第三十五話 突然の別れ
「なんで、父さんが……」
テレビに映っているジンを見たアキリオは、目を疑う。
まさか、ジンが、テレビに出るとは、思いもよらなかったのだろう。
いや、これまで、テレビに出なかった方が、不思議なくらいだ。
「シエル」は、魔法具を開発した会社なのだから。
今、魔法具が、使えるのは、「シエル」のおかげと言っても過言ではない。
アキリオは、目をそらせず、テレビのリモコンを手に取ることもできず、テレビに映るジンの様子をうかがった。
『これは、まだ、試作段階です。ですが、良い魔法具になるでしょう』
ジンは、魔法具を手にして、淡々と説明する。
まだ、試作の魔法具のようだ。
それが、大々的にテレビに取り上げられているという事は、それほど、期待が高まる物なのだろう。
『この魔法具は、量産型だと聞きました。そんなに多く作ることができるのでしょうか』
『もちろんです。工場をフル稼働させていますからね。今は、工場で魔法具を作る時代ですよ。手作りなど、時代遅れです』
ジンは、堂々と告げる。
もはや、手作りの魔法具など、時代遅れだと。
まるで、アキリオの魔法具を否定しているかのようだ。
アキリオは、うつむき、落ち込んだ。
「なんで、そういうこと言うかな……。わかってないな。父さんは……」
「モン・トレゾール」が、有名になれば、ジンも、認めてくれる。
そんな気がしたアキリオ。
だが、その期待は、一気に崩れ去る。
たとえ、「モン・トレゾール」が、有名になったところで、ジンが、認めるとは限らない。
いや、認めるはずがなかった。
なぜ、そんな事がわからなかったのだろうか。
アキリオは、絶望に突き落とされた感覚に陥っていた。
昼食を食べ終えたアキリオは、すぐに店を再開する。
まだ、セイナは、戻っていない。
だが、セイナのことを心配する余裕すらアキリオには、なかった。
その時だ。
お客が店に入ってきたのは。
「いらっしゃいませ」
アキリオは、頭を下げる。
だが、お客を見た途端、アキリオは、体を硬直させてしまった。
――あれ?この間の。
店を訪れた客は、なんと、昨日、オーダーメイドの魔法具を受け取った男性のお客だからだ。
それも、魔法具を抱えて、申し訳なさそうな表情を浮かべている。
一体、どうしたのだろうか。
「どうされました?不具合でもありましたか?」
「……いえ」
「では、どうされました?」
「……返品したいのです」
「え?な、なぜ?」
アキリオは、男性に問いかける。
何か、不具合を起こしてしまったのかと、不安に駆られて。
だが、そうではないらしい。
アキリオは、安堵しかけるが、男性は、衝撃的な言葉をアキリオにつきつける。
なんと、魔法具を返品したいというのだ。
アキリオは、困惑した。
確かに、満足できなければ、返品は、可能だ。
だが、その魔法具は、自信作。
ゆえに、理解できず、困惑した。
「この魔法具、とても、使いやすかったです。でも、違いました」
「え?」
「私が、求めてる魔法具ではななかったんです。だから……すみません……」
男性にとって、この魔法具は、使い勝手はよかった。
当然であろう。
アキリオは、機能性を重視したのだから。
だが、それは、男性が、求めている魔法具ではなかった。
男性は、申し訳なさそうに、謝罪し、魔法具をアキリオに差し出した。
「そ、そんな、その魔法具は、貴方にとって、良いはずです。機能性もいいし、だから……」
「私が叶えたい願いじゃないんです!!」
アキリオは、受け取る事がどうしてもできず、説得を試みる。
だが、男性は、思わず、声を荒げてしまった。
この魔法具は、男性の願いを叶えられなかったのだ。
アキリオは、絶句し、言葉を失った。
説得もできないほどに。
「す、すみません。本当に……」
「いえ、こちらこそ、申し訳ございませんでした……」
男性は、我に返り、謝罪する。
アキリオも、反省し、頭を下げて、謝罪し、魔法具を受け取り、返品対応を行った。
男性が、店から去り、アキリオは、頭を抱えて、悩む。
何が行けなかったのか、未だ、理解できずに。
その時だ。
セイナが、店に戻ってきたのは。
「ただいま」
「お帰りなさい……遅かったね」
「うん、ごめんね。あのね、実は……」
セイナは、遅くなってしまった理由を語ろうとする。
それも嬉しそうに。
だが、セイナは、それを中断させてしまった。
なぜなら、あのオーダーメイドの魔法具が目に留まったからだ。
「どうしたの?それ、この間の……」
「返品だって」
「え?」
「求めてる魔法具じゃなかったんだって……」
セイナは、困惑し、アキリオに問いかける。
アキリオは、静かに、説明した。
その魔法具は、お客にとっては、求めていた魔法具ではなかったのだと。
セイナは、言葉を失ってしまう。
返品されたのは、初めてだったからだ。
セイナは、アキリオにかけてあげられる言葉が見つからなかった。
「なんでかな。父さんにも認めてもらえないし、うまくいかない……。なんで……」
アキリオは、頭を抱えていた。
なぜ、自分の魔法具は、認められないのか。
なぜ、わかってもらえないのか。
まるで、迷宮に迷い込んだ気分だ。
出口は、見えてこない。
そんなアキリオを目にしたセイナは、意を決したかのように、アキリオに歩み寄った。
「あのね、アキ君。アキ君は、誰の為に、魔法具を作ってるの?」
「え?」
「自分の為じゃないでしょ?お客さんの為でしょ?」
「……」
セイナは、ついに、アキリオに問いかけた。
昨日から、ずっと、思っていた事だ。
アキリオは、忘れてしまっていると。
まるで、アキリオは、自分の為に、魔法具を作っているみたいだ。
だからこそ、思い出してほしかった。
オーダーメイドをやろうと決意した理由を。
悩んでいる人達の為に、魔法具を作りたいと願ったあの頃を。
だが、アキリオは、返事をしようとしなかった。
「アキ君、言ってたじゃない。悩みを解決した言って。だから、オーダーメイド、始めたんだよね?」
「……」
セイナは、語り続ける。
だが、アキリオは、返事をしようとせず、うつむいたままだ。
それでも、セイナは、語りかけた。
アキリオの為を思って……。
「だから、昔みたいに、お客さんの事を考えて、作ったら、きっと……」
「うるさい!!」
セイナは、語り続ける。
だが、ついに、アキリオが、声を荒げた。
セイナは、驚き、体が跳ね上がり、何も言えなくなってしまった。
「君に何がわかるんだよ!!僕の気持ちなんか、わかるわけがない!!」
「ごめんなさい……」
アキリオは、声を荒げる。
溜め込んでいた怒りをセイナにぶつけてしまったのだ。
セイナは、落ち込み、謝罪する。
だが、アキリオは、返事をしようとしない。
セイナは、背を向け、部屋に戻ってしまった。
それから、一週間、二人は、会話を交わさなかった。
食事は、一緒にとってはいるものの、どちらも、話しかけようとはしない。
お店の方は、セイナも、笑顔を絶やさず、対応している。
感情を押し殺して。
だが、セイナは、具合が悪く、いつも、洗面所に駆けこむことが多くなった。
それでも、アキリオは、反応しようとしない。
店番を交代することはあっても……。
夜、アキリオは、部屋で、一人、考え事をしていた。
「はぁ……」
アキリオは、ため息をつく。
実は、反省していたのだ。
セイナの言葉を思い返して。
――よくよく考えたら、セイナの言う通りだったな……。
アキリオは、ようやく、気付いた。
自分が、いかに、愚かであったか。
セイナの事も、お客の事も、考えていなかった。
アキリオは、引き出しから、指輪が入ったケースを取り出した。
「明日、謝ろう。ちゃんと、仲直りして、言おう。結婚してくださいって」
アキリオは、決意を固めた。
セイナに謝罪しようと。
そして、プロポーズしようと。
自分には、セイナしかいないのだ。
セイナの支えなしでは、店は、成り立たない。
アキリオは、ようやく、セイナが、どれほど、支えてくれていたか気付いた。
翌日、アキリオは、いつものように、起床し、ダイニングで、朝食を用意した。
もちろん、二人分だ。
だが、待っても待っても、セイナは、ダイニングに来なかった。
――セイナ、遅いな……。もしかして、病気で、悪化したのかな……。
アキリオは、不安に駆られた。
病気が、悪化したのかもしれない。
そう思うと、居ても立っても居られず、アキリオは、ダイニングを出て、セイナの部屋にたどり着いた。
「セイナ?入るよ?」
アキリオは、ノックをしながら、セイナに呼びかける。
だが、返事はない。
やはり、重い病気だったのではないか。
アキリオは、不安に駆られ、すぐさま、ドアを開けた。
しかし……。
「え?」
アキリオは、驚愕し、立ち止まった。
セイナは、いなかったのだ。
どこにも……。
「なんで、いないの?」
困惑するアキリオ。
その時だ。
机の上に手紙が置いてあったのに気付いたのは。
「手紙?」
アキリオは、手紙を手に取り、読み始める。
すると、体を震わせ、すぐさま、家を出て、走った。
まるで、セイナを追いかけるように。
手紙には、こう、記されてあった。
アキ君へ。
ごめんなさい。突然、いなくなって。私、自信がなくなっちゃった。このままだと、アキ君を傷つけてしまうだけだと思う。だから、ここを出ていきます。
本当にごめんなさい。
アキ君と一緒に過ごせて楽しかったよ。たくさんの笑顔が見れた。たくさんの思い出が作れた。
ありがとう、アキ君。幸せになってね。素敵な人、見つけてね。アキ君なら、見つけられるから。
さようなら。
セイナ
セイナは、アキリオの前から姿を消してしまったのだ。
アキリオに告げることなく。
だが、きっと、遠くには行っていないはず。
アキリオは、セイナを見つけられると信じ、走り続けた。
だが、走っても走っても、セイナを見つける事はできず、ついに、アキリオは、立ち止まり、荒い呼吸を繰り返した。
見回しても、セイナの姿はない。
彼女は、見つけられなかった。
「なんで、どうして……。セイナ……」
アキリオは、涙を流す。
後悔していた。
セイナを傷つけてしまった事を。
その日から、アキリオは、セイナに会っていない。
もう、会えなくなってしまった。
一番、大事な人を幸せにすることができないまま……。
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