第二十一話 向き合いのコンパクト
アキリオは、驚愕し、目を見開く。
トウハが、何を言っているのか、理解できなかった。
「モノカを、追いだそうとしたって……どういう事なの?」
アキリオは、トウハに問いかける。
信じられないのであろう。
トウハは、大人しいが、優しい人だ。
だからこそ、モノカを追いだそうするはずがないと。
「……嫉妬してたの。だって、だって」
トウハは、嫉妬したからだと答える。
アキリオに説明しようとするが、言葉に出せない。
トウハは、涙を流し始めた。
「ごめんなさい」
トウハは、アキリオに背を向け、走り始める。
まるで、逃げるように。
アキリオは、トウハを追いかける事ができず、呆然と立ち尽くした。
お店に戻ったアキリオは、店の片づけを続けた。
モノカが、お店に戻ってきたが、やはり、暗い表情を浮かべている。
トウハに、何か言われたからであろうか。
だが、それは、昨日の事のはず。
その時は、表情が暗くなかった。
偽っているわけでもない。
違和感を抱いたアキリオは、モノカに問う事を決意した。
「ねぇ、モノカ」
「うん」
「トウハちゃんに何か言われた?」
「え?」
アキリオは、モノカに問いかける。
トウハに、何か言われたから、落ち込んでいるのかどうかを確かめる為に。
モノカは、驚き、アキリオの顔を見上げる。
なぜ、知っているのだろうと問いたいのだろう。
「実は、今日ね、トウハちゃんに会ったんだ。トウハちゃんが、モノカにひどいこと言っちゃったって、言ってたから……」
アキリオは、トウハと会ったことをモノカに話す。
だが、トウハが、モノカを追いだそうとしていた事は、伏せた。
もしかしたら、モノカは、知らないかもしれない。
もし、知ってしまったら、モノカは、傷ついてしまうだろう。
その事を懸念したアキリオは、伏せておいたのだ。
だが、モノカは、首を横に振る。
トウハに、ひどい事を言われたから、落ち込んだわけではなかったようだ。
「違うの。私、見ちゃったの」
「何を?」
「トウハさんの過去を」
モノカは、正直に答える。
トウハの過去を見たという。
いったい何を見たのだろうか。
アキリオが、尋ねようとする前に、モノカが、話してくれた。
アキリオとセイナの事を遠くから見守っていた事、そして、セイナが行方をくらました後、セイナの事を憎んでいるような顔を見せていた事を。
「そっか。トウハちゃんが」
「うん。なんだ、辛そうだった。まるで、葛藤しているみたいで……」
モノカの話を聞き終えた後、アキリオは、納得した。
やはり、モノカは、優しい。
自分の事よりも、相手の事を想い、悩んでいたのだから。
モノカは、夢を見て、トウハが、葛藤しているように思えたらしい。
それを聞いたアキリオは、目を閉じて、集中し始める。
リヤン・ラングを発動したのだ。
昨日、今日のトウハの様子やモノカが夢で見た自分達を見守ってくれた事、セイナを憎んでいたという言葉をつなげて。
魔法を発動した後、アキリオは、ゆっくりと目を開けた。
「よし」
「アキ君?」
アキリオは、何かを決意したようだ。
モノカは、どうしたのだろうと、アキリオの顔を覗き込んだ。
「モノカ、お店、頼める?トウハちゃんに、魔法具をあげたいんだ」
「うん!!」
アキリオは、トウハの為に、魔法具を作ろうとしているらしい。
トウハに依頼されたわけではない。
だが、アキリオが、トウハの悩みを解決したいと思っているのだ。
お節介かもしれない。
それでも、少しでも、トウハの役に立ちたいと願って。
モノカも、嬉しそうにうなずく。
トウハの事をアキリオが助けてくれると思ったのだろう。
店の事をモノカに任せて、アキリオは、作業場へ向かった。
しばらくして、魔法具が完成し、次の日の朝、トウハに連絡する。
話したいことがあると告げて。
トウハは、躊躇しつつも、店にたどり着いた。
アキリオは、トウハを椅子に座らせ、モノカが、紅茶を差し出す。
だが、トウハは、申し訳ないと感じているのだろう。
モノカの顔を見れずにいた。
それでも、モノカは、笑みを浮かべる。
一瞬、モノカの笑みを見たトウハは、やはり、この子は、純粋でいい子だと感じ取った。
「あの、アキリオ君。どうして、私を?」
「聞きたいことがあってね」
「え?」
トウハは、なぜ、自分が、呼ばれたのか、見当もつかないようだ。
当然であろう。
まさか、自分の心情を悟られたなどと知るはずがない。
しかも、聞きたいことと言うのは、何だろうか。
昨日の事なのだろうか。
トウハは、内心、怯えながら、アキリオの言葉を待った。
しかし……。
「トウハちゃんは、セイナの事、どう思ってる?」
「え?」
「正直に答えて」
アキリオは、意外な言葉を口にする。
なんと、モノカの事ではなく、セイナの事に対しての質問だ。
これには、トウハも、驚きを隠せない。
だが、アキリオは、真剣なまなざしで、トウハと向き合った。
「……」
トウハは、黙ってしまった。
答えられないのだろうか。
アキリオは、そう、察した。
「本当は、セイナの事、憎んでる?」
アキリオは、優しく、トウハに問いかける。
すると、トウハが、静かに首を横に振った。
「わからない。でも、許せないって、思ったの。だって、アキリオ君を傷つけたんだもの」
トウハは、自分の心情が、わからなかったのだ。
セイナの事は、許せないと思っている。
何も言わずに、姿を消し、友人であるアキリオを傷つけたのだから。
だが、今も憎んでいるのかと聞かれると、トウハは、答えられなかった。
「本当は、モノカちゃんの事も嫉妬してた。だって、私が、ここで働くって言った時は、断ったのに。モノカちゃんを雇ったから」
「……ごめんね、トウハちゃん」
トウハは、アキリオの事に関しても、語り始める。
なぜ、モノカに嫉妬したのか。
アキリオとモノカは、ようやく、理解した。
なぜ、トウハが、冷たく感じたのか。
それは、自分の責任だと、アキリオは、察し、反省していた。
「私、醜い。セイナやモノカちゃんみたいになりたいのに」
トウハは、手で顔を隠し、涙を流し始める。
セイナを許せず、モノカに嫉妬した自分が、醜くて仕方がないのだ。
本当は、セイナやモノカのような女性になりたいと願っているのに。
「その願いは、きっと、叶うよ」
「え?」
「はい」
アキリオは、トウハの願いは、叶うと答える。
トウハは、驚き、顔を上げた。
すると、アキリオは、トウハにある物を差し出したのだ。
それは、コンパクトだ。
だが、ふたの部分にピンクの魔法石が埋め込まれている。
このコンパクトこそが、トウハの為に作った魔法具であった。
「これ、何?」
「向き合いのコンパクト」
「向き合いの?」
「うん。自分と向き合うための魔法具だよ。鏡の自分が、語りかけるんだ。本音でね」
アキリオが、差し出した魔法具は、「向き合いのコンパクト」だという。
鏡を見ると、鏡に映る自分が、本音で語りかけてくれるようだ。
自分自身と向き合う為に。
「人ってね。いろんな感情が混ざるとわからなくなる時があるんだ。自分でも、どうにもできなくなる時がね」
アキリオは、昨日、今日のトウハの様子やモノカの話を聞いて、知ったのだ。
トウハは、迷っているのだと。
嫉妬や悲しみと言った感情が混ざり、本当の自分を見失っている。
そう思ったのだろう。
学生時代の頃から、トウハを知っているからこそ、アキリオは、悟り、「向き合いのコンパクト」を作ったのであった。
「だから、一度、自分と向き合ったら、変われるかもしれない。なりたい、自分になれるかもしれないよ?」
自分と向き合うことで、答えを見つけられるかもしれない。
なりたい自分になれるかもしれない。
アキリオは、そう、推測しているのだろう。
「どうかな?トウハちゃん」
「私に、できるかな?」
「君、次第だよ」
トウハは、アキリオに問いかける。
自信がないのだ。
本当に、なりたい自分になれるのか。
だが、それは、自分次第だとアキリオは、答える。
魔法具をきっかけに、変わる事もあるのだから。
トウハは、静かに、「向き合いのコンパクト」を手にした。
それも、嬉しそうに。
「それ、僕が、勝手に作ったから、お支払いはいいからね。大事に、使って」
「ありがとう」
アキリオは、お代はいらないとトウハに告げた。
自分が、勝手に作ったからだと。
トウハは、涙を流して、うなずいた。
アキリオとモノカの優しさを感じながら。
と言っても、いつかは、恩返しをするつもりだ。
二人は、自分を助けてくれたのだから。
トウハは、笑みを浮かべ、頭を下げて、店から出た。
家に帰り、自分の部屋に戻ったトウハは、さっそく、「向き合いのコンパクト」を発動する。
すると、鏡に映った自分が、微笑んでいた。
それも、可愛らしく。
自分は、こんな風に笑えたのかと、トウハは、初めて、知ったのであった。
『本当は、セイナを許したいのよね。でも、どうして、自分に言ってくれなかったんだろうね』
「本当にね」
鏡の自分が語りかける。
本当は、セイナの事を許したいのだ。
だが、セイナの事を許せない理由は、なぜ、セイナが、自分にも何も言わず、去ってしまったのかだ。
もしかしたら、悩みを解決できたかもしれないのにと。
本当に、その通りだ。
トウハは、静かにうなずいていた。
『セイナの事も、アキリオ君の事も、心配よね』
「ええ。でも、アキリオ君なら、大丈夫よ。あの子がいるんだから」
鏡の自分は、アキリオとセイナの事を心配している。
だが、トウハは、アキリオなら大丈夫だと思っているようだ。
アキリオには、モノカがいてくれるのだから。
心配は、もう、大丈夫であろうと。
トウハは、答えを出した。
『本当は、私も、アキリオ君の事、アキ君って呼びたかったなぁ』
「本当にね。でも、いつか、呼べるかもしれないわね」
トウハは、本当は、自分も、「アキ君」と呼んでみたかったようだ。
一度だけでいいから。
だが、いつか、呼ぶ日が来るかもしれない。
モノカやセイナのように。
トウハは、そう、推測していた。
「ありがとう、アキ君」
トウハは、涙を流し、アキリオに感謝の言葉を告げた。
アキリオのおかげで、前に進める気がしたから。
そのころ、魔法具の会社「シエル」では、会議を行っていた。
その部屋には、多くの幹部が、そろい、社長であるジンもいた。
「それでは、シエルの事業拡大計画を進めます。よろしいですね?社長」
「ああ」
事業拡大計画について、会議を行っていたようだ。
計画は、本格的に進められるらしい。
問いかけられたジンは、すぐさま、うなずいた。
だが、アキリオ達は、この事を知らない。
彼らが、手にしている計画書にかかれているのは、アンティカ通りにある店を立ち退きさせ、デパートを建設していることなど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます