第三十九話 手紙
モノカがいなくなってから、次の日の朝、アキリオは、起床する。
しかし、涙が、あふれ出てきた。
止めることすらもできずに……。
アキリオは、朝食もとらずに、店の中に入る。
店は、静まり返っている。
もう、モノカはいない。
セイナも、戻ってこないだろう。
アキリオは、本当に、一人になってしまったのだ。
「はぁ……」
アキリオは、ため息をつき、ただ、呆然としていた。
――お店も、開く気になれないな……。手紙も……読む気になれない……。約束したのに……。
アキリオは、モノカとの約束を守ろうとしていたのだ。
朝食を取り、お店を開き、手紙を読まなければと。
だが、どうしても、そんな気になれない。
モノカを失った喪失感は、それほど、大きいのだ。
真実を知ってしまったからと言うのもあるだろう。
アキリオは、ゆっくりと、立ち上がり、玄関から、外に出る。
ポストの中身を確かめるアキリオ。
そこには、一通の封筒が入っていた。
「手紙?」
アキリオは、封筒を手に取る。
しかし……。
――こんな時に……。
アキリオは、複雑な感情を抱いていた。
モノカは、アキリオ宛てに、手紙を書いていたからだ。
それを、思い出してしまったのだろう。
アキリオは、家に戻りながら、封筒を開ける。
封筒の中には、便箋と写真が、入っていた。
「あ……」
手紙の差出人は、ビルから、飛び降りようとした時、モノカが説得して救った男性だ。
手紙の内容を読むと、男性は、あれから、仕事を続けたらしい。
そして、ついに、誓いの蝶が羽ばたきだし、妻と子に出会えたのだ。
妻は、男性を目にして、追い払おうとしたのだが、誓いの蝶が映し出した男性の働く姿を目にし、考えを改めたようだ。
男性は、変わったのだと。
そして、三人でやり直す事ができたのであった。
アキリオは、写真を目にする。
男性と妻、子供の三人が、幸せそうな笑みを浮かべて映っていた。
――あの人、奥さんとお子さんに会えたんだ……。良かった……。
アキリオは、男性が、妻と子に会えたと知り、安堵する。
気になっていたのだ。
彼は、どうしているだろうかと。
あきらめずに、仕事を続けているかと。
妻と子に会えたのだろうかと。
男性の願いは、叶ったらしい。
アキリオは、微笑んでいた。
しかし……。
――モノカが、いてくれたらなぁ……。
アキリオは、ふと、思い出してしまったのだ。
彼を救ったのは、アキリオではなく、モノカだ。
モノカが、いなければ、男性の願いは、叶えられなかった。
だからこそ、モノカにも知ってほしかった。
だが、もう、モノカは、いない。
そう思うと、アキリオは、涙を流した。
悔しくて……。
アキリオは、再び、店の中に入る。
まだ、店を開こうという気は起きない。
約束を守らなければいけないのにと、想いながら。
アキリオは、葛藤を繰り返していたのだ。
その時であった。
「え?」
アキリオは、目を瞬きさせて、驚く。
店の外には、あの銀髪の少女がいたからだ。
時の神が、アキリオを待っていた。
アキリオは、時の神を、店に入らせ、椅子に座らせ、彼女の向かい側に座った。
「すみません。朝早くに」
「い、いえ……」
時の神は、謝罪する。
彼女は、まるで、人間のようだ。
雰囲気は、神秘的ではあるが、どこか、温かみがあるように感じる。
アキリオは、戸惑いながらも、頭を下げた。
予想もしなかったからだ。
まさか、時の神が、自分の元を訪れるとは……。
「まさか、時の神が、ここを訪れるなんて……」
「お伝えしたいことがありましたから……」
「伝えたい事?」
時の神が、アキリオの元を訪れた理由は、伝えたいことがあったかららしい。
アキリオは、何を伝えたかったのだろうと、思考を巡らせるが、見当もつかない。
それゆえに、アキリオは、時の神に尋ねた。
しかし……。
「すみません。嘘です」
「え?」
「モノカと約束したんです。貴方を見守ってほしいと。もし、私が、いなくなって、立ち直れなかったら、支えてあげてほしいと」
時の神は、謝罪する。
伝えたいことがあるというのは、嘘だというのだ。
アキリオは、戸惑うばかりだ。
彼女は、なぜ、ここを訪れたのか、ますます、理解できない。
時の神は、静かに説明する。
モノカと約束したそうだ。
アキリオの事を心配していたのだろう。
もし、自分がいなくなったら、立ち直れなくなってしまうかもしれないと。
アキリオは、大事な人を二回も失ってしまったのだから。
だからこそ、時の神に託したのだ。
アキリオの事を。
「いつも、自分の事よりも、僕達の事を優先するんだね……。あの子は……」
モノカの優しさが、しみじみと伝わってくる。
彼女は、いつも、自分の事よりも、アキリオやお客の事を優先してきたのだから。
アキリオ達の悩みを解決したいと、一人で、悩んでいた時期もあった。
だが、アキリオは、モノカにも、幸せになってほしかったと後悔ばかりが、募っていた。
「あの、聞いてもいいですか?」
「何でしょうか?」
「なぜ、モノカを過去へ?」
アキリオは、時の神に尋ねる。
なぜ、モノカを過去へ送ったのだろうか。
気になっていた事であり、どうしても、聞きたかったのだ。
時の神に聞くのは、不躾な事だとわかっていながら。
「あの子の願いをかなえてあげたかったんです。あの子は、最後の時の民だったから……」
「最後の?」
時の神は、静かに答える。
嫌悪感を表わすことなく。
時の神は、モノカの願いを叶えたかったのだ。
ただ、それだけであった。
だが、最後のと言うのは、どういう意味なのだろうか。
アキリオは、時の民に問いかけた。
「時の民は、もう、セイナとモノカしかいなかったんです。時の魔法・レーヴ・パッセを受け継ぐことは、難しいですから」
時の神は、説明する。
セイナとモノカは、時の民の生き残りだったというのだ。
時の民は、短命というわけではない。
だが、力を受け継ぐことは、難しい。
それほど、強力な魔法だったのだろう。
レーヴ・パッセを受け継ぐ者が、減少し始め、最後にセイナとモノカだけとなったようだ。
「私は、ずっと、時の民を見守って来ました。だから、助けてあげたかった……。どうしても……」
時の神は、ずっと、見守り続けてきたのだ。
時の民を。
そして、セイナとモノカを。
時の民曰く、時の民は、自分よりも、他人の事を優先し、悩みを解決してきたらしい。
その想いがモノカやセイナに受け継がれてきたのであろう。
だが、時の民は、減少し始め、時の神は、心を痛めたに違いない。
自分の力を分け与えたものが、いなくなってしまったのだから。
それは、自分の想いを受け継ぐ者がいないという事だ。
それでも、時の神は、セイナとモノカを見守り続けた。
だが、セイナとモノカが、命を落とし、モノカが、願いを叶えたいと祈った時、時の神は、モノカの願いを叶えるべく、モノカを実体化し、過去へ送ったのだろう。
彼女達の事を想い、時の神は、涙を流した。
「すみません」
「い、いえ……こちらこそ……」
時の神は、涙をぬぐう。
今までの想いがあふれ出てきたのだろう。
見守る事しかできなかった自分を悔やんで。
時の神は、時の魔法を与えることはできても、過去や未来へと人間を送る事はできても、それ以外の事はできないのかもしれない。
そう思うと、アキリオは、心が痛んだ。
神であっても、助けられないことの方が多いのではないかと、悟って。
「アキリオ。あの手紙を読んであげてください。あの子は、貴方に伝えたい事を全て手紙に書いたはずです。ここへ来た理由も、セイナの想いも」
時の神は、アキリオに伝える。
モノカが、書いた手紙を読んでほしいと。
それを伝えるために、ここへ訪れたのだろう。
アキリオは、そう、察した。
「私に言えることは、ここまでです」
時の神は、立ち上がる。
それも、穏やかな表情を浮かべて。
「もう、会うことは、ないでしょう……。さようなら……」
時の神は、アキリオに背を向けて、別れを告げた。
しかし……。
「待って。最後に、確認したいことがあります」
「なんでしょうか?」
アキリオは、時の神を引き留める。
最後に、聞きたいことがあったからだ。
時の神は、振り返り、アキリオに問いかけた。
「……貴方が、時の民に魔法を与えた理由です。その理由って、もしかして、人を助けたかったからですか?」
アキリオは、気になっていた事があるのだ。
時の神は、なぜ、時の民にレーヴ・パッセと言う魔法を与えたのか。
だが、時の神の様子を見て、悟った。
人を助けたいと時の民が、願ったからだ。
だからこそ、時の神は、時の民に魔法を与えたのだろう。
特別で、大事な魔法を。
「はい。時の民は、私に助けを求めましたから」
「貴方は、人を愛したんですね」
「はい」
時の神が、答えた時、アキリオは、察した。
時の神は、人間を愛していたのだと。
だからこそ、時の民の願いを聞き入れ、時の魔法・レーヴ・パッセを授けた。
モノカの願いを叶える為に、実体化させ、過去へ送った。
そして、アキリオに、伝えに来たのだ。
モノカの想いを……。
時の神は、穏やかな表情を浮かべ、うなずいた。
「ありがとう、アキリオ。さようなら……」
時の神は、アキリオに、背を向け、静かに消えていった。
「さようなら、時の神・クロリア……」
アキリオも、時の神に別れを告げた。
時の神の真名を呼んで。
その後、アキリオは、モノカの部屋へと入る。
机の上には、封筒が置いてあった。
おそらく、モノカが、アキリオ宛てに、書いた手紙が入っているのだろう。
「緊張するなぁ……。でも……」
アキリオの鼓動が高鳴る。
何が、書いてあるのかは、アキリオも見当がつかない。
だが、これを読まなければ、前には、進めない。
アキリオは、封筒を開け、手紙を読み始めた。
そこには、アキリオに対するモノカの想い、セイナの心情が、記されていた。
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