第8話意識する存在
視点が替わっています。
1
気だるい。
今始まった訳でない。
毎日が、ため息しかない。
ピッピピッピ! ピッピピッピ!
目覚まし時計が、私を現実に連れ戻す。
目を開くと、私は部屋にいた。
当然と言えば当然ね。
眠っていたのだから。
目を覚ます。
意識は夢の中に置き去り状態。
無理やり連れ戻すように、背伸びする。
いつもの朝、いつもの儀式、今日が始まる。
私は 吉村 麻衣子 こんな名前である。
低血圧気味な私に、朝起きは億劫で仕方ない。
しかし会社に行かないと、私はご飯を食べられない。
ベッドを降りて、髪を解き、歩き始めた。
仏壇を開く。簡単な仏壇で、安物である。
そこには母が笑っていた。
母が位牌と言う写真に納められ、かなり経つ。
唯一の私の肉親で、唯一の家族だった。
私は生きている。
この世界に、吉村 麻衣子が時間を刻んでいる。
チーンと鳴らし、手を合わせる。
時間を共有できなくなった母に、今日もポツリとつぶやく。
私はいてはいけない存在……しかし生きていきます!
私は呪文を唱える。
私に言い聞かす。
洗面所に行き、鏡を見る。
顔を洗い、軽くシャンプーして、歯磨き前に鏡を覗き込む。
すると鏡の私が、バカみたいに笑いだした。
「おはよう! 麻衣子! 麻衣は今日も元気爆発!」
相変わらず、疲れる。
いつしか私は、『麻衣』といっしょに生きている。
この娘は鏡に存在し、いつも私を見ている。
私と『麻衣』は、別人だ。
例え背丈も顔も同じでも、住む世界が違う。
「ひどーい! また、麻衣子がいじめるぅ」
泣き真似をする『麻衣』に、どっと疲れが出る。
私は軽く謝ると、今日も始まると言う、
「うん、がんばろうね」
『麻衣』が笑いながら、目を輝かせる。
そして消える。
鏡には私が居るだけだ。
さて、歯磨き歯磨き。
2
会社は気だるさを、倍増させる。
生きていくには、来るしかない。
しかしここは、大変な場所だ。
「おい、お前、ちょっと」
隣の彼が呼び出される。
物腰優しい姿に、私は周囲に悟られないようにする。
悟られない、何に?
答えは視線。
私は意識的に、見てしまう。
このふざけた一室で、彼にはどこか惹かれてしまう。
彼が戻る。
メールの書類を、ペーパーにしてくれ!
バカが偉そうに言っていたようだ。
今時、メールを使えない人間がいるなんて。
よく課長になれたものね。
「仕方ないな、紙で提出しないと」
彼の声が、五感を刺激する。
自然と手が止まる。
少しだけ視線を向けると天真爛漫な子供が、そのまま大人になったような彼。
心拍数が上がっていた。
不健康にさせる存在、しかしいっしょに居て落ち着く存在。
私は意味なく、気合を入れる。
だって彼がいるから。
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