第二十二話 アンティカ通りの危機

 季節は、流れ冬になる。

 木枯らしが吹き、外は、寒い。

 だが、「モン・トレゾール」は、とても、暖かかった。

 なぜなら、アキリオが作ったランプの魔法具のおかげだ。

 それをつければ、店の中が、暖かくなる。

 お客も、暖かい場所を求めて入ってくる。

 そのおかげか、魔法具の売れ行きは、今日も、順調であった。


「ありがとうございました!!」


 お客が、店から出て、モノカが、頭を下げる。

 それも、元気よくだ。

 ひと段落着いたのか、アキリオは、作業場から、店に戻ってきた。


「どうだった?」


「今日も、売れ行き絶好調だよ」


 アキリオが、モノカに尋ねると、モノカは、にっと、笑顔をアキリオに見せる。

 魔法具は、多くの人の手にわたっているようだ。 

 アキリオも、安堵したのか、モノカにつられて、笑みを浮かべていた。


「やっぱり、暖かくなる魔法具が、売れてるなぁ」


「もう、冬だもんね」


「うん」


 冬の時期は、暖かくなる魔法具がよく売れる。

 やはり、寒さには耐えられず、買う人も多いようだ。

 持ち運びが便利な魔法具もあるため、出かける時用としても、使える。

 それゆえに、売れ行きが順調なのであろう。


――もうすぐだ。もうすぐで、私は……。


 冬が来た事を改めて、感じたモノカは、複雑な感情を抱えている。

 アキリオの店に来てから、もうすぐで、一年になる。

 春になる前に、モノカは、アキリオに伝えなければならない事があるのだ。

 なぜ、自分が、ここに来たのかを。

 だが、モノカは、未だに、言いだせずにいた。

 それでも、いつかは、言わなければいけない。

 モノカは、今日、アキリオに話そうと決心した。

 しかし……。


「アキリオ!!」


「りゅ、リュン!!どうしたの?」


 リュンが、慌てて、店に入ってくる。

 しかも、血相を変えてだ。

 これには、アキリオも、モノカも、驚きを隠せない。

 何があったのか、アキリオは、不安に駆られながらも、リュンに問いかけた。


「た、大変なんだよ!!」


「え?」


「アンティカ通りが、潰れるかもしれないって!!」


「ええ!!」


 リュンが、衝撃の事実をアキリオとモノカに告げる。

 なんと、アンティカ通りがつぶれるかもしれないというのだ。

 アンティカ通りがなくなるという事だろう。

 だが、どういう事なのだろうか。

 アキリオとモノカは、驚愕し、動揺した。


「ど、どういう事ですか?」


「いや、さっき、花屋のおばちゃんから聞いたんだけどな。突然、シエルの職員が、やってきて、デパートが、建つ予定だから、立ち退きを要求されたって」


「シエルが?」


 モノカが、リュンに問いかける。

 リュンは、心を落ち着かせて、語り始めた。

 なんと、あの魔法具の会社「シエル」が、立ち退きを要求したというのだ。

 しかも、アンティカ通りをなくして、デパートを建てる予定らしい。

 「シエル」と言う言葉を耳にしたアキリオは、動揺を隠せなかった。

 信じられないのであろう。


「それで、花屋のおばちゃんは?」


「そりゃあ、もちろん、断ったさ。でも、俺らの方にも話、来ると思うぞ?」


「……」


 モノカは、恐る恐るリュンに問いかける。

 花屋の女性は、どうしたのか、気になっているようだ。

 リュンは、冷静に答える。

 やはり、断ったようだ。

 だが、シエルの社員は、こちらにも、来るであろう。

 アキリオ達は、口ごもってしまい、沈黙が流れる。

 その時であった。

 一人のスーツの女性が、店に入ってきたのは。


「あの、すみません」


「はい」


 スーツの女性が、店に入ってきた事に気付き、戸惑いながらも、対応しようとするアキリオとモノカ。

 だが、アキリオは、女性を見た途端、目を見開き、驚いてしまった。

 しかも、硬直してしまうほど。


「お話したいことがありましてって……アキリオさん」


「貴方は、ミマさん?」


 スーツの女性は、アキリオを見た途端、驚く。

 その女性の名は、ミマと言うらしい。

 しかも、お互い、知り合いのようだ。

 モノカとリュンは、戸惑い、アキリオの方を見た。


「まさか、本当に、ここで、働いていたとは……」


 ミマは、戸惑いを隠せない。

 アキリオが、この店で働いているとは、思ってもみなかったようだ。

 だが、アキリオも、戸惑っていた。

 ミマが、来るとは思いもよらなかったようで。

 二人は、黙ってしまうが、アキリオが、息を吐き、心を落ち着かせた。


「すみません。外で、話しましょう」


「そうですね」


「モノカ、お店の方、お願いね」


「あ、うん」


 アキリオは、お店をモノカに任せ、ミマを外へ連れ出す。

 何やら、不穏な空気が、漂い始め、モノカも、リュンも、不安げな表情を浮かべていた。


「どうしたんでしょうか?アキ君」


「さあな。俺も、よくわからないしな……」


「……」


 店に取り残されたモノカとリュンは、困惑している。

 あの人は、おそらく、「シエル」の社員であろう。

 彼女とアキリオは、一体どういう関係なのだろうか。

 モノカは、暗い表情を見せた。

 これから、どうなってしまうのだろうかと。



 リュンも、お店が心配になり、店を出る。

 モノカが、一人、仕事をしていると、しばらくして、アキリオが、店に戻ってきた。

 モノカは、問いかけたいところであったが、アキリオは、不安げな表情を浮かべている。

 やはり、何かあったのであろう。

 モノカは、そう、察していた。


「アキ君、大丈夫?」


「あ、うん。ごめんね……」


 モノカは、アキリオに問いかける。

 だが、アキリオは、ただ、謝罪して、はぐらかすだけだ。

 何も、言いたくないのであろうか。


「どうして、アキ君が謝るの?」


「え?」


「アキ君は、何も悪いことしてないよ?」


 モノカは、少々、怒った様子を見せる。

 なぜ、アキリオが、謝らなければならないのか、理解できないからだ。

 アキリオは、何も、悪いことをしていない。

 だからこそ、謝ってほしくなかった。

 何も語らなくていいから。


「そうとは言いきれないんだ」


「どうして?お昼に来てた人と、何か関係があるの?」


「うん」


 だが、アキリオは、首を横に振る。

 自分にも非があると思っているのだろうか。

 あの女性、ミマと何か関係があるからだろうか。

 だから、「そうとは言い切れない」と答えたのかもしれない。

 モノカは、問いかけると、アキリオは、静かにうなずいた。


「シエルの社長、僕の父さんなんだ」


「え?」


 アキリオは、衝撃的な事実をモノカに打ち明ける。

 なんと、シエルの社長は、アキリオの父親だというのだ。

 この事は、リュンも、アンティカ通りの人々も知らない。

 セイナだけしか知らないことであった。


「じゃあ、アキ君は、シエルの……」


「社長を継ぐ予定だった人、かな?お昼に来てた人は、社長秘書のミマさん。まさか、あの人が来るとは、思ってもみなかったけど……」


 モノカは、恐る恐るアキリオに尋ねる。 

 アキリオは、一人息子であり、いずれは、「シエル」の社長の後継者でもあった。

 だが、それも、過去の事だ。

 そう、アキリオは言いたいのだろう。

 だから、苦笑しながら語ったのかもしれない。

 ちなみに、お昼に会った女性は社長秘書らしい。

 アキリオは、社員が来ると想定していたため、予想外だった。

 なぜ、社長秘書である彼女が、自分の店を訪れたのかは、定かではないが、アキリオ曰く、ここも、立ち退きを要求されたらしい。

 もちろん、アキリオは、断ったが。


「僕ね、アンティカ通りで魔法具店を持つのが、夢だったんだ。その事、父さんに話したら、勘当されて。一度も、会ってない」


 約五年前、アキリオは、夢を叶える為に、父親であるジンに説得を試みた。

 だが、ジンが、納得するはずもなく、言い争いの末、勘当を言い渡されたらしい。

 それ以来、アキリオは、ジンと、一度も会っていなかった。


「なんで、アンティカ通りをつぶそうとしてるんだろう……」


 アキリオは、ジンの行動に理解できなかった。

 なぜ、アンティカ通りをつぶそうとしているのか。

 実は、アンティカ通りは、アキリオやジンにとって、思い出の場所だ。 

 だからこそ、アキリオは、アンティカ通りで、店を開こうと決意したのだ。


「話を聞くしかないのかな……」


「アキ君、大丈夫?」


「うん。大丈夫。ちゃんと、聞かないといけないと思うから」


「わかった」


 思考を巡らせた末、アキリオは、ジンに、直接、聞くしかないと考えているようだ。

 だが、面と向かって話し合えるだろうか。

 聞くことができるだろうか。

 アキリオは、不安に駆られそうになる。

 彼の心情をモノカは、読み取り、心配していた。

 それでも、話を聞くしかないのだ。

 アンティカ通りを守るためには。

 アキリオは、決意を固めた。



 早朝、朝食を済ませたアキリオは、店をモノカに任せ、ジンがいる「シエル」に向かう準備を整えた。


「じゃあ、行ってきます」


「うん」


 アキリオは、店を出るため、モノカに背を向けようとする。

 その時だ。

 男性が、店に入ってきた時は。

 その男性を見た途端、アキリオは、驚き、体を硬直させてしまった。


「いらっしゃいませ!」


「え?なんで?」


「え?」


 モノカは、挨拶をするが、アキリオは、戸惑っている。

 どうしたのだろうか。

 モノカは、不安に駆られ、アキリオの方へと視線を移した。


「まさか、ここにいたとはな。アキリオ」


 店に入ってきた男性は、なんと、ジンであった。

 アキリオは、意外な形でジンと再会を果たすこととなった。

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