第三十三話 オーダーメイド

 アキリオとセイナのお店、「モン・トレゾール」が、オープンしてから、一か月が経った。

 まだ、お客は、少ないが、少しずつ、増えてきている。

 順調と言っていいだろう。

 向かい側のパン屋の息子・リュンやセイナの友人・トウハも、お店に来てくれる。

 リュンは、パンを差し入れでくれたり、トウハは、手伝ってくれる。

 本当に、心強い事だ。

 アキリオも、セイナも、皆に支えられていると感じていた。


「うん、いい感じだね」


「そうだね」


 アキリオとセイナは、手ごたえを感じているようだ。

 作業場から店に入ったアキリオは、新しい魔法具をセイナに渡し、セイナは、棚に並べた。

 どれも、美しく、おしゃれだ。

 まだ、多く残っているが、少しずつ、売れてくるであろう。

 アキリオも、セイナも、そう、確信していた。


「もう少し、お客さんが、増えるといいんだけど」


「チラシは、配ったし。ポスターは、貼れる所は貼ったし」


 と言っても、それは、先の話。

 あと、もう少し、お客が増えれば、うまくいくのではないかと、アキリオとセイナは、推測しているようだ。 

 アキリオは、セイナと共に、手作りのチラシやポスターで宣伝した。

 そのおかげで、お客が、ここに立ち寄り、魔法具を手に取り、満足そうな笑みを浮かべて、店を出たのだ。

 となれば、出来はいいと言ったところであろう。


「呼びこみしてみるとか」


「それ、いいかも」


 アキリオは、呼び込みを提案する。

 セイナも、賛同してくれた。

 大変ではあるが、こういった提案を考えるのも、楽しい。

 おそらく、セイナと一緒だからであろう。

 アキリオは、セイナが、いてくれて本当によかったと、心の底から思っていた。


「あと、オーダーメイドが、成功すれば、うまくいくかもね」


「プレッシャーだよ」


「頑張ってね」


 セイナは、オーダーメイドがうまくいけば、口コミで、来てくれるかもしれないと推測する。

 と言っても、オーダーメイドができる日は、週末と決まっている。

 その理由は、お店に置く魔法具も、作らなければならないからだ。

 効率よくするには、週末だけ、オーダーメイドを受け入れたほうがいいのではないかとアキリオは、推測した。

 だが、それも、やってみなければ、わからない。

 それに、オーダーメイドが、成功するかは、アキリオ次第だ。

 アキリオは、プレッシャーだと、苦笑したが、セイナが、アキリオを後押しした。

 その時だ。

 一人の女性が、店に入ってきたのは。


「あの、すみません」


「はい」


「オーダーメイドをお願いしたいんですけど」


 女性は、オーダーメイドを頼みたいと告げる。 

 初めてのオーダーメイドだ。

 アキリオは、張り切り、セイナは、お客を椅子に座らせる。

 アキリオも、女性の前に座り、話を聞き始めた。


「飼っていたインコがいなくなってしまったんですか?」


「はい。どうしても、見つけたくて……。魔法具で何とかなりませんか?」


 女性曰く、飼っていたインコが、行方不明になってしまったそうだ。

 魔法具で、インコを見つけたいのだろう。

 女性は、アキリオに、懇願し、アキリオは、じっと、女性の目を見つめた。

 まるで、彼女の心の中を見ているようだ。


「わかりました。でも、少しだけ、お時間をいただけませんか?」


「はい。お願いします」


 アキリオは、女性の依頼を受け入れいた。

 だが、時間が欲しいと告げて。

 女性は、反対することなく、それを受け入れた。

 インコが見つかるのを期待しているからであろう。


 

 アキリオは、女性の連絡先を聞き、女性は、店から出た。

 これで、オーダーメイドが、うまくいけば、お客も増えるかもしれない。

 セイナは、淡い期待を抱いていた。

 しかし……。


「うーん」


「どうしたの?ずっと、考え事してる」


「うん、さっきのお客さんの事でね」


「何かあったの?」


「うん」


 夕食を食べている間、アキリオは、考え事をしている。

 女性が去った後から、ずっとだ。

 セイナは、アキリオの作業場の様子を見た時も、何か、考え事をしているように見えた。

 アキリオは、何に悩んでいるのであろうか。


「さっき、クラルテ・オイユを使ったんだ。でも……」


「でも?」


「読み取れなかった。何か、隠してるんだと思う」


 アキリオは、女性の目をじっと見た時、クラルテ・オイユを発動していたのだ。

 だが、女性の心情は、読み取れなかった。

 何か、隠しているのだろう。

 アキリオは、そう、推測していた。


「そうなんだ。それで、時間が欲しいって言ったんだね」


「うん。もう少し、詳しくわかればなぁ……」


 時間が欲しいと言ったのは、女性の心情を読み解くのに、時間がかかると予想したからだ。

 彼女の本当の願いを知らなければならない。

 だが、もう少しだけ、詳しくわかれば、女性の願いを叶える事はできるであろう。

 セイナも、アキリオの役に立ちたいと願っていた。



 その日の夜、セイナは、不思議な夢を見た。

 それは、女性の過去だ。

 セイナは、彼女の過去を夢で見たのだ。

 魔法を発動して。

 日の光が、差し込み、セイナは、目を覚まし、起き上がった。


「あれ?今のって……」


 目を覚ました途端、セイナは、気付いた。

 女性の過去を夢で見たのだと。

 あの魔法が、無意識のうちに発動されてしまったのだと。



 セイナは、いつものように、仕事をしている。

 だが、どこか、上の空だ。

 あの女性の過去の事を考えているからであろう。

 アキリオも、セイナの異変に気付いていた。

 考え事をしながら、歩くセイナ。

 すると……。


「わっ!!」


 セイナは、躓き、転びかける。

 だが、アキリオが、とっさに、セイナを腕をつかみ、引っ張ったのだ。

 おかげで、セイナは、転ばずに済んだのであった。


「危ないよ」


「ありがとう」


 アキリオに引っ張られたセイナは、体勢を整える。

 だが、やはり、考えてしまうようだ。

 彼女の事を。

 アキリオは、セイナの様子に、気付いた。


「なんかあった?」


「え?」


「考え事してるよ」


 アキリオは、セイナに問いかけ、セイナは、驚いた。

 まさか、アキリオが気付いているとは、思ってもみなかったのだろう。

 セイナは、あっけにとられているが、アキリオは、穏やかな表情を浮かべていた。


「何か、悩みがあるなら、言って」


「実はね……」


 セイナは、ゆっくり語り始める。

 夢で、女性の過去を見たことを。

 アキリオは、静かに聞いていた。


「そっか。そんな事が」


「うん。子供の頃から、たまに、見るの」


「不思議な魔法だね。初めて聞くよ」


「うん……」


 アキリオは、魔法に詳しい。

 だが、セイナが、発動した魔法は聞いたことがない。

 全て、網羅したと思っていたのだが、そうではないらしい。

 まるで、セイナは、特別な魔法を与えられたかのようだ。

 アキリオは、そう、感じていた。


「あのね、信じられないかもしれないけど。私、時の民なの」


「え?あの神話に出てくる?」


「そう」


 セイナは、意を決したかのように語り始める。

 自分は、時の民だと。

 時の民とは、神話に出てくる種族なのだ。

 特別な力をもらったという。 

 アキリオも、魔法の勉強をしている時に、時の民のことを知ったのだ。

 単なる御伽噺の程度だと思っていたのだが、そうではないらしい。


「時の民は、神様から、特別な魔法を与えられたの。それは、夢で過去を見る魔法。レーヴ・パッセって言うんだって。昔、お父さんとお母さんに聞いたの」


 セイナは、幼い頃、両親から聞かされたようだ。

 無意識にレーヴ・パッセを発動した時に。

 アキリオは、何も言わず、ただただ、静かに聞いていた。


「私、うまく制御できないから、研究所で、調べて、制御できるようにって思ったんだけど、中々、うまくいかなくて……」


 セイナが、研究所で働こうと決意した理由は、自分の力を制御するためだ。

 大学に入学したのも、そのためであったが、制御はできていない。

 それは、今も。

 静かに語るセイナに対して、アキリオは、なんの反応も示さない。

 やはり、信じられないのであろうか。


「やっぱり、信じられないよね?ごめん、今の忘れて」


 セイナは、謝罪し、今の話は忘れてほしいと告げる。

 信じられるはずがない。

 自分が、神話に出てくる時の民だなんて。

 セイナは、そう、推測したのだろう。

 話すべきではなかったのかもしれないと。

 しかし……。


「すごいよ」


「え?」


「すごいよ!!まさか、そんなすごい魔法が唱えられるなんて」


 意外な反応だった。

 アキリオは、感心しているのだ。

 それも、子供のようにはしゃいで。

 セイナも、あっけにとられていた。


「信じてくれるの?」


「当たり前だよ。だって、魔法は、神様が、与えてくれた奇跡だよ」


「そうだったね」


 恐る恐るアキリオに問いかけるセイナ。

 なぜ、彼が、時の民のことを信じてくれたのか、見当もつかないからだ。

 アキリオは、魔法こそが神様が与えてくれた奇跡だと信じていた。

 だからこそ、セイナが、唱える魔法も、神様がくれた奇跡だと信じられるのだ。

 確かに、言われてみれば、魔法が使えるのは、奇跡なのだろう。

 当たり前の事だと思っていたのだが、実は、違っていたのかもしれない。

 セイナも、納得し、穏やかな表情を浮かべていた。


「それで、さっきの人の願い、叶えられないかな?」


「そうだね……」


 セイナは、アキリオに問いかける。

 女性の願いを叶えれられないかと。

 アキリオは、静かに目を閉じ、集中し始める。

 リヤン・ラングを使い始めたのだ。

 女性が語った言葉とセイナが夢で得た言葉をつなぎ合わせて。

 すると、一つの答えへとつながり、アキリオは、目を開けた。


「うん、良い魔法具が作れそう」


「本当?」


「うん」


 全てが、つながった時、アキリオは、確信を得た。 

 女性の願いを叶えられるようだ。

 セイナは、尋ねると、アキリオは、うなずく。

 彼の様子をうかがっていたセイナは、微笑んだ。



 翌日、オーダーメイドの魔法具が完成し、アキリオは、女性に説明する。

 すると、女性は涙を浮かべて、お礼の言葉を述べた。

 実は、インコがいなくなった理由は、彼女が、自由にしてあげたいと望んだかららしい。

 だが、インコが戻らなくなり、後悔してしまったという。

 心配でたまらなくなり、アキリオに助けを求めたのだ。

 アキリオは、魔法具でインコを呼び戻すのではなく、インコの様子が見れる鏡を作った。

 自由に生きるインコを見守ってほしいと願って。

 女性は、嬉しそうな笑みを浮かべ、魔法具を手にし、店を去った。


「良かった。あの人、嬉しそうだったね」


「そうだね」


 オーダーメイドは、うまくいったようだ。

 アキリオとセイナは、確信を得ていた。

 それが、きっかけで、「モン・トレゾール」は、幸せを呼ぶ魔法具店と呼ばれるようになる。

 だけど、誰も知らない。

 二年後、セイナがアキリオの元から去ってしまうとは……。

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