第二十五話 思い出の場所を
ジンに追いだされたアキリオは、落ち込みながら、「モン・トレゾール」へ、戻っていった。
「ただいま」
「お帰りなさい。どうだった?」
暗い表情を浮かべながら、店に入るアキリオ。
モノカは、アキリオを出迎え、問いかける。
心配していたのだろう。
ジンとの話し合いは、どうなったのか。
だが、アキリオは、暗い表情を浮かべたままだ。
モノカは、不安に駆られてしまった。
「駄目だった」
「そう、だったんだ……。ごめんね」
「いいよ」
ジンとの交渉は、決裂してしまった。
それどころか、アキリオは、追いだされてしまったのだ。
もう、説得する事は、不可能であろう。
アキリオの心情を読み取ったモノカは、謝罪する。
だが、アキリオは、モノカの頭を優しくなでた。
「あのね、実は、ね……」
アキリオは、重い口を開ける。
ジンと何を話したのか、モノカに話そうと決意したからだ。
アキリオは、ゆっくりと、語り始める。
ジンの考えは、変わらないと確信したうえで、自分が、「シエル」に戻る代わりに、アンティカ通りを残してほしいと訴えた事。
モノカの事をリュンに任せようとした事。
だが、ジンに激しく咎められ、追いだされてしまった事を。
「そう、アキ君、そんな事、考えてたんだ」
「うん。でも、怒られたよ。うまくいくと思ったのにな」
アキリオは、相当、落ち込んでいるようだ。
当然であろう。
父親であるジンに、激しく、咎められたのだから。
だが、その時だ。
モノカは、アキリオの方を向き、アキリオの頬を思いっきりつねった。
「も、モノカ?」
「バカ」
「え?」
「アキ君のバカ!!」
モノカは、怒りをアキリオにぶつける。
まるで、妹が、兄を叱りつけるようだ。
アキリオは、あっけにとられ、きょとんとしていた。
「そんなことしたって、誰も喜ばないでしょ?リュンさんも、皆、アキ君にいて欲しいのに」
「ごめん……」
モノカは、アキリオを咎める。
怒っているのだ。
アキリオが、一人で抱え込んで、自分の夢までも、犠牲にして、アンティカ通りを、皆を守ろうとしたことに対して。
それで、誰もが、喜ぶはずがない。
アキリオが、そのような選択をとったとなれば、モノカも、リュンも、アンティカ通りのみんなも、悲しむことになる。
そんな事、モノカ達が、許すわけがなかった。
モノカに、咎められ、反省するアキリオ。
思い知ったのだ。
自分が、いかに、愚かな事をしようとしていたのか。
「どうしても、アンティカ通りを残したかったんだ。母さんの為にも」
アキリオは、自分の想いをモノカに打ち明ける。
なぜ、そのような事をしたのか。
なぜ、自分を犠牲にしてまで、アンティカ通りを守りたかったのか。
それは、モノカ達の為でもあり、何より、亡き母親の為であった。
「思い出の場所なんだ。父さんと母さんにとって。はじめは、父さんが、連れていったらしいんだけど、母さんが、すごく気に入ったんだって」
「そうなんだ」
あのアンティカ通りは、アキリオの母親にとっても、ジンにとっても、思い出の場所だったのだ。
二人は、政略結婚だった。
最初は、結婚を嫌がっていた、アキリオの母親であったが、ジンは、アキリオの母親をアンティカ通りに連れていったそうだ。
アンティカ通りの様子を見て、彼女は、大層、気に入ったそうだ。
「何度も何度も、ここに来て。ここで、プロポーズされたって、母さん言ってた」
アキリオ曰く、二人は、アンティカ通りで、何度も、デートしたようだ。
しかも、プロポーズされたらしい。
なんて、素敵な話だろうか。
だからこそ、アキリオは、アンティカ通りを守りたかったのだろう。
「だから、なくなってほしくない」
「うん。そうだね」
アキリオの話を聞いたモノカも、改めて、同じことを思ったらしい。
大事な場所だからこそ、なくしてはならないと。
モノカは、どうにかして、アンティカ通りを守りたいと願った。
その日の夜、モノカは、眠りにつくと、夢を見た。
そう、彼女と……アキリオの母親に会ったあの真っ白な世界の夢を。
モノカは、また会えるのではないかと、期待し、あたりを見回すとあの黒い髪の女性が、モノカの前に姿を現した。
「あ、貴方は……。アキ君のお母さん?」
――ええ。私の名は、ラーナ。
モノカは、女性に声をかけ、尋ねる。
女性は、優しく、微笑み、うなずいた。
やはり、彼女こそが、アキリオの母親のようだ。
彼女の名は、ラーナと言う。
――いつも、アキリオの事、ありがとうね。
「い、いえ、私は、何も……」
ラーナは、モノカに感謝の言葉を述べる。
ずっと、見守ってくれていたのであろう。
モノカは、アキリオを支えてくれた。
だからこそ、感謝していたのだ。
だが、モノカは、慌て始める。
ただ、側にいただけだから、と。
――あの二人の喧嘩に巻き込んでしまって、ごめんなさいね。
「だ、大丈夫ですよ。気にしないでください」
――いい子ね。貴方は。
ラーナは、モノカに謝罪する。
巻き込んでしまったと思っているのであろう。
アキリオとジンの親子喧嘩に。
だが、もちろん、モノカは、気にしていない。
アキリオの為なら、何でもすると心に決めていたのだから。
モノカの優しさに触れたラーナは、微笑む。
本当に、良い子だと感じながら。
――私もね。アンティカ通りを残してほしいって思ってるの。だって……。
ラーナも、アンティカ通りをなくしたくないようだ。
やはり、大事な思い出の地なのだろう。
――ジンさんとの思い出が詰まってるんだもの。ジンさんも、アンティカ通りが、好きだったのよ。
「そうなんですか?」
――ええ、あの人が、連れていってくれたんだもの。
ラーナが、意外な言葉を口にする。
なんと、ジンも、あのアンティカ通りが好きだったらしい。
モノカは、思わず、驚いてしまう。
そんなそぶりは、ジンは、見せなかった。
ラーナは、笑いながら、語った。
――思い出してほしいの。あの人に……。
ラーナは、ジンに昔の思い出を思いだしてほしいと思っているようだ。
そうしたら、ジンも、考えを改めるかもしれない。
しかし……。
――でも、私は、どうすることもできない。どうしたら、いいのか……。
ラーナは、死者。
それゆえに、ジンに伝えたくても、伝えられない。
どうすれば、ジンに伝えられるのか、悩んでいるようだ。
モノカは、そのように思えてならなかった。
「アキ君に伝えます」
――え?
「今の話、アキ君に伝えます。そうすれば、アキ君が、素敵な魔法具を作ってくれます。だから、安心してください」
モノカは、決心する。
先ほどの事をアキリオに伝えると。
そうすれば、アキリオなら、魔法具を作ってくれるであろう。
昔を思い出させてくれる魔法具を。
モノカは、アキリオの事を信じて、ラーナに告げた。
――ありがとう。モノカちゃん。
ラーナは、モノカに感謝の言葉を述べる。
うれしいのだ。
何もできない自分の代わりに、モノカが、アキリオが、自分の願いを叶えてくれることが。
モノカが、アキリオの支えになっていると感じ取り、微笑んでいた。
夢から覚めたモノカは、朝食時に、アキリオに夢でラーナに会ったことを伝えた。
「え?母さんが?」
「うん」
「アンティカ通りは、お母さんにとっても、お父さんにとっても、大事な場所だったんだって。それを、思い出してほしいって、言ってたよ」
「母さん……」
ラーナの想いを聞いたアキリオは、ラーナが、自分達を見守ってくれていたのだと改めて、悟った。
そして、自分と同じように、アンティカ通りをなくさないで欲しいと願っている事に。
「ねぇ、アキ君。何とか、できないかな?魔法具で」
「ちょっと、待っててね」
モノカは、アキリオに相談する。
アキリオが作る魔法具でなら、ジンは、考え直すのではないかと。
そして、アキリオの事を認めてくれるのではないかと考えているのだ。
アキリオは、目を閉じ、集中し始める。
どのような魔法具なら、ジンに伝わるか、考えているようだ。
少し、思考を巡らせた後、アキリオは、そっと、目を開ける。
その表情は、自信に満ち溢れていた。
「うん。大丈夫だよ。いい魔法具が作れそうだから」
「良かった!!」
アキリオは、確信を得たようだ。
先ほど、思いついた魔法具でなら、ジンに伝わるであろうと。
モノカも、嬉しそうに微笑む。
ラーナの願いを叶えられると信じて。
「お願いね!アキ君!!」
「うん」
モノカは、アキリオに託し、アキリオは、うなずく。
そして、すぐさま、作業場へと向かい、魔法具を作成し始めた。
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