第十六話 叶えてあげたいけど

 季節が、秋になる頃、「モン・トレゾール」は、多くの客でにぎわっていた。

 店番をしているモノカの対応、そして、魔法具の品ぞろえが豊富であり、アンティーク調のおしゃれさと使いやすさ、何より、心を落ち着かせてくれると評判がいいからだ。


「今日の売れ行きがいいね、アキ君」


「そうだね」


 お客がいなくなった後、アキリオは、店に入る。

 新しい魔法具が完成したからだ。

 魔法具を受け取ったモノカは、見栄えがいいように棚に魔法具を並べた。

 ここ、最近、魔法具の売り上げは、右肩上がり。

 多くの人が、店を訪れ、魔法具を手に取ってくれる。

 オーダーメイドの発注も増えており、ますます、評判はいい。

 「モン・トレゾール」は、今日も、大繁盛と言ったところであろう。

 そう思っていたモノカは、ふと、外へと視線を移す。

 木の葉が、赤や黄色に染まっていた。


「そろそろ、紅葉の季節だね」


「うん。お休みになったら、紅葉を見に出かけたいね」


「いいね」


 もう、季節は、すっかり秋だ。

 紅葉の季節と言ったところであろう。

 お休みになったら二人で、紅葉を見に行こうと約束するアキリオとモノカ。

 この二人は、すっかり、兄弟のようだ。

 と言っても、年は離れ過ぎてはいるが。

 嬉しそうに、仕事を続けるモノカ。

 すると、ふと、向かい側にあるパン屋の方へと視線が移っていた。


「そう言えば、リュンさん、最近、来てないね」


「うん。パン屋は、やってるみたいだけど」


 パン屋を視界に映したモノカは、気になる事があったようだ。

 それは、アキリオの友人・リュンが、最近、「モン・トレゾール」に来ていない事だ。

 いつも、お昼頃に、リュンは、バケットを手にして、ここを訪れる。

 だが、リュンは、ここに来なくなってしまったのだ。

 アキリオも、リュンの事を心配しており、パン屋を訪れた事もあったらしい。


「お店にもいないの?」


「うん。おばさんは、いたんだけど」


「そう……」


 アキリオ曰く、リュンの母親はいたみたいだ。

 アキリオは、リュンの事を尋ねたのだが、大丈夫だと返答されてしまったので、それ以上、尋ねる事ができなかった。

 だが、あの元気なリュンが、店を訪れないのには、何か、深い理由があるのだろう。


――何かあったのかな……。


 アキリオは、不安に駆られていた。

 リュンの身に何かあったのではないかと。 

 リュンの母親は、それを悟られないように、アキリオに大丈夫だと言って、はぐらかしたのではないかと。

 アキリオは、店が終わった後、パン屋へ行き、リュンの様子をうかがう事を決意した。

 だが、その時であった。

 お店のドアが勢いよく、開いたのだ。

 大きな物音で驚き、二人は、ドアの方へと視線を向ける。 

 すると……。


「アキリオ!!」


「リュン!!どうしたの!?」


 リュンは、慌てて、店に入ってきたのだ。

 それも、血相を変えて。

 やはり、何かあったのだろう。

 アキリオも、慌てて、リュンの元へ駆け付け、尋ねる。

 モノカも、心配そうに、リュンの元へ、歩み寄った。


「ば、ばあちゃんが……。病気で……」


「え?」


「もう、危ないって……」


 リュンは、涙ながらに説明する。

 なんと、リュンの祖母は、病を患っていたのだ。

 しかも、もう、危ないと医者から告げられてしまったらしい。

 アキリオは、リュンが、最近、ここを訪れなかった理由を察し、同時に、絶句した。

 まさか、そのような事があったとは、思いもよらなかったのであろう。


「頼む、アキリオ!!ばあちゃんの寿命を伸ばす魔法具を作ってくれ!!」


 リュンは、アキリオに頭を下げて、懇願する。

 リュンの祖母の寿命を伸ばしてほしいと。

 リュンは、藁にも縋る思いで、アキリオの元を訪れたのだ。

 アキリオなら、祖母を助けてくれるであろうと。

 しかし……。


「……ごめん。寿命を伸ばす事はできないんだ」


 アキリオは、申し訳なさそうに、謝罪する。

 魔法で寿命を伸ばす事は、できないのだ。

 まだ、魔法の技術がそこまで追いついていない。

 ゆえに、アキリオは、どうすることもできなかった。


「なんでだよ。アキリオなら、作れるだろ?」


「本当に、できないんだ。ごめん……」


 リュンは、顔を上げ、アキリオに問い詰める。

 アキリオなら、作れると信じていたからだ。

 だが、アキリオは、申し訳なさそうに、謝罪する。

 アキリオも、リュンの願いをかなえてやりたい。

 だが、本当に、寿命を伸ばす事は、アキリオでさえも、できない。

 リュンは、アキリオの表情を目にして、悟ってしまい、アキリオから、遠ざかった。


「……そうだよな。わかった」


 リュンは、アキリオに背を向けて、店を出る。

 まるで、あきらめてしまったかのようだ。

 その姿は、とても、辛そうで、アキリオも、見ていられなくなり、思わず、目をそらしてしまった。


「リュンさん……」


 モノカは、リュンを心配した。

 家族が命を落とすと思うと、どれほど、辛いか、知っているからだ。

 だが、アキリオの気持ちもわかる。

 叶えたいのに、叶えられない悔しさを。



 夕方、仕事が終わったモノカは、夕ご飯の買い出しに出かける。

 リュンの様子も知りたくて。

 買い物も終わり、モノカは、店へと戻ってきた。


「お帰り」


「ただいま」


「どうだった?」


 アキリオは、モノカに尋ねる。

 しかし、モノカは、首を横に振った。


「リュンさん、病院に行ってるみたい」


「そっか……」


 モノカは、リュンの母親に、リュンの様子をうかがったのだ。

 もちろん、ここへ来た事も、話したことも、伏せて。

 だが、リュンは、あの後、病院に行ってしまい、会っていないという。

 アキリオは、相当、思いつめているのではないかと、悟り、ひどく、落ち込んだ。


「心配だね」


「うん」


 モノカは、リュンの事も心配しているが、アキリオの事も心配になる。

 アキリオも、思いつめているのではないかと推測しているのだ。

 感情を表に出そうとはしないが。


「リュン、おばあちゃん子らしいから。ショックだったと思う……」


 アキリオは、リュンは、祖母を大事にしていたという話を聞いたことがある。

 それゆえに、今、リュンは、どんな思いで病院にいるのかと思うと、アキリオは、心が痛んだ。


「魔法も、万能じゃないから、辛いよね……」


「そうだね。ごめんね」


「ううん」


 アキリオは、モノカに謝罪する。

 モノカが、気を遣ってくれていると察したからだ。

 だからこそ、アキリオは、申し訳ないと感じ、謝罪する。

 だが、モノカは、気にしていない。

 むしろ、心配しているくらいであった。


「何か、方法があればいいんだけど……」


「うん……」


 アキリオも、モノカも、リュンの願いを叶えてやりたい。

 だが、今は、どうすることもできない。

 こればかりは。

 悔しさだけが、二人の心を埋め尽くした。



 だが、その日の夜。

 モノカは、夢を見た。

 それは、リュンの過去だ。

 リュンは、両親、そして、祖母と楽しそうに歩いている。 

 それも、大荷物を持って。

 家族旅行だろうか。

 朝になると、モノカは、目を覚まし、起き上がった。


「今のリュンさんの過去?」


 モノカは、疑問を抱いていた。

 なぜ、リュンの過去を見たのだろうか。

 もしかして、リュンを助けたいと願ったがために、無意識に、レーヴ・パッセを発動したのかもしれない。

 いずれにせよ、自分が、過去を見たことは、何か、わけがあるはずだ。

 リュンの願いを叶える手掛かりになるかもしれない。

 そう、推測したモノカは、朝食時に、アキリオにリュンの過去を夢で見たことを話した。


「リュンの過去を見た?」


「うん。家族で旅行してたよ」


 モノカの話を聞いたアキリオは、驚く。

 まさか、モノカが、リュンの過去を夢で見るとは、思いもよらなかったのだろう。

 それは、モノカも、同じであった。


「そう言えば、毎年、この時期に家族旅行に行ってたな……」


「そうなんだね……」


 アキリオは、思い返す。

 リュンは、毎年、家族旅行に行っていたのだ。

 しかも、この時期に。

 モノカは、リュンの過去を思い出す。

 誰もが、楽しそうに笑っていた事を。

 リュンの祖母も。

 だからこそ、余計に、辛く感じてしまった。


「うん。去年、リュンは、旅行に行けなかったって言ってたけど」


 リュンは、去年、家族旅行に参加していないのだ。

 理由は、友達の旅行と重なってしまったからだ。

 リュンは、予定をずらそうとしたのだが、祖母が、友達と行ってきなさいと、背中を押したのだという。

 もしかしたら、リュンは、後悔しているのかもしれない。

 家族と旅行に行けなかったことを。

 だが、それも、推測だ。

 アキリオは、やはり、リュンの願いを叶えたいと心の底から、願った。


「モノカ、今日、リュンのおばあさんのお見舞い、行ってきていいかな?」

「もちろんだよ。こっちは、任せて」


 アキリオは、病院に行くつもりだ。

 店をモノカに任せて。

 もちろん、モノカが、反対するわけがなく、強く、うなずいた。

 アキリオに任せるしかないからだ。

 アキリオなら、リュンの願いを叶えてくれると信じて。


「ありがとう」


 アキリオは、微笑み、モノカも、微笑んだ。

 そして、リュンの為に、何かしてあげたいと、強く願ったのであった。

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