第六話 不思議な夢と「彼女」の魔法

 初めての仕事が終わり、眠りについたモノカ。

 だが、彼女は、不思議な夢を見ていた。

 それは、オーダーメイドを頼んだ男性の夢だ。

 男性の隣には、女性と子供がいる。

 男性の妻と子供なのだろうか。

 妻と子と幸せそうに暮らしている男性。

 しかし、その幸せは、長くは続かなかったようだ。

 男性は、酒におぼれ、終いには、女性に手を上げてしまう。

 子供も泣き叫ぶが、男性は、それでも、酒を飲み続けた。

 悲惨な状況だ。

 これは、幸せとは言えない。

 女性と子供は、耐えられなかったのか、男性の目の前から姿を消した。

 男性は、家に一人残された。

 


 日の光がさし込み、モノカは目を開ける。

 まだ、意識が、はっきりとしていないようだ。

 モノカは、目を瞬きさせ、ゆっくりと、起き上がった。


「い、今のは、あの人の夢?」


 モノカは、夢の事を思い返す。

 いつもなら、忘れてしまうのだが、今回は、はっきりと覚えていた。

 男性が体験したあの夢を。

 あれは、男性の過去の事なのだろうか。


「でも、なんで……」


 モノカは、混乱していた。

 なぜ、男性の夢を見たのだろうか。

 なぜ、はっきりと覚えているのだろうか。

 アキリオに相談するべきか、悩むモノカ。

 だが、その時だ。

 モノカは、時計を見ると、もう、起床時間は、とっくに過ぎていた。


「い、いけない!!」


 モノカは、慌てて、ベットから出て、部屋を出る。

 寝坊だ。

 初日も、うまくいかなかったというのに、寝坊などあってはならない事だ。

 モノカは、急ぎ、ダイニングへとたどり着いた。


「す、すみません!!」


 モノカは、頭を下げる。

 アキリオは、すでに、朝食を作り終えており、椅子に座っている。

 モノカを待っていたようだ。

 それでも、アキリオは、怒っておらず、笑顔を見せていた。


「おはよう、モノカちゃん。大丈夫?」


「あ、はい……。あの……」


「気にしなくていいよ。昨日は、覚える事が、いっぱいで、疲れちゃったね」


「すみません」


 アキリオは、怒る所か、モノカを心配しているようだ。

 モノカは、夢の事を説明するべきか、否か、悩みながら、話そうとする。

 しどろもどろになってしまい、彼女の様子をうかがっていたアキリオは、席を立ち、モノカに歩み寄り、優しく頭を撫でた。

 まるで、父親のように。

 アキリオは、モノカの事を理解しているのだ。

 疲れてしまったのだろうと。

 それでも、モノカにとっては、申し訳なく感じ、うつむいてしまった。


「朝ごはん食べたら、よろしくね」


「はい」


 モノカは、うなずき、アキリオと共に席につき、朝食を取り始めた。 

 それでも、モノカの表情は暗い。

 何か、考え事をしているかのようだ。

 アキリオは、モノカの異変にうすうす気づいていた。



 朝食後、支度をし、準備を整え、店は、オープンしたアキリオとモノカ。

 いつもの通り、お客は、少なかった。

 それでも、昨日よりは、増えているようだ。

 だが、お客がいるにも関わらず、モノカは、ずっと、上の空だ。

 まるで、何か、考えているかのようで、アキリオは、責めはしなかったものの、モノカを心配していた。


――あの夢、何だったんだろう。どうして、あの夢を。


 モノカは、ずっと、あの夢の事を考えているようだ。

 なぜ、自分が、あの夢を見たのかは、見当もつかない。

 忘れようにも、最後に目にした男性の悲し気な表情が目に浮かぶ。

 だから、ビルの屋上から飛び降りようとしたのだろうか。

 モノカは、無意識に男性の過去を理解しようとしているようだ。

 しかし……。


「ねぇってば!!」


「あ、は、はい!!すみません!!」


 女性の甲高い声がして、アキリオとモノカは、驚く。

 アキリオが、目をそらしたすきに女性が、モノカに声をかけたようだ。

 だが、モノカは、聞いておらず、女性は、怒りをモノカにぶつけてしまったらしい。

 我に返ったモノカは謝罪し、恐れを抱きながらも、女性の顔を見る。

 アキリオも、慌てて、カウンターから出て、モノカの隣へと歩み寄る。

 女性は、怒りに駆られながらも、蝶の人形をモノカにぐいっと見せた。


「これ、なんていう魔法具なの?」


「あ、えっと……」


「もう、こんなことも、わからないの?」


 女性は、モノカに尋ねるが、モノカは、口ごもってしまう。

 わかっているのだ。

 その蝶の人形が、どういう魔法具か。

 覚えてはいたものの、うまく言葉に出せない。

 ゆえに、女性は、モノカが、知らないと誤解し、アキリオが、フォローする前に、怒りを露わにした。

 モノカは、涙ぐみそうになるが、アキリオが、モノカの前に出た。

 

「すみません。そちらは、道案内の蝶でして。迷った時に、使うものです」


「そう。なら、要らないわ」


「申し訳ございません」


 アキリオは、説明するが、どうやら、女性が求めていた品物ではなかったらしい。

 女性は、冷淡なまなざしを向けながら、蝶の人形をアキリオに返す。

 アキリオは、頭を下げ、謝罪するが、女性は、すぐさま、背を向け、店を出てしまった。

 静寂さが、モノカの心を苦しめる。

 自分のせいだと責めているのであろう。

 アキリオは、モノカの様子を見て、彼女の心情に気付いていた。


「……すみません」


「いいよ、ちょっと、休憩しようか?」


「……はい」


 モノカは、アキリオに謝罪する。

 だが、アキリオは、モノカのせいだとは、思っていない。

 こう言う事は、よくある事だ。

 欲していたものでなければ、買わないのは当然である。

 今回は、罵倒されなかっただけでも、いい方だ。

 それより、アキリオは、モノカの事を心配している。

 朝から、彼女の様子を見ていたが、やはり、どこか、様子がおかしい。

 仕事に慣れていないとか、疲れがとれていないというわけではなさそうだ。

 ゆえに、アキリオは、モノカを休ませることにした。

 モノカは、落ち込みながらも、うなずき、とぼとぼと部屋へと戻っていった。



 昼頃、リュンが、いつもの差し入れにやってくる。

 だが、リュンは、モノカがいない事に違和感を覚えたようだ。

 そこで、アキリオは、モノカの異変について、リュンに語った。


「モノカちゃんの様子が変?」


「そうなんだ。なんだか、考え事をしてるみたいで、なんか、前にも、こういうことあった気がするんだよねぇ」


「前にも?」


「うん。そっか、リュンには、話してなかったっけ?」


「何が?」


「ほら、セイナの事」


 アキリオが、モノカの様子がおかしいことに気付けたのは、以前にも同じような事があったからだ。

 リュンは、知らなかったようで、アキリオに尋ねる。

 すると、アキリオは、リュンにも話していなかったことがあったと気付き、話し始めた。

 共に店を開いていた「彼女」、いや、セイナと言う名の女性の事を。


「セイナ、特別な魔法が使えてさ。それで、悩んでいた時期があったんだよ」


「そうだったのか。じゃあ、モノカちゃんも?」


「……もしかしたら、ね」



 セイナも、特別な魔法が使えたがゆえに同じように悩んでいたらしい。

 ゆえに、アキリオは、モノカが、セイナと同じ事で、悩んでいるのではないかと、推測したようだ。


――あり得ないと思うけど。一応、聞いてみた方がいいのかもね。


 だが、セイナが、発動できる特別な魔法は、誰しも唱えられるものではない。

 アキリオでさえも、唱える事は、不可能なのだ。 

 ゆえに、アキリオは、あり得ないと思いながらも、一応、モノカに特別な魔法が唱えられるかどうか、尋ねようと決意していた。



 一方、モノカは、部屋で、うつむいている。

 先ほどの失敗の事が、頭に浮かび、落ち込んでいるのであろう。


「はぁ」


 モノカは、ため息をつく。

 これで、何度目のため息だろうか。

 それほど、男性の夢の事で悩み、失敗の事で落ち込んでいるのだ。


「どうしたらしいんだろう」


 モノカは、悩んでいた。

 どうすれば、解決できるのかと。

 だが、考えれば、考えるほど、解決策は見いだせない。

 まるで、迷路に迷い込んでいるような気分であった。


「助けて、アキ君……」


 モノカは、思わず、アキリオに助けを求めていた。

 しかも、アキリオの事を「アキ君」と呼んで。

 その時だ。

 コンコンと、ノックの音が聞こえてきたのは。

 モノカは、思わず、驚きつつも、「はい!」と声に出した。


「モノカちゃん、ちょっといいかな?」


「あ、はい!!どうぞ!!」


 アキリオが、部屋に入っていいか尋ねると、モノカは、戸惑いながらも、うなずく。

 アキリオは、ドアを開け、部屋に入った。

 リュンから差し入れでもらったバケットを抱えながら。


「どう?大丈夫?」


「あ、はい。すみません、すぐ」


「大丈夫だよ。もう、昼食にしようと思ってたし。けど、その前に、君に聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


「は、はい」


 アキリオは、モノカに尋ねるが、モノカは、すぐに、仕事場に戻ろうとしているようだ。

 だが、アキリオは、モノカを呼び戻そうとしたわけではない。

 ただ、聞きたいことがあったのだ。

 昼食にする前に。

 モノカの前に歩み寄るアキリオ。

 その表情は、穏やかであった。


「単刀直入に聞くね。君、人の過去を夢で見たりしてない?」


「え?」


 アキリオは、モノカに尋ねる。

 言葉通り、単刀直入に。

 モノカは、驚き、言葉を失う。 

 どうやら、アキリオの推測は、当たっていたようだ。

 その特別な魔法と言うのは、人の過去を夢で見る魔法であった。

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