第三十八話 最後の時
「し、死んでるって?」
アキリオは、モノカに恐る恐る尋ねる。
信じられないのだ。
モノカが、すでに、死んでいるなど。
だが、モノカは、返事をしない。
答えられないようだ。
「で、でも、死んだら、見えなくなるし……」
アキリオは、信じられない理由は、今、モノカが、はっきりと見えているからだ。
もし、本当に、死んでいるというなら、アキリオは、モノカの姿を見ることはできないはず。
リュンも、トウハも、ジンも、そして、全ての人々も。
だからこそ、アキリオは、信じられなかった。
いや、信じたくなかったといった方が正解であろう。
「神様のおかげだから」
「え?」
「時の神様が、助けてくれたの。私は、確かに死んだけど、皆に見えるようになった。そして、過去に戻ることができたの……」
モノカは、静かに語る。
アキリオ達が、モノカの姿を見られるのは、時の神が、助けてくれたのだという。
時の神の力で、一時的に実体を得た。
そして、過去にさかのぼることができたというのだ。
これは、真実なのであろう。
この時、アキリオは、納得した。
なぜ、モノカが、死者であるラーナと夢で出会えたのか。
ずっと、気になっていたのだ。
時の民であっても、死者に会うことなど不可能に等しいはず。
だが、モノカも、死者だからこそ、会えたのであろう。
「でも、実体化していられるのも、一年だけ……」
「じゃ、じゃあ……」
「あと、もう少しで、私は、消える……」
「そんな……」
モノカは、さらなる衝撃の事実をアキリオに告げる。
なんと、モノカは、一年間しか、ここにいる事はできないというのだ。
もう、一か月もない。
モノカは、あと、少しで、消滅してしまうというのだ。
アキリオは、ショックを受けた。
セイナだけでなく、モノカまで、命を落としてしまったのだから……。
「ごめんんね、やっぱり、言うべきじゃなかった……」
モノカは、謝罪し、アキリオに背を向ける。
それも、体を震わせて。
無理をしているのだ。
本当は、ここにいたいのだろう。
だが、それも、できない。
今までのようには、いられないと、モノカは、悟ったのだ。
「さようなら……」
モノカは、アキリオに、別れを告げ、静かに歩きだそうとしていた。
しかし……。
「待って!!」
アキリオは、モノカの元へと駆け寄り、彼女の腕をつかむ。
モノカは、立ち止まったが、振り返ろうとしなかった。
「どこに行くつもりなの?」
「時の神に頼んで、消してもらうの。もう、私、いない方がいいよ」
「そんなことない!!」
アキリオは、モノカに問いかける。
どこへ向かうつもりだったのだろうか。
行くあてなどないはずなのに。
モノカは、声を震わせながら、答える。
消滅しようとしたのだ。
アキリオを傷つけたくないと願って。
だが、アキリオは、否定した。
強く、強く……。
「確かに、驚いたけど。でも……ここに来たってことは、願いを叶えたいからなんでしょ?」
「え?」
アキリオは、自分の心情をモノカに打ち明ける。
そして、モノカが、なぜ、ここを訪れたのか、察していた。
願いを叶えに、過去へ来たのだと。
モノカは、驚き、振り返る。
やはり、アキリオの読み通りのようだ。
「そ、そうだけど……でも……」
「願いは、叶った?」
「まだ……」
モノカは、戸惑う。
確かに、願いはある。
だが、ここには、いられないのも事実だ。
それでも、アキリオは、モノカに問いかける。
願いは、叶ったのかと。
モノカは、首を横に振った。
まだ、叶っていないのだ。
「じゃあ、一緒に過ごそうよ」
「え?」
アキリオは、モノカに一緒に過ごそうと誘う。
モノカは、困惑した。
本当にいいのかと。
「最後の最後まで、一緒に過ごそう」
「アキ君……」
アキリオは、決意を固めた。
モノカと、最後の時まで、過ごすと。
モノカの父親として、過ごしたいと願ったのだ。
モノカは、アキリオの想いが、痛いほど、伝わってきた。
「いいの?私、だって……」
「いいんだよ。僕は、モノカと一緒に暮らしたい。娘と一緒に……」
それでも、まだ、モノカは、戸惑ってしまう。
死者である自分が、ここにいていいのかと。
アキリオにとっては、生者でも、死者であっても、構わない。
どちらでもいいのだ。
娘であるモノカと、最後の時まで、共に過ごしたいと。
家族として。
「ありがとう……」
モノカは、お礼を述べた。
決意を固めたのだ。
最後の時まで、一緒に過ごそうと。
アキリオの娘として。
それから、アキリオとモノカは、いつものように、過ごした。
モノカは、店番をして、アキリオは、作業場で魔法具を作って。
オーダーメイドも。
お客の悩みを解決するために、二人は、二人三脚で、魔法具を作った。
お店が閉まると、モノカは、時々、部屋に閉じこもり、何かやっている様子であったが、アキリオが、問うことはなかった。
モノカの秘密は、誰にも明かさなかった。
混乱するといけないと、アキリオが、秘密にしようと提案したのだ。
モノカも、それを受け入れた。
休みの日には、なるべく、出かけることにし、日帰りではあるが、旅行も行った。
二人は、幸せな時を過ごした。
そして、とうとう、最後の日が来た。
それでも、アキリオとモノカは、いつものように、目覚め、朝食をとった。
「いよいよ、今日、だね」
「うん」
「店、休みにしようか」
今日で、モノカと共に過ごすのも、最後となる。
アキリオは、お店を休もうかと提案した。
最後まで、働かせたくないと願ったからだ。
だが、モノカは、首を横に振った。
「ううん。働きたい。たくさんの笑顔が見たい」
「そっか……わかった」
モノカは、最後の最後まで、働きたいと願う。
「モン・トレゾール」の従業員として、多くのお客の笑顔を見たいと願ったからだ。
アキリオは、モノカの願いを承諾し、店を開くことを決意した。
二人は、いつものように、お店を開き、多くのお客が、「モン・トレゾール」を訪れた。
多くのお客が、魔法具を手に取り、幸せそうに、お店を去っていく。
モノカは、うれしかった。
今までで、一番、うれしかった。
アキリオの魔法具が、多くの人に手に取ってもらえたのだから。
リュンも、差し入れで、訪れ、アキリオとモノカも、嬉しそうに、バケットを手に取る。
リュンに会うのも、リュンのパンを食べるのも、これで最後だ。
モノカは、目頭が熱くなりそうであったが、必死にこらえ、笑顔を見せた。
時間が経ち、店も閉め、夕飯を終えた二人。
夜になると、アキリオとモノカは、静かに、お店の中にいた。
モノカ曰く、時の神が、迎えに来てくれるらしい。
二人は、時の神が、来るのを待った。
「そろそろ、来ると思う」
「ここに?」
「うん」
モノカは、感じ取っているのだろう。
時の神が、もうすぐ、迎えに来るのだと。
そう思うと、残り時間は、ほんのわずかだ。
だが、アキリオも、モノカも、穏やかな表情を浮かべていた。
笑顔で、さよならしようと約束したから……。
「楽しかったね」
「うん。本当に……」
本当に楽しかった。
辛かった時もあったが、どれもいい思い出だ。
思い返すと、モノカは、うつむいてしまう。
そして、涙を流し始めた。
「モノカ?」
「ごめん、ごめんね。泣かないでいようって思ってたのに……」
モノカは、強引に涙をぬぐう。
だが、涙は、あふれ出てくるばかりだ。
止められそうにない。
別れたくないのだ。
当然であろう。
アキリオは、そっと、モノカを抱きしめた。
「泣いていいよ。全部、話してくれていいよ。今、モノカが、何を思ってるのか、知りたい」
「私、消えたくない。アキ君と、もっと、一緒に暮らしたい。お母さんとも、三人で……。一緒に……」
モノカは、自分の想いを涙ながらに話し始める。
本当は、もっと、一緒にいたかったのだ。
できれば、アキリオ、セイナ、モノカの三人で。
家族、一緒に、暮らしたかった。
だが、それは、もう、叶わない。
アキリオも、涙を流し始めた。
「ごめんね。ごめんね、モノカ……」
「ううん、アキ君が悪いんじゃないからね……」
アキリオは、謝罪する。
自分が、もし、モノカ達と一緒に暮らしていれば、モノカも、セイナも、命を落とすことはなかったかもしれない。
そう思うと、後悔が募るばかりだ。
だが、モノカは、アキリオから離れ、涙をぬぐう。
アキリオのせいではないと告げて。
「私ね、アキ君に手紙、書いたの。後で、読んでね」
「うん」
「ちゃんと、ご飯食べるんだよ。お店も、続けないと駄目だからね。約束だよ」
「うん」
「私、幸せだったよ。ありがとう」
「うん」
モノカは、アキリオと約束する。
もし、自分が消えた後の事を心配しているのだろう。
なんて、優しい子なんだろうか。
アキリオは、モノカの優しさを感じとりながら、うなずき、約束した。
その時だ。
あの銀髪の少女が、突然、現れたのは。
彼女こそが、時の神だ。
時の神の存在を感じ取ったモノカは、振り向いた。
「来てくれたんだね」
「はい……。そろそろです……。時が来ました……」
「うん。ありがとう」
時の神は、申し訳なさそうに告げる。
彼女も辛いのだろう。
モノカの事を思うと。
だが、モノカは、穏やかな表情で、時の神の元へと歩み寄った。
「モノカ……」
アキリオは、モノカの名を呼ぶ。
本当は、連れていきたくない。
ずっと、一緒にいたいのだ。
だが、それは、叶わない願い。
アキリオは、涙ぐむが、モノカが、振り返る。
微笑みながら。
すると、モノカの体が光り始める。
消滅の時が来たのだろう。
「さようなら……お父さん……」
「さようなら……」
モノカは、アキリオに別れを告げる。
アキリオの事を「お父さん」と呼んで。
アキリオも、一筋の涙を流し、微笑みながら、別れを告げた。
そして、モノカは、光の粒となって消滅した。
アキリオは、崩れ落ち、涙を流し続けた。
もう、会えない娘の事を思いながら……。
時の神も、一筋の涙を流した。
アキリオは、涙を止める事ができず、ただ、泣き続けた……。
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