第三十四話 欲望に憑りつかれて

 アキリオの話を静かに聞いていたモノカは、嬉しそうだ。

 まるで、自分の事のように喜んでいるかのようであった。


「初めてのオーダーメイド、成功だったんだね」


「うん。おかげで、評判もよくなってね。お客さんが、来てくれるようになったんだ。リピーターも含めてね」


 オーダーメイドが成功したおかげで、「モン・トレゾール」の評判は上がっていった。

 口コミで、多くのお客が来るようになり、アキリオも、セイナも、大忙しだったのだ。

 それでも、アキリオとセイナにとっては、幸せであった。

 二人三脚でお店を続けられるのだから。 

 こんなにうれしいことはないだろう。


「でも、長くは続かなかったな」


「え?」


「去年の春ごろ、セイナは……いなくなっちゃったんだ……。僕がセイナを責めたから……」


 その幸せは、突如、なくなってしまった。

 モノカが、「モン・トレゾール」に来る一か月前の事だ。

 セイナは、アキリオの前から姿を消してしまったのだ。

 しかも、自分の責任だと、責めて……。



 「モン・トレゾール」が、オープンしてから二年後の事だ。

 アキリオは、作業場で、密かに、ある物を作っていた。

 それは、魔法具ではなかった。


「よし、できた」


 アキリオは、額の汗を手で拭う。

 彼が作っていたある物とは、指輪だ。

 結婚指輪だ。

 アキリオは、決意したのだ。

 セイナと結婚しようと。

 お店の方で大忙しであった二人だが、少しずつ、落ち着いてきたため、アキリオは、決意を固めた。

 この結婚指輪は、自分で作ったのだ。

 と言っても、セイナのサイズをこっそり聞くのに、苦労したし、作るのにも、時間がかかった。


「セイナ、気に入ってくれるかな……。いや、それより、承諾してくれるかだよね……」


 アキリオは、少々、不安に駆られているようだ。

 セイナは、自分との結婚を承諾してくれるだろうか。

 もし、困惑されてしまったらと不安に駆られていたため、中々、結婚に踏み出せなかったのも、事実であった。

 それでも、アキリオは、セイナと過ごして、幸せを感じていた。

 だからこそ、家族になりたいと願っていたのだ。


「ちゃんと言おう。練習とかしないと……」


 アキリオは、心を落ち着かせるため、深呼吸する。

 プロポーズの練習もしなければと、考えて。

 緊張して、失敗しないためであろう。

 いかにも、アキリオらしい。


「とりあえず、今は、店の様子を見に行こう。うん」


 今は、店の方も気がかりだ。

 アキリオは、結婚指輪をケースに入れて、作業場から出た。


 

 作業場から、店に出るアキリオ。

 すると、セイナが、接客を行っているようだ。

 セイナは、魔法具を包装紙に包みこみ、紙袋に入れて、お客に手渡す。

 お客も、お金を支払い、セイナは、受け取った。


「ありがとうございました」


 セイナは、嬉しそうに、お辞儀をする。

 お客も、嬉しそうな笑みを浮かべ、お辞儀をして、店を去った。

 棚の方は、いくつか、魔法具がなくなっている。

 売れているようだ。


――うまく、いってるみたいで良かった……。


 アキリオは、今日も、お店がうまくいっていると確信し、安堵している。

 ここまで来るのに、正直、苦労した。

 オーダーメイドが、成功し、口コミで広まったのだが、赤字が続いた日もあったのだ。

 それでも、セイナの支え、リュンやトウハの後押しもあり、お店は、繁盛するまでに至った。

 感謝しても、しきれないくらいだ。


――後は、父さんに認めてもらえれば……。


 最近、アキリオは、ある願いを持つようになってしまった。

 それは、父親であるジンに認められたいという欲望だ。

 大喧嘩してから、アキリオは、ジンと会っていない。

 会うつもりはなかった。

 だが、心のどこかで、認めてほしいと思うようになっていったのだ。

 今は、お店も、成功している。

 だからこそ、欲が生まれてしまったのだろう。

 欲を抱えたまま、アキリオは、セイナの元へと歩み寄った。


「お疲れ」


「あ、アキ君、お疲れ」


「どう?」


「今日も、売り上げ絶好調って感じだよ」


「そっか」


 アキリオは、確認するようにセイナに問いかける。

 調子がいいようだ。

 やはり、思った通りと言ったところであろう。

 セイナも、嬉しそうだ。

 お客の笑みを見たからなのだろう。

 正直、売り上げよりも、お客の笑みを見られることの方が、うれしい。

 それは、アキリオの魔法具が認められている証拠だからだ。

 アキリオの魔法具が、人々を幸せにしているという証拠だからだ。

 セイナは、そう、思っていた。 

 しかし……。


「これで、いつかは、父さんに認めてもらえるかな」


「え?」


 アキリオは、無意識のうちに、呟いてしまう。

 自分の欲を。

 セイナは、驚き、アキリオを凝視した。

 どうしたのだろうと、不安に駆られて。


「喧嘩した時にね、言われたんだ。お前の夢は叶うはずがないって、現実をよく見ろって。すごく、悔しかった」


 アキリオは、思い出すように語る。

 卒業式の後、ジンと大喧嘩した時の事を。

 ジンに言われた事をアキリオは、引きずっていたのだ。

 悔しくてたまらなかった。

 なぜ、叶うはずがないと言われてしまうのか。

 しかも、手作りの魔法具は、時代遅れであり、不要だと言われてしまったのだ。

 まるで、自分の考えを否定された気がしていた。


「だから、いつか、認めてもらいたいんだ」


「そ、そうだね……」


 アキリオは、ジンに認められたかった。

 「モン・トレゾール」が有名になれば、いつか、ジンの目に留まる。

 ジンは、自分の事を認めてくれるのではないかと。

 見返してやりたいと思うようになってしまったのだ。

 セイナは、まるで、アキリオが、別人に見えてしまい、一抹の不安を感じていた。


「そうだ。オーダーメイドのお客さん、そろそろ、来るから、準備しよう」


「あ、うん」


 今日は、オーダーメイドを注文したお客が来る日だ。

 アキリオは、張り切っている。

 自信作だと言っていたから、当然であろう。

 だが、セイナは、どこか、不安を抱いていた。

 それを、アキリオに言う事もできずに……。



 しばらくすると、オーダーメイドを注文した男性のお客が入ってくる。

 アキリオは、お客に魔法具を渡し、説明するが、セイナも、お客も、少し、困惑気味だ。

 それでも、アキリオは、セイナ達の心情に気付くことなく、説明し続けた。

 男性は、戸惑いながらも、それを手にし、アキリオ達に背を向けて、お店から出た。


「ありがとうございました」


 アキリオは、嬉しそうに頭を下げる。

 満足しているようだ。

 しかし、セイナは、不安そうな表情を浮かべていた。


「ねぇ、アキ君」


「ん?どうしたの?」


「さっきの魔法具って」


「うん、機能性を重視したんだ。使いやすくなってると思う」


 セイナは、問いかける。

 先ほどの魔法具が気になったのだろう。

 アキリオは、自慢げに語った。

 あの魔法具は、機能性を重視したのだと。

 お客の願いを叶える夜と言うよりも、使い勝手を重視したように思える。

 だからなのだろう。

 セイナも、お客も、困惑したのは。


「機能性なんだ」


「ん?どうしたの?」


「あ、うん。何でもない」


 「機能性」と言う言葉が、引っかかったセイナ。

 確かに、機能性も大事であろう。 

 だが、一番、大事な事を忘れている気がする。

 アキリオに、言いたいセイナであったが、肝心な事は、言いだせなかった。

 その時だ。


「うっ」


 セイナが、口を押さえてうずくまる。

 アキリオは、慌てて、セイナの元へ駆け寄った。


「どうしたの?」


「ごめん、ちょっと、気持ち悪くて」


「大丈夫?休んだほうがいいよ」


「うん」


 セイナは、気分悪いらしい。

 顔色も悪そうだ。

 アキリオは、セイナを気遣い、部屋で休むよう促す。

 セイナは、うなずき、部屋へと戻っていった。

 アキリオは、セイナの事を心配そうに見つめていた。



 セイナの事を聞いたモノカは、不安に駆られた様子を見せた。


「セイナさん、病気だったの?」


「わからない。その時から、僕は、憑りつかれていたから」


「憑りつかれてた?」


 アキリオは、セイナの異変に気付かなかったという。

 病気だったのかさえ、不明だったようだ。

 そのころの、アキリオは、憑りつかれていたという。

 しかし、憑りつかれていたというのは、どういう意味だろうか。

 思考を巡らせるモノカであったが、見当もつかなかった。


「うん。父さんに認められたいって、ずっと、強く願ってた。だから、セイナを傷つけた……」


 アキリオは、欲望に憑りつかれていたのだ。

 父親に認められたいという欲望に。

 それゆえに、セイナの異変に気付くことなく、セイナを傷つけてしまった。

 それが、悲劇につながると知らずに……。



 オーダーメイドを男性のお客に手渡した翌日、アキリオは、一人で、店番をしていた。

 セイナが、病院に行っているからだ。

 あれから、調子は、良くないらしい。

 アキリオは、セイナを心配し、病院に行くよう促し、セイナは、病院に行くことにしたのであった。


「ありがとうございました」


 多くのお客が魔法具を手に取ってくれる。

 アキリオは、嬉しそうに、頭を下げた。


「今日も、売れたなぁ……」


 今日も、売れ行きは好調だ。

 いや、絶好調と言っても過言ではない。

 アキリオにとっては、うれしい事だ。

 ますます、欲望に憑りつかれてしまうとは、気付かないほどに。


「セイナ、そろそろ、戻ってくるかな」


 時刻は、十二時を過ぎている。 

 そろそろ、セイナが、戻ってくる頃合いだろう。

 アキリオは、一度、お店を閉め、休むことにした。


――セイナ、今日も、具合悪そうだけど、大丈夫かな……。病気じゃないといんだけど。


 リュンからもらったパンをほおばるアキリオ。

 一人で食べる昼食は、どこか、寂しい。 

 寂しさを紛らわすため、アキリオは、テレビをつけることした。

 だが、その時であった。


『素晴らしい魔法具ですね。ジン社長』


「え?」


 テレビに映っていたのは、アナウンサーとジンだ。

 なんと、ジンは、テレビに出演していたのであった。

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