第十八話 旅の本

 アキリオの伝言をリュンの母親は告げた。

 アキリオは、リュンが来るのをじっと待っていた。

 すると、足音が聞こえてくる。

 それも、急いでいるかのようだ。

 そう思った瞬間、リュンが、店から飛び出してきた。


「リュン……」


 リュンは、浅い息を繰り返している。

 慌ててきたのだろう。

 魔法具ができたのだと知って。

 まるで、希望を取り戻したかのようだ。


「ま、魔法具ができたって、本当か?」


「うん。でも、寿命を伸ばす魔法具じゃない」


 リュンは、嬉しそうにアキリオに尋ねる。

 まるで、待ちわびていたかのようだ。

 アキリオは、うなずくが、すぐさま、寿命を伸ばす魔法具ではないと告げる。

 本当に、自分は、なんて、残酷なのだろう。

 リュンの事を思うと、心が痛む。

 だが、真実を告げるしかないのだ。


「じゃあ、なんの魔法具だよ」


 リュンは、いらだった様子で、アキリオに問いかける。

 期待した分、愕然としているのであろう。

 希望が失われていくのを感じるほどに。

 それゆえに、リュンは、苛立ってしまったのだ。

 だが、それでも、アキリオは、落ち着いた様子でリュンを見ていた。


「君の願いを叶える魔法具だ」


「え?」


 アキリオは、リュンの問いに答える。

 リュンは、驚いていた。

 自分の願いは、祖母の寿命を伸ばす事だ。

 だが、寿命を伸ばす魔法具ではないのに、自分の願いを叶える魔法具とは、一体、どいう事なのだろうか。 

 リュンは、思考を巡らせても、見当がつかなかった。


「リュン、君は、おばあさんと旅行に行きたかったんだよね?だから、僕に、依頼したんだよね?」


「おう」


 アキリオは、リュンに問いかける。

 リュンが、本当に願っていた事を。

 アキリオが、真実を知ったのだと知ったリュンは、怒りが収まった。

 自分の気持ちを理解したうえで、最善を尽くしてくれたのだと、知ったからだ。


「俺さ、去年、友達と旅行に行ったから、行けなくなっちゃったんだ」


 リュンは、正直に話した。

 友達との旅行を優先してしまったがために、家族旅行が行けなくなった事を。

 わかっていたのだ。

 この時期は、毎年、家族旅行をする。

 だから、重なってしまうのではないかと。

 この予感がどうか、当たらないでほしいと願いながら、去年は、過ごしていたが、リュンの予感は的中してしまい、その結果、家族旅行は、不参加となってしまった。


「皆、行きたがってたし、断れなくて……。ずっと、後悔してて」


 本当は、紅葉の時期をずらして、旅行したかった。

 だが、友達は、楽しみにしていたのだ。

 紅葉をみんなで見に行きたいと。

 だからこそ、断れなかった。

 祖母の後押しもあり、友達と旅行に行ったのだが、後悔してしまったのだ。

 去年、祖母と一緒に旅行に行けばよかったと。


「だから、寿命を伸ばす魔法具が、欲しかったんだね。今年こそは、旅行がしたくて」


 アキリオは、悟ったのだ。

 リュンは、後悔してしまったから、祖母の寿命を伸ばして、一緒に、旅行に行きたいと願った。

 だが、アキリオは、後悔してほしくなかった。

 友達との旅行も、リュンにとっては、良い思い出だったに違いない。

 両親も、祖母も、同じ想いを抱いているのであろう。

 リュンも、理解していた。

 しかし、祖母の病気が侵攻していくにつれて、後悔してしまったのだろう。


「わかってた。魔法で、寿命を伸ばす事はできないって。でも、アキリオに頼まないと、俺、どうにかなりそうで……」


 リュンは、わかっていたのだ。

 魔法で、寿命を伸ばす事は、できないのだと。

 だが、アキリオに助けを求めるしかなかった。

 そうでなければ、余計に後悔してしまいそうになったのだろう。

 リュンは、涙を流す。

 アキリオにも、友達にも、そして、家族にも、申し訳ないと感じて。

 アキリオは、リュンの肩に手を置いた。

 それも、優しく。

 リュンは、驚き、顔を上げた。


「大丈夫だよ、リュン。君の願いは、叶うから」


「え?」


「これをどうぞ」


 アキリオは、願いは叶うとリュンに告げて、魔法具を渡す。

 それは、紅葉の写真が載っている本であった。


「これは……」


「旅の本って言うんだ」


「旅の本?」


「ページをめくるとその風景が映し出される。これなら、病院の中でも旅行ができると思う……」


 アキリオは、リュンに説明する。

 それは、「旅の本」だと。

 ページをめくると、全体にその写真の風景が映し出されるのだ。

 それも、立体的に。

 これなら、寝たきりの状態でも、旅行をした気分になれるとアキリオは、考えた。

 もちろん、リュンが、納得するかどうかは、定かではないが。

 説明したアキリオは、うつむいてしまう。

 今にも、泣きそうな表情を浮かべて。


「ごめん、これくらいしかできなくて……」


「アキリオ……」


 アキリオは、悔やんでいるようだ。

 この魔法具がリュンの願いを叶えたとは、言い難いのであろう。

 それでも、これくらいしかできないのだ。

 アキリオの表情を目にしたリュンは、心が痛んだ。

 自分の為に、できることを模索し、時間をかけて、魔法具を作ってくれたのだから。

 十分すぎるくらい、アキリオは、やってくれたのだと、リュンは、アキリオに告げようとした。

 しかし、その時であった。

 リュンの母親が、慌てて、外に出てきたのは。


「リュン、大変だよ!おばあさんが……」


 リュンの母親は、リュンの祖母が、危険な状態にあると告げる。

 リュンとリュンの両親は、慌てて、病院へ向かった。



 病院に到着したリュン達。

 リュン達は、すぐさま、祖母の病室へと入った。


「ばあちゃん!!」


「皆……」


 リュンの祖母は、リュン達を見ると、微笑んだ。

 だが、容態は、悪いと見える。

 もう、時間はないのだとリュンは、悟った。


「ごめんね……。まだ、お店が……」


「そんな事どうだっていいよ!!」


「優しいね。お前達は……」


 リュンの祖母は、店があるというのに、閉店させてしまった事を悔いていた。

 だが、リュンにとっては、どうでもいい。

 両親もだ。

 店よりも、祖母の方が大事なのだから。

 祖母は、リュン達の優しさを感じ取った。

 しかし……。


「ごめんね、旅行行けなくて……。今年は、行きたかったのにね……」


 リュンの祖母は、悔いていたのだ。

 旅行に行けなくなった事を。

 リュンの祖母は、涙を流し始めた。

 しかし……。


「行けるよ、旅行。今すぐに」


「え?」


 リュンは、旅行に行けると告げる。

 リュンの祖母は、驚いていた。

 行けるはずがないと思っていたからだ。

 それは、リュンも同じであった。

 先ほどまでは。

 リュン達は、祖母の元へと歩み寄り、リュンは、アキリオから受け取った「旅の本」を前に出し、ページをめくった。

 すると、病室が、赤や黄の木々に変わっていたのだ。

 それも、立体的に見える。

 床は、赤や黄の落ち葉と化しており、まるで、外に出た感覚になっていた。


「すごい……」


「本物みたい」


 母親も、父親も、感動しているようだ。

 まるで、本物の紅葉を楽しんでいるように感じているのだろう。


「本物だよ。アキリオが作った魔法具なんだからさ」


「そうだね……」


 リュンは、本物だと告げる。

 なぜなら、自分の友人が、丹精を込めて作ってくれた魔法具だからだ。

 リュンの祖母も、そう感じていたらしい。


「旅行に行ったみたいだね……」


 リュンの祖母は、心の底から、旅行に行っているみたいだと思っているようだ。

 それは、リュン達も同じであり、リュン達は、心の底から楽しんだ。

 今年の旅行を……。


「ありがとう……」


 リュンの祖母は、幸せそうな笑みを浮かべ、息を引き取った。

 リュン達は、涙を流しながらも、微笑んでいた。

 祖母と最後の旅行ができたと感じながら。



 三日後、アキリオとモノカは、いつものように、お店を開いていた。

 リュンの祖母が亡くなった後、リュンから、祖母が幸せそうな笑みを浮かべていたと告げられたらしい。 

 アキリオは、リュンの願いが叶ったのだと、確信した。

 昼頃になり、休憩を取ろうと、アキリオは、モノカに告げるため、作業場からお店に出てくる。

 その時だった。

 リュンが、いつものように、バケットを手にして、お店に入ってきたのは。


「あ、リュンさん!」


「よう」


「こんにちは」


「この前は、ありがとうな。これ」


「うん」


 アキリオは、いつものように、バケットを受け取る。

 どれも、美味しそうなパンが、入っている。

 モノカは、嬉しそうに、バケットを覗き込んでいた。


「あと、これ、魔法具の」


「いいよ」


「え?」


「いい」


 リュンは、魔法具の代金を支払おうとするが、アキリオが断る。

 なぜ、受け取ろうとしないのだろうか。

 リュンは、困惑していたが、アキリオは、いいと告げた。


「でも……」


「おばあさんから聞いたんだ。リュンが、作ってくれてるんでしょ?」


「お、おう……」


「いつも、美味しいパンをありがとう。だから、魔法具は、これのお礼」


 アキリオが、代金を受け取らなかった理由は、リュンが、いつも、美味しいパンを作ってくれるからだ。

 自分達の為に。

 だからこそ、アキリオは、代金を受け取らず、リュンにお礼を告げた。 

 リュンは、涙を流した。

 本当に、アキリオ達は、優しいと感じながら。


「ありがとうな……」


 リュンは、涙を流しながらも、にっと笑う。

 いつものリュンが帰ってきた。

 アキリオとモノカは、そう感じていた。


 

 だが、アキリオ達は、まだ知らない。

 遠くから、あの黒髪の女性が、アキリオ達の様子をうかがっている事に。


「アキリオ君と一緒にいる子は、セイナじゃない……」


 女性は、アキリオではなく、モノカの方を見ているようだ。 

 それも、嫌悪感を抱いているかのように。


「あの子は、誰なの?」

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