第七話 言葉をつなげて
「どうして、わかったの?アキ君……」
アキリオに尋ねられたモノカは、あっけにとられているようだ。
その証拠に無意識に、敬語ではなく、ため口で尋ね、アキリオの事を「アキ君」と呼んでいる。
これには、アキリオも、驚ているようだ。
何せ、アキリオの事を「アキ君」と呼んでいたのは、セイナだけであったから。
「あ、すみません」
「いいよ、気にしないで」
我に返ったモノカは、思わず、顔を赤らめた。
アキリオも、驚きつつも、責めている様子はない。
なぜなら、なぜかは、わからないが、先ほどの口調の方が違和感がなかったからだ。
以前のモノカは、どこか、距離を置いているように思えた。
従業員とオーナーと言う関係なのだから、当然といえば、当然なのであろう。
だが、アキリオにとっては、どこか、寂しく感じていたのであった。
「前にね、君と同じように悩んでいた人がいたんだ。だから、なんとなく」
アキリオは、なぜ、モノカが、男性の過去を夢で見たと気付いたのか、説明する。
セイナも、モノカと同じように悩んでいたからだ。
はじめは、誰にも、相談せず、一人で悩んでいたが、アキリオは、セイナの異変に気付き、尋ねた事があったらしい。
モノカの様子も、セイナと同じであったからこそ、いち早く気付けたのだ。
モノカは、涙ぐみながら、語り始めた。
「夢を見たんです。あの、おじさんの夢を。たぶん、過去の事なんだと思うんですが……」
「なるほど。やっぱり、そうか……」
「あ、あの、私が見た夢って……」
「うん、魔法だよ」
やはり、モノカは、男性の過去を夢で見たようだ。
確信を得たアキリオ。
すると、今度は、モノカが、アキリオに尋ねた。
あの夢は、普通の夢ではない。
だとしたら、モノカがそれを見たという事は、自分は、魔法を唱えたのではないかと推測したのであろう。
モノカの問いに、アキリオは、優しく答える。
やはり、魔法のようだ。
「本当に?」
「うん。無意識のうちに唱えたんだろうね」
モノカは、信じられない様子でアキリオに問いかける。
自分が、魔法を唱えられるとは、思ってもみなかったようだ。
と言っても、アキリオ曰く、無意識のうちにらしいが。
「君が使った魔法は、レーヴ・パッセ。人の過去を夢で見る魔法だよ。ごく一部の人にしか使えない特別な魔法だ」
「そうでしょうか?」
「え?」
アキリオは、モノカに説明する。
どのような魔法を唱えたのか。
その魔法は、アキリオでさえも唱えられない特別な魔法だというが、それを聞いたモノカは、不安げな表情で、アキリオに問いかけた。
本当に、特別な魔法なのかと。
「人の過去を見るなんて、特別なんでしょうか?見られた人は、嫌な気分になりませんか?」
「君は、優しいね。確かに、見られたらいやな事もあるよ。僕にもあるから」
「アキリオさんにも?」
「うん」
モノカは、男性の気持ちを汲んでいたのだ。
過去を知ってしまったがために。
もし、知られたく無い過去を見られてしまったら、男性は、どのような思いをするのか、目に見えて分かるからであろう。
本当に、モノカは、心の優しい人だ。
アキリオは、そう思えてならなかった。
確かに、アキリオも、知られたくない過去がある。
だからこそ、モノカの言いたいこともわかるのだ。
「けど、理解してくれる人がいたら、うれしいよね?」
「はい。そう思います」
それでも、もし、モノカのように、相手を思いやってくれる人が、過去を見たのであれば、それは、救いになるのではないかとアキリオは、思っているようだ。
それを聞いたモノカは、うなずく。
アキリオの言葉に、モノカは、救われたようだ。
「まぁ、魔法で見たって言われたら、嫌かもしれないけど」
「じゃあ、どうしたら……」
「大丈夫。僕に任せて」
「え?あ、はい」
だが、それでも、人の過去と言うのは、繊細だ。
聞くことも、難しいであろう。
となれば、男性の願いを叶える事は、難しいのだろうか。
不安に駆られるモノカ。
だが、アキリオは、何か、いい案が思い浮かんだようで、自分に任せてほしいと頼み、モノカは、戸惑いながらも、承諾した。
「夢の内容、教えてくれる?」
「はい。最初は、おじさんには、奥さんとお子さんがいて、幸せそうでした。でも、お酒を飲んで、奥さんを殴って……」
「その後かな?奥さんとお子さんが、家を出たのは」
「はい」
アキリオが、どのような夢を見たのか教えてほしいと懇願する。
すると、モノカは、ゆっくりと、語り始めた。
しかし、アキリオは、モノカが、最後まで語り終える前に、話の最後を知ったようで、モノカに尋ねると、モノカは、肯定する。
最後には、妻と子供は、家を出てしまったのだ。
男性を残して。
「なるほど……」
話を聞き終えたアキリオは、目を閉じて、手中する。
魔法を唱えているかのようだ。
いや、実際に唱えている。
その名は、リヤン・ラング。
言葉をつなげて、過去を読み解く魔法だ。
アキリオが、つなげた言葉は、まず、男性が、語った借金、妻と子の失踪、拒絶。
そして、モノカが、夢で見た酒、暴力。
一つ一つの言葉がつながった時、アキリオは、男性の過去を読み解き、目を開けた。
「うん。いい魔法具が作れそうだ」
「あ、アキリオ、さん?」
アキリオは、呟くが、モノカは、何が起こったのか、理解できず、困惑している。
それでも、アキリオは、モノカの方へと視線を移して、微笑んだ。
「モノカちゃん。今日、お店は、午後から、お休みにするから」
「え?ええ?」
アキリオは、突然、午後、お店を休店にするといいだしたのだ。
予定では、夕方まで開店する予定であったにも関わらず。
何が起こっているのか、理解できず、ますます、困惑するモノカ。
それでも、アキリオは、微笑んでいた。
「あの人の魔法具作るから。君もみたいでしょ?」
「は、はい!!」
お店を休店にした理由は、オーダーメイドの魔法具を作るためだ。
モノカにも、見せたいと思ったのだろう。
だからこそ、あえて、休店にしたのだ。
アキリオが魔法具を作るところを見るのは、モノカも初めてであり、嬉しそうに、うなずく。
楽しみで仕方がないといったところであろう。
アキリオは、モノカを連れて、作業場へと向かった。
作業場では、多くの材料が並んでおり、作業台が真ん中に設置されている。
かまどはなく、道具も、数本しか置いていない。
本当に、作業場なのだろうか。
モノカは、不思議に思いつつも、あたりを見回した。
「まずは、材料を用意するんだ。今日使うのは、蝶の人形」
アキリオは、材料を作業台に置く。
先ほど、棚にも置かれてあった蝶の人形を。
銀の鉄とステンドグラスでできているようだ。
実は、すでに、どのような形にするかは決めており、作っていたのだ。
相当、時間はかかったが。
と言っても、これは、あくまで、道具の一種。
まだ、完成していない。
どのような魔法をかけるか、悩んでいたところだ。
だが、モノカの話を聞いて、思い浮かんだのだろう。
「蝶の人形ってことは、今日、聞かれた魔法具と一緒ってことですか?」
「違うよ」
「え?」
「この蝶は、違う魔法具になるんだ。あとで教えてあげるね」
この蝶は、先ほどの魔法具とは、異なるらしい。
だが、まだ、教えてくれそうにない。
完成してからのお楽しみなのだろう。
モノカに説明したアキリオは、次に、青色の砂を作業台に置いた。
海の色をした美しい青色であった。
「後は、魔法の砂」
「魔法の砂?」
「うん、これで、魔法石を作るんだ。魔法石を使って、皆、魔法を使うからね」
アキリオが置いた青色の砂は、魔法の砂のようだ。
魔法石の材料らしい。
これを固めると、魔法石になるのであろう。
この魔法石が、あれば、誰でも、魔法が使えるようになるのだ。
「でも、最初は、魔法装具を作るよ」
「魔法装具?」
「魔法石の土台になるものだよ。この鉄の砂を使うんだ」
と言っても、魔法石を最初につくるわけではない。
魔法石の土台となる魔法装具を先に作るようだ。
アキリオは、魔法装具の元となる鉄の砂を作業台に置く。
そして、魔法をかけると、鉄の砂は、宙に浮かび始め、楕円形へと変化していき、見る見るうちに、固まっていった。
「すごい!!これも、魔法ですか!?」
「うん。フェ・ディヴェール・ファブリケって言う魔法だよ。魔法石以外の道具を作る魔法なんだ」
アキリオが、発動したフェ・ディヴェール・ファブリケと言うのは、魔法石以外の道具、つまり、魔法装具や蝶の人形、ティーカップを作る時に唱える魔法のようだ。
魔法装具は、単調な工程らしく、数分で作れるらしい。
おそらく、蝶の人形やティーカップ、リボンは、他の材料を混ぜて作るため、工程が複雑となり、時間がかかるのであろう。
「じゃあ、次は、魔法石を作るよ」
アキリオは、再び、魔法をかけ、青色の砂が、宙に浮かぶ。
すると、青色の砂は、一つにまとまり、見る見るうちに、宝石へと変化していった。
まるで、本物の宝石のように。
「綺麗」
「でしょ?この魔法は、シャルム・ビジューって言う魔法なんだ」
「魔法石を作る魔法ですね」
「うん、正解」
アキリオが、唱えた魔法は、シャルム・ビジュー。
魔法の砂を魔法石に変える魔法だ。
これは、すぐに、作れる魔法ではあるが、その分、高度だ。
ゆえに、この魔法を唱えられるものは、少ないと言われている。
アキリオも、習得するのに、時間がかかったくらいだ。
「最後に、この魔法石に魔法を埋め込むよ」
アキリオは、次の魔法を唱える。
すると、魔法文字と呼ばれる文字が、浮かびあがり、瞬く間に宝石の中へと入っていった。
「埋め込まれたんですか?」
「うん。魔法でね。魔法の名は、ソール・アンスタラシオン。魔法を魔法石に埋め込む魔法だよ」
アキリオが、唱えた魔法はソール・アンスタラシオンと言う。
その魔法も、高度な魔法であり、一つの魔法を埋め込むだけでも、難しい。
だが、アキリオは、一度に、複数の魔法を埋め込むことができ、オーダーメイドの魔法具を作るのに、欠かせない魔法となっているのだ。
魔法具の工程を目にしたモノカは、目を輝かせる。
感動しているのであろう。
魔法具が作られていくのを見るのは、初めてだ。
モノカの目には、どの魔法も美しく見えていた。
「後は、仕上げをすれば……」
アキリオは、仕上げとして、魔法石と蝶の人形をチェーンで繋げた。
「はい、出来上がり」
「可愛い!」
これで、魔法具は、完成したらしい。
何とも、美しく、可愛らしい魔法具であろう。
モノカは、じーっと魔法具を見つめていた。
「さて、じゃあ、あの人を呼ぼうか」
「え?」
魔法具を完成させたアキリオは、あの男性を呼ぼうという。
もう、彼に渡そうとしているようだ。
モノカは、あっけにとられていたが、アキリオは、嬉しそうに、微笑んでいた。
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