第十四話 想いの貝殻
アキリオは、モノカと共に、モノカの部屋に入る。
モノカをベットに座らせ、アキリオは、紅茶を用意するために、一度、部屋を出た。
その後、モノカの部屋に戻り、モノカに紅茶を差し出し、モノカは、静かに、紅茶を飲み始めた。
暖かい紅茶がモノカの心を落ち着かせてくれたようだ。
モノカは、もう、涙を流していなかった。
「落ち着いた?」
「うん」
アキリオに尋ねられたモノカは、静かにうなずく。
この三日間、一人で、抱え込み、悩んでいたのだろう。
そう思うと、早く、気付いてあげればよかったと、アキリオは、内心、悔やんでいたが、モノカに心情を悟られないように、微笑んだまま、モノカの隣に座った。
「どんな夢を見たのか、聞いてもいいかな?」
アキリオが、尋ねると、モノカが、静かにうなずく。
話そうと決意したのだろう。
アキリオに、助けを求めたのだ。
「あの人、恋人と幸せに暮らしてたの。でも、恋人と遠距離恋愛になって、一人で、生活してたんだけど……」
モノカ曰く、あの女性は、恋人と共に暮らしていたらしい。
だが、恋人の仕事の都合により、遠距離恋愛となったのだ。
それでお、女性は、恋人の手紙を見て、幸せそうだった。
恋人にも、会いに行ったことがあったらしい。
遠く離れていても、想い合っていたのだろう。
アキリオは、そう、推測していた。
しかし、突然、モノカは、黙ってしまい、うつむく。
涙を流しているようだ。
「モノカ?どうしたの?」
「あの人、新聞見て、泣いていた。エレス国のマスラーニャ山脈で、災害があったんだって……」
モノカは、夢の続きをゆっくりと話す。
恋人がいた国は、エレス国だったらしい。
しかも、マスラーニャ山脈付近で暮らしていたのだろう。
そこで、災害が起こってしまったのだ。
女性は、新聞を読んで知ってしまった。
恋人が、災害に巻き込まれてしまった事を。
その事にモノカは、気付いていたのだ。
「もしかして、その災害の事を調べてたの?」
モノカの話を聞いてアキリオは、悟った。
モノカは、災害の事と恋人の事を調べる為に、図書館に行ったのだ。
と言っても、詳細がわかったわけはない。
恋人が、災害に巻き込まれていたとしても、無事だったかもしれない。
そう思うと、モノカは、自分で調べ、確信を得るしかなかった。
だが、女性の涙を見る限り、難しいのではないかと、思うようになっていたようだ。
「マスラーニャ山脈。確か、一年前に、土砂崩れがあったんだっけ……」
アキリオは、マスラーニャ山脈で起きた災害の事を思い出す。
一年前の事だ。
新聞でも、大きく取り上げられていたから、アキリオも、思い出したのだろう。
だが、アキリオが、思い出した理由は、それだけではなかった。
――マスラーニャ山脈って、確か、その近くで、貧しい子供達が住んでたんだよね?
マスラーニャ山脈には、貧しい子供達が、近くで住んでいた事もアキリオは、覚えている。
その子供も、災害に巻き込まれてしまった事も。
もしかしたら、その子供達の為に、彼は、ボランティア活動をしていたのかもしれない。
アキリオは、目を閉じ、リヤン・ラングを発動する。
言葉、一つ一つをつなげるために。
まず、女性が語った恋人の仕事であるボランティア、会いに行けないという言葉。
女性が、カバンに着けていた二つのキーホルダー。
モノカが、夢で見た新聞に記載されていたエレス国、マスラーニャ山脈、災害。
言葉をつなぎ合わせた時、一つの過去が見え、アキリオは、目を開けた。
「そういう事だったんだね……」
「アキ君……」
女性の過去、心情を知ったアキリオは、悲しそうな表情を浮かべていた。
モノカが、悩んだ理由も、納得したのであろう。
そんなアキリオを、モノカは、不安そうな表情で見ている。
不安に駆られているのであろう。
もしかしたら、女性の願いを叶えられないのではないかと、察して。
だが、アキリオは、モノカの頭を優しくなでた。
「モノカは、優しいね。本当に」
「でも、でも……」
「大丈夫、僕に任せて」
アキリオは、モノカが、女性の為に、調べ、方法を見つけようとしたことを知り、モノカの優しさを感じ取っていた。
だが、モノカは、自分では、どうすることもできず、どうしたらいいのか、未だ、わからない。
それでも、アキリオは、自分に任せてと、モノカに告げた。
何か、方法があるのだろうか。
アキリオは、すぐさま、女性に連絡した。
お話があると告げて。
その際、恋人が送った手紙も、持ってきてほしいと頼み、女性は、快く承諾した。
しばらくすると、女性が、到着した。
「すみません。来ていただいて」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
アキリオは、女性を椅子に座らせ、自分も、向かい側に座る。
モノカは、不安に駆られながらも、紅茶を女性に差し出した。
「それで、お話と言うのは」
「……貴方の恋人の事でです」
「……何でしょうか?」
「……カバンに着けているキーホルダー、一つは、恋人のものだったのではありませんか?」
「……なぜ、わかったのですか?」
アキリオは、女性に尋ねた。
カバンに着けている二つのキーホルダーについて。
それは、恋人のものだったのではないかと。
女性は、驚愕しつつも、アキリオに問いかけた。
なぜ、わかったのだろうかと。
思考を巡らせても、見当がつかないからであろう。
「同じものを二つ着けていたからです。それは……恋人の遺品ですね」
「はい」
アキリオは、最初に二つのキーホルダーを目にした時、違和感を覚えたからだ。
なぜ、同じものを二つ着けているのであろうと。
だが、モノカの話を聞いて、察してしまった。
亡くなった恋人のものだったのだと。
女性は、アキリオを咎めることなく、静かにうなずいた。
「あの人は、一年前、災害で、亡くなってしまったんです」
女性は、涙を流して、語り始める。
やはり、恋人は、亡くなっていたようだ。
アキリオも、モノカも、辛そうな表情を浮かべ、女性を見ていた。
「それでも、あの人の声が聴きたかった。こんな事、頼むのは、おかしいってわかってたんです。でも……あの人の声が聞ければ、前を向いて生きていける気がしたんです。でも、無理ですよね?」
女性は、わかっていた。
もう、恋人の声を聞くことも、会いに行くことも、できないのだと。
それでも、もし、恋人の声を聞く魔法具を、アキリオなら、作れるのではないかと藁にも縋る思いで、この店にやってきたのだ。
だが、やはり、それは、不可能なのだろう。
女性は、そう察し、立ち上がろうとした。
しかし……。
「いいえ、作れます」
「え?」
女性は、あきらめようとしたが、アキリオは、作れると、断言する。
これには、モノカも、女性も、驚きを隠せない。
どうやって、恋人の声を再現するというのだろうか。
モノカも、女性も、困惑していた。
「お手紙、持ってきてくれました?」
「あ、はい」
女性は、慌てて、カバンから、手紙を出した。
恋人が送ってくれた最後の手紙であった。
「これを預かってもいいでしょうか?魔法具ができた時にお返ししますので」
「わかりました。お願いします」
女性は、改めて、アキリオに依頼した。
アキリオは、すぐさま、手紙を手にし、作業場へと向かう。
店をモノカに任せて。
その後、アキリオは、一日かけて、魔法具を完成させた。
翌日、アキリオは、女性に魔法具が完成した事を連絡し、女性は、「すぐに、いきます」と告げた。
そして、女性は、店に入った。
だが、どこか、不安そうだ。
本当に、恋人の声が聞こえるのか、不安なのだろう。
アキリオは、女性を椅子に座らせ、モノカが、紅茶を差し出す。
女性は、緊張しながらも、座り、アキリオも、向かい合わせとなって女性の前に座った。
「どうぞ」
アキリオは、女性に魔法具を差し出す。
その魔法具は、白い貝殻でできていた。
魔法石は、チェーンで繋がれている。
その色は、女性に似合いそうな、可愛らしいピンク色であった。
「これは?」
「想いの貝殻です。ここから、恋人の声を聞くことができます」
「どうやって、作ったんですか?」
アキリオは、説明する。
魔法具の名は、「想いの貝殻」なのだという。
女性は、瞬きさせて、問いかけた。
まさか、本当に、完成させたとは、思ってもみなかったのであろう。
ゆえに、女性は、アキリオに問いかけた。
どのように作ったのか。
「こちらの手紙を使いました。手紙には、想いが込められてるんです。その想いを声として、再構築し、魔法石に埋め込みました」
アキリオは、女性から預かった手紙を利用して声を再現させたようだ。
手紙には、想いが込められている。
アキリオは、手紙から、想いを模写し、さらには、想いを声として、再構築したというのだ。
モノカも、女性も、驚きを隠せない。
そのような事が、できてしまうのかと、疑問を抱いて。
だが、アキリオなら、唱えられるのであろう。
だからこそ、手紙を預かったのかもしれない。
女性は、「想いの貝殻」を手に取った。
「聞いてもいいですか?」
「はい」
女性は、貝殻を耳に当て、魔法を発動した。
すると……。
『マランへ。元気ですか?僕は、元気でやっています。子供達は、元気です。大変な状況の中でも、笑って生きています。僕も、元気をもらって、仕事を続けています。いつも、来てくれてありがとう。本当は、僕が、行くべきだったのに。ごめんね。あと一年、頑張ったら、戻ります。それまで、待っててね。ヒュウイ』
恋人の声が聞こえる。
それも、手紙を読んでいるかのようだ。
いや、実際には、読んでいたのかもしれない。
そう思うほど、心が込められていたのだ。
偽りではなく、本物の彼の声と想いが。
女性は、体を震わせ、涙を流す。
もう二度と聞くことができないと思っていた恋人の声を聞くことができたのだ。
それも、元気そうな、幸せそうな彼の声が。
そう思うと、女性は、幸せに感じた。
「ありがとうございます」
女性は、アキリオとモノカに頭を下げ、感謝の言葉を述べた。
きっと、女性は、前を向いて歩いていけるだろう。
アキリオとモノカは、そう、確信していた。
女性が、店を出た後、アキリオとモノカは、仕事を続けた。
感謝の言葉を告げた時に微笑んでいた女性の顔を思いだしながら。
「良かった。あの人、元気になってくれそうだね」
「うん」
「でも、すごいね。手紙を使って、声を再現できるなんて」
「実際は、大変だったんだけどね」
恋人の声を再現させたアキリオであったが、実際は、大変だったらしい。
それもそうであろう。
手紙から、声を再現させる魔法は、本当に、高度な技術が必要となる。
アキリオでさえも、時間がかかったほどだ。
それでも、アキリオは、魔法具を完成させた。
女性に前を向いて生きてほしくて。
「ありがとう、アキ君」
モノカは、満面の笑みを浮かべ、アキリオにお礼を告げた。
うれしかったのだ。
アキリオのおかげで、女性の願いが叶って。
アキリオは、モノカの頭を優しくなでた。
「こちらこそ、ありがとう、モノカ」
アキリオは、モノカにお礼を述べた。
モノカのおかげで、彼女の願いを叶えられたのだから。
二人は、女性が、幸せになるようにと願いながら、今日も、魔法具を人々に、提供したのであった。
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