第十話 夢が見れない理由

 モノカは、部屋から出て、朝食を用意した後、アキリオに夢が見れなかったことを説明した。


「夢、見れなかった?」


「うん」


 モノカは、落ち込んでいるようだ。

 おそらく、見れると思っていたのに、見れなかったことにショックを受けているのであろう。

 アキリオの力になりたいと願っていたのに。


「もしかしたら、失敗したのかなぁ……」


 モノカは、自分が、夢を見れなかったのは、うまく、魔法を発動できなかったからだと思っているようだ。

 うつむき、涙目になるモノカ。 

 そんな彼女をアキリオが、優しく頭を撫でる。

 まるで、父親のように。

 モノカは、アキリオの顔を見上げた。


「そんなことないと思うよ」


「でも、見れないのは、おかしいよ」


 アキリオは、モノカが失敗していないと思っているようだ。

 だが、モノカは、確かに、アキリオに教えてもらった通りに、目を閉じ、集中させて、魔法を発動したまま、眠りについた。

 ゆえに、夢を見れなかったのは、失敗したのだと錯覚しているようだ。


「たぶん、本人に会ってないからじゃないかな?」


「本人って、あの人達の子供に?」


「うん」


 アキリオは、推測しているようだ。

 モノカが、なぜ、夢を見れなかったのか。

 それは、依頼主の子供に会っていないからだという。

 つまり、魔法具を欲している子供に出会っていないからだというのだ。


「頼んだのは、あの人達だけど、魔法具を使うのは、あの人達の子供だから」


 アキリオ曰く、魔法具を欲している子供だからこそ、夢を見れなかったというのだ。

 レーヴ・パッセは、本人と出会う事により、発動する事ができる。

 モノカは、その子供に会っていない。

 ゆえに、夢を見ることができなかったと推測しているのであろう。


「でも、私が、見ようとしたのは、あの人達の過去で……」


「うん。そうだね。でもね、あの人達も、悩んでるけど、子供が悩んでるから、悩んでるんだよ」


「どういう事?」


 しかし、モノカが、見ようとした夢は、子供の過去ではなく、両親の過去だ。

 モノカは、アキリオから、過去を見るには、その人の顔を思い浮かべるようにと教えられている。

 だからこそ、モノカは、両親の顔を思い浮かべたのだ。

 だが、アキリオ曰く、両親が悩んでいるのは、子供が悩んでいるからだという。

 それと、夢が見れないことと、どういう関係があるのだろうか。

 モノカは、思考を巡らせるが、見当もつかず、アキリオに問いかけた。


「モノカ、レーヴ・パッセは、どうして、生まれたと思う?」


「……どうしてだろう」


 アキリオは、モノカに尋ねる。

 一部の人間にしか使えない魔法・レーヴ・パッセが、何のために生み出されたのか。

 モノカは、思考を巡らせるが、答えが出てこず、アキリオに問いかけた。

 答えが知りたくて。


「僕はね、人の悩みを解決するためじゃないかって思うんだ」


「悩みを?」


「うん。知られたくない過去は誰にだってある。でも、寄り添ってほしいって思う時はない?」


「ある」


 アキリオは、答える。

 レーヴ・パッセが、生み出された理由は、悩みを解決するためだ。

 悩みを知るには、過去を知る必要がある。

 と言っても、知られたくない過去を見られてしまうのは、干渉しているようなものだ。

 嫌がる人もいるであろう。

 それでも、話を聞いてほしいと願っている人もいる。

 過去を受け入れ、寄り添ってほしいと願う人もいる。

 モノカも、心当たりがあるようで、アキリオの問いにうなずいた。


「だから、レーヴ・パッセは、悩みを解決して、その人に寄り添う為に、生まれたんじゃないかなって思うんだ。そうじゃなきゃ、過去を見る方も、見られる方も、傷つくことだってあるからね」


 人の過去というものは、繊細だ。 

 だからこそ、見るのも、知るのも、容易ではない。

 それでも、レーヴ・パッセと言う魔法が存在する理由は、言えない悩みを解決するためにあるのではないかとアキリオは、推測しているようだ。

 もちろん、人の過去を知ったからには、十分、注意して、悩みを解決する必要があるのだが、そこは、アキリオが、魔法具を使って、解決してくれるであろう。


「じゃあ、その子供に会わないと使えないってことでしょ?どうするの?」


「そこら辺は、まだ、何も考えてなくて」


「ちゃんと、考えないと。約束したんだから」


「そ、そうだよね……」


 レーヴ・パッセの事を深く知ることができたモノカであったが、子供に会わなければ、発動できないとなると、どうするべきか、解決策を模索しなければならない。

 だが、アキリオは、解決策を見いだせていないのだ。

 しかも、危機感を持っていない。

 モノカは、怒りのあまり、アキリオを注意してしまった。

 これでは、どちらが、年上なのか、わからないほどだ。

 アキリオは、驚きつつも、どうするべきなのか、考えなければならないと、気付かされたのであった。



 夕方ごろになると、モノカは、夕飯の材料を買いに一人店の外に出た。

 店は、アキリオに任せて。


「はぁ、アキ君って、わかってるのかなぁ。どうするつもりなんだろう……」


 モノカは、思わず、ため息をついてしまう。

 おそらく、アキリオは、モノカに頼っていたのだろう。

 それは、うれしいことなのだが、過去を見れないとなると、先に進めない。

 なのに、アキリオは、のほほんとした表情で、答えていた。

 意外とマイペースなのかもしれない。

 いや、天然の可能性もある。

 人としては、可愛らしいのだが、オーナーとしては、致命的だ。

 そう思うと、モノカは、ため息しか出なかった。


――そもそも、私が、おじさんの過去を夢で見なかったら、どうするつもりだったんだろう……。クラルテ・オイユで、心情を読み取るつもりだったのかなぁ……。


 モノカは、あの誓いの蝶を受け取った男性の事を思い返していた。

 無意識ではあるが、もし、モノカが、レーヴ・パッセを唱えていなかったら、アキリオは、どうしていたのだろうと、思考を巡らせていた。

 クラルテ・オイユで、時間をかけて、心情を読み取るつもりだったのだろうか。

 モノカは、考え事をしながら、歩いていると、ふと、公園の方へと視線を移した。

 すると……。


「あれ?」


 モノカは、立ち止まる。

 それは、公園の前で、車いすに乗った少年が、じっと、公園の方を見つめていたのだ。 

 それも、羨ましそうに。

 おそらく、公園で遊んでいる子供達を見ているのだろう。

 モノカは、その少年が、なぜ、気になり、見ている。

 少年は、ため息をついた後、移動しようとした。

 しかし、何かに躓いたのか、車いすが、バランスを崩した。 


「わぁっ!!」


 少年は、車いすから、倒れてしまいそうになる。

 モノカは、少年の元へと駆け寄り、間一髪で、少年を支えた。

 間にあったようだ。


「大丈夫?」


「あ、うん。大丈夫」


 モノカは、少年に問いかける。

 怪我はなく、無事のようだ。

 少年は、戸惑いながらも、体勢を立て直し、車いすに乗り、モノカを見る。

 だが、警戒しているようだ。

 当然であろう。

 見知らぬ少女が、声をかけてきたのだから。

 それでも、モノカは、微笑んでいた。


「公園に行きたいの?押してあげようか?」


 モノカは、少年が、公園に行きたいのではないかと、察し、公園の方へと襲うとする。

 だが、少年は、モノカの手を振り払った。 

 まるで、拒絶するかのように。


「いい!!余計なことしないで!!」


 少年は、怒りをモノカにぶつけた。

 まるで、自分の想いとは、裏腹に。

 モノカは、あっけにとられたようで、呆然と立ち尽くしてしまう。

 少年は、モノカと目を合わせず、モノカに背を向け、遠ざかってしまった。


「あ、待って!!」


 モノカは、少年を追いかけようとする。

 だが、少年は、車いすを止めることなく、去ってしまった。

 モノカは、何が起こったのか、現状を受け入れられず、呆然と立ち尽くしてしまった。



 モノカは、買い物を終えて、店へと戻ってくる。

 だが、あの少年の事が、忘れられない。

 あの少年の事がなぜ、気になるのか、モノカは、見当もつかず、店へと入っていった。


「モノカ、お帰り」


「ただいま……」


 アキリオは、モノカを出迎える。 

 だが、モノカの表情は暗い。

 それゆえに、アキリオは、モノカは、買い物の途中、何かあったのではないかと悟った。


「モノカ、大丈夫?何かあった?」


「ううん、何でもない……」


 アキリオは、モノカに問いかける。

 だが、モノカは、首を横に振り、何でもないと告げ、キッチンへと入っていった。

 アキリオが、もう一度、問いかける前に。



 モノカは、ずっと、浮かない顔をしていた。

 アキリオが、何度問いかけても、答えようとしない。

 モノカの様子をうかがっていたアキリオは、少し、明日、もう一度、モノカに問いかけることにした。

 時間が経てば、心が落ち着き、話すかもしれないと推測して。

 しかし、その日の夜、モノカは、夢を見た。

 それは、公園であった少年の夢だ。

 その少年は、車いすに乗っていなかった。

 少年は、笑顔で、子供達と遊んでいた。

 だが、病にかかり、医者の診察を受ける。

 その時だ。

 少年は、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていたのは。

 その後、少年は、車いすに乗り、子供達と遊ぶことはなくなった。

 しかも、公園の前で、羨ましそうに見つめながら。

 夢を見終えたモノカは、驚いて、目を開けた。


「え?」


 モノカは、勢いよく起き上がる。

 まだ、信じられないようだ。

 なぜ、少年の過去を夢で見たのか。


「なんで、あの子の夢?」


 モノカは、思考を巡らせるが、やはり、わかず、戸惑っていた。

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