第十二話 彼の声を求めて
モノカが、「モン・トレゾール」で働き始めてから、三ヶ月が過ぎた。
季節は春から夏に変わり、日差しが熱い。
アキリオは、作業場で魔法具を作り続けていた。
モノカのおかげで、種類も豊富となり、お客が増えた。
本当に、喜ばしい事だ。
アキリオは、一つの魔法具を完成させる。
それは、銀色のスプーンだ。
味を変えることができるらしい。
つまりは、味の調整ができるというわけだ。
魔法具を完成させたアキリオは、額から滴る汗を手で拭った。
「ふぅ……暑くなったなぁ。もう、夏なんだ……」
アキリオは、もう、季節が夏に変わった事を悟ったようだ。
それほど、時が経ったという事だ。
となると、暑さ対策の魔法具が必要となってくる。
アキリオにとっては、忙しくなりそうであった。
暑さを感じているのは、アキリオだけではない。
モノカも、暑さで気が滅入りそうにになっていた。
「暑い……。涼しくなる魔法具ってないのかなぁ……。アキ君に頼んでみよう。お客さん来なくなっちゃうよ……」
お客の前では、笑顔を見せているモノカであったが、お客がいなくなった途端、ぐったりとしてしまう。
週末の為、お客が多く、休む暇もなかったくらいだ。
まだ、夏は、始まったばかり。
と言っても、この暑さは、さすがにきついところだ。
アキリオに頼めば、涼しくなる魔法具をもらえるかもしれない。
この暑さでは、お客も入らなくなってしまう事を恐れたモノカは、アキリオに頼むことを決意した。
その時であった。
誰かが、店に入ってきたようだ。
モノカは、すぐさま、背筋をピンと伸ばし、お客を出迎える。
だが、店に入ってきたのは、あの銀髪の少女であった。
「あ」
「こんにちは」
モノカは、あっけにとられ、銀髪の少女は、涼しげな表情でモノカに挨拶する。
本当に、不思議な少女だ。
まるで、暑さを感じていないように思える。
「久しぶりだね」
「ええ」
モノカと銀髪の少女が、再会を果たしたのは、あの春以来だ。
アキリオが、店に入ってきた途端、銀髪の少女は、姿を消した。
それ以来、銀髪の少女は、この店に来ていない。
どこで、何をしているかさえ、不明だ。
「ねぇ、アキ君には会わないの?」
モノカは、銀髪の少女に尋ねる。
アキリオに会うつもりはないのだろうか。
モノカは、銀髪の少女に対して、疑問を抱いたようだ。
「会いません。貴方の様子を見に来ただけですし。それに、貴方以外の人間とは、関わるつもりはありません」
銀髪の少女は、きっぱりと答える。
モノカ以外の人間と会うつもりはないと。
なぜ、モノカ以外の人間と会うつもりはないのだろうか。
モノカは、何か事情を知っているようで、それ以上は、尋ねようとしなかった。
「貴方の願いを見届けるまでは」
「そ、そっかぁ」
銀髪の少女が、モノカの元へやってきたのは、モノカの様子を見に来た為、そして、モノカの願いを見届けるためだ。
モノカは、やはり、秘密を抱えているらしい。
それも、アキリオに言えない秘密を。
モノカは、困惑しながらも、納得したらしい。
やはり、モノカと銀髪の少女は、お互い、重大な秘密を共有しているようだ。
「うまくやっているみたいで何よりです。それでは」
「あ、うん。またね」
銀髪の少女は、モノカに背を向け、店を出てしまう。
本当に、アキリオに会うことなく。
モノカの様子を見に来ただけのようだ。
「あの人、いつもは、どこにいるんだろう……」
モノカは、銀髪の少女が、どこにいるのか、気になっているようだ。
だが、銀髪の少女が答えるとは思えない。
モノカは、そんな気がしていた。
その時だ。
お客が一人入ってきたのは。
「いらっしゃいませ」
モノカは、再び、背筋をピンと伸ばし、お客を出迎える。
そのお客は、女性だ。
それも、大人びている。
モノカよりも、年は、上に見える。
だが、その女性は、どこか、憂いを帯びた表情を見せていた。
「あの」
「はい」
「オーダーメイドをお願いしたいんですが……」
女性は、モノカにオーダーメイドを頼みたいと申し出る。
モノカは、承諾し、女性を椅子に座らせ、紅茶を出し、アキリオを呼びに行った。
アキリオにオーダーメイドを申し込んでいるお客がいる事を説明したモノカ。
アキリオは、すぐさま、作業場から店へと出て、女性の前に立った。
「すみません。お待たせして」
「いえ、こちらこそ、急に来てすみません」
アキリオは、慌てて、女性に頭を下げる。
待たせてしまったと思っているのであろう。
だが、女性は、アキリオを咎めることなく、立ち上がり、頭を下げる。
彼女の表情は、未だ、憂いを帯びていた。
アキリオと女性は、静かに椅子に腰かけた。
「それで、どのような魔法具をご所望でしょうか?」
「声が聴きたいんです」
「え?」
アキリオは、女性に問いかける。
すると、女性は、意外な言葉を口にする。
声が聞きたいというのだ。
だが、それは、どういう意味なのだろうか。
アキリオも、モノカも、見当がつかず、あっけにとられていた。
「遠くにいる恋人の声が聴きたいんです」
「遠くに?」
「はい。彼は、仕事で他の国にいまして、今は、会えないんです。私も、ここで仕事をしているので」
どうやら、女性は、恋人の声が聞きたいらしい。
その恋人とは、仕事の都合で、遠距離恋愛中のようだ。
中々、会えず、寂しがっているのであろうか。
しかし、他国とは、どこの国なのか、そして、どのような仕事をしているのだろうか。
アキリオは、疑問を抱き始めた。
「どこの国にいらっしゃるんですか?」
「遠い国です。ここからだと、丸一日かかる所にいます」
「では、お仕事は、何をしているんですか?」
「ボランティア活動していると聞いたことがあります」
アキリオは、どこの国かを尋ねるが、女性は、詳細を語ろうとはしなかった。
まるで、何かを隠しているようだ。
仕事も、ボランティア活動だというが、曖昧な気がしてならない。
彼の詳細を語ろうとはしないのだ。
何か、わけがあるのだろうか。
「なぜ、恋人の声が聴きたいんでしょうか?」
アキリオは、さらに女性に問いかける。
一番知りたい答えだからだ。
女性は、会いたいではなく、声が聴きたいと望んだ。
それには、何か理由があるはずだ。
「……中々、会えなくて。手紙を出しても、返事が返ってこないんです。忙しいからだとは思うんですけど、心配で」
女性は、少し、躊躇しながらも、語り始めた。
その恋人とは、中々、会えないらしい。
手紙でのやり取りも、途絶えてしまっているようだ。
だが、やはり、どこか、違和感を覚えるアキリオ。
そのため、アキリオは、女性に問いかけた。
「会いにはいかれないんですか?」
「……会いに行けないんです」
「え?」
アキリオに問いかけられた女性は、会いに行けないと答える。
それは、一体、どういう意味なのだろうか。
アキリオも、モノカも、思考を巡らせるが、見当もつかない。
女性も、それ以上、答えることなく、沈黙が流れてしまった。
「す、すみません。やっぱり、今のは、なかったことにしてください」
「ま、待ってください!」
我に返ったのか、女性は、突然、立ち上がり、アキリオ達に背を向けて店を出ようとする。
アキリオは、慌てて、女性を追いかけ、腕をつかんだ。
女性は、立ち止まるが、振り返ろうとしない。
モノカも、どうなるのかと、ひやひやし、アキリオと女性の様子をうかがっていた。
その時だ。
アキリオは、女性のカバンの方へと視線が向いたのだ。
そのカバンには、クローバーのキーホルダーがつけられていた。
それも、二つも。
――なんで、同じものを二つ持ってるんだろう。
アキリオは、疑問を抱く。
なぜ、同じものを二つ着けているのだろうか。
女性に問いかけたいところだが、問いかけることもできない。
その時であった。
「あ、あの……」
「あ、すみません。その……」
女性は、困惑した表情で、アキリオに話しかける。
アキリオは、我に返り、女性の手を離した。
だが、女性は、店を去ろうとしない。
アキリオの言葉を待っているかのようだ。
アキリオを、一呼吸し、心を落ち着かせた。
「魔法具、御作りいたしますよ。だから、あきらめないでください」
「本当に?」
「はい」
アキリオは、魔法具を作るという。
女性は、目を見開き、アキリオに問いかける。
アキリオは、微笑み、うなずいた。
「お願いします」
「承りました。ですが、少しだけ、お時間をもらえますか?」
「はい」
女性に懇願されたアキリオは、女性の依頼を受け入れた。
と言っても、今回も、難儀な依頼だ。
モノカは、不安そうな表情でアキリオを見ていた。
女性の連絡先を聞いた後、女性は、店を出た。
アキリオとモノカは、お店を再開した。
「ねぇ、本当に、そんな魔法具が作れるの?」
「うーん、どうだろうね。訳ありみたいだし」
「じゃあ、なんで、引き留めたの?」
モノカは、アキリオに問いかける。
今回は、特に、難しいように思えたからだ。
だが、アキリオは、曖昧な答えを出す。
やはり、彼女も、訳ありのようで、時間がかかるのだろう。
できるかどうかもわからないというのに、アキリオは、なぜ、受け入れたのだろうか。
モノカは、疑問を抱き、アキリオに問いかけた。
「えっと、放っておけなくて……」
アキリオは、頬をかきながら、苦笑して、答える。
女性の事を放っておけなかったらしい。
アキリオは、相当のお人よしなのだろう。
だからこそ、人々は、彼に救われたに違いない。
と言っても、問題は、山積みだ。
モノカも、苦笑していた。
「あの人の過去次第ってことだね」
「まぁ、そうなるかな。本当は、恋人の過去が見れれば、いいんだろうけど、さすがにね……」
「わかった。任せて」
「ありがとう」
ここは、モノカに頼むしかなさそうだ。
恋人の過去がわかれば、一番、良かったのだが、会うことは難しいらしく、女性の過去を見るしかない。
少々、不本意ではあるが。
だが、これも、女性の願いを叶える為だ。
モノカは、うなずき、女性の過去を見る事を決意した。
だが、アキリオも、モノカも、まだ、知らない。
女性の過去は、二人が、想像している以上に悲しいことに。
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