第十九話 冷たい瞳

 アキリオがリュンに魔法具を渡してから、一週間の月日がたった。

 今日も、「モン・トレゾール」は、大繁盛だ。

 口コミで、多くの人が、店に来ている。

 アキリオも、モノカも、大忙しであった。

 お昼頃、お客が、いったん、店から出た後、アキリオは、作業場から出てきた。


「今日も、いい天気だね。アキ君」


「うん。ちょっと、寒くなった気がするけど」


 今日も、晴天だ。

 だが、少しだけ、寒い。

 冬が近くまで来ているようだ。

 と言っても、まだ、季節的には秋なのだが。


「今度は、お店の中が暖かくなる魔法具がいるね」


「そうだね。確か、倉庫にあるから、出しておかないとね」


「お願いします」


 アキリオとモノカは、いつものように、兄弟のように、会話をしている。

 本当に、楽しそうだ。

 季節は、あっという間に過ぎていく。

 そして、モノカがここにいられる期間も、短くなっているだろう。

 それでも、今、この時を大事にしたい。 

 モノカは、そう考えていた。

 その時だ。

 鐘が音を響かせる。

 誰か、お客が来たようだ。


「「いらっしゃいませ」」


 アキリオとモノカは、声をそろえて、挨拶をする。

 そこにいたのは、黒髪の女性だ。

 最近、「モン・トレゾール」を遠くから見ていたあの女性であった。


「君は……」


「久しぶりね、アキリオ君」


「トウハちゃん!!久しぶりだね!!」


 なんと、その女性は、アキリオの知り合いらしい。

 名は、トウハと言う。

 アキリオは、トウハとは、久しぶりに会ったようで、嬉しそうに彼女に歩み寄っていた。

 だが、トウハは、静かに微笑むだけ。

 物静かな女性のようだ。

 モノカは、誰なのだろうと、二人のやり取りを見ていたが、アキリオがモノカの様子に気付いたようで、トウハからモノカへと視線を移した。


「あ、紹介するね。この子は、トウハちゃん。学生時代の友人なんだ」


「こんにちは、モノカです。ここで、働いてます」


「こんにちは」


 アキリオは、モノカにトウハの事を紹介した。

 学生時代の友人らしい。

 モノカは、笑みを浮かべ、頭を下げる。

 トウハは、静かに笑みを浮かべ、挨拶をした。 

 だが、その目は、どこか、冷たく感じる。

 モノカは、そう思っていたが、それを否定した。

 彼女は、アキリオの友人なのだから、そんなはずないと。


「ねぇ、セイナは、まだ、戻ってきてないの?」


「あ、うん……そうだね……」


「まったく、あの子は、どうして……」


 トウハは、セイナが、戻ってきていないのかと、尋ねるとアキリオは、困惑しながらも、うなずく。

 すると、トウハは静かに怒りを露わにしたのだ。

 どうやら、彼女が、いなくなった事を知っているらしい。

 理由を知っているかはどうかは、わからないが。


「紅茶、いれるよ」


「いいわ。今日は、お客として、来たの」


 アキリオは、話題を変えようと、紅茶を用意すると告げるが、トウハは、客として、来たからいいと断る。

 そして、ゆっくりと、棚へと歩み寄り、一つの簪を手にした。

 それは、リボンと同じで、着けると、髪を結ってくれる魔法具だ。

 珍しく和風なデザインとなっている。

 トウハは、気に入ったのだろうか。


「これ、いただけるかしら?」


「ありがとう」


 トウハは、その簪を買ってくれるようだ。

 アキリオも、モノカも嬉しそうな笑みを浮かべる。

 だが、トウハは、一瞬、無表情になった。

 彼女の様子に気付かないアキリオは、簪を包装紙で包み、紙袋に入れて、トウハに渡す。 

 トウハは、微笑みながらも、それを受け取った。


「また、良かったら、遊びに来てよ」


「ええ、そうさせてもらうわ」


 アキリオは、トウハと楽しそうに会話をしている。

 トウハも、笑みを浮かべている。

 うれしいのであろう。

 学生時代の友人と再会したのだから。

 セイナが、行方不明になってから、トウハとは、会っていなかった。

 だからこそ、アキリオは、再会を喜んでいたのだ。

 心の底から。


「アキリオ君、元気になったわね」


「え?」


「セイナが、いなくなってから、落ち込んでたから」


「そ、そうだね」


 トウハは、アキリオに語りかける。

 アキリオの事を心配していたのだろう。

 セイナが、いなくなった後、アキリオは、本当に元気をなくしてしまったのだから。

 アキリオは、少々、戸惑いながらも、うなずいた。

 どうして、元気を取り戻したのか、わかっていたが、答えていいものなのか、迷っていたのだ。

 すると……。


「もしかして、あの子のおかげ?」


「え?」


「何でもないわ。じゃあね」


 トウハは、アキリオに問いかける。

 しかも、モノカに聞こえないように、小声で。

 まるで、意地悪をしているかのようだ。

 そう、感じたアキリオは、戸惑ってしまった。

 トウハは、笑みをこぼす。

 何でもないと答えて。

 トウハは、アキリオ達に背を向け、店から出た。


「綺麗な人だね」


「そうだね」


「で、セイナさんって?」


「あれ?まだ、話してなかったっけ?」


「うん」


 モノカは、アキリオに尋ねる。

 セイナの事を。

 アキリオは、まだ、話していなかったようだ。

 モノカは、うなずき、答えを待った。


「ここで、前に働いてた人だよ」


「へぇ……」


「何?」


 アキリオは、モノカに説明する。

 セイナは、前に働いていた人だと。

 なぜか、アキリオの恋人だという事は、伏せて。

 だが、女の勘が働いたのであろうか。

 モノカは、にっと、意地悪そうな笑みを浮かべて、アキリオを見る。

 アキリオは、思わず、たじろいてしまった。


「その人って、アキ君の彼女?」


「ひ、秘密」


 アキリオの様子を見て、モノカは、確信を得たようだ。

 セイナが、アキリオの恋人だったと。

 だが、アキリオは、モノカに背を向け、強引にはぐらかした。


「えー。いいじゃん、教えてよ」


「秘密」


 モノカは、教えてほしいとせがむ。

 だが、アキリオは、秘密だと強く言い、話題を変えようとした。

 モノカが、話題を変えるはずもなく、アキリオに迫る。

 アキリオは、作業場から逃げようとするが、モノカが捕まえて、アキリオは、困惑しながらも、笑っていた。

 まるで、二人のやり取りは、兄弟のようだ。

 トウハは、アキリオ達に気付かれないように、店の外から様子をうかがっていた。


――楽しそうね、アキリオ君。


 トウハは、楽しそうに笑っているアキリオを見て、辛くなった。

 自分の時には、見せない素顔だ。

 セイナの時も、アキリオは、常に、笑顔で会った。

 それを、トウハは、遠くから見ていたのだ。

 今のように。


――私が、働こうかって言った時は、断ったのに……。


 トウハは、モノカに嫉妬していた。

 セイナがいなくなった後、トウハは、自分が、働こうかとアキリオに提案したのだ。

 だが、それを断った。

 もう、誰も、雇う気はないと言って。

 トウハも、納得はしたものの、寂しさを覚えていた。

 それなのに、アキリオは、モノカを雇っている。

 しかも、住み込みで。

 なぜ、自分ではなく、モノカを雇ったのか、理解に苦しみ、嫉妬に狂いそうになっていた。



 夕方、モノカは、買い物に出かける。

 夕飯の買い物をして、店に戻ろうとしてた。

 だが、その時だ。

 店の前で、トウハに出会ったのは。


「トウハさん!!」


「あら、モノカちゃん。買い物?」


「はい!!」


「そう……」


 トウハの問いにモノカは、元気に答えるが、トウハは、静かに怒りを露わにしている。

 それも、モノカに気付かれないように。

 嫉妬で気が狂いそうになるのを抑えていたのだ。


「ねぇ、良かったら、少しだけ、お話しない?」


「はい!!」


 トウハは、モノカに話をしないかと誘う。

 トウハが、嫉妬しているとは知らず、モノカは、嬉しそうにうなずいた。



 店から離れ、シエル大通りに出たモノカとトウハ。

 シエル大通りは、相変わらず、人であふれている。

 これなら、誰にも、気付かれないであろう。

 トウハは、そう、確信していた。

 シエル大通りに来た二人は、会話が途切れてしまう。

 気まずくなりそうだ。

 モノカは、沈黙が続かないように、話題を切り出した。


「す、少し、寒くなりましたね」


「そうね」


 話題を切り出したモノカであったが、ここで、会話が途切れてしまう。

 一体、どうしたのだろうか。

 トウハは、語ろうとしない。

 なぜ、自分を誘ったのか、モノカは、困惑し始めた。


「あ、あの……」


「貴方は、どうして、お店で働こうと思ったの?」


「え?」


 トウハは、突然、モノカに問いかける。

 なぜ、「モン・トレゾール」で、働こうと思ったのか。

 トウハは、知りたいのだ。

 なぜ、自分ではなく、モノカが、「モン・トレゾール」で働いているのか。

 それを聞きだすために、モノカに歩み寄り、誘いだした。


「あ、えっと。この街、お母さんが、大好きだったんです。だから、ここで、働いてみたいなぁって」


「そう……」


「でも、住むところも、働くところもなかったんですけど、アキ君が、住み込みで働かないかって言ってくれて」


「そうだったの……」


 何も知らないモノカは、嬉しそうに語る。

 モノカは、アキリオに助けられた。

 だからこそ、うれしかったのだろう。

 だが、トウハは、ある事に反応する。

 それは、モノカが、アキリオの事を「アキ君」と呼んだ事だ。

 セイナも、アキリオの事を「アキ君」と呼んでいた。

 自分は、呼んだことないのに。

 トウハは、ますます、嫉妬した。


「貴方は、アキリオ君の事、好き?」


「……はい。好きです。アキ君は、私の家族ですから」


 トウハは、モノカに問いかける。

 アキリオの事が、好きなのか。

 もちろん、モノカは、肯定した。

 なぜなら、アキリオは、モノカにとって、家族なのだから。

 しかし……。


「そうね。でも……。アキリオ君は、そう、思っていないわ」


「え?」


「貴方の事、家族だなんて、思ってないのよ」


 トウハは、モノカに、残酷な言葉を突きつける。

 アキリオは、モノカの事を家族だと思っていないと、嘘をついて。

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