第八話 誓いの蝶

 魔法具が完成した後、アキリオは、すぐに、男性に連絡を取り、店に来てほしいと頼んだ。 

 男性は、アキリオが、魔法具を完成させたのではないかと、推測し、すぐに生きますと嬉しそうに、告げた。

 すると、男性は、すぐに、店に来たのだ。

 うれしかったのだろう。

 魔法具があれば、家族を取り戻せる。

 そう、期待しているのかもしれない。


「すみません。突然、呼びだしてしまって」


「い、いえ。ありがとうございます」


 アキリオは、頭を下げる。

 突然、呼びだしたことを申し訳なく感じて。

 だが、男性は、嬉しそうだ。

 当然であろう。

 なぜ、呼びだしたのかは、アキリオは、詳細は、告げなかったが、魔法具が完成したに違いないと、男性は、思っている。

 男性は、椅子に腰かけ、モノカは、紅茶を差し出した。


「私を呼んだという事は、魔法具が完成したという事でしょうか」


「ええ」


「そうでしたか!!」


 やはり、男性の読みは当たっていたようだ。

 魔法具が完成したと聞いて、男性は、喜んでいる。

 これで、家族を取り戻せる。

 そう確信しているのだろう。 

 ところが……。


「ですが、貴方に、お聞きしたいことがあります」


「は、はい」


「貴方は、詐欺にあって借金を作ったとおっしゃっていましたね?」


「え、ええ」


 アキリオは、魔法具を見せる前に、男性に問いかける。

 まるで、確認するかのようだ。

 だが、以前とは、違って、アキリオは、男性の事を不審に思っているようだ。

 それを感じた男性は、戸惑いながらも、うなずく。

 だが、目は泳いでいた。


「それが、原因で、奥さんとお子さんが姿を消し、会ってもくれないと」


「そ、そうです」


 さらに、アキリオは、問いかける。

 いや、問い詰めるといった方が正しいのであろう。

 男性は、困惑しながらも、うなずいた。


「それは、本当ですか?」


「え?」


「ずっと、気になっていた事があります。詐欺にあって、借金を作っただけで、奥さんは、拒絶するでしょうか?他にも、何かあったのではないですか?」


「……」


 アキリオは、さらに、問い詰める。

 ずっと、違和感を感じていたのだ。

 詐欺にあって、借金を作ったとはいえ、それだけで、妻と子供は、男性から姿を消し、男性が会いに行こうとしても、拒絶するだろうか。

 別の理由で、妻と子は、男性から、遠ざかったのではないかとアキリオは、推測していたのだ。

 それも、男性の心情を読み取ることができない。 

 ゆえに、アキリオは、時間が欲しいと頼んだのだ。

 そして、モノカが見た夢のことを聞いた時、アキリオは、確信した。

 詐欺にあって、借金を作っただけが原因ではないと。

 問い詰められた男性は、黙り込んでしまった。

 それも、体を震わせて。


「すみません。嘘をつきました」


 もう、嘘はつけないと、観念したようで、男性は、頭を下げて、謝罪する。 

 男性は、嘘をついていたようだ。

 アキリオは、顔色一つ変えず、モノカは、驚愕していた。


「実は、横暴な性格のせいで、仕事をクビになって、酒におぼれるようになってしまいました。金儲けの話が舞い込んできて、それに乗ったのですが、詐欺にあってしまって、借金までしてしまったんです」


 男性は、会社員だったのだ。

 だが、横暴な性格により、部下を怒鳴りつけ、パワハラを行っていたという。

 それが、原因で、部下に恨まれ、陥れられ、解雇となってしまったのだ。

 それ以来、男性は、酒におぼれるようになってしまった。

 就職先を探すことなく。

 それゆえに、お金が底をつき、借金をするようになってしまったのだ。

 詐欺にあい、借金を作ったのは、嘘ではない。

 だが、原因は、男性にあった。

 同情することができないほどに。


「妻にも、手を上げてしまいました。その直後です。妻と子が、私の前から姿を消したのは」


「やはり、そうでしたか」


 アキリオの読み通り、男性は、妻を殴ってしまったようだ。

 そのため、妻は、逃げるように子供と共に、男性の前から、姿を消したのだろう。

 これで、妻が、男性を拒絶したのも、納得がいく。

 これでは、いくら、男性が、会いに行ったところで、妻は、許しはしないだろう。


「申し訳ございません!!本当のことを言ったら、作ってもらえないと思ったので……」


 男性は、涙ながらに謝罪した。

 本当のことを言えば、軽蔑され、断られると思ったのだろう。

 だからこそ、真実を隠していたのだ。

 アキリオが、心情を読み取れないほどに。


「嘘をついたことは、怒っています。ですが、貴方は、反省している。だから、魔法具を御作りしたのです」


「え?」


 アキリオは、正直な気持ちを語った。

 確かに、嘘をついたことに対しては、怒っている。

 だが、だからと言って、作らないとは、言わない。

 いや、最初から話していても、アキリオは、男性の願いを聞き入れたであろう。

 男性は、顔を上げ、あっけにとられているようだ。 

 アキリオは、モノカの方へと視線を移すと、モノカは、うなずき、魔法具をアキリオに渡した。


「これをどうぞ」


 アキリオは、先ほど作った蝶の人形をテーブルに置く。

 魔法石と同じ色のステンドグラスが美しさを際立たせている。

 神秘的にも感じ取れるほどにだ。


「これは、蝶の人形?」


「はい。誓いの蝶です」


「誓いの?」


「やり直すには、時間がかかります。信頼を得ることも。ですが、それでも、戻ってきてもらいたいと思うのであれば、この蝶に誓ってください。約束を果たせば、この蝶が、貴方を奥さんとお子さんの元へと導き、貴方の努力を映し出してくれるでしょう」


 アキリオは、先ほどとは違い、優しく、男性に説明する。

 魔法具に名をつけたようだ。

 「誓いの蝶」と。

 男性が、この魔法具に、まっとうな人間になる事を誓うと魔法が、発動される仕組みになっている。

 そして、この蝶が、男性がまっとうな人間になったと判断されれば、羽ばたきだし、会いたいと願う人の元へ、連れていってくれるそうだ。

 そして、その人の元へたどり着いた時、その人に男性が、努力している姿を見せてくれるという。

 そうすれば、妻や子供に、男性は変わったのだと証明できるのであろう。

 それを聞いたモノカは、一度にいくつもの高度な魔法を埋め込んだのだと、気付き、改めて、アキリオのすごさを感じ取っていた。


「ですが、もし、あきらめたり、また、嘘をつくようでしたら、この蝶は、壊れます。チャンスは、一度きりです」


 だが、アキリオは、もう一つ、魔法を埋め込んだようだ。

 もし、男性が、嘘をついたり、あきらめたら、魔法具が壊れる仕組みとなっている。

 チャンスは、一度だけ。

 そうでなければ、男性は、繰り返してしまうと推測したのだろう。


「さて、どうしますか?」


 アキリオは、男性に問いかける。

 厳しくも、優しい笑みを浮かべて。

 この魔法具を手にするという事は、男性にとって、チャンスが与えられるという事だ。

 だが、男性次第で、二度と会えなくなる可能性もある。

 男性は、手を震わせていた。

 モノカは、男性が、迷っているように見えていた。

 しかし……。


「もう一度、チャンスが欲しい。家族に会いたい……」


 男性は、涙を流し、声を震わせながら、想いを告げる。

 迷いなどなかったのだ。

 選ぶ道は、たった一つしかない。

 男性は、手を震わせながら、誓いの蝶に触れた。


「誓います。この蝶に誓って、必ず、まっとうな人間になります!!」


 男性は、誓った。

 まっとうな人間になって、家族に会いに行くことを。

 二度と家族を不幸にしないと。

 心に決めたのだ。


「家族に会えるといいですね」


「はい!!」


 アキリオは、微笑みかける。

 男性も、笑みを浮かべ、誓いの蝶を握りしめた。

 二人のやり取りを見ていたモノカも、笑みを浮かべていた。



 男性が、お礼を言って、店を出た後、アキリオとモノカは、店の片づけをしていた。


「すごいですね。きっと、幸せになれますね」


「うん、でも、これからだと思う。あの人、次第だからね」


 男性の笑みを見たモノカは、男性は、幸せになれると思ったのだろう。

 だが、それも、男性次第だ。

 誓いを破れば、誓いの蝶は、壊れてしまうのだから。

 どうなるかは、アキリオでさえも、わからない。

 今は、男性を信じるしかないのであろう。


「ところで、モノカちゃん」


「はい」


「敬語、やめにしない?それと、アキ君、でいいよ」


「で、ですが……」


 アキリオは、モノカに頼んだ。

 ずっと、気になっていたのだ。

 モノカの接し方は、どこか、距離を置いているように感じていた。

 そのため、アキリオは、違和感を覚えていたのだ。

 オーナーと従業員と言う関係なのだから当然なのであろう。

 ゆえに、モノカは、ためらっていた。


「君の事は、従業員じゃなくて、家族として接したい。一緒に暮らしていくんだから」


 アキリオは、モノカの事を家族として迎え入れたいのだ。

 だからこそ、モノカに頼んだのだ。

 敬語を使わずに、自分の事を「アキ君」と呼んでほしいと。

 それが、アキリオの願いだった。


「うん、ありがとう、アキ君」


「これからも、よろしくね。モノカ」


 モノカは、嬉しそうに笑みを浮かべて、「アキ君」と呼ぶ。

 やっぱり、こっちの方がいい、と、アキリオは、心の中で呟いた。


「さて、これから、頑張るよ」


「うん!」


 こうして、本当の意味で、アキリオは、モノカと、オーダーメイドを再開することとなった。

 これは、一年間の二人の大事な物語。

 小さな神話の物語。

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