第四十一話 叶える為に
モノカの手紙は、続いていた。
内容を読むたびに、アキリオの心は、痛んだ。
――お母さんは、アキ君の前からいなくなった後、しばらくは、施設で働いてたんだって。働く場所が見つかるまで。
セイナは、施設に戻ったようだ。
働く場所も、住む場所も見つかっていなかったからであろう。
だからこそ、施設で、働こうと決意したのだ。
だが、セイナは、アンデル国のカーリナ村で、どうしても、働きたかったようだ。
アキリオは、セイナの気持ちを察していた。
なぜなら、以前、セイナが、自分の生まれ故郷について語った事がある。
何もないが、のどかな場所で、心が落ち着くという。
自然に満ち溢れた場所なのだと。
――施設で働いてから、一か月後に、アンデル国にあるカーリナ村で、働く場所が見つかって、そこに移ったの。酪農、やってたんだよ。住み込みで。農家の人達は、温かく歓迎してくれたんだって。
一か月後、セイナは、ようやく、アンデル国にあるカーリナ村に移り住んだらしい。
しかも、酪農をやっていたというのだ。
住み込みで。
おそらく、お腹にいるモノカの為にだろう。
住み込みで働ける場所を探していたのかもしれない。
そして、モノカに見せたかったのかもしれない。
カーリナ村の景色を。
――私も、中学を卒業してから、一緒に働くようになったの。お母さんや農家のみんなは、高校に通いなさいって言ってたけど、そんなお金なかったし……。皆と働く方が、私には、楽しかったから……。
モノカが生まれ、中学を卒業するまで、セイナは、女手一つで育てたようだ。
中学を卒業してからは、モノカも共に働くようになったらしい。
だが、セイナや農家の人達は、高校も通ってほしいと願ったのだろう。
それでも、モノカが、酪農を始めたのは、セイナの為だ。
生活費を稼ぐために。
――でも、私が、十八になった時、お母さんは、病気になったの……。薬も効かなくて……。
だが、悲劇は、起こった。
とうとう、セイナが、倒れてしまったのだ。
病に侵されて。
モノカは、ベッドで横たわるセイナに呼びかけた。
セイナは、虚ろな目をしており、意識が朦朧としている。
病は、セイナの命を奪おうとしていたのだ。
「お母さん、死なないで!!お母さん!!」
モノカは、必死に呼びかける。
農家の人々も、心配そうにセイナを見ていた。
その時だ。
「あ、アキ君……」
「え?」
「アキ君に、会いたい……。本当の事、言えばよかった……」
セイナが、呟く。
それも、意識が朦朧とした状態で。
アキリオに会いたがっていたのだ。
だが、セイナは、後悔していた。
アキリオを傷つけてしまった事を。
だから、会えないと言っていたのだ。
セイナは、ずっと、ずっと、願っていたのだろう。
モノカは、後悔していた。
アキリオに、会せて、あげればよかったと。
しかし……。
「見つけてくる」
「え?」
「私、見つけてくるから、待ってて!!絶対に、死なないで!!」
モノカは、決意を固めた。
最後にアキリオに会わせてあげようと。
セイナの願いを叶えようとしたのだ。
モノカは、部屋を飛び出した。
「モノカちゃん!!」
農家の人達は、モノカを止めようと、走る。
セイナの部屋に入ったモノカは、セイナが、ずっと、大事にしていた魔法具を、アキリオが、作った魔法具を手にして、家を飛び出した。
農家の人達の制止を振り切って。
――お母さんの願いを叶えないと……。お母さんが、死んじゃう……。
モノカは、羽根を握りしめ、走り続ける。
焦燥に駆られながら。
――アキ君に、会いたい!!
モノカは、魔法を発動する。
アキリオがいる「モン・トレゾール」にたどり着くために。
すると、羽根についていた魔法石が、光り始め、モノカを包みこんだ。
その光は、瞬く間に、空へと飛び去った。
モノカを連れて。
光が止み、モノカは、気がつくと、別の場所に移動していた。
そこは、賑やかな街並みがだ。
その街は、多くの人でにぎわっている。
「ここが、アンティカ通り?」
街の風景を見て、モノカは、推測した。
モノカは、アンティカ通りにいるのだと。
魔法は、発動されたのだ。
モノカは、急いで、「モン・トレゾール」へと向かう。
しかし……。
「でも、モン・トレゾールが、ない……」
モノカは、探したが、「モン・トレゾール」の看板が、見つからなかったのだ。
どこを探しても。
焦燥に駆られるモノカ。
早くしなければ、セイナは、死んでしまう。
その時だ。
向かい側にある魔法具専門店で働く青年を見かけたのは。
モノカは、その青年の元へと走り、話しかけた。
「あの、すみません!!」
「あ、はい」
「あの、モン・トレゾールって言うお店、知りませんか?あったと思うんですけど……」
モノカは、青年に話しかける。
その青年は、なんと、リュンであった。
もちろん、モノカは、知らない。
彼が、アキリオの友人であったことなど。
モノカは、もしかしたら、彼は、知っているのではないかと推測する。
しかし……。
「モン・トレゾールなら、十八年前に、閉店したよ」
「え?」
リュンは、衝撃的な言葉をモノカにつきつける。
なんと、「モン・トレゾール」は十八年前に閉店したというのだ。
つまり、モノカが、生まれた頃には、閉店したということになるのだろう。
「で、でも、あったはずです!このアンティカ通りに」
「ここも、もう、アンティカ通りじゃない。シエルの専門店街だから」
モノカは、必死に、問いかける。
アキリオは、ここにいるはずだと信じて。
だが、リュンは、冷たく突き放すように、モノカに、語った。
ここは、アンティカ通りではないというのだ。
シエルの社長であるジンが、アンティカ通りをつぶし、シエルの専門店街に変えてしまった。
アンティカ通りにいたほとんどの人が、追いだされたが、リュンは、運よく雇ってもらえたのだ。
両親は、追いだされてしまったようだが。
リュンは、生気を失ったかのようであった。
今にして思えば、アキリオもいなくなり、祖母との旅行も行けず、アンティカ通りも、潰れてしまった。
希望を失ってしまったのだろう。
「そうですか……。ありがとうございます……」
モノカは、それ以上、問うことができず、その場から、去った。
「アキ君、もう、いないんだ。どこにいるかも、わからないんだ……」
モノカは、さまよい続け、シエル大通りに出た。
セイナが、気に入っていたアンティカ通りも、「モン・トレゾール」も、アキリオもいない。
もう、セイナの願いは、叶えられないと悟ったのだ
モノカは、途方に暮れていたのだ。
だからこそ、気付かなかった。
モノカは、横断歩道を渡ろうとしたが、まだ、信号が赤だったことに。
車が、モノカへと迫っている事に。
「危ない!!」
一人の男性が、叫ぶ。
その声に気付いたモノカであったが、時すでに遅し。
気付いた直後に、車にはねられてしまったのだ。
モノカの意識は、そこで、途絶えた。
――ぼうっとしてたんだ。赤信号だったのに、気付かずに歩いた……。私って、バカだよね……。私は、そこで、命を落としたの……。でも……。
モノカは、車にはねられ、命を落としてしまったらしい。
アキリオは、絶句した。
自分を探すために、アンティカ通りへ向かい、命を落としたとは……。
しかし、まだ、続きがあった。
命を落とした後、モノカは、真っ暗な世界にたどり着いたという。
――会いたい……。会いたいよ……。アキ君に会いたい……。お母さんの願いを……叶えたい……。
モノカは、強く願った。
アキリオに会いたいと、セイナの願いを叶えたいと。
死んでいるとは、気付いておらず。
その時であった。
「その願いを叶えましょう」
――え?
「目を覚ましてください。モノカ」
突如、少女の声が聞こえ、モノカは、戸惑いながらも、目を開ける。
そこは、真っ暗な世界だ。
何もない。
寒いという感覚も、暑いという感覚もない。
だが、モノカの目の前には、銀髪の少女が、立っていた。
「ここは?」
「黄泉の世界です」
「黄泉の世界ってことは、死んじゃったんだ……」
「ええ、セイナも……」
「そんな……」
どこなのかと、尋ねるモノカに対して、銀髪の少女は、淡々と答える。
黄泉の世界と言う事は、死者の世界だ。
モノカは、自分が、死んだことに気付いた。
さらに、銀髪の少女は、告げる。
セイナも、死んでしまったと。
モノカは、ショックを受け、後悔した。
セイナのそばにいてあげればよかったと。
モノカは、涙を流した。
銀髪の少女は、静かに、モノカを見守っていた。
とても、辛そうに……。
泣き止んだモノカは、涙をぬぐい、呼吸をする。
心を落ち着かせることはできないが、それでも、知りたいことがあり、前を向いた。
「ありがとう、教えてくれて。貴方は?」
「私は、時の神です」
モノカは、銀髪の少女に問いかけた。
彼女が、何者なのか、知りたくて。
すると、銀髪の少女は、答えた。
時の神だと。
「時の神?」
「はい」
「本当に?」
「はい」
銀髪の少女が、時の神だと知ったモノカは、動揺する。
まさか、神が、目の前に現れるとは思いもよらなかったからだ。
いや、同じくらいの少女が、神だと思えなかった。
モノカは、もう一度、尋ねるが、時の神は、静かにうなずいた。
「モノカ、貴方は願いを叶えたいですか?」
「……叶えたい。でも、もう」
時の神は、モノカに問いかける。
モノカは、願いを叶えたかった。
アキリオになって、セイナの願いを叶えたい。
だが、それは、不可能だ。
自分も命を落とし、セイナも、命を落としてしまったのだから。
うつむき、言葉を失うモノカ。
しかし……。
「ならば、チャンスを与えましょう」
「え?」
「過去に戻りなさい、モノカ。過去で、彼に会うのです」
時の神は、意外な言葉をモノカに告げる。
チャンスを与えてくれるというのだ。
過去に戻って、彼に会えと。
「彼って、アキ君?」
「はい。彼に会い、未来を変えるのです。そうすれば、彼は、お店を続けられるかもしれない。セイナも、彼に会えるかもしれない」
「未来を変えられるかもしれないってことなんだね」
「あなた次第です。タイムリミットは、一年。それまでに……」
時の神は、話を続ける。
過去のアキリオに会えば、未来を変えられるかもしれないというのだ。
アンティカ通りや「モン・トレゾール」が、なくなることもなく、セイナは、アキリオに会えるかもしれない。
だが、それも、モノカ次第だ。
それに、タイムリミットは、一年間。
それまでに、未来を変えなければならない。
変えなければ、同じ未来が起こってしまうだろう。
アキリオも、セイナも、そして、モノカの願いも、叶えられなくなるかもしれない。
たった一回のチャンス。
だが、モノカの選択は、たった一つしかなかった。
「わかった。私、未来を変える。お母さんの願いを叶えたいから。アキ君に伝えるよ。お母さんの願いを」
「では、貴方に実体を与え、過去に送りましょう」
モノカは、決意を固めた。
過去に戻り、未来を変える事を。
セイナの願いを叶える事を。
時の神は、モノカに実体を与えた。
光がモノカを包みこむ。
これで、モノカは、幽霊としてではなく、人間として、過ごす事ができるであろう。
さらに、時の神は、魔法を発動し、モノカは、また、光に包まれた。
過去に戻るために。
「ご武運を祈っています」
時の神は、モノカに、告げ、モノカは、光と共に消えていった。
過去に戻ったのだろう。
こうして、モノカは、過去に戻り、アキリオと会うこととなった。
未来を変える為に。
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