第三十二話 自分だけの魔法具店

 アキリオは、信じられずにいる。

 セイナが、研究所をやめたという事に対して。

 何かの冗談ではないかと思うほどに。

 だが、セイナは、いつになく真剣だ。

 よく見ると、大きなキャリーケースを手にしている。

 旅行でここを訪れたわけではないようだ。

 本当に、やめてきたのであろう。


「なんで、夢、だったんでしょ?」


「うん。でもね、見つけたの。もう一つ」


「何?」


「アキ君の店をお手伝いしたい」


 セイナは、穏やかな表情で語る。 

 アキリオの店の手伝いをしたいというのだ。

 だが、それは、先の先の話だ。

 いつになるかわからない。

 もしかしたら、叶わないかもしれない。

 それでも、セイナは、自分についてきてくれるのであろうか。


「だめ、かな?」


「で、でも……いいの?」


「うん。一年間、離れてわかったの。アキ君と一緒がいい」


 セイナは、不安に駆られてしまったようだ。

 アキリオに、問いかける。

 やはり、自分が、ついてきては、お荷物になるだけなのだろうかと。

 だが、アキリオは、セイナの心配をしているだけだ。

 本当によかったのかと。

 セイナの決意は、変わらなかった。

 一年間、離れて、気付いたのだ。

 アキリオと一緒に生きたい。

 アキリオの店で働きたい。

 それが、セイナのもう一つの夢であった。

 セイナは、カバンから、茶封筒を取り出し、アキリオに差し出した。


「これ、資金に使って。あまり、ないけど……」


 セイナは、自分で働いて貯めたお金をアキリオに差し出したのだ。

 いつか、店の資金になるように。

 本当に、覚悟を決めたのだろう。

 だが、アキリオは、セイナの手にそっと触れて、セイナに戻す。

 それも、優しく、穏やかな表情を浮かべて。


「これは、セイナが、使って。セイナが、働いて、貯めたお金なんだから」


「でも」


「僕なら、大丈夫。セイナとなら、お店が、開けそうだし」


「うん」


 アキリオにとっては、ありがたい事だ。

 だが、それは、セイナが、汗水流して、貯めたお金。

 セイナの願いであっても、それは、使えない。

 いつか、セイナが、困った時に使ってほしい。

 アキリオは、そう願っていた。

 アキリオの心情を察したセイナであったが、それでも、心配する。

 アキリオは、静かにうなずいた。

 なぜなら、セイナが、いてくれるだけで、心強いからだ。

 セイナとなら、魔法具店を開ける。 

 アキリオは、そう、確信していた。


「よろしくね、アキ君」


「うん」


 アキリオとセイナは、微笑む。

 こうして、二人の生活が、始まったのであった。

 


 同棲を始めた翌日、アキリオは、セイナをアンティカ通りに連れてきた。


「わぁ。ここが、アンティカ通りなんだね!!」


「うん、いいところでしょ?」


「うん」


 セイナは、初めて、アンティカ通りを訪れたが気に入ったようだ。

 シエル大通りと比べると人は少ない。

 にぎわっているわけではない。 

 だが、どこか、落ち着くのであろう。

 心が癒される。

 アキリオは、そう、感じていた。

 だからこそ、アンティカ通りで、お店を開きたいと思っていたのだ。

 アキリオは、セイナをある場所へと連れていく。

 そこは、パン屋の向かい側にある空き家だ。

 誰も住んでいない。

 だが、レンガ調で、おしゃれな空き家だ。

 誰かが、前に、お店を開いていたのだろう。


「ここ、素敵ね」


「うん。ここ、空き家なんだって」


「へぇ」


 セイナは、この空き家を気に入ったようだ。

 アキリオも、一目見た時から、ここで、お店を開きたいと強く望んでいた。

 お店を開くには、少し、狭い感じもある。

 だが、それでも、暖かさが、感じられるのだ。

 人々がここに来たいと思えるような。


「まぁ、他にも、空き家はいっぱいあるけど、ここが、よさそうかなって」


「うん、わかる!!」


 当時、このアンティカ通りは、空き家が多かった。

 店が立ち並ぶようになったのは、「モン・トレゾール」が、繁盛してからだ。

 口コミで、少しずつ、人が、寄り始めたのだろう。

 それ以来、お店が増えてきたのだ。

 アキリオは、全ての空き家を見て周ったのだが、ここに決めたようだ。

 セイナも、同意見のようである。

 気に入ったのだろう。


「ねぇ、どんな感じにするの?」


「アンティーク調がいいかなって」


「いいね!!」


 セイナは、どのような感じにするのか、尋ねると、アキリオは、アンティーク調にすると答える。

 おしゃれで、温かみのある雰囲気にしたいと思っていたのだ。

 セイナも、賛同してくれていた。


「おしゃれな魔法具を並べたら、いいかなって思うんだけど」


「いいと思うよ」


 アキリオは、自分が、思い描いていたお店の風景を語る。

 おしゃれな棚の上に、おしゃれな魔法具を並べたいと思っているようだ。

 セイナも、うんうんと、強くうなずいていた。

 アキリオの表情を見て、うれしいのだろう。

 何せ、アキリオは、生き生きとしている。

 何よりも、うれしい事だ。


「あとは、挑戦してみたいことがあるんだ」


「何?」


「オーダーメイド」


「オーダーメイド?」


 アキリオは、魔法具店を開くうえで、挑戦したいことがあるらしい。

 それが、オーダーメイドだったのだ。

 しかし、セイナは、ピント来ていないらしい。

 なぜ、アキリオは、オーダーメイドに挑戦しようと思ったのだろうか。


「うん。皆、悩みを抱えてるでしょ?」


「そうだね」


「だから、悩みを抱えた人のための魔法具が作りたいって思ったんだ。悩みを解決できるような魔法具を」


「だから、オーダーメイドの魔法具を作りたいって思ったんだね」


「うん」


 アキリオは、語り始める。

 誰しもが、悩みを抱えて生きている。

 アキリオも、セイナもだ。

 もし、魔法具が、助けとなったのなら、悩みを解決してくれるのなら、それは、アキリオにとっても、手にした人にとっても、うれしい事だ。

 だが、悩みは、人それぞれ。

 だからこそ、アキリオは、オーダーメイドに挑戦しようと思ったのだろう。

 人々の悩みを聞き、寄り添い、自分だけのオリジナルの魔法具で、幸せにしてあげたいと。

 なんて、素敵な挑戦だろうか。

 いや、夢と言ってもいい。

 セイナは、アキリオの夢をますます、応援したくなった。


「アキ君なら、できるよ」


「ありがとう」


 セイナは、確信していた。

 アキリオの作る魔法具なら、悩みを解決し、人々を幸せにしてくれるはずだと。

 かつて、自分の時のように。

 アキリオも、照れながら、お礼を言った。


「で、もう、名前は、決まってるの?」


「もちろん」


 セイナは、アキリオに問いかける。

 アキリオは、もうすでに名前まで決めてあるようだ。


「名前は、モン・トレゾール」


「モン・トレゾール?」


 名は、「モン・トレゾール」と言うらしい。

 セイナは、どういう意味なのか、ピント来ていないようで、首を傾げた。


「私の宝物って言う意味があるんだって」


「そうなんだ。素敵だね」


「自分だけの宝物を見つけてほしくてね」


 アキリオは、「モン・トレゾール」の意味をセイナに教える。

 学生時代、アキリオは、どのような名前にするか、図書館で調べていたのだ。

 その時、「モン・トレゾール」と言う言葉、そして、意味を知り、気に入った。

 自分の作る魔法具が、宝物になってほしいという願いを込めて。


「アキ君も、見つけられるといいね」


「え?」


「自分だけの宝物」


 セイナにも、アキリオだけの宝物を、「モン・トレゾール」を見つけてほしいと願った。


「もう、見つかってるよ」


「え?」


 だが、アキリオは、もう、見つかったとセイナに話す。 

 セイナは、きょとんとした顔で、アキリオを見つめているが、アキリオは、穏やかな表情を浮かべながら、セイナを見つめている。

 アキリオの宝物は、セイナであった。


「そうだったね」


 セイナは、アキリオの宝物が何であるかを察し、嬉しそうに微笑む。

 もちろん、セイナの宝物は、アキリオだ。

 お互いが、お互いを想い合っていると、改めて、認識したのであった。


「頑張ろうね、アキ君」


「うん」


 アキリオとセイナは、誓った。

 長い年月をかけてもいい。

 必ず、ここで、自分達のお店を、「モン・トレゾール」を開くのだと。



 これまでの事を思い返しながら、語っていたアキリオ。

 モノカも、穏やかな表情で、聞いていた。


「それから、二年間、僕は、セイナとアパートで暮らしたんだ。お金がたまって、ようやく、お店を持てたんだよ」


「それが、モン・トレゾール。なんだね」


「うん」


 二年間、アキリオとセイナは、バイトで、お金を稼ぎ、ようやく、あのアンティカ通りで、自分達だけのお店を持つことができたのだ。

 そのお店こそが、ここ、「モン・トレゾール」であった。

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