第二十九話 彼女の笑顔

 クラルテ・オイユを発動したが、セイナの心情を読み取れなかったアキリオ。

 それ以来、セイナに対して、複雑な心情を抱いていた。


――あの子は、何を隠してるんだろう……。


 講義中、アキリオは、教師の言葉が、全く耳に入っていない。

 セイナの事ばかり、考えているからだ。

 アキリオは、セイナの事を考えないようにと、心の中で思っているのだが、どうしても、気になってしまう。

 何を隠しているのか。

 セイナを信じていいのか。


――なんだか、信じられなくなったな……。


 やがて、アキリオは、セイナに不信を抱き始めてしまった。

 


 講義が終わり、アキリオは、すぐさま、教室を出ようとする。

 セイナに声をかけられないようにするためだ。

 あまり、関わらないほうがいいのではないかと、推測してしまったのだろう。

 しかし……。


「アキ君」


「あ、うん。何?」


 セイナは、いつものように、アキリオに声をかける。

 だが、アキリオは、ぎこちない返事をしてしまった。

 まるで、出会ったばかりの頃に戻ったみたいに。


「今日、皆で、お昼食べない?皆、アキ君と話したがってる」


 セイナは、アキリオを誘う。 

 これも、いつもの事だ。

 だが、今度は、セイナの友人達が、アキリオと話したがっているというのだ。


――本当に、そうなのかな?信じられない。


 アキリオは、信じられなかった。

 実の所、アキリオは、昔、仲良くしていた級友に、クラルテ・オイユを発動してしまったのだ。

 それも無意識のうちに。

 その級友も、最初は、心情を読み取れなかったのだが、時間が経つにつれ、級友の心情を知ってしまった。

 アキリオを妬んでいると。

 その事もあって、アキリオは、不信を抱いてしまったのだ。


「僕は、遠慮しとくよ」


「どうして?いいじゃない」


 アキリオは、断る。

 疑問を抱いたセイナは、語りかけるが、アキリオは、返事をしない。

 まるで、怒っているかのようだ。


「ねぇ」


「触らないで!」


 セイナは、アキリオの腕に触れる。 

 その時だった。

 アキリオが、思わず、声を荒げて、セイナの手を払いのけてしまったのは。

 教室の中が静まり返る。

 セイナも、愕然とした様子で、アキリオを見ていた。


「ごめん。一人に、なりたいんだ」


 アキリオは、セイナに謝罪する。

 今のは、自分が悪い。

 だが、どうしても、セイナといるのが、辛くなってしまうのだ。

 信じられない自分が嫌になって。


「ごめんね。私、うざかったよね」


 セイナは、アキリオに謝罪した。

 だが、その時だ。

 アキリオが、セイナの心情を読み取れるようになったのは。

 セイナは、悲しそうな表情を浮かべ、アキリオに背負向けて、遠ざかってしまった。


「ま、待って……」


 アキリオは、立ち上がり、引き留めようとするが、セイナは、教室から出てしまった。

 学生たちも、何事もなかったように、その場を去る。 

 アキリオから、遠ざかるように。

 アキリオは、ただ、呆然としていた。


――今の何だったんだろう……。一人にしないでって……。


 アキリオは、セイナの心情を読み取ったのだ。

 一人にしないでと。

 まるで、悲痛な叫びが聞こえたかのようであった。

 彼女は、いつも、明るい。

 笑顔を絶やさない少女だ。

 だからこそ、疑問を抱いたのだろう。

 彼女は、何に、怯えているのか。


 

 次の日、講義を受けたアキリオ。

 セイナも、同じ教室ではあったが、まだ、アキリオに話しかけようとしない。

 昨日の事を引きずっているのであろう。

 アキリオは、意を決して、セイナの元へ歩み寄った。


「セイナさん」


「あ、アキ君……」


「昨日は、ごめんなさい」


「ううん、私も、ごめんね」


 アキリオは、セイナに頭を下げて、謝罪する。

 だが、セイナも、頭を下げて、謝罪した。

 セイナの隣にいたトウハも、学生たちも、驚いているようだ。 

 あのアキリオが、自ら、セイナに話しかけ、謝罪したのだから。

 だが、そんな事、アキリオは、気にしていなかった。


「お昼、二人で、話をしたいんだけど、いいかな?」


「うん!!」


 アキリオは、セイナに話したいことがあると告げる。

 セイナは、嬉しそうだ。

 アキリオから、誘われるとは思ってもみなかったのだろう。

 


 その後、アキリオとセイナは、外に出て、ベンチに腰かけ、二人で、昼食を食べ始めた。

 何気ない日常の会話から始まったが、アキリオもセイナも穏やかだ。

 昼食を食べ終えたアキリオは、意を決して、セイナに問いかけた。


「ねぇ、セイナさんは、大学、楽しいって思ってる?」


「え?思ってるよ。なんで?」


 アキリオは、セイナに問いかける。

 突然の事は、セイナは、驚き、アキリオに問いかけた。

 なぜ、そのような事を聞くのか、見当もつかないからだ。


「無理、してない?」


「え?」


「あ、ごめん。そんな気がしたんだ。無理して、笑ってる気がして……」


 アキリオは、セイナが、無理をしていないか、問いかける。

 昨日、ずっと、考えていたのだ。 

 セイナが、なぜ、一人にしないでと心の中で呟いたのだ。

 そして、一人になりたくなくて、無理して笑っているのではないかと、察した。

 セイナは、呆然とするが、アキリオは、慌てて、説明する。

 すると……。


「アキ君、どうして、わかったの?」


「え?」


 セイナは、アキリオに問いかける。

 やはり、無理をしていたようだ。


「もしかして、魔法で、見抜いた?」


「え?あ、えっと……」


「あ、やっぱり」


 セイナは、意地が悪そうにアキリオに尋ねてみる。

 アキリオは、慌ててしまうが、セイナは、笑みを浮かべていた。

 自分の心情を見抜かれて、怒っているわけではないようだ。

 セイナの様子を見て、アキリオは、安堵していた。


「私ね、両親がいないの。幼い頃に事故で亡くなったの。だから、幼い頃は、施設で育ってきたんだよ」


「そうだったんだ」


「魔法は使えるから、政府の補助で、この大学にも入学で来たんだよ。友達もできたし。でも……」


 セイナは、自分の出生を語り始める。

 セイナには、両親が、居なかったが、魔法を使いこなせていたらしい。

 それゆえに、この大学にも入学できたようだ。

 友達もできた。

 それは、セイナにとって順風満帆だったのではないかと思えてくる。

 しかし……。


「怖かった」


 セイナは、声を震わせる。

 怯えているかのようだ。


「皆が、いなくなるのが、怖かった。一人になりたくなくて……ずっと、笑ってようって……。笑ってたら、皆、いなくならないかなって……」


 セイナは、一人になるのが、怖かったのだ。

 両親が命を落として以来、一人になるのを恐れた。

 もちろん、施設で友達も、できた。

 だが、それは、常に、笑顔でいようと決めていたからだ。

 無理をしていたのだろう。

 嫌われたくなくて、一人になりたくなくて。


「いなくならないよ。皆」


「え?」


「皆、セイナさんの事、好きだから。一人にしないよ」


 アキリオは、セイナに優しく語りかける。

 皆、セイナの事を、本当に好きなのだ。

 見ていて分かる。

 アキリオは、そんな気がしていた。


「優しいね、アキ君は」


「え?」


「ありがとう」


 セイナは、微笑み、お礼を言う。

 だが、アキリオは、複雑な感情を抱いていた。

 なぜなら、セイナの悩みを解決したとは思っていないからだ。

 どうすれば、彼女は、心の底から、笑顔になれるのだろうか。



 大学から自宅に戻り、セイナのことについて、思考を巡らせるアキリオ。


――ずっと、怖がってたんだな。僕と一緒だ。


 セイナは、一人を恐れた。

 かつて、自分もそうであった。

 孤独を恐れ、友達を作ろうとしたが、作れず、あきらめ、孤独になってしまったのだ。

 孤独であったからこそ、セイナの恐怖がわかる。

 だからこそ、セイナの為に、何かしてあげたいと思考を巡らせた。

 すると……。


「そうだ!!」


 アキリオは、ある事を思い付き、箱から、魔法の砂を取り出す。

 魔法具を作る練習として、ジンからもらっていたのだ。

 アキリオは、セイナの為に、魔法具を作ろうとしていた。



 翌日の昼、アキリオは、授業が終わり、セイナを外へと連れだす。

 渡したいものがあると言って。

 昨日、座ったベンチに腰かけるアキリオとセイナ。

 そして、アキリオは、セイナに魔法具を渡した。

 その魔法具は、小鳥の人形であった。

 その小鳥の人形は、首にリボンを結び付け、その中心にピンクの魔法具が、装着してあった。


「可愛い小鳥だね。魔法具?」


「うん、作ってみたんだ。魔法を唱えると、この子が、励ましてくれるんだよ」


 アキリオが作った魔法具は、セイナを励ますためのものだ。

 不安な時に、話しかけると、この小鳥が励ましてくれるのだ。

 少しでも、セイナが、笑顔でいてくれるようにと。

 セイナは、魔法具を発動する。

 しかし、小鳥は、突然、飛び去ってしまったのだ。

 

「え?どこに行くの?え?」


 アキリオは、慌て始める。

 セイナも、何が起こったのか、理解できず、あっけにとられていた。

 その時だ。

 小鳥が、カタンと、落ちて、動かなくなったのは。


「あ、し、失敗した!!」


 小鳥の様子を見て、アキリオは、悟ったのだ。

 失敗してしまったのだと。

 小鳥の元へ駆け寄り、小鳥を抱きかかえるアキリオ。

 アキリオの言う通り、小鳥は、壊れてしまっていた。

 失敗してしまったのだ。


「ご、ごめん。そんなつもりじゃなかったのに……」


 アキリオは、落ち込んでしまう。

 自信作だったのだ。

 これで、セイナを喜ばせることができると思っていたのに。

 完全に失敗してしまった。

 アキリオは、思わず、ため息をついてしまった。

 しかし……。


「ふふ」


 セイナの笑みがこぼれ始める。

 心の底から、笑っているかのようだ。

 アキリオは、呆然としていた。

 彼女の笑顔は、あまりにも、素敵過ぎだったのだから。


「ううん。素敵だったよ。ありがとう、アキ君」


「うん!」


 アキリオは、心の底から喜んだ。

 セイナが、笑ってくれたのだ。

 自分の魔法具で。

 たとえ、失敗だったとしても、アキリオは、うれしかった。

 こうして、アキリオとセイナの距離は、近づいていった。

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