第二十六話 思い出のスノードーム

 しばらくして、夕方ごろになると、アキリオは、魔法具を完成させた。

 それも、今までの中で、出来がいいらしい。

 これなら、かなり期待できそうだ。

 アキリオは、すぐさま、ジンに連絡を取った。

 店に来てほしいと。

 最初は、仕事で忙しい、無駄話など聞きたくないの一点張りであったが、アキリオの説得により、一時間だけ、時間をやると、言われ、ジンが、来ることとなった。

 アキリオとモノカは、店を閉め、静かにジンが来るのを待った。

 待機しているとジンが、ミマを連れて、店に入ってきた。


「来てくれて、ありがとう。父さん」


 アキリオは、ジンの元へと歩み寄る。

 だが、ジンは、険しい顔をアキリオに向けていた。

 苛立ちを隠せないようだ。


「一体、何のつもりだ?何を言ったところで、私の意見は変わらんぞ」


「わかってる。でも、見てほしいものがあるんだ」


「なんだ?」


「これを」


 ジンは、改めて、考えは変わらないとアキリオに告げる。 

 アキリオも、理解している。

 だが、どうしても、見てほしい物があり、ジンに来てもらったのだ。

 ジンは、苛立ちながら、アキリオに問い詰める。 

 すると、アキリオは、魔法石が埋め込まれているスノードームをジンに見せた。


「これは、魔法具か?」


「はい。思い出のスノードームです」


「思い出の?」


 ジンは、スノードームを見て、すぐさま、魔法具である事に気付いたようだ。

 さすがと言ったところであろう。

 アキリオは、魔法具の名を告げる。

 その名は、「思い出のスノードーム」であると。

 なぜ、アキリオが、そのような名をつけたのか、ジンには、理解できなかった。


「父さん、母さんが、この街を好きになったきっかけ、覚えてる?」


「忘れたな。そんな事……」


「父さんが、連れてきたからだよ。母さん、すごく気に入ったって、話してくれたんだ」


「……」


 アキリオは、ジンに問いかける。

 ラーナが、なぜ、アンティカ通りを好きになったのかを。

 だが、ジンは、忘れてしまったらしい。

 アキリオは、ジンに教えた。

 ジンが、ラーナを連れてきたからだと。

 ラーナは、一目で気に入ったのだ。

 アキリオの話を聞いたジンは、黙ってしまった。


「これは、思い出を映してくれる魔法具だよ。一回だけでいいから、使ってみて」


「一回だけだぞ。それが、終わったら、私は、帰る。お前も、立ち退きの事、考えなさい」


「うん」


 ジンは、ため息をつき、アキリオに忠告する。

 魔法具を使用するのは、一回だけであると。

 それが、終わったら、立ち退きの事を考えるようにと。

 アキリオも、覚悟していた。

 これで、だめなら、ジンに届くことは、不可能に等しいのだと。 

 つまり、これは、賭けだ。

 ジンにラーナの想いが届くかどうか。

 モノカも、遠くから、見守り、祈っていた。

 そうとも知らないジンは、魔法具を発動させる。

 すると、ドームから、ある光景が映し出された。

 それは、アンティカ通りを歩く若い男女。

 その若い男女こそが、ジンとラーナであった。


「素敵ね、いつ見ても」


「ラーナさんは、本当に、ここを気に入ったんだな」


「もちろんよ。だって、落ち着くんだもの」


「気に入ってくれてよかった」


 ラーナは、子供のようにはしゃいでいる。

 何度、ここを訪れてもだ。

 ジンは、笑みを浮かべて、語りかける。 

 ラーナは、ここに来ると落ち着くらしい。

 ジンは、改めて、連れてきて良かったと、心の底から、思っていた。


「私ね、本当は、貴方との結婚、嫌だったの。好きでもない人と、結婚したくないって」


「わかってる」


 ラーナは、当初、ジンと会った時の心情を語りだす。

 あの時、ラーナは、心の底から、結婚を嫌がっていたのだ。

 ジンも、「シエル」の息子であり、ラーナも、社長令嬢で会った。

 二人の結婚は、会社の為の結婚だ。

 お互いの気持ちなど、全く無視して。

 だからこそ、ラーナは、結婚を反対していた。

 ジンも、ラーナの心情に気付いていた。

 ラーナは、出会った時から、嫌悪感を抱いていたと。


「でも、ここに来たら、どうでもよくなったかな」


「どうしてだ?」

 

 しかし、ラーナは、最初に、ここを訪れた時に、考えを改めたらしい。

 確かに、その時のラーナは、嬉しそうにはしゃいでいた。

 今のように。

 なぜ、どうでもよくなったのだろうか。 

 ジンは、思考を巡らせるが、見当もつかなかった。


「だって、こんな素敵な所に連れていってくれたんだもの。それに、すごく、楽しいデートだったわ」


「失敗ばかりだったけどな」


「でも、貴方となら、結婚してもいい。そう思ったのよ?」


 ラーナは、本当に、アンティカ通りを気に入ったようだ。

 だからこそ、デートが楽しいと思えるようになったのだろう。 

 だが、ジンは、失敗続きだったと苦笑する。

 ラーナの為にやったことが、全部、裏目に出てしまったのだと。

 それでも、ラーナは、考えを改め直したのだ。

 ジンと一緒なら、幸せになれると。


「どうして、このアンティカ通りが、好きなんだ?」


 ジンは、ラーナに問いかける。

 なぜ、アンティカ通りを気に入ったのだろうか。

 おしゃれではあるが、賑やかというわけではない。

 他とは、何かが違うのだろうか。


「心を癒してくれるから」


「え?」


「ほら、見て」


 ラーナは、アンティカ通りは、心を癒してくれるという。

 ジンは、なぜなのかは、見当もつかないようで、首を傾げた。

 彼の様子を見ていたラーナは、笑いながら、指を指す。

 お客と楽しそうに話す店の主人の姿が見えた。


「素敵な笑顔でしょ?」


「そうだな」


「なんだか、癒されると思わない?」


「うん」


 ラーナが、気に入った理由は、ここの人達の笑顔だ。

 嫌な事も忘れるくらい癒される。

 だからこそ、気に入ったのだ。 

 優しさや温かさが伝わってくるほどに。


「ありがとう、連れてきてくれて」


「うん」


 ラーナは、ジンにお礼を告げた。 

 微笑みながら。

 ジンも、つられて、微笑む。

 アンティカ通りの人々のおかげで、二人は、結ばれ、アキリオが生まれたのであった。



 スノードームの効果が切れたのか、一瞬で元に戻る。

 だが、その時、ジンは、涙を流していた。


「父さん?」


「すまない。昔の事を思い出してな」


 アキリオが、心配そうに問いかけるとジンは、涙をぬぐう。

 昔、ラーナとの思い出を思いだしたようだ。

 幸せに満ち溢れていた時の事を。

 ジンは、そっと、「思い出のスノードーム」に触れた。


「素晴らしい魔法具だ」


「え?」


「立派になったな。アキリオ」


「ありがとう」


 ジンは、素晴らしい魔法具を作ったアキリオを褒める。

 ついに、ジンが、アキリオを認めたのだ。

 アキリオは、それが、うれしくてたまらない。

 ようやく、わかり合えた気がして。

 アキリオは、涙を流して、微笑んだ。

 そして、モノカとミマも。



 ジンは、「思い出のスノードーム」を手にし、店を出る。

 ミマと一緒に。

 アキリオは、二人を見送るため、店を出た。


「今日は、ありがとう、父さん」


「こちらこそ、ありがとう。大事な事を思い出させてくれたのだからな。ここは、なくしてはならないな」


「うん」


 ラーナとの思い出を思いだしたジンは、穏やかな表情を浮かべている。

 ラーナの為にも、そして、ここにいる人達の為にも、アンティカ通りは、なくてしてはならないと改めて感じたのだ。

 心休まる場所が、必要であると。


「しかし、あの子……」


「ん?モノカの事?」


「ああ、よく似てるなって」


「え?誰に?」


 ジンは、モノカの方へと視線を移す。

 似ていると感じて。

 しかし、ここで、アキリオは、違和感を覚える。

 誰に似ていると思ったのだろう。

 アキリオは、モノカは、セイナとよく似ていると感じていた。

 しかし、ジンは、セイナに会った事がないはずだ。

 ゆえに、アキリオは、ジンに問いかけた。


「お前にだ。アキリオ」


「え?」


 ジンは、意外な言葉を口にする。

 なんと、モノカは、アキリオに似ているというのだ。

 予想もしていなかった。

 まさか、自分が、モノカに似ていると言われるとは……。



 アキリオ達のの様子を見守っているモノカ。

 店には、モノカ一人だ。

 しかし……。

 

「モノカ」


「わぁ!!」


 突然、声をかけられるモノカ。

 モノカは、驚き、あたりを見回すが、あの銀髪の少女が、棚の隣で立っていた。 

 誰も気付いていないようだ。

 もちろん、モノカ以外は。


「お久しぶりです」


「いつから、いたの?びっくりしちゃった」


「つい、先ほどです」


 銀髪の少女は、無表情のまま、頭を下げる。

 モノカは、いつから、そこにいたのか、尋ねるが、つい、先ほどらしい。

 おそらく、アキリオ達が、店から出た後だろう。

 モノカは、アキリオ達の方へと視線を移すが、幸い、アキリオ達は、気付いていないようだ。

 モノカは、安堵し、一呼吸した。


「モノカ、もう、わかってると思いますが」


「うん……。時間がないね」


 銀髪の少女は、モノカに語りかける。

 忠告しに来たのかもしれない。

 モノカも、理解しているようだ。

 もう、自分には、時間がないのだと。


「もうすぐで、私は、ここから、いなくなるんだよね……」


 モノカは、寂しそうな表情を浮かべる。

 この時、アキリオは、まだ、知らなかった。

 モノカが、どのような思いで、ここに来たのかを。

 そして、別れの時が、近づいていたなどと。

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