第十七話 家族旅行
朝のアンティカ通りは、静かだ。
まだ、人が、少ない。
その通りを一人の女性が、歩いていた。
その女性は、黒いボブカットの髪、黒い瞳、黒い衣服を着ている物静かな雰囲気がある。
女性は、「モン・トレゾール」へと向かっていた。
「アキリオ君、元気にしてるかな……」
どうやら、その女性は、アキリオの知り合いのようだ。
久しく、会っていないのだろう。
そのためか、会うのを楽しみにしているようだ。
女性は、「モン・トレゾール」へ近づく。
だが、その時であった。
「え?」
女性は、信じられないと言わんばかりの表情で立ち止まってしまう。
なぜなら、アキリオが店から出てきたからだ。
だが、店から出てきたのは、アキリオだけではない。
モノカも、店から出て、アキリオと楽しそうにやり取りをしているのだ。
「どうして、セイナ以外の子が、働いてるの?」
女性は、セイナとも知り合いのようだ。
だからこそ、信じられなかった。
アキリオが、セイナ以外の人を雇っているという事が。
女性は、アキリオ達に気付かれないように、背を向け、「モン・トレゾール」から、遠ざかった。
そうとは知らず、アキリオは、お店をモノカに任せ、リュンの祖母が入院しているというヘルヴェン街にあるヘルヴェン病院の病室に来ていた。
果物が入っている籠を手にして。
アキリオは、心を落ち着かせるため、深呼吸をし、ゆっくりと、ドアを開けた。
「こんにちは」
「あら、アキリオ君、久しぶりだねぇ」
「はい、お久しぶりです」
リュンの祖母は、アキリオを出迎えてくれた。
寝たきりで、頬はやせている。
本当に、重い病気なのだろう。
それでも、アキリオは、穏やかな表情でリュンの祖母の方へと歩み寄り、果物が入っている籠を棚に置くと、祖母は、嬉しそうな表情浮かべて、お礼を言った。
「リュンが迷惑をかけていないかい?」
「いえ、いつも、パンをくれて、助かっています。本当においしくて」
「そうかい。あの子も、喜ぶだろうね」
アキリオは、リュンに助けられているのだ。
差し入れのパンは、美味しく、穏やかな気持ちになる。
だから、迷惑などと思っていない。
本当に、助かっているのだ。
正直な気持ちをリュン祖母に伝えると、リュンの祖母は、嬉しそうに微笑んでいた。
孫が、誰かの薬だっているのが、うれしいのであろう。
「知ってたかい?アキリオ君にあげてるパン、あの子が、作ってるんだよ」
「そうなんですか?」
アキリオは、驚愕する。
なんと、いつも、リュンが差し入れとして、くれるパンは、全て、リュンが作っているようだ。
アキリオの為に、作ってくれたのであろう。
だが、リュンは、一言もそれを言わなかった。
最初に、モノカが、尋ねた時も、両親が作ったと言っていたくらいなのだから。
「そうさ。あの子、照れくさくて、言ってないんだろうね……」
祖母曰く、リュンは、照れくさくて、隠していたようだ。
いかにも、リュンらしい。
アキリオは、思わず、笑みを浮かべていた。
それと、同時に、気付かされた。
自分は、リュンに支えられていたのだと。
祖母は、窓の方へと視線を移す。
彼女の視界には、映っていたのだ。
木の葉が、赤や黄に染まっているのが。
「紅葉の季節だねぇ」
「はい。見ごろとなりましたね」
「いつも、紅葉の時期に、旅行に行ってるんだけどね……。今年は、旅行行けないかもしれないねぇ……」
リュンの祖母は、寂しそうに語る。
リュンは、紅葉の時期に、家族と旅行している。
紅葉を見るためであろう。
アキリオは、思いだしていた。
リュンの祖母は、秋が好きなのだ。
特に、紅葉の季節が好きらしい。
赤や黄の葉を見ると落ち着くというのだ。
だからこそ、この時期に旅行に行っているのであろう。
だが、もう、旅行も行けないかもしれない。
リュンの祖母は、そう、悟っているようだ。
「本当はね、今年は、絶対に行きたかったんだよ。あの子、去年、旅行に行けなかったから」
リュンの祖母も、今年は、リュンと一緒に旅行したかったのだと語る。
去年、リュンと旅行できなかったことを残念がっているようだ。
「友達と、先に約束してたみたいなんだ。こっちも、予定が埋まっちゃって、どうしても、ずらせなくてね」
リュンは、友達と先に旅行の約束をしていたらしい。
そして、家族も予定が入っていたため、重なってしまったようだ。
だからこそ、リュンは、去年、行けなかったのだろう。
「あの子は、友達との旅行の日をずらそうとしてたみたいだけど……。友達と旅行なんて、滅多に行けないから。こっちは、来年でと思ってね……」
心優しいリュンは、友達との旅行の日をずらそうとしていたようだ。
本当は、行きたかったのだろう。
友達との旅行も、家族との旅行も。
それでも、リュンの祖母は、予定をずらさずに、友達の方を優先するよう促したようだ。
リュンの祖母は、本当に、優しい方だ。
リュンによく似ている。
来年に、また、皆で行けると思ったのだろう。
だが、自分が、病にかかり、寝たきりとなってしまった。
リュンは、悔いているのだろう。
やはり、予定をずらして、家族と旅行に行くべきだったのだと。
そう思うと、アキリオは、心が痛んだ。
その後、アキリオは、店へと戻った。
リュンと遭遇するかと思ったのだが、彼と会うことは、なかった。
店に戻ったアキリオは、昼食時に、モノカにリュンの祖母とのやり取りを話した。
「そっかぁ。やっぱり、残念がってるんだね」
「リュンも、今年こそはって、張り切ってたみたいなんだ」
「去年、行けなかったから、余計になんだろうね」
「うん」
モノカは、リュンとリュンの祖母の心情を察した。
どちらも、残念がっているのだ。
特にリュンは。
アキリオは、リュンの祖母から聞かされた。
今年は、自分が、計画を立てると張り切っていたらしい。
だからこそ、もう、行けないと察し、悔やんでいたのだ。
「ずっと、後悔してたんだね、リュンさん……」
「うん、友達との旅行は楽しかったと思う。でも、おばあさんが、病気になっちゃって……」
おそらく、リュンは、友達との旅行も楽しんだのであろう。
来年も、再来年も、ずっと、家族と旅行ができると思っていたのだ。
だが、それは、もう、叶わないと知って、どれほど、後悔したのだろうか。
断ればよかったと、思っているのだろうか。
もし、そう思っているのなら、家族の誰もが悲しんでしまうだろう。
リュンのせいではないのだから。
「ねぇ、アキ君。リュンさんが、どうして、寿命を伸ばす魔法具が欲しいって頼んだか、わかる気がする」
「うん、僕もわかったよ」
「え?」
「リュン、おばあさんと旅行がしたかったんだね。だから、無理だとわかってても、頼んだんだよ」
アキリオも、モノカも、なぜ、リュンが、寿命を伸ばす魔法具を作ってほしいと頼んだのか、理解した。
リヤン・ラングを発動したからではない。
友人だからだ。
祖母を、家族を大事にしてきたからこそ、アキリオは、理解したのだ。
そして、モノカも。
アキリオは、目を閉じる。
自分が、どうするべきなのか。
思考を巡らせた後、アキリオは、ゆっくりと、目を開けた。
「モノカ。明日、一日、作業場にいるから、お店、頼める?」
「うん。大丈夫、任せてよ。だから、アキ君は、リュンさんの願い、叶えてあげて」
「ありがとう」
アキリオは、モノカに店を任せる。
魔法具を作るためだ。
リュンの願いを叶えようとしているのであろう。
もちろん、寿命を伸ばす以外の方法で。
モノカも、アキリオが、何をしようとしているのか、推測しており、アキリオに託した。
リュンを救ってあげてほしいと願いながら。
次の日、アキリオは、一日中、作業場で、魔法具を作っていた。
試行錯誤しながら。
モノカは、お客の対応をしながら、アキリオやリュンの事を考えていた。
夕方ごろになると、アキリオは、お店に出る。
モノカに告げたのだ。
魔法具が完成したと。
モノカは、喜び、すぐに、リュンの所に行ってほしいと頼み、アキリオは、リュンがいるパン屋へと向かう。
パン屋の前に着くとリュンの母親が、アキリオを出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「あら、アキリオ君、こんにちは」
「あの、リュン、いますか?」
「ええ、いるわよ。ちょっと待っててね」
リュンの母親は、アキリオに挨拶をする。
おそらく、買い物をしに来たと思っているのであろう。
だが、アキリオは、違う。
魔法具を抱えて、やってきたのだ。
リュンがいるかと尋ねると、リュンの母親は、確認するため、中へと入っていく。
そして、すぐに、戻ってきたのだ。
だが、リュンの母親は、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「ごめんなさい、アキリオ君、あの子、今日は、忙しいみたいで……」
リュンの母親は、申し訳なさそうに、アキリオに告げる。
おそらく、リュンは、アキリオに会いたがっていないのだろう。
どうやって、向き合えばいいのか、わからないのだ。
アキリオも、リュンの心情を理解している。
しかし……。
「なら、伝えてもらえませんか?魔法具が、完成したと」
アキリオは、リュンの母親に伝言を頼んだ。
魔法具が完成したと。
リュンが、希望を持ってくれるようにと願いながら。
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