第九話 モノカと銀髪の少女
朝、「モン・トレゾール」には、三人のお客がいる。
棚には、多くの魔法具で埋め尽くされていたのだ。
以前では、あり得なかった光景だ。
しかも、カウンターには、アキリオがいない。
モノカ、一人で、対応しているのだ。
仕事に慣れた証拠なのだろう。
モノカの笑顔は、太陽のように暖かい。
彼女の笑顔を見たお客も、つられて笑っているようだ。
そのおかげか、三人のお客は、魔法具を買った。
「ありがとうございました!!」
モノカは、頭を下げる。
お客は、とても、嬉しそうに、笑みを浮かべ、そして、大事そうに、魔法具を手にしていた。
モノカにとっても、うれしい事だ。
店に、お客がいなくなると、モノカは、一呼吸する。
――だいぶ、お客さんが増えてきたなぁ。やっぱり、品ぞろえが豊富になったからかな。
モノカが、ここを訪れ、一か月になる。
その間に、「モン・トレゾール」は、変わった。
モノカが、少しでも早く、仕事を覚えたいと願い、努力してきたのだ。
その努力が実り、一週間前に、アキリオから、一人で店番をしてもらうようにと、任されたのだ。
モノカにとっては、うれしい事だ。
だが、緊張もあった。
それでも、モノカは、その緊張を拭い去り、一人で、対応することができた。
そのおかげで、アキリオは、魔法具の制作に集中できるようになり、品ぞろえが、豊富となった。
オーダーメイドも、再開することになり、アキリオとモノカにとっては、うれしいことであった。
――ここに来て、もう、一か月たつんだなぁ。早いなぁ……。
モノカにとっては、この一か月間は、早く過ぎ去ったように思えてくる。
最初は、どうなることかと、不安に駆られた事もあったが、アキリオが支えてくれたことにより、成長できたのだ。
だが、まだまだ、覚える事は多い。
モノカは、魔法具を眺めながら、整理をしていた。
その時だ。
一人のお客が店に入ってきたのは。
「いらっしゃいませ……」
モノカは、嬉しそうに振り返るが、そのお客を見た途端、目を見開き、体を硬直させていた。
そのお客は、モノカと同じくらいの年の少女だ。
銀髪のウェーブの髪に、真っ白なワンピースを着ている。
可愛らしいというよりも、神秘的な雰囲気が漂う少女を見たモノカは、目をそらすことさえできなかった。
「貴方は……」
「久しぶりですね。モノカ」
「う、うん」
なんと、銀髪の少女は、モノカの知り合いのようだ。
だが、モノカは、戸惑いを隠せないでいる。
彼女とモノカは、どのような関係なのだろうか。
「ここに来て、一か月が過ぎましたが、話さないのですか?」
「何を?」
「貴方が、この街に来た本当の理由を」
銀髪の少女は、モノカに問いかける。
どうやら、モノカは、ここに来た理由は、母がこの街を好きだったから、住んでみたいというだけではないようだ。
他にも、理由があるらしい。
モノカは、黙っていたが、重い口を開けた。
「……正直、怖いの。本当のことを話したら、アキ君が、どう思うのかなって」
モノカは、今の心境を語る。
恐れているのだ。
本当のことを話せば、アキリオは、どのような思いを抱くのか。
だからこそ、話せないでいる。
モノカにとって、今が、一番幸せなのだから。
「お気持ちは、わかります。ですが、時間はありませんよ。貴方が、ここにいられるのは、一年だけなのですから」
「うん、わかってる」
銀髪の少女も理解しているようだ。
モノカの心情を。
だが、モノカが、この街にいられるのは一年だけらしい。
なぜ、モノカが、一年の間しかいられないのかは、不明だ。
モノカは、それを理解している。
それでも、今は、まだ、話せないのであろう。
銀髪の少女も、モノカの気持ちをわかっていながらも、忠告した。
その時であった。
「モノカ?」
魔法具を作っていたアキリオが、店の中に入ってくる。
モノカは、驚きつつも、平然を装って、振り向いた。
「あ、アキ君……」
「今、誰かと話してた?」
「え?あ、うん、今お客さんと……」
アキリオが、店の中に入ってきたのは、モノカの話声が聞こえてきたからのようだ。
誰と話してたのかは、わからないようで、モノカに尋ねる。
モノカは、慌てて、お客と話していたと偽り、振り返るが、すでに、銀髪の少女の姿はなかった。
「あ、あれ?いなくなっちゃった……」
「そっか。まぁ、また、そのうち来るかもね」
「う、うん」
突然、銀髪の少女が、姿を消し、戸惑うモノカ。
アキリオは、疑問を抱いていなかったようで、また、来るであろうと推測し、モノカに話しかける。
モノカは、心を落ち着かせながらも、うなずいた。
「そう言えば、今日、週末だね。オーダーメイド、入るかな?」
「どうだろうね。まだ、再開したばかりだからね」
モノカは、違和感がないように話題を切り替える。
今日は、週末だ。
オーダーメイドの発注ができる日でもある。
オーダーメイドの再会したことは、もう、告知済みだ。
それも、モノカが、ビラを作って、配ってくれた。
本当に、良くできた子だ。
アキリオは、モノカに感謝していた。
その時だ。
ドアの鐘が鳴ったのは。
お客が入ってきたのだろう。
「「いらっしゃいませ!!」」
アキリオとモノカは、声をそろえる。
だが、元気よく、挨拶をしたというのに、二人は、目を開いたまま、硬直していた。
なぜなら、入ってきたお客は、男女二人。
それも、三十代の男女だ。
しかも、深刻そうな表情を浮かべている。
何かあったのだろうか。
「あの、オーダーメイドの魔法具を作ってくれるんですよね?」
「あ、はい」
男性が、アキリオに尋ねる。
どうやら、オーダーメイドを頼みたいようだ。
アキリオは、戸惑いながらも、うなずいた。
「オーダーメイドを頼みたいんですが……」
「わかりました。どうぞ、こちらへ」
続いて、女性が、オーダーメイドを頼みたいと、申し出る。
それも、意を決したかのようだ。
いや、藁にも縋る思いでと言ったほうが正しいのであろう。
アキリオは、静かに、うなずき、二人をテーブルの方へと案内した。
「どうぞ」
アキリオの向かい側に座った二人。
モノカは、紅茶を差し出すが、二人は、ティーカップを手に取ろうとしない。
相当、思いつめているようだ。
大きな悩みを抱えていると、アキリオは、推測した。
「それで、どのような魔法具を?」
「実は、うちの息子の為に、魔法具を作ってほしいんです」
「息子さんですか?」
「はい。友達ができるようになる魔法具を」
アキリオは、二人に問いかける。
二人は、黙ってしまったからだ。
どう話せばいいのかわからないのだろう。
ゆえに、アキリオは、聞きだした。
すると、男性は、声を震わせながら、話し始める。
二人は、夫婦のようだ。
夫婦は、息子の為に、オーダーメイドを頼みたいと申し出たらしい。
それも、友達ができるようになる魔法具を。
「あの子、友達ができなくて、悩んでるんです。けど、あきらめているみたいで」
「あきらめているんですか?」
「はい」
「それは、なぜです?」
「……」
その息子は、友達が欲しいと願っているようだが、友達ができず、あきらめてしまっているらしい。
アキリオは、なぜ、友達を作る事をあきらめてしまったのか、問いかける。
魔法具を作るためには、欠かせないからだ。
息子が、あきらめたのには、何か理由があるはず。
その理由を知らなければ、魔法具を作ったところで、息子が、本当に、友達ができるとは、思えない。
だが、尋ねても、夫婦は、答えようとしなかった。
「……あの子の為に、魔法具を作ってほしいんです」
「お願いします!!」
男性が、頭を下げると、女性も、頭を下げて懇願する。
どうしても、魔法具を作ってほしいのだろう。
息子が、友達ができるようにと。
アキリオは、二人をじっと見る。
クラルテ・オイユを発動して、心情を読み取ろうとしているのであろう。
本当は、夫婦の口から語ってほしい。
だが、話せない事情があるようだ。
だからと言って、夫婦や息子の心情を読み取らないまま、魔法具は作れない。
モノカも、それを理解しているからこそ、アキリオを見守っていた。
「わかりました。承ります。ですが、少し、お時間をもらえますか?」
「もちろんです!!よろしくお願いします!!」
アキリオは、オーダーメイドを承るが、時間が欲しいと頼む。
それでも、夫婦は、喜びをかみしめ、深く頭を下げた。
アキリオは、夫婦の連絡先を聞き、夫婦は、何度も、お辞儀をして、店から出た。
本当に、嬉しそうだ。
魔法具を心待ちにしているのであろう。
しかし……。
「ねぇ、アキ君、時間が欲しいってことは……」
「うん、訳ありみたいだ。何か、隠してるみたいなんだよ」
モノカは、気付いていた。
あの夫婦は、訳ありなのだと。
いや、息子が訳ありと言う可能性もある。
何か深い事情があるようだ。
「じゃあ、私の出番だね」
「そうなるみたいだね……」
「任せて!アキ君に、教えてもらったとおりにやるから!!」
「期待してるよ、モノカ」
モノカは、レーヴ・パッセを唱え、夫婦の過去を見るつもりのようだ。
できれば、使わずに済めばよかったのだが。
それでも、あの夫婦と息子の為、モノカは、決意した。
アキリオも、モノカに託すしかないと判断したようだ。
ちなみに、モノカは、魔法の心得をアキリオに教えてもらい、魔法の発動の仕方も教えてもらっている。
ゆえに、レーヴ・パッセを唱えることができると確信していた。
その日の夜、モノカは、眠りにつく。
夫婦の過去を夢で見る為に。
時間が経ち、夜が明ける。
モノカは、目を開け、起床した。
しかし……。
「あ、あれ?」
モノカは、目を瞬きさせて、きょとんとしている。
様子がおかしい。
何かあったのだろうか。
「夢、見れなかった?」
なんと、モノカは、両親の過去を夢で見ることができなかったようだ。
魔法は、唱えられていなかったのであろうか。
モノカは、不安に駆られ、戸惑っていた。
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