバイスをしてやる」



 バ課長がキミに、あのカレに偉そうにしている。

 仕事もできない癖に、腹立たしい。

 私はことを、起こす。

 私の上司であるバ課長を懲らしめるために。

 隣の課長も巻き込んで、大事にするために。

 私はこんなんだと、教えるために!



 3



 隣の課長とのやり方を聞き、バ課長が焦って止めに入る。

 隣の課長に謝り、私に謝り、ざまあ見なさい! そんな気持ちだった。

 だいたい指摘事項もよく見たら、どうでも良いことじゃない。

 こんなのは、他の場所なら素通りするわ。

 一体何を考えてるのか?

 

 

 みんなが集まり、止めに入ってくる。

 時間が経つ度に人が増える。

 私はバカをしている。

 しかし、だから何? 私は一人だ。

 こうやって生きている。

 こうやって生きてきた。

 そして、こうやって生きてい……。

 

 

 私の視線に、キミが入る。

 


 私は間違っていない。

 正しいことをしている。

 こうやって生きていく……。

 何故だろう。

 私は情けなくなった。

 みんなに背中を向けると、デスクに戻る。

 その中には、キミもいた。

 これでいい。

 そう、これでいいんだ。

 そう……これで……。



 4


 

 お昼休み。

 洗面所に入り、鏡を覗く。

 人気はない。

 私は待つ。

 すると、鏡の中の私が泣いている。

 もちろん私は、泣いていない。

 泣いているのは……



 「麻衣子、アナタは可哀想な女、麻衣はわかる。だけど、心を閉じないで」



 『麻衣』が泣いていた。

 私のあのときを、責めている。

 私は伏し目にして、唇を噛む。

 


 「麻衣子、人間はね、ああやって生きていく、そんなことは無理なの。できないの! だから彼を見た瞬間、情けなくなったんだよ」



 『麻衣』が言う。

 少し心に響く。

 そうだ。

 そうなんだ。

 キミが私を引き戻してくれる。

 キミの存在は、私の未来に居てほしい。



 「麻衣子、今、確か彼はご飯食べてるよ。いっしょにおじゃましなよ。あんな所で、あれをやる麻衣子なら、できるよね?」



 私は少し躊躇った。

 あんな派手なことを平気でするのに……。



 「ガンバレ! 麻衣子ならできるよ。麻衣がついてる」



 『麻衣』が泣きじゃくり、私を励ました。

 私は、キミと会話したい。

 それは……私は顔を上げ、頷いた。

 『麻衣』が笑いながら、消えていく。

 そこにはいつもの、私がいた。



 5



 私はラーメンを食べている。

 正直、あまり美味しくはない。

 それを無言で、食べている。

 食べることで、気持ちを落ち着かす。

 落ち着かす? 何故? 

 私は相席をしている。

 四人席の対角線状に、私はキミを意識する。

 真横にはおこがましい、対面はそんな仲じゃない。

 無難な距離感で、キミを感じている。 

 遠い……そう感じた。

 とっさに口が開く。

 そして何気に、バ課長のつきあい方を聞く。

 私の目障りを、キミに使ってしまった。



 「課長だって、それなりに経験してるよ。僕はそれを知り自分の今後に生かしたいんだ」



 教科書通り。

 優等生だ。

 私は思った。

 だけど、キミにますます心惹かれる。

 どうやら、手遅れみたい。

 しかし心地いい。

 うん……。


 

 

 

 



 



 

 

 

 

 



 

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