最終話 モン・トレゾール

 時の神のおかげで、チャンスをもらったモノカは、過去のアンティカ通りにたどり着く。

 そこは、穏やかで、アンティーク調のお店が立ち並んでいる。

 自分がたどり着いた場所とは、全く違う。

 モノカは、過去に戻ったと、察し、涙を流しそうになった。


――こうして、私は、過去に戻ったの。私が生まれる前の時代に。でも、アキ君に会うのが怖かったんだよね。だって、いきなり、貴方の娘ですって言ったら、混乱するでしょ?


 実体化し、過去に戻ったモノカであったが、すぐに、「モン・トレゾール」には、行けなかった。

 行ったとしても、どうすればいいのか、戸惑っていただろう。

 いきなり、アキリオに、娘ですと明かすわけにもいかず、モノカは、思考を巡らせながら、アンティカ通りをさまよっていたのだ。


――どうしようかって、一日中、考えてたんだけど、眠くもなっちゃって……。気付いたら、私は、路地裏で倒れてた。


 一日中迷い、途方に暮れていたモノカ。

 夜になり、いつの間にか、モノカは、眠っていたのだ。

 あの路地裏で、アキリオが見つけるまでは。

 アキリオは、推測した。

 路地裏から聞こえてきたのは、モノカの声だったのだと。


――でも、アキ君が、私を見つけてくれた。すっごい、びっくりしたよ。それに、何もいなくて、はぐらかしたのに、住み込みで働かないかって聞いたんだから、もっと、驚いたけど。


 モノカにとっては、驚くことばかりであった。

 アキリオが、自分を見つけてくれるとは、思いもよらなかった。

 しかも、詳細を語ろうとしなかったというのに、アキリオは、住み込みで働かないかと誘ってくれたのだ。

 本来なら、怪しまれてもおかしくはないというのに。


――でも、うれしかった。アキ君と一緒に過ごせて。たくさんの人の笑顔が見れて。お母さんも一緒だったら、もっと、幸せになれたんだろうなって……。


 モノカにとっては、幸せだった。

 アキリオと過ごせたのだから。

 家族として。

 多くの笑顔を見ることができた。

 だが、時々、思っていたのだろう。

 もし、ここに、セイナがいたら、セイナも、自分も、もっと、幸せだったのにと。

 アキリオは、心が痛んだ。

 自分のせいだと嘆いて。

 しかし……。


――アキ君、お願いがあります。お母さんに会いに行ってあげてください。お母さんは、貴方に会いたがってます。引き出しの中に、魔法具が入ってます。作ってみました。うまくいくかどうかは、わかりません。でも、きっと、会えるって信じてる。大丈夫だよ。頑張ってね、お父さん。            モノカ


 モノカは、アキリオに託したのだ。

 アキリオが、奇跡を起こしてくれると。

 セイナの願いを告げて。

 アキリオは、引きだしを開けた。

 そこには、羽が置いてあった。

 しかも、青色の魔法石が、チェーンにつながれて。

 魔法具だ。

 モノカは、魔法具を作っていたのだ。

 アキリオに知られないように。

 アキリオは、羽根を手に取った。


「モノカ……セイナ……」


 アキリオは、涙を流し、羽根を握りしめる。

 そして、モノカの部屋を飛びだし、自分の部屋に入った。

 アキリオは、引きだしを開けた。

 そこには、結婚指輪が入っているケースがあった。

 ずっと、渡せなかった指輪が。

 アキリオは、そのケースを手に持ち、店を出て、走り始めた。


――知らなかった。知らなかった!!セイナの事も、モノカの事も。なんて、僕は、愚かな人間なんだ。自分の事ばかり……。


 アキリオは、後悔していた。

 セイナの事も、モノカの事も、知らないままで。

 つい、先ほどまで、自分の事ばかり、考えていた事を。


――僕は、駄目な父親だ。でも、それでも、会いたいと望んでくれるのなら……。僕は……会いたい……。二人に、会いたい!!


 アキリオは、会いたいと強く願った。

 その時だ。

 魔法石が、光り始めたのは。

 光は、アキリオを包みこみ、飛んでいった。

 セイナがいるアンデル国のカーリナ村へ。



 アキリオは、ゆっくりと目を開ける。

 そこは、いつものアンティカ通りではなかった。

 草原が広がり、何軒か家が立ち並んでいる。

 畑や牧畜も目に映る。

 しかも、山が、家を取り囲んでいるかのようだ。

 別世界にたどり着いたかのようであった。


「ここって……アンデル国のカーリナ村?」


 アキリオは、察した。

 自分は、カーリナ村にたどり着いたのだと。

 モノカが作ってくれた魔法具が発動されたのだと。

 となると、ここにセイナがいる。

 アキリオは、そう確信し、魔法具を左ポケットに、ケースを右ポケットに入れて、歩き始めた。

 その時だ。

 一人の女性が、家から、出てきたのは。

 しかも、中年の女性と共に。


「それじゃあ、モノカの事、お願いします」


「うん、いってらっしゃい」


「行ってきます」


 女性は、中年の女性と話している。

 その女性は、金髪で、ウェーブがかかっていた。

 間違いない、セイナだ。

 アキリオは、確信した。

 中年の女性は、家に入り、セイナは、振り向いた。

 すると……。


「っ!!」


 セイナは、アキリオを見るなり、驚愕し、立ち止まってしまった。


「セイナ、だよね?」


「あ、アキ君?なんで……」


 アキリオは、セイナに問いかける。

 セイナは、戸惑っているようだ。

 なぜ、アキリオが、ここにいるのかと。

 必死に、思考を巡らせるセイナ。

 そして、心を落ち着かせるために、息を吐いた。


「もしかして、魔法具を使った?」


「うん」


 セイナは、悪戯っぽく、話しかける。

 まるで、意地悪をしているみたいだ。

 アキリオを困らせようとしているのだろうか。

 だが、アキリオは、穏やかな表情でうなずいた。


「もう、なんで、追いかけてくるかな……」


「セイナが、寂しがってるから」


 セイナは、観念したように、呟く。

 できれば、ここに来てほしくなかったのだろう。

 だが、アキリオは、正直に答えた。

 セイナの心情を知っていたから。


「迎えに来たんだ。一緒に暮らそう。僕とセイナと子供と」


「なんで、知ってるの?」


「うーんと、魔法で」


「もう……」


 アキリオは、セイナに語りかける。

 一緒に暮らそうと。

 もちろん、アキリオとセイナの子供も。

 セイナは、驚き、問いかけた。

 アキリオが、知っているはずがないのだ。

 自分とアキリオの間に、子供が生まれたことなど。

 アキリオは、苦笑しながら、答えた。

 まさか、未来から娘が来て、教えてもらったとは言えずに。

 セイナは、ため息をつくように、うつむいた。

 見透かされているような気がして。 

 その時だ。

 セイナが、涙を流し始めたのは。


「セイナ?どうしたの?」


「駄目だよ。アキ君。私、アキ君と一緒になれない」


「なんで?」


「だって、アキ君の事、傷つけたんだよ」


 セイナは、アキリオと一緒に暮らせないと断る。

 その理由は、アキリオを傷つけてしまったからだ。

 そんな資格はないとい言いたいのだろう。

 それでも、アキリオは、セイナを優しく抱きしめた。


「セイナ、ごめんね。何も気付かなくて。僕は、自分の事ばかりで……。こんな僕の事、嫌になった?」


「そんなことないよ。だって、アキ君の事……」


 アキリオは、セイナに謝罪する。

 後悔していたからだ。

 モノカから、真実を聞き、モノカやセイナの事をわかってあげれば、二人は、若くして、命を落とさずに済んだかもしれないと。

 アキリオは、セイナに問いかける。

 嫌いになってしまったのではないかと、不安に駆られて。

 だが、セイナは、否定した。

 今でも、アキリオの事を愛しているからだ。

 答えを最後まで、言わなかったセイナだが、アキリオは、察し、セイナから、離れた。


「だったら、一緒に暮らそう。三人で。ずっと、一緒に」


 アキリオは、もう一度、セイナに告げる。

 そして、右ポケットから、ケースを取り出し、セイナに見せた。


「それ……」


「作ってみたんだ。魔法具じゃないんだけど……」


 セイナは、ケースを見た途端、察した。

 ケースの中身を。

 アキリオは、ケースを開ける。

 ケースの中には、結婚指輪が入っていた。

 それは、魔法具ではない。

 何の変哲もない普通の指輪だ。

 だが、アキリオにとっても、セイナにとっても、特別な指輪であった。


「結婚してください。セイナ」


 アキリオは、セイナにプロポーズした。

 ずっと、言えなかった言葉を、伝えることができたのだ。

 セイナは、涙を流した。

 うれしくて。

 セイナは、涙をぬぐい、微笑んだ。


「はい」


 セイナは、アキリオのプロポーズを受け入れ、抱きしめた。

 涙を流しながら。

 アキリオも、涙を流す。

 こうして、二人の想いが通じ合った。

 そして、セイナは、指輪をはめる。

 指輪の裏側には、こう刻まれていた。

 私の宝物モン・トレゾールと。



 月日が経ち、十八年後。

 アンティカ通りは、いつも通りだ。

 あの頃と変わったところもあれば、変わらないところもある。

 「モン・トレゾール」は、後者であろう。

 アキリオ達は、今日も、お店をオープンしていた。

 多くの人が、「モン・トレゾール」を訪れ、魔法具を手にしていった。

 幸せそうに。


「ありがとうございました」


 お客が、魔法具を買い、お店を出る。

 モノカとセイナは、頭を下げて、お礼を言った。

 セイナは、少し、大人びているように見える。

 あの頃、あまり変わらず、美しかった。


「今日も、大繁盛だったね。お母さん」


「うん。皆、幸せそうだったね」


 モノカも、セイナも、嬉しそうだ。 

 当然であろう。

 お客の笑顔が見れたのだから。

 命を落としてしまった二人であったが、こうして生きている。

 本当にうれしい事だ。

 もちろん、モノカは、何も知らないが。


「二人とも、ご苦労様」


 アキリオは、作業場から店に出る。

 魔法具を抱えて。

 年は取ったが、どこか、穏やかだ。

 モノカの父親として、生きたからかもしれない。


「アキ君」


「こら、お父さんでしょ」


「だって、お母さんも、アキ君って言ってるよ?」


「私は、いいの」


 モノカは、アキリオの事を「アキ君」と呼ぶと、セイナが、叱る。

 昔からだ。

 モノカが、物心つく頃から、「アキ君」と呼んでいた。

 セイナが、呼んでいるから、真似をしたようだ。

 セイナは、何度も、注意をするが、モノカは、止めない。

 逆に、指摘されるくらいだ。

 セイナは、自分はいいと、反論するが、まるで、子供のよう。

 そう言うところは、変わってないんだなと、感じ、アキリオは、苦笑した。


「いいよ。アキ君で」


「ほら」


 アキリオは、気にも留めていないようだ。

 「お父さん」と呼ばれることに。

 過去に、未来から来たモノカが、「アキ君」と呼んでいたからであろう。

 むしろ、今のモノカも、呼んでくれるから、うれしいくらいだ。

 モノカは、勝ち誇ったような表情を浮かべ、セイナは、ため息をつく。

 つくづく甘いと言いたいようだ。


「モノカ、これ、並べてくれる?」


「うん」


 アキリオは、モノカに魔法具を渡すと、モノカは、カウンターを出て、棚へ向かう。

 モノカは、棚の前に立ち止まって、魔法具を並べ始めた。

 十八年経っても、アキリオの魔法具は、おしゃれだ。

 だが、それだけではない。

 お客の事を考えて、作ってある。

 そう思うと、モノカは、嬉しそうであった。


「モノカ、幸せそうだね」


「うん」


「どう?いい子に育った?」


「うん。あの時と同じだよ」


 アキリオとセイナは、語りあう。

 あの後、セイナは、アキリオから、聞いたのだ。

 未来のモノカが、過去へ飛び、アキリオと共に暮らした事を。

 彼女のおかげで、店を続けられたことを。

 そして、セイナに会えたことを。

 モノカは、未来からモノカと同じように、優しくて良い子に育った。

 それを聞いたセイナは、心の底から、喜びをかみしめた。

 アキリオは、今でも、思い返す。

 未来のモノカが、アキリオに幸せをくれた事を。


「モノカ、ありがとう」


 アキリオは、モノカに、お礼を告げた。

 モノカに、聞こえないように。

 しかし……。


「ん?どうしたの?」


「何でもないよ」


 モノカは、聞こえていたようで、振り返る。

 だが、何を言っていたかは、聞こえなかったらしい。

 アキリオは、何でもないと言って、ごまかした。

 その時だ。

 一人のお客が入ってきたのは。


「「いらっしゃいませ」」


 モノカとセイナは、声をそろえる。

 そのお客を目にした途端、アキリオは、穏やかな表情を浮かべていた。


「ようこそ、モン・トレゾールへ。待っていたよ」


 アキリオは、お客に語りかける。

 そのお客は、銀髪のウェーブで、真っ白なワンピースを着た少女であった。

 アキリオは、悟ったのだ。

 「彼女」が、ここを訪れてくれたのだと。

 「彼女」は、穏やかな表情を浮かべて、微笑んでいた。



 「モン・トレゾール」は、これからも、続いていく。

 人々が悩んでいるなら、彼らは、寄り添うであろう。

 どうか、願いが叶いますようにと祈って。

 自分だけの宝物が、見つかりますようにと願って……。

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モン・トレゾール~幸せを呼ぶ魔法具店~ 愛崎 四葉 @yotsubaasagiri

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