第二十三話 父と息子の再会
「父さん……なんで……」
アキリオは、戸惑いを隠せない。
まさか、ジンが……父親自ら、この「モン・トレゾール」に来るとは、思いもよらなかったのであろう。
当然だ。
ジンには、自分が、ここで働いている事は知らせてしない。
モノカも、予想外だったようで、驚愕し、体を硬直させていた。
「お前をシエル大通りで見かけたことがあってな。それに、今、アンティカ通りで、オーダーメイドの魔法具を頼める店があるという噂を耳にしたことがあったんだ」
ジンは、夏頃、アキリオを見かけた時から、アキリオは、シエル大通りの近くで住んでいるのではないかと、推測していた。
そして、最近、「モン・トレゾール」の評判を聞き、アキリオが、「モン・トレゾール」にいるのではないかと推測したのだ。
「もしかして、ミマさんが、ここに来たのは……」
「私が、指示を出した。アキリオがいるかどうか、確かめろとな」
人の話を聞いたアキリオは、推測する。
ずっと、違和感を抱いていたのだ。
立ち退きの話をするのであれば、本来なら、社員を向かわせるはずだ。
だが、自分の店にやってきたのは、なぜか、社長秘書であるミマであった。
なぜ、ミマが、立ち退きの話をしにやってきたのか。
アキリオは、その理由を知ったのだ。
自分が、ここにいる事、推測したうえで、向かわせたのだと。
アキリオは、ジンの話を聞き、思わず、ため息をついてしまった。
「聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
アキリオは、苛立ち、ジンに語りかける。
あの温厚なアキリオが、嫌悪感を表わすのは初めてだ。
モノカは、アキリオが別人に見え、不安に駆られていた。
ジンも、ため息をつきながら、アキリオに問いかけた。
「父さんは、アンティカ通りをつぶして、デパートを建設しようとしてるって、本当なの?」
「そうだ」
アキリオは、ジンに真実を問う。
ジンが、アンティカ通りをつぶして、デパートを建設することが今でも、信じられないからだ。
だが、ジンは、淡々と答える。
彼の様子を見たアキリオは、こぶしを握りしめた。
憤りを感じているかのようだ。
「なんで、そんな事……ここは、母さんにとって、思い出の地じゃないか……ここをなくしたら……」
「もう、母さんは、いない」
「っ!」
アキリオは、ジンの考え方が未だに理解できない。
なぜなら、アンティカ通りは、亡き母親の思い出の地だからだ。
いや、ジンにとっても、思い出の地だ。
だからこそ、なぜ、アンティカ通りをつぶそうとするのかが、理解できなかった。
だが、ジンは、冷たい言葉をアキリオにつきつける。
もう、母親はいない。
だから、関係ないのだと。
それを聞いたアキリオは、絶句してしまった。
「お前も、甘い考えを捨てろ。シエルの為には、こうするしかないんだ」
ジンは、続けざまに、アキリオに冷たく言い放つ。
全ては、シエルの為なのだと。
家族の為ではなく。
会社の為なら、家族との思い出も、捨ててしまうという意味なのだろうか。
アキリオには、全く理解できなかった。
「僕は、そんな事、考えられない。それに、ここがなくなったら、皆……」
アキリオは、ジンの意見を否定する。
ジンのようには、考えられないと。
それに、もし、アンティカ通りがなくなってしまったら、リュンも、ここに住む人達も、住む場所を生きる希望を失ってしまう。
アキリオは、それが、耐えられなかった。
自分の父親が決めた事で、皆を巻き込むことだけは。
「だが、この通りの店は、ほとんどが、赤字だと聞いたぞ?あのパン屋もそうだ」
「で、でも……」
「ここが、繁盛すれば、他の店も、繁盛すると思っているのか?それが、甘いと言っている」
ジンは、現実をアキリオにつきつける。
実際の所、アキリオの店以外は、赤字続きだったのだ。
ゆえに、続けていく意味がないと一体のであろう。
だが、自分の店は、繁盛している。
そこから、巻き返すこともできるかもしれない。
アンティカ通りの良さをわかってもらえるかもしれない。
そう、思っていたアキリオであったが、それでも、ジンは、甘いと、アキリオに冷たい言葉を突きつけた。
「それに、オーダーメイドの魔法具は、時代遅れだ」
「なっ!!」
さらに、ジンは、アキリオが、最も力を入れているオーダーメイドは、時代遅れだと否定する。
これには、さすがのアキリオも、絶句してしまった。
正直、父親に自分が、最も大事にしている事を否定された気がしたからだ。
「丁寧に作り込まれてはいるが、時間もかかる。今は、量産型の魔法具の方が主流だ。いい加減、目を覚ましなさい」
ジンは、オーダーメイドが、時代遅れだとアキリオに告げた理由を打ち明ける。
時間がかかり、売り上げに貢献するとは思えないからであろう。
それよりも、工場で、大量に生産できる量産型の魔法具の方が、売れ行きはいい。
確かに、今年のシエルの売り上げは、過去最高だと言われている。
ゆえに、ジンは、持論をアキリオにつきつけたのだ。
しかし……。
「そんなことありません!!」
「モノカ……」
「ここに来る人達は、皆、喜んでくれています!!どれも、素敵だって!!私も、そう思います!!」
モノカは、真っ向から、ジンの意見を否定する。
アキリオの作った魔法具を間近で見てきたからだ。
時間はかかるかもしれないが、丹精を込めて作ってきたアキリオの魔法具は、どれも、評判がいい。
魔法具を手にして、幸せそうに微笑むお客たちをモノカは、見てきたから、ジンの意見を否定したのだろう。
「この子は?」
「従業員の子だよ。僕が、雇ったんだ」
ジンは、意見を否定され、驚愕すし、モノカの方へと視線を向ける。
見向きもしなかったというのに。
ジンに問いかけられたアキリオは、冷たく言い放った。
嫌悪感を表わして。
「それに、ここは、私にとっても、大事な場所なんです。お願いです。なくさないでください!!」
「僕からも、お願いします。どうか、考え直してください」
モノカは、ジンに懇願し、頭を下げる。
アキリオも、頭を下げた。
どうしても、このアンティカ通りをつぶしてほしくなかったから。
しかし……。
「もう、決定した事だ。覆すつもりはない」
ジンは、意見を変えることはなかった。
個人の感情一つで、帰られることではない。
そう言いたいのだろうか。
これ以上、話しても無駄だと思ったのか、ジンは、アキリオに背を向けた。
「お前にとっても、シエルにとっても、そして、ここの人達にとっても、何がいいのか、よく考えなさい」
ジンは、そう、言い放ち、店を出る。
父親らしい言葉をかけることなく、去っていったのだ。
店に取り残された二人は、黙ってしまい、沈黙が流れた。
「ごめんね、モノカ」
「ううん、私こそ、ごめんなさい」
「いいんだ。ありがとう」
アキリオは、モノカに謝罪する。
モノカも、アキリオに謝罪した。
自分が、出しゃばることではないとわかっていた。
だが、オーダーメイドの事を否定され、居てもたっても居られなくなってしまったのだ。
多くの人が、救われたからこそなのだろう。
アキリオは、モノカの気持ちを汲んでおり、モノカの頭を優しくなでた。
「父さん、本当に、厳しくて、頑固者だからなぁ。説得するのが、大変だよ」
「アキ君……」
ジンは、本当に、厳格で、頑固者だ。
昔から変わらない。
アキリオも、わかってはいたが、どうしても、説得したいと考えていたのだ。
だが、結果は、同じであった。
ジンは、アンティカ通りをつぶすつもりなのだろう。
――このままだと、アンティカ通りがなくなる……。でも……。
ジンの考え方を変えなければ、アンティカ通りは、なくなってしまうだろう。
だが、アキリオは、ジンの考え方を変えられる方法が、一つ、あるのではないかと予想していた。
それが、吉と出るか凶と出るかは、わからないが。
それでも、やってみるしかない。
アキリオは、覚悟を決めていた。
「明日、もう一度、説得してみる。ちゃんと、話さないとね」
「無理、しないでね」
「ありがとう」
アキリオは、もう一度、ジンと会うことを決意する。
もちろん、モノカには、自分の策を明かさないまま。
打ち明ければ、モノカは、反対するであろう。
それは、アキリオにとっても、モノカにとっても、悲しい策なのだから。
何も知らないモノカは、アキリオを心配していた。
アキリオは、うなずき、優しく微笑んだ。
それから、時間が経ち、夜になる。
モノカは、眠りについた。
アキリオの事を心配しながら。
だが、眠りについた時、モノカは、不思議な夢を見た。
真っ白な世界で、誰もいない。
いつもの夢ではなかった。
「あれ?ここは?」
モノカは、あたりを見回す。
本当に、誰もいない真っ白な世界だ。
ここは、どこなのだろうか。
思考を巡らせるモノカ。
その時であった。
モノカの前に、一人の黒い髪の女性が、立っていたのは。
その女性は、どこか、アキリオに似ている。
そんな気がしてならなかった。
「貴方は、誰、ですか?」
モノカは、女性に尋ねる。
だが、女性は、答えようとしない。
一体、誰なのだろうか。
モノカは、首を傾げた。
すると、女性は、悲しそうな表情を浮かべ始めた。
――お願い。あの人を……。ジンさんを……止めて……。
女性は、モノカに懇願する。
アキリオの父親であるジンを止めてほしいと。
モノカは、女性に問いかける。
彼女は、一体、何を知っているのか。
しかし、朝になり、夢は途切れてしまう。
目を開けたモノカは、動揺しながらも、起き上がった。
「あの人は……誰?」
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