第十一話 勇気のブーツ

 モノカは、キッチンへと向かう。

 朝食をアキリオに用意するためだ。

 だが、アキリオの方が先に起きていたようで、朝食を用意していた。

 モノカは、思わず、立ち止まってしまった。


「モノカ、おはよう」


「あ、うん。おはよう……」


 アキリオとモノカは、挨拶を交わす。

 だが、モノカの様子がおかしい。

 浮かない顔をしている。

 何か隠し事をしているようだ。

 アキリオは、モノカの心情を察していた。


「どうしたの?何かあった?夢でも見たのかな?」


「え?なんで、わかるの?」


 アキリオは、モノカが、夢を見たのだと気付き、尋ねる。

 モノカは、なぜ、アキリオが気付いたのか、見当もつかないようで、アキリオに問いかけた。

 何も話していないというのに。


「そりゃあ、わかるよ。モノカは、僕の家族なんだから」


 アキリオは、笑みを浮かべて、答える。

 モノカの事を家族だと告げて。

 それだけで、モノカは、目に涙を浮かべていた。

 うれしかったのだろう。

 アキリオが、自分の事を家族だと思ってくれたことに。

 それだけで、心が落ち着き、モノカは、うなずいた。


「実はね……」


 モノカは、ゆっくりと、語り始めた。

 昨日、公園で車いすに乗った少年にあった事、少年の様子の事を。

 そして、夜に、少年の過去の夢を見たことを。

 アキリオは、ただ、静かにモノカの話を聞いていた。


「なるほど、昨日、その車いすに乗った子供に会って、なぜか、その子の夢を見たんだね」


「うん。ねぇ、アキ君は、どうしてだと思う?」


 モノカは、見当もつかないようだ。

 なぜ、少年の過去を夢で見たのか。

 アキリオなら、知っているのではないかと思い、モノカは、アキリオに尋ねた。

 いや、アキリオに答えを求めるしかないのだ。


「簡単だよ」


「え?」


 アキリオは、モノカの問いに答える。

 しかも、簡単なことだと言って。

 モノカにとっては、意外な言葉であり、あっけにとられていた。

 目を瞬きさせて。


「モノカは、その子供を助けたいって思ったからだ」


「その子を?」


 アキリオ曰く、モノカが、その少年を助けたいと思ったからだという。

 だが、なぜ、モノカが、少年を助けたいと思ったのか、モノカ自身もわからないようだ。

 モノカは、思考を巡らせるが、答えが見つからない。

 アキリオは、モノカの問いに、静かにうなずいた。


「うん。その子が、あの人達の子供だったんだよ」


 アキリオは、答えを出す。

 なんと、その少年こそが、オーダーメイドを依頼した夫婦の子供だというのだ。

 さすが、アキリオと言ったところであろう。

 まだ、リヤン・ラングを唱えていない。

 つまり、モノカの話を聞いただけで、少年の正体を見抜いたようだ。


「モノカは、あの人達の過去を夢で見ようとした。けど、モノカは、その子供を助けたかった。だから……」


「その子供に会って、私は、過去を夢で見た」


「うん」


 なぜ、アキリオが、少年の正体を見抜いたのか。

 それは、モノカが、夫婦の子供を助けたいと思ったからだ。

 だが、その子供に会わなければ、夢を見ることはできない。

 偶然にも、モノカは、その子供と遭遇したのだ。

 そして、今度こそ、過去を見ようと魔法を発動したため、過去を夢で見ることに成功したというわけだ。

 アキリオの答えを聞いたモノカは、納得した様子で、うなずいていた。


「どんな夢を見たのか、話してくれるかな?」


「うん」


 モノカは、夢の事を語り始める。

 少年が、車いすに乗った経緯や公園の前でうらやましそうに遊んでいる子供達を見ていた時の事を。


「なるほど……」


 モノカの話を聞き終えたアキリオは、静かに目を閉じ、集中し始める。

 リヤン・ラングを発動したようだ。

 アキリオが、つなげた言葉は、まず、夫婦が依頼した友達が作れる魔法具と言う言葉。

 モノカが少年と会った時の車いすに乗っていた事、公園の前で立っていた事、モノカを拒絶した事。

 そして、モノカが見た夢で知った病、暗い表情。

 一つ一つの言葉がつながった時、アキリオは、男性の過去を読み解き、目を開けた。


「うん、いい魔法具が作れそうだ」


 アキリオがそう言うと、モノカの表情が明るくなる。

 アキリオは、魔法具を作るつもりのようだ。

 夫婦と彼らの子供の為に。

 そう思うと、モノカは、うれしくてたまらなかった。


「モノカ、あの人達の魔法具を作るから、お店、お願いできる?」


「うん!!」


 アキリオは、モノカに、店番を頼むと、モノカは、元気よくうなずき、カウンターへと向かう。

 そして、アキリオは、作業場へと向かっていった。

 魔法具を作るために。



 しばらくして、魔法具が完成し、アキリオは、すぐさま、夫婦に連絡する。

 しかし、アキリオは、子供も連れてくるようにと告げた。

 夫婦は、渋ったが、どうしても、子供にも来てほしいとアキリオが説得すると、しぶしぶ、受け入れ、子供も連れてくると約束した。

 しばらくして、夫婦が、店にやってくる。

 もちろん、子供を連れて。

 その子供は、モノカが出会った少年だ。 

 モノカの言う通り、少年は、車いすに乗っており、無理やり連れてこさせられたのか、機嫌が悪かった。


「こんにちは」


「こんにちは、すみません。ご無理を言いまして」


「い、いえ。ですが、なぜ、この子を?」


 夫婦と車いすの少年が店に入り、アキリオとモノカは、頭を下げる。

 無理を言った事をアキリオは謝罪したのだ。

 だが、男性は、戸惑いながらも、アキリオの事を責めようとはしなかった。

 その代りに、なぜ、子供を連れてくるように告げたのか、尋ねた。


「実は、サイズが合うかどうか、確かめたかったんです」


「サイズ?」


 アキリオは、正直に答える。

 サイズを確認したかったと。 

 男性は、首をかしげる。

 一体、どういう事なのだろうか。

 彼は、なんの魔法具を作ったというのだろうか。

 夫婦は、不安に駆られ、アキリオをじっと見た。

 それでも、アキリオは、微笑んだままであった。


「モノカ」


「はい」


 アキリオに呼ばれたモノカは、アキリオが作った魔法具を手に取って、少年の前に立った。


「あ、昨日の……」


「こんにちは」


 少年は、モノカが、昨日、公園で会った少女だと気付いたようだ。

 モノカは、笑みを浮かべて、お辞儀をする。

 二人のやり取りを見て夫婦は、自分の子供とモノカが、出会った事を悟り、それが、きっかけで、魔法具が完成したのだと気付いた。


「どうぞ」


 モノカは、少年に魔法具を差し出す。

 その魔法具は、ブーツであった。

 茶色い皮の素材でできており、くるぶしあたりに、青の魔法石が装着されていた。


「これは、ブーツですか?」


「はい。ですが、これも、魔法具です。名は、勇気のブーツ」


「勇気の?」


「これを履けば、友達と遊べるようになります」


「え?」


 アキリオが少年に説明する。

 魔法具の名は、「勇気のブーツ」であり、これを履けば、友達と遊べるようになるのだと。

 少年は、あっけにとられた様子で、アキリオを見ていた。

 まるで、自分の心情が見抜かれたかのようだ。


「友達を作りたい。と言う事は、友達と遊びたかったんだよね?」


「……うん。でも、僕は、病気のせいで、歩けないから、あきらめてたんだ。もう、遊べないって」


 アキリオは、モノカが見た夢で気付いたようだ。

 少年は、友達と遊びたかったのだと。

 それが、友達を作ることになるのだと。

 少年は、病のせいで、歩けなくなってしまったようだ。

 だからこそ、あきらめてしまったのであろう。

 もう、友達とは、遊べない。

 作ることもできないと。

 公園の前で立っていたのは、ためらっていたからだ。

 本当は、友達と遊びたいのに。

 少年は、涙ながらに、答えた。


「でも、これを履けば、歩けるようになるよ。病気は、治せないけど。どうする?」


 アキリオは、説明する。

 勇気のブーツは、病気を治すための魔法具ではない。

 だが、このブーツを履いている間は、歩けるようになるだろう。

 少年が、強く望めば。

 ゆえに、名は、勇気のブーツと言う。

 アキリオは、少年に問いかけた。


「走れるようになる?」


「君次第だね」


 少年は、アキリオに尋ねる。

 走ることさえできれば、友達と以前のように遊べると考えているのであろう。

 それも、少年が強く望み、あきらめなければの話だ。

 アキリオは、微笑みながら答えると、少年は、勇気のブーツを手に取った。


「僕、頑張るよ。このブーツを履いて、友達を作る!!」


 少年は、勇気のブーツを手に取り、決意した。

 勇気のブーツを履いて、走れるようになるまで、頑張ると。

 そして、いつか、友達を作り、遊ぶのだと。

 あの公園で。


「ありがとう、お兄さん、お姉さん」


 少年は、アキリオとモノカに対して、笑みを浮かべた。

 可愛らしく、元気な笑顔を。

 彼につられてアキリオとモノカも微笑む。

 夫婦は、うれしくなったのか、涙を流していた。



 夫婦と少年が去り、店に残ったアキリオとモノカ。

 少年の笑みが、脳裏に残っているのだろう。

 思い返す度に二人は、嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「ねぇ、アキ君。あの子の病気を魔法で治すのは、難しいの?」


「うん。たぶん、医者で治せないってことは、相当、重いんだと思う」


「そっか……」

 

 モノカは、気になっていた事があったようだ。

 病気は、魔法では治せないのかと。

 アキリオは、説明する。

 確かに、魔法で、病気を治す事は可能だ。

 だが、それは、風邪や軽症と言ったところであろう。

 重症は、時間がかかる場合もあるし、治せない病気もある。

 魔法の技術が発達したとはいえ、まだ、万能ではないのだ。

 おそらく、少年の病気も、治せないのであろう。

 それを聞いたモノカは、納得したようだが、どこか、寂し気な表情を浮かべていた。


「でも、だからこそ、魔法具が必要なんだよ。あの子には」


「そうだね」


 魔法で治せない病気もある。

 だからこそ、魔法具が必要なのだ。

 あの少年には。

 モノカは、うなずき、微笑んでいた。

 そして、二人は、願った。

 あの少年が、以前のように遊べるようになり、いつしか、友達が作れるようにと。

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