第四十話 モノカとセイナの物語

 アキ君へ

 この手紙を読んでるということは、私は、もう、消えてしまってるんですね。

 ずっとずっと、言えなかったことがあったので、それを手紙に書きました。

 私は、マリーシャ国の隣の国、アンデル国にあるカーリナ村で生まれました。お母さんの生まれ故郷です。

 お母さんは、国に支援してもらって、働きながら、私を育ててくれました。


 セイナが、アキリオの目から姿を消した後、自分の故郷であるアンデル国で暮らしていたらしい。

 と言っても、生活は苦しかったであろう。

 自分、一人で、働かなければならなかったのだから。

 父親がいないという事もあり、国の支援が、あったのようだが、それでも、やっと、生活ができるほどではなかったのだろうか。

 そう思うと、アキリオは、胸が苦しかった。


――私が、アキ君の事を知ったのは、まだ、幼い頃のことです。十年位前の事だったと思います。お母さんが、アキ君の写真を見せてくれました。その時に、教えてもらったんです。お母さんが、どうして、アキ君に声をかけたのか……。


 モノカが、アキリオの存在事を知ったのは、十年前、モノカが、八歳くらいの頃であろう。



 八歳のモノカは、家でセイナに写真を見せてもらった。

 写真に映っていたのは、セイナとアキリオだ。

 「モン・トレゾール」と言う店で撮ったとセイナから聞かされていた。


「この人が、お父さん?」


「そう、アキ君って言うのよ」


 セイナは、モノカに教える。

 この写真に写っている男性こそが、父親であり、「アキ君」と言うのだと。

 なんて、優しい表情を浮かべているのであろうか。

 この時は、きっと、セイナもアキリオも、幸せだったのだろう。

 モノカは、そう、感じていた。


「アキ君?」


「アキリオだから、アキ君」


「可愛いね」


「アキ君は、最初は、嫌がってたけどね……。私の事も、避けてたし……」


「どうして?」


 セイナは、アキリオの事を語りだす。

 アキリオは、「アキ君」と呼ばれることも、嫌がり、セイナの事も、避けていたのだという。  

 セイナは、気付いていたのだ。

 アキリオの心情に。 

 だが、なぜ、アキリオは、避けていたのだろうか。

 モノカは、わからなかった。


「怖がってたの。私と一緒で……」


 セイナは、語り始めた。

 アキリオは、怖がっていたのだと。

 それは、セイナも同じであった。

 だからこそ、声をかけたのだという。



――お母さんも、怯えていたんです。誰かを失うことを。だから、ずっと、笑顔で、隠してました。アキ君の事は、正直、苦手だったんだって。シエルの社長息子だし、住む世界も違うって思ったみたい。近寄りがたかったって言ってた。でもね……。お母さん、夢を見たの。アキ君の過去を……。


 モノカの手紙には、そう、記されてあった。

 初めて聞いた。

 セイナが、最初は、自分の事を苦手としていることなど。 

 セイナは、そんなそぶりを微塵も感じさせなかったからだ。

 だが、セイナが、苦手だと言っていた理由が、わかる気がする。

 アキリオは、避けていたから。

 だが、それでも、セイナは、アキリオに声をかけてくれた。

 ここで、アキリオは、セイナが、なぜ、自分に声をかけたのか、ようやく理解した。

 セイナは、レーヴ・パッセを発動したのだ。

 おそらく、無意識のうちにだろう。

 苦手であったがゆえに、なぜなのだろうと、アキリオを意思していたのかもしれない。


――アキ君は、ずっと、辛い思いをしてきたんだって。本当は、友達が欲しいのに、それを求めたら、傷ついてしまうから、皆を避けてた。お母さんは、その事に気付いたんだ。だから、声をかけたんだよ。


 アキリオは、孤独だった。

 だが、それは、自分が傷つくのを恐れたからだ。 

 トラウマが蘇えりそうで。

 だから、セイナは、わかってくれたのだ。

 アキリオの心情を。

 アキリオの過去を知ったセイナは、アキリオの願いを叶えようしたのであろう。

 

――お母さん、アキ君と友達になれてうれしかったって言ってた。でも、いつの間にか、恋をしたんだって、アキ君に。でも、伝えるのが、怖くて、言えなかったみたい。


 アキリオと友人になれたセイナは、喜んだ。

 そして、セイナは、気付いてしまった。

 アキリオに、淡い恋心を抱いていた事を。

 だが、セイナは、言えなかったのだ。

 恐れを抱いて。

 また、一人になるのが、怖かったのだろう。


――でも、卒業式の日、お母さんも、告白しようとしたんだけど、アキ君が、告白してくれて、本当にうれしかったって言ってたよ。もらった羽根も、大事にしてたんだって。


 卒業式の日、実は、セイナも、告白しようとしていたそうだ。

 だが、先に、アキリオが、告白してくれた。

 しかも、魔法具をプレゼントしてくれて。

 セイナにとっては、うれしかった。

 幸せだったのだ。


――大学を卒業してから、お母さんは、研究所で働いたけど、アキ君に会いたいって、ずっと、想ってたんだよ。それに、アキ君の事、心配していたんだって。手紙を読んだからだって言ってた。


 セイナは、研究所で働いていた。

 充実していた。

 もちろん、苦労した事もあったが。

 だが、セイナは、気がかりな事があった。

 それは、アキリオの事だ。

 アキリオは、ちゃんと、ご飯を食べているのだろうか。

 病気になっていないだろうか。

 寂しい想いをしていないだろうかと、いつも、アキリオの事ばかりを考えていた。

 そして、手紙で、やり取りをしているうちに、決意を固めたのだ。

 アキリオの支えになろうと。

 だから、セイナは、研究所をやめたのだ。


――だから、お母さんは、研究所をやめて、アキ君に会いに行ったの。アキ君の支えになりたいって願って。でも、あの魔法具、本当は、使ってなかったの。アキ君に会えたから。


 研究所をやめて、セイナは、アキリオの元に会いに行った。

 アキリオは、魔法具を使って、会いに来たのだと、思っていたのだが、実は、魔法具は、使っていなかったのだ。

 なぜなら、偶然にも、アキリオを見つけ出すことができたのだから。

 そして、セイナは、アキリオと再会を果たし、共に働いて暮らし、無事に、魔法具店「モン・トレゾール」を開くことができた。


――アキ君と魔法具店を開けて、幸せだったって言ってた。それは、本当だよ。だから、アキ君の事、嫌いになったわけじゃないんだよ。


 セイナは、本当に幸せだったのだ。

 アキリオと共に過ごせて、魔法具店の仕事ができて。

 アキリオの魔法具で、人々の笑顔を見ることができて。

 モノカは、ずっと、伝えたかったのだろう。

 セイナが、いなくなったのは、アキリオに失望したからではないと。


――お母さんが、アキ君の前から、いなくなったのは、私のせいだから。


 モノカは、セイナが、アキリオの前から、姿を消したのは、自分のせいだとつづっていた。

 責任を感じているようだ。

 アキリオは、モノカのせいではないとわかっていた。

 だが、それすらも、伝えられない。

 それが、悔しくて、たまらなかった。


――喧嘩した日、お母さん、わかったんだって。お腹の中に私がいた事。


 やはり、アキリオの読み通りだ。

 喧嘩してしまったあの日、セイナは、知ったのだろう。

 自分のおなかの中に、赤ちゃんが、モノカがいた事を。


――でも、アキ君と喧嘩しちゃって、すごく、考えたみたい。どうすればいいのかなって。


 セイナは、アキリオと喧嘩してから、一週間、悩んでいたのだろう。

 どうするべきなのか。

 だが、もしかしたら、自分がいては、アキリオを傷つけてしまうだけではないかと。

 さらに、もし、赤ちゃんを身ごもっていると知れば、迷惑をかけてしまうのではないか、セイナは、そう、推測したようだ。


――お母さんは、家を出ることにしたの。アキ君に迷惑をかけちゃいけないって。


 悩んだ末、セイナは、アキリオの前から、姿を消してしまったのだ。

 アキリオが、仲直りしたいと願い、プロポーズをしようとしているとは、知らないまま……。



 セイナの話を聞いたモノカは、落ち込んでいた。


「それって、私のせい?」


 モノカは、幼いながらも、責任を感じていたようだ。

 自分のせいで、セイナは、家を出たのではないかと。

 だが、モノカの問いに、セイナは、静かに首を横に振った。


「違うよ。モノカ。モノカのせいじゃない。私が、全部、抱え込んじゃったの。相談すれば、良かったのにね……」


 セイナは、自分が悪かったと後悔しているようだ。

 アキリオに相談すればよかった。

 謝ればよかったのだと。

 ただ、それだけの事ができず、アキリオに迷惑をかけたくないと願い、去ってしまった。

 だが、それは、かえってアキリオを傷つけてしまったのではないかと、セイナは、思っているのだろう。


「お母さんは、アキ君に会いたい?」


「会いたい。でも、私は、会えない。アキ君を傷つけたから……」


 モノカは、セイナに問いかける。

 アキリオに会いたいのかと。

 セイナは、正直な気持ちを伝えた。

 アキリオに会いたいと。

 だが、自分は、アキリオを傷つけてしまった。 

 会う資格がないと思っているのだろう。


「モノカは、会いたい?」


「……私は、お母さんが、いてくれればいい。大丈夫だよ」


 セイナは、モノカに尋ねる。

 だが、モノカは、会いたいとは言わなかった。

 セイナの事を気遣ったのだ。

 会いたいといえば、セイナは、ますます、自分を責めるのではないかと思って……。



――本当は、嘘だった。私も、アキ君に会いたかった。ずっと、ずっと……。


 本当は、モノカも、アキリオに会いたかったのだ。

 会って話がしたかった。

 モノカは、嘘をついてしまったのだ。


――本当の事、言えば、良かったのかもしれない。お母さん、本当に、アキ君に会いたがっていたから……。


 モノカは、後悔していた。

 アキリオに会いたいといえば、セイナは、アキリオに、会えたかもしれないと。

 そう、思ったのは、セイナの本当の願いをモノカが、聞いたからであった。

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