第三十七話 モノカの真実

 買い物を終えたモノカは、店へと戻る。

 だが、どこか、様子がおかしい。

 落ち込んでいるようだ。


――どこにいっちゃんたんだろう……。


 モノカは、悩んでいるようだ。

 実は、買い物が終わってから、気付いたのだ。

 モノカが、羽根を、魔法具を落とした事に。

 まだ、彼女は、知らない。

 あれを、アキリオが、手にしているとは……。


――どうしよう。あれ、大事な物なのに……。


 あれは、モノカにとって、大事な物だ。

 なぜなら、セイナにとっても、大事な物だからだ。

 それゆえに、モノカは、ひどく落ち込んでいた。



 いくら探しても、見つからず、警察に相談しても、そのようなものは、見つかっていないと言われてしまう。

 空も暗くなり始め、もう、探す事も難しくなり、モノカは、仕方なしに、店に戻った。


「ただいま……」


「お帰りなさい」


 アキリオが、モノカを出迎えてくれた。

 だが、モノカは、無理をして、笑みを作れそうにない。

 アキリオは、モノカの様子に気付いた。


「どうしたの?何かあった?」


「ううん、何でもない……」


 アキリオは、モノカに問いかけるが、モノカは、何でもないと答える。

 まさか、セイナの魔法具をなくしたとは言えない。

 いや、説明ができないからだ。 

 アキリオに、勘ぐられてしまいそうで。

 だからこそ、モノカは、何も、答えられなかった。


「ねぇ、モノカ。聞きたいことがあるんだけど」


「何?」


 アキリオは、モノカの様子を見て、意を決したかのように、尋ねる。

 なぜ、モノカが、落ち込んでいるのか、察してしまったからだ。

 モノカは、首をかしげる。

 すると、アキリオは、モノカが、落とした魔法具を。

 セイナの魔法具をモノカに見せた。


「そ、それ……」


「うん、落ちてたんだ。転んだ時に、落ちたんだと思う」


 モノカは、目を見開く。

 なぜ、アキリオが手にしているのか、見当もつかず。

 アキリオは、説明した。

 転んだ時に、落としたのだろうと。

 モノカは、アキリオから、魔法具を受け取った。


「あ、ありがとう」


 モノカは、アキリオにお礼を言う。

 だが、どこか、おどおどしている。

 まるで、悟られていないかと、心配しているかのようだ。

 アキリオは、モノカの様子を見て、確信してしまった。

 モノカは、セイナの事を知っているのではないかと。


「あ、あのね、モノカ。それ、誰からもらったの?」


「え?」


 アキリオは、モノカに尋ねた。

 その魔法具は、誰からもらったものかと。

 モノカは、目を見開き、体を硬直させる。

 まるで、真相を迫られたようだ。


「それね、セイナの魔法具なんだ。裏にね、セイナの名前が、刻んであるんだよ」


「え!?」


 アキリオは、真実を語る。

 魔法具の裏に、セイナの名が刻んである事を。

 モノカは、知らなかったようだ。

 驚き、思わず、裏を見る。

 確かに、そこには、セイナと名が記されていた。


「やっぱり、君は、セイナの事、知ってるんだね……」


 モノカの様子をうかがっていたアキリオは、確信した。

 モノカは、セイナの事を知っているのだと。

 これ以上、言い訳ができないと悟ったのか、モノカは、うつむく。

 そして、涙を流し始めた。


「ごめんなさい」


 モノカは、アキリオに謝罪する。

 それも、申し訳なさそうに。


「ごめんなさい。ごめんなさい。隠してて、ごめんなさい……」


 モノカは、何度も、謝った。

 セイナの事を知っていたのだ。

 知ってて、今まで、隠していたのだ。

 その事を咎められると思ったのだろう。

 嫌われる、軽蔑されると思ったのだろう。

 だが、アキリオは、モノカの頭を優しくなでる。

 モノカは、驚愕し、アキリオの顔を見上げた。

 アキリオは、穏やかな表情を浮かべていた。


「いいよ、謝らないで。怒ってないから。本当の事、話してくれる?」


「……うん」


 アキリオは、怒ってなどいなかった。

 嫌うわけもないし、軽蔑するわけがない。

 モノカの事を大事に思っているから。

 モノカが、真実を言えなかったのは、わけがあると、悟っていたから。

 アキリオに、真実を話してほしいと促され、モノカは、静かにうなずき、重い口を開けた。


「私ね、セイナさんとアキ君の、娘なの……」


「僕の?」


 モノカは、真実を語り始める。

 なんと、彼女は、アキリオとセイナの娘だったのだ。

 アキリオは、驚愕して、目を見開く。 

 まさか、思いもよらなかったのであろう。

 自分とセイナの娘だとは。


「十八年後の未来から、来ました」


 モノカは、未来からやってきたらしい。

 これで、つじつまが合ったような気がした。

 なぜ、モノカは、住む場所も、働くところも、決まっていないにも、関わらず、ここを訪れたのか。

 それは、未来から来たためだ。

 アキリオは、そう、納得した。

 だが、アキリオは、ある事を思い出す。

 それは、約一年前、セイナにひどい事を言ってしまった時の事だ。


――もしかして、あの時……モノカを、身ごもってたの……?


 あの日、セイナは、知っていたのだろう。

 自分のおなかの中に、赤ちゃんがいる事を。

 アキリオと自分の娘がいると。

 具合が悪かったのは、それが、理由だったのかと、アキリオは、納得した。


――言ってくれればよかったのに……。いや、あの時は、言える状況じゃなかったよね……。


 セイナは、一人で、悩みを抱え込んでいたのだろう。

 もし、言ってくれれば、相談に乗ったのに。

 だが、一週間も、会話を交わさなかった。

 相談できる状況ではなかったのだろう。

 アキリオは、ますます、後悔した。

 自分の事ばかりで、セイナの事に気付いてやれなかったことを。


「ごめんなさい。私、ずっと、言えなくて……」


 モノカは、涙を流し始めた。

 ずっと、言わなければならないと思っていたのだ。

 だが、中々、真実を言いだせなかった。

 恐れを抱いていたのだろう。

 アキリオが、真実を知ってしまったら、どう思うのか。

 もしかしたら、ここにいられないかもしれないと。

 モノカの心情を察したアキリオは、モノカを優しく抱きしめた。


「アキ君?」


「うれしいよ。ありがとう、モノカ」


「え?」


 モノカにとって意外な言葉だ。

 まさか、アキリオが、うれしいと言うとは、思いもよらなかったのであろう。

 それでも、アキリオは、微笑んでいた。

 涙ぐみながら。


「僕とセイナの子供が、こんなに優しくて、良い子に育ったんだ。嬉しいに決まってるよ」


 アキリオは、本当にうれしかったのだ。

 モノカは、優しくて良い子だ。

 自分よりも、他人の事を考え、悩み、解決しようと常に、頑張ってきたのだから。

 だからこそ、アキリオは、うれしく感じた。

 セイナが、大事に育ててくれたのだろう。

 モノカは、涙を流す。

 アキリオの優しさを感じ取って。


「でも、セイナは……」


「うん……病気で……」


 アキリオは、モノカから離れると、ある事を思い出す。

 それは、モノカが、初めて、ここを訪れた日の事だ。

 男性が、シエル大通りのビルから、飛び降りようとした時、モノカは、説得した時の事を。

 生きたくても、生きられない人もいると、モノカは、男性に訴えていた。

 母親がそうであったと。

 つまり、セイナは、命を落としたという事だ。

 モノカは、静かに語る。

 セイナは、病で、命を落としたらしい。

 アキリオは、ショックを受けた。


「ごめんね」


「ううん、アキ君が、悪いんじゃないよ。だから、気にしないで……」


 アキリオは、モノカに謝罪する。

 もし、自分が、一緒に過ごしていたら、セイナは、病気にならなかったのではないかと推測したからだ。

 だが、モノカは、アキリオのせいではないと知っている。

 誰も悪くないのだ。


「でも、うれしいな。会いに来てくれたなんて。本当に、うれしい」


「う、うん。でもね……」


 アキリオは、本当に、喜んでいるようだ。

 きっと、モノカにも、セイナにも、迷惑をかけてしまったであろう。

 父親である自分が、側にいなったのだから。

 それでも、モノカは、自分に会いに来てくれた。

 こんなにうれしいことはない。

 だが、モノカは、申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 なぜなのかは、アキリオは、察していた。


「うん、わかってる。未来に帰らなきゃいけないんだよね……いつかは……」


 モノカは、十八年後の未来から来た人間だ。

 いつかは、未来に帰るのであろう。

 そう思うと、アキリオは、心が痛んだ。

 だが、その時だ。

 モノカが、再び、涙を流し始めたのは。


「え?モノカ、どうしたの?もしかして、僕が、悪いこと言った?ごめんね」


「違う、違うの……」


 アキリオは、困惑しているようだ。

 もしかしたら、自分が傷つけてしまったのではないかと。

 だが、そうではないらしい。

 モノカは、首を横に振った。


「私、未来に、帰れないの」


「え?なんで?」


 モノカは、未来に帰れないという。

 なぜ、未来に帰れないのだろうか。

 もしかしたら、魔法具では、帰れないのか。

 アキリオは、思考を巡らせる。

 すると、モノカは、意を決して、重い口を開けた。


「私、もう、死んでるから……」


 それは、あまりにも衝撃的で、残酷な言葉であった。

 モノカは、もう、死んでいるというのだから……。

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