第3話 ドライブ

 1


 

 目覚ましアラームがなる前に、僕は布団から起きる。スマホの電源を入れると日時と曜日があった。日時は冬、曜日は土曜とある。土日は休暇だ。待ち焦がれた瞬間、小学生の頃、遠足が待ち遠しくて当日は家族の誰よりも早く起きた。それに良く似ている。違うのは子供の頃はウキウキしていたけど、今は何故だかホッとする。



 会社に行かなくてもいい。なんだかそれだけで、気持ちが安らぐ。ストレスばかりの巣窟に行かなくても良い。



 ストレスのボヤキはここまで、今日は休暇なんだ。仕事は一切考えないことが大切なんだ。なんて言ってること自体が意識している。少し反省をしておく。



 まずは朝ご飯を軽く食べよう。冷蔵庫を開けるとスペースだらけだ。冷蔵庫は一人用で、手頃な小ささだ。つまりは大きくない。だけどスペースだらけであるのは、普段はあまり使わないことの証明だった。


 

 そんな冷蔵庫から、昨日の惣菜の残りを引っ張り出した。そして炊飯器を開けて、ご飯を茶碗に盛り耐熱ガラスのコップにティーパックの緑茶を投入して、ポットからお湯を注ぐ。簡単な朝ご飯で、お腹に食べ物を送るだけだ。味はそれなりに美味しいがやはり味気なさすぎる。それをモクモク食べる。食べ終わったら、後片付けをして顔と歯を洗う。



 水道がやけに冷たかった。仕方ない、季節が季節だから。修行と思いながら、何とか済ますのは毎日同じ。



 部屋の外が明るい。ふと窓を開ける。すると綺麗な青い空が目に映る。雪雲はまるでなく、そらの彼方まで透き通るくらいに青一色だった。



 これは出かけないと、よし! ドライブしよう。気持ちが固まり、これからが決まる。時間は午前で、まだ寒い。太陽は今から昇る。



 2



 僕はクルマを持ってない。結論を言ってしまう。だからクルマをレンタルした。店に行ったのは少し前で、太陽が日の入りを迎えるくらいの時間まで借りる契約をした。



 ストレスが溜まり、もしくは溜まる前に、僕はドライブをする。運転免許証は学生時代に取ったから、クルマは乗れる。レンタカーは正直安くはない。中古を買えるくらいは、持ってはいるけどそればかりに使えない。世間とはいろいろな、お金が必要になる。



 それに今のアパートには駐車場がない。だから必然的に買えない。だからと言って、アパートを替える気はない。今居るアパートは条件がいい。家賃が安めで、交通機関も使いやすい。部屋は狭いけど、一人暮らしには問題ない。



 レンタカーは僕にとって何ヶ月かに一回の贅沢だ。もっと違う贅沢はある人もいるだろうが、僕はこれしかない。



 景色が流れていくのが、何故だかおもしろい。風になる! なんて馬鹿げたことは思わない。だけど思いたくなる、違う! 思ってもいい時間だと考えていいはず。



 エンジンの音を感じ、少しだけ窓を開け空気を切る音を聞き、アスファルトにタイヤが回る音が下半身に響く。全てが心地よいサウンドで気分が少しハイテンションになる。


 

 運転中に僕はBGMを聴かない。正直音楽には興味ない。ただ気分次第で、母さんから貰った昔のミュージシャンの歌は聞く。始めは、そんな昔のなんてと少しバカにしていた。だけど耳にして、なんだかいいな、そんな気持ちになった。口では言い表せない「何か」を感じたみたいだ。だけど今は、エンジン、タイヤ、窓から入る風が僕のミュージックだ。やはりこれが僕には一番!



 僕は海を目指している。いつも海だけど、今回も海だ。海は開放感がある。案内標識には海岸まで距離がある。後少しで海はあるようだ。



 早く海が見たい!



 子供の頃のワクワクドキドキ感は、今も継続している。自然と笑顔になった。さて、目標は間近だ。



 3



 海の見える駐車場にレンタカーを停める。時期も重なり、駐車場にはクルマが一台しかいない。いや僕みたいに冬の海が見たい変わり者が、まだいたことに少し驚いた。それもかなり大きなクルマで家族できているようだ。



 助手席に置いたリュックに目がいく。あまり大きくはないが、鮮やかな緑が映えている。中身は特別なモノはなく、僕が作った弁当箱に水筒がある。弁当箱は食費を浮かすのが目標で、依然に少し嫌な思い出があるために持ってきている。

  


 夏頃、こことは違う場所ではあるけど、地元の食堂に入った。すごく感じが良く、味もなかなかだった。値段を見るまでは……つまり高かった。すると不思議でなかなかの味が、不味い料理に早変わりした。つまりコストと味が全く一致していなかった。



 そのことの失敗から、弁当箱を持ってくることにした。他の人から見れば、おかしなことをしていると思うかもしれない。レンタカーにお金を使い、食堂にお金使わない。



 正直言えばレンタカーを借りるよりは、食堂の方が安いのだから。これは僕の価値観の違いである。



 「それを教えてやったのは、俺だけどな」



 ん? 僕はバックミラーを見た。そこには『俺』が笑っていた。いや違う、ニタついていた。勝手にこいつは!



 「誰もいないだろ! そう大声を上げるな」



 僕はふてくされながら、バックミラーを見ている。バックミラーから顔を外せば強制的に会話は終了するけど何故だかしないし、したくない。



 「本命は海を見ることだから、まあ仕方ないか。とにかく寒いと思うから気をつけろよ。あっさり消えてやるよ」



 すると『俺』は消えた。鏡には冴えない僕がいる。なんだよ聞こえていたのか全く! まあいいや今は海を見て少しセンチメンタルに浸ることにしよう。それが今、僕がしたい癒やしだから。さてと降りよう。



 4



 海から吹く潮風は思いのほか、冷たかった。アウターに付いているフードを被り、耳の冷たさと首筋の寒さから身を守る。少し厚着をしてきたが、耳と首筋だけは無防備になる。フード姿は少し不細工だろう。まあ僕は不細工だから、あまり問題はない。だけど怪しい人間に見られないか!それだけが心配だった。



 背中のリュックから、水筒を取り出す。魔法瓶の水筒には、熱いお茶が入っている。アパートでお茶っ葉を煮出して作ったモノで少し香ばしい。玄米が入っている。それを一口飲む。蓋を開けるとそのまま飲む。注ぎ口が直接飲めるようにできいるタイプでこれはかなり使い込んでいた。そのためか、愛着がある。



 海からの風は、予想以上に激しく寒い。だけど青い空と荒々しい波がとても絵になる。ここに来てよかったと思う。



 浜辺には僕の他にまだ人が、違う家族がいる。家族は四人のようで父親、母親、子供が二人だった。どうやら駐車場のもう一台のようだ。僕と同じ考えての人も、世の中にはいるんだ。何故だか安心した。



 また、海に視線を向ける。荒れ狂う波が、まるで生きているようだ。冬の海を目に焼きつける。なんだか吸い込まれそうになる。そこに可愛い女の子がいる訳ではない。言ってしまえば荒波という化物で、可愛さの欠片もない。だけどそんな荒っぽさに、胸が熱い。



 「おい! どうした! 大事か?」



 いきなり肩を叩かれ、驚き我に帰る。するとそこには、家族で来ていた父さんがいた。



 「この風だから、声が通りにくいのはわかる。だけど、どうした?」



 心配そうな顔をして、僕を見ていた。スミマセン! そう謝ると視線を上げる。そして少し考える。何だろう、見覚えがあるような気がする。



 「当たり前だ! 俺だ俺、安田だ。小学校中学校と同じ学級だった」



 あっ、僕は目を見開いた。確かに彼は安田である。歳はとったけど、面影はどこか残っている。



 「おいおい、俺達まだそんな歳じゃないぞ」



 あははは、確かにそうだった。なんだか月日を感じてしまう。振り返れば昔の時間が見える訳ではないが、生きるという存在に間違いなく刻まれている。僕の刻んだ道のりを安田は、思い出してくれそうだ。



 




 



 



 



 

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