第三十六話 落とした羽根

 アキリオとセイナの物語を聞いたモノカは、呆然としていた。

 まさか、アキリオとセイナの間に溝が生まれ、セイナが、行方不明になったとは、思いもよらなかったのであろう。


「そんな事があったんだ……」


「うん、リュンも、気遣ってくれたし、トウハちゃんは、探してくれたけど、セイナは、見つからなかったんだ。失望したのかもね……」

 

 アキリオは、寂しそうに語る。

 セイナがいなくなってから、約一年の月日が経った。

 あれから、ずっと、後悔しているのであろう。

 愛想をつかしてしまったのだと推測している。

 そんなアキリオを見ていたモノカは、心が痛んだ。


「ねぇ、アキ君」


「ん?」


「どうして、この話を私にしてくれたの?」


 モノカは、気になっていた事がある。

 なぜ、自分にこの話をしてくれたのか。

 おそらく、この話を物語るのは、アキリオにとって、辛いはずだ。

 良い思い出もあった。

 だが、最後は、辛く、悲しい思い出に違いない。

 語るだけで、辛くなるだろう。

 なのに、なぜなのか。

 モノカは、思考を巡らせるが、見当もつかなかった。


「モノカ、僕の過去を夢で見たんでしょ?」


「うん」


「それって、僕か、セイナかのどちらかを助けたいって願ったからじゃない?」


「たぶん……」


 アキリオが、語った理由は、モノカが、自分の過去を夢で見たからだ。

 もちろん、それは、無意識のうちに発動されたもの。 

 だが、アキリオは、モノカが、自分か、セイナのどちらかを助けたいと願ったからだと推測した。

 確かに、モノカは、アキリオの力になりたいと願っていた。

 いなくなってしまったセイナの事も、気になっていた。


「だから、話したんだ。きっと、話す時が来たのかもしれないって。モノカが、僕か、セイナのどちらかを助けてくれるんじゃないかなって」


 モノカが、自分の過去を夢で見たと、推測し、決意したのだ。

 自分の過去を話そうと。

 モノカは、気になっているはず。

 それに、モノカが、夢を見たとなれば、もしかしたら、自分か、セイナの事の願いを叶えてくれるのではないかと推測したようだ。

 どちらかと言うと、自分より、セイナが、幸せになってくれる方を願っているのだが。


「まぁ、これは、僕の推測だから、モノカちゃんは、今まで通りで……」


「会いたい?」


「え?」


「アキ君は、セイナさんに、会いたい?」


 と言っても、モノカに無理強いをさせるつもりはない。

 無理をさせるつもりなど、毛頭ない。

 だからこそ、今まで通り、一緒に過ごし、仕事をしてくれれば、それでよかった。

 しかし、そう、言いかけた時、モノカは、アキリオに問いかける。

 セイナに会いたいかと。


「会いたいよ。すごく会いたい。でも、きっと、その資格はない。僕には、ないんだ……」


 セイナが去ってから、アキリオは、あきらめようとしていた。

 だが、本当は、セイナに会いたい。

 会って、謝罪して、一緒に暮らしたい。

 そう、強く願っていた。

 だが、その資格はないと、アキリオは、感じていた。

 なぜなら、セイナを傷つけてしまったからだ。

 自分の元から去ったという事は、そういう事なのだろうと。

 それゆえに、アキリオは、あきらめようとしていたのだ。

 魔法を発動しようとも、魔法具を作って、会いに行こうともせずに……。

 アキリオの返事を聞いたモノカは、うつむく。 

 落ち込んでしまったのだろうか。

 アキリオは、モノカの頭を優しくなでた。


「ごめんね、ありがとう」


 アキリオは、モノカに謝罪し、お礼を言う。

 モノカのおかげで、少しだけだが、気持ちが晴れた気がした。

 もしかしたら、誰かに聞いてほしくて、モノカに自分の過去を話したのかもしれない。

 だが、モノカの表情は、未だ、暗かった。

 まるで、責任を感じているようだ。



 翌日、アキリオとモノカは、いつも通り、店を開き、仕事をした。

 アキリオも、モノカも、何ら変わりなく、過ごしている。

 だが、店を閉め、夕飯を食べ終えると、モノカは、部屋に閉じこもった。

 悩んでいるわけではない。

 いつも通り、モノカは、笑っている。

 感情を押し殺しているというわけではなさそうだ。

 だが、アキリオは、気になっていた。

 モノカは、部屋で、魔法具を作っていた。


「もう少し、もう少しで、できるはず……」


 モノカは、魔法を唱えていたのだ。

 魔法を魔法石に閉じ込める魔法・ソール・アンスタラシオンを発動していたのだ。

 だが、うまく、埋め込められない。

 もう少しで、出来上がるはずなのに。

 その時であった。

 ノックの音が、響いたのは。


「モノカ?」


「あ、はい!!」


 アキリオの声がする。

 モノカは、慌てて、魔法を中断させ、魔法石を引きだしにしまった。

 まるで、アキリオに見られたくないかのようだ。

 モノカは、急いで、ドアを開けた。


「ど、どうしたの?」


「いや、お風呂の時間だよ」


「あ、そうだった」


 モノカが、慌てて、アキリオに尋ねる。

 アキリオは、お風呂の時間だと告げに来たのだ。

 もうそんな時間かと、心の中でつぶやく、モノカ。

 集中していたため、時間が経っていた事に気付いていなかったのだ。

 だが、モノカの様子は、いつもと違う。

 その様子は、挙動不審のようだ。 

 アキリオは、モノカの様子に気付いていた。


「どうしたの?」


「ううん、何でもないよ」


「本当に?何かあったら、言うんだよ」


「大丈夫。ほら、もう、お風呂、入るから」


「あ、うん」


 アキリオに尋ねられても、モノカは、何も言おうとしない。

 それどころか、強引にアキリオを追いだしてしまう。

 やはり、何か、隠しているようだ。

 アキリオは、そう、察した。



 翌日、アキリオは、モノカが買い物に行っている間、リュンに相談した。

 もちろん、自分の過去をモノカに打ち明けた事を説明して。


「え?モノカちゃんが?何か、隠してる?」


「うん。やっぱり、話すべきじゃなかったのかな……」


 アキリオは、悩んでいるようだ。

 自分の過去を話すべきではなかったのかもしれない。

 おそらく、それが原因で、モノカは、部屋に閉じこもってしまったのだろう。

 まるで、一人で、何か、考えているようだ。


「俺は、よくわからないけど、隠すよりも、話したほうが、いい事もあると思うぜ」


 リュンは、アキリオに、語りかける。

 隠し通すよりも、話したほうが、アキリオにとっても、モノカにとっても、いい事があるかもしれないと。

 かつて、自分も、祖母と旅行に行けなかった時の事を隠していた。 

 だが、アキリオが、自分の悩みに、気付いてくれたからこそ、祖母は、後悔することなく、息を引き取った。

 だから、今回も、隠すよりも、話した方がいいのではないかと、リュンは、推測したようだ。


「思いつめてるってわけじゃなかったんだろ?」


「うん。隠してるって感じだった」


 確かに、リュンの言う通りだ。

 モノカは、思いつめているというわけではない。

 何か、隠しているというだけだ。

 モノカは、いつものように、笑顔をアキリオにも、お客にも、見せている。

 感情を押し殺しているわけではなく。

 

「だったら、大丈夫だよ」


「そうだね。ありがとう」


 リュンの言葉を聞いたアキリオは、うなずく。

 悩んでいるわけではない。

 つまり、自分がしたことは、間違いではないという事だ。

 モノカも、ちゃんと、話してくれるであろう。

 アキリオは、信じていた。



 三日後、夕方ごろになると、モノカは、いつものように買い物に出かけた。

 相変わらず、何か、隠し事をしており、アキリオには、教えようとはしないが、アキリオは、悩んでいるわけではないと、推測し、モノカの様子をうかがった。


「いってきます」


「いってらっしゃい」


 モノカは、アキリオに背を向け、店を出ようとする。

 だが、その時であった。


「わっ!!」


 モノカは、勢いよく、転んでしまう。

 アキリオは、慌てて、モノカの元へと駆け寄った。


「モノカ、大丈夫!?」


「あ、うん」


 モノカは、すぐさま、立ち上がる。

 怪我はしていないようだ。

 怪我がなくてよかったと、アキリオは、安堵した。


「ごめんね。いってくるね」


「う、うん」


 立ち上がったモノカは、アキリオに手を振り、気を取り直して、店を出る。

 アキリオも、モノカに手を振って、見送った。

 しかし……。


「あれ?」


 アキリオは、床を見た途端、驚く。

 モノカが転んだ場所に羽が落ちていたのだ。

 それも、魔法石がついている。

 間違いなく、魔法具だ。

 アキリオは、その魔法具を拾い上げた。


「これ……セイナの?」


 アキリオは、その魔法具を目にして、すぐ、見抜いた。

 これは、間違いなく、セイナの魔法具だ。

 卒業式の日に、セイナに送ったもの。

 アキリオは、見間違えるはずがなかった。

 なにせ、魔法装具の裏に、刻んだからだ。

 セイナの名を。

 アキリオは、魔法装具の裏を見る。

 そこには、セイナの名が刻まれていた。


「どうして、モノカが?」


 アキリオは、困惑した。

 なぜ、セイナの魔法具をモノカが持っていたのか。

 そして、彼女が、何者なのかを……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る