第三十話 アキリオの夢

 入学してから一年が過ぎた。

 アキリオ達は、二年生だ。

 あと、三年で、アキリオ達は、卒業する。

 それまで、自分の進路を決めなければならなかった。

 もちろん、アキリオの進路は、すでに決まっている。

 生まれた時から。

 しかし、アキリオは、どうしても、叶えたい夢があった。

 


 アキリオは、自宅に帰り、ジンの部屋にたどり着いた。

 大学の事を報告するためだ。

 と言っても、本当の目的は、そこではないのだが。


「失礼します」


 アキリオは、部屋に入る。

 いつになく緊張しているようだ。

 当然であろう。

 ジンは、厳格であり、アキリオは、ジンの事が、苦手であった。

 アキリオの事は、息子ではなく、跡継ぎとしか思っていないだろうか。


「大学の方は、どうだ?」


「はい。順調です」


「そうか。なら良い」


 ジンは、アキリオに語りかける。

 もちろん、順調だ。

 成績もよく、アキリオの実力なら、問題ないだろう。

 ジンも、満足しているようだ。

 しかし……。


「あの、あの、父さん」


「なんだ?」


 アキリオは、意を決して、ジンに呼びかける。

 ジンは、ただ、尋ねただけだが、アキリオは、口ごもってしまう。

 ある事に恐れを抱いて。


「あ、いえ、何でもありません。失礼します」


 アキリオは、何も言えず、逃げるように、部屋を出てしまった。

 ジンに、本当の夢の事について、語ることができずに……。



 翌日、アキリオは、いつものように、大学へ行き、授業を受けていた。

 だが、考えている事は、自分の夢の事ばかりだ。 

 教師の言葉が、頭に入ってこなかった。

 授業が終わり、学生達は、教室を出始める。

 だが、アキリオは、まだ、立ち上がろうとせず、頬杖をついていた。


「はぁ……」


「アキ君?」


 アキリオは、思わず、ため息をついてしまう。

 その時だ。

 セイナが、トウハを連れて、アキリオに歩み寄り、話しかけてきたのは。

 アキリオは、セイナ達に気付き、顔を上げた。


「あ、セイナ」


「どうしたの?」


「何でもないよ」


「何でもないって顔してないよ。ねぇ?トウハ」


「え、ええ」


 セイナは、アキリオの様子に気付いたようだ。

 何があったのか、尋ねるが、アキリオは、何でもないとごまかす。

 だが、ごまかしきれないようで、セイナは、トウハに確認するように、問いかけるが、トウハは、困惑した表情を浮かべていた。

 これ以上、アキリオに問いかけないほうがいいと、察したのだろう。


「あとで、話すよ。ほら、次の講義、遅れるよ」


「あ、そうだった。じゃあね」


 アキリオは、後で話すと促す。

 セイナは、うなずき、アキリオとトウハの元から去った。

 アキリオ、トウハとは、別々の講義を受けているからだ。

 アキリオは、ようやく、立ち上がり、次の教室へと向かおうとした。

 だが、トウハは、アキリオをじっと、見つめている。

 一体、どうしたのだろうか。


「ん?どうしたの?」


「あ、ううん。アキリオ君、変わったなって思ったの」


「そう?」


「ええ」


 トウハは、しみじみと感じているようだ。

 アキリオは、一年の頃は、近寄りがたく、冷たい人と感じていた。 

 だが、今では、親しみやすい。

 アキリオも、気付けば、学生達と打ち解けられるようになったのだ。

 もちろん、トウハとも。

 セイナの事は、呼び捨てで呼ぶようにもなった。

 それは、変化の表れであろう。

 と言っても、セイナが、強引に呼ばせ始めたのだが。


「セイナのおかげかもしれないね」


「そうね」


 アキリオは、セイナが、友人になってくれたおかげだと思っているようだ。

 自分は、セイナのおかげで変われた。

 トウハも、同じことを思っていたようだ。

 アキリオとトウハは、微笑んでいた。


「僕達も、行こう」


「ええ」


 アキリオとトウハは、移動をし始める。

 それも、仲睦まじい様子で。

 だが、この時、アキリオは、気付いていなかった。

 トウハが、アキリオに、淡い恋心を抱いていたことは。



 講義が終わり、アキリオは、セイナと合流し、外にあるベンチに腰かけ、昼食を食べていた。

 いつのまにやら、日課となっていたのだ。

 二人で、ベンチで、昼食を食べる事が。


「ねぇ、セイナ」


「ん?」


「セイナって、夢とかある?」


 昼食を食べ終えたアキリオは、セイナに問いかける。

 ずっと、気になっていたのだ。

 皆は、夢があるのだろうか。

 セイナも、夢を持っているのだろうか、と。


「うん。あるよ。私、研究者になりたいの。魔法の研究をしてみたいなって」


「いい夢だね」


 セイナは、うなずく。

 研究者になりたいようだ。

 魔法の事を知りたいのだろう。

 セイナは、成績優秀であり、魔法も使いこなせる。

 セイナなら、研究者になれるだろう。

 アキリオは、そう、確信していた。


「アキ君は?」


「……」


「どうしたの?」


 今度は、セイナが、問いかける。

 アキリオも、夢があるのかと。

 だが、アキリオは、黙ってしまった。 

 難しい顔をして。

 セイナは、アキリオの顔を覗き込みながら、問いかけた。

 何か、悩みでもあるのではないかと悟って。


「あるよ。夢、あるんだ」


「聞いていい?」

 

 アキリオが、重い口を開ける。

 少し、躊躇していたが。

 アキリオにも、夢があった。

 だが、それは、叶えたくても、叶えられそうにない夢だ。

 アキリオの心情を知らないセイナは、アキリオに問いかけた。


「……魔法具店を開きたい」


「魔法具店?」


「うん、自分だけのお店を持ちたい。アンティカ通りって知ってる?」


「あのおしゃれな通りでしょ?知ってるよ。一度、行ってみたいって思ってたんだよね」


 ここで、アキリオは、自分の夢を打ち明ける。

 アキリオは、魔法具店を開きたかったのだ。

 それは、幼い頃からの夢であった。

 自分だけのお店を持ってみたいと。

 それも、アキリオの母親が大好きだったアンティカ通りで。

 セイナも、アンティカ通りを知っているようだ。

 だが、まだ、一度も行った事がないらしい。

 おしゃれで、落ち着くと聞いたことがあったため、一度、行ってみたいと思っていた。


「あそこで、お店を開きたいんだ。でも……僕は、できそうにない」


「どうして?」


「僕は、シエルを継がないといけないから」


 アキリオは、魔法具店を開きたい。

 だが、それは、叶わぬ願いなのだ。

 なぜなら、アキリオは、「シエル」の社長息子。

 「シエル」を継ぐ人間だ。

 もう、やるべきことは、決まっている。

 それでも、アキリオは、どうしても、あきらめきれなかった。


「どうしたら、いいと思う?」


「うーん」


 アキリオは、セイナに相談する。

 セイナなら、なんて、答えてくれるだろうか。

 自分が納得する答えを出してくれるのではないかと、期待していたのだ。

 セイナは、少し、黙る。 

 考えているのであろう。


「正直、どうしたらいいかって言われるとわからない。でもね、アキ君には、夢を叶えてほしいと思う。だって、素敵な魔法具を作ってくれたから」


「失敗したけどね……」


 セイナは、語り始める。

 やはり、セイナも、わからないようだ。

 どうしたらいいのか。

 ただ、一つだけ、言えることがある。

 アキリオの作る魔法具は、素敵だったという事だ。

 アキリオのおかげで、セイナは、本当の意味で、笑顔になれた。

 これは、間違いない。

 だからこそ、セイナは、アキリオに夢を叶えてほしいと願ったのだろう。

 だが、実際は、失敗している。

 アキリオは、苦笑しながら、呟いた。


「どうするかは、アキ君次第だよ。アキ君が、決めるべきだと思う」


「そうだね」


 セイナは、誰かに後押ししてもらうのも、大事だと考えている。

 だが、最後に決めるのは、アキリオ自身だ。

 誰かに言われたからではなく、自分で、答えを見つけるべきだとセイナは、言いたいのであろう。

 アキリオも、納得したようで、自分で、考え、答えを見つけることにした。

 セイナは、アキリオに微笑みかける。

 すると、アキリオの鼓動が高鳴った。

 この時だ。

 アキリオが、セイナに対する恋心を自覚したのは。



 セイナとのやり取りを思いだしながら、語ったアキリオは、微笑んでいる。

 今にして思えば、セイナのあの言葉がきっかけで、魔法具店を開こうと決意したのだろう。


「それで、アキ君は、決めたんだね。魔法具店を開くこと」


「うん。卒業の後に、その話を父さんにしたら、思いっきり喧嘩したけどね。でも、やってよかったと思う」


「うん、私もそう思うよ」


 アキリオ曰く、卒業式の後に、意を決して、ジンに告げたそうだ。

 魔法具店を開きたいから、会社は、継がないと。

 当然、ジンは、激怒し、アキリオは、喧嘩した。

 初めての親子喧嘩だ。

 それでも、アキリオは、食い下がらなかった。

 その結果、アキリオは、ジンの元を去り、魔法具店を開くこととなった。

 これでよかったのかと、迷った事もあったが、今となっては、魔法具店を開いてよかったと、アキリオも、モノカも、心の底から、思っていた。


「そう言えば、告白って、いつしたの?」


「え、えーっと、卒業式の日に」


 ふと、モノカは、気になった事があり、アキリオに尋ねる。 

 それは、アキリオが、いつ、セイナに告白したかだ。 

 アキリオは、照れながらも答えた。

 セイナに告白したのは、卒業式の日であった。

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