第五話 初めての仕事
次の日の早朝。
モノカは、ベッドから、起き上がり、あくびをする。
朝早く、起きたからだと言うのもあるが、昨日、色んな事が、起こり過ぎて、疲れが、まだ、とれていないのだ。
と言っても、これからが、彼女にとってあわただしくなるであろう。
モノカがいる部屋は、かつて、「彼女」が使っていた部屋だ。
だが、部屋は、綺麗に掃除されている。
アキリオは、「彼女」が、いつでも、戻ってくるようにと、掃除をしておいたのだ。
もちろん、戻ってくるはずがないと、わかっていたのだが。
それでも、モノカが、使用することになったので、結果オーライかもしれない。
モノカは、部屋を出て、ダイニングへと入る。
ダイニングでは、アキリオが朝食を用意していた。
「おはよう。モノカちゃん」
「おはようございます。アキリオ……さん……」
アキリオとモノカは、挨拶を交わす。
だが、モノカの方は、どこか、よそよそしい。
アキリオを呼ぶときも、慣れない様子だ。
当たり前の事なのだが、アキリオにとっては、どこか、寂しく感じていた。
「よく眠れた?」
「はい」
アキリオに尋ねられたモノカは、うなずく。
よく眠れたのだが、疲れは、とれていない。
その事を悟られないように、モノカは、笑顔を見せた。
その笑顔を見たアキリオは、安堵したようだ。
アキリオとモノカは、向かい合って椅子に座った。
今日の朝食は、パンに、オレンジのジャムとカフェオレだ。
「「いただきます」」
二人は、手を合わせ、声をそろえる。
本当に、兄弟のように思えてならない。
二人は、家族になった気分で、パンにジャムをつけて、食べ始めた。
「美味しい!!」
「本当?それは、良かった」
「でも、ごめんね。これだけしか、用意できなくて」
「いえ、こちらこそ、すみません。お手伝いできなくて」
モノカは、美味しそうにパンをほおばる。
モノカの様子を見ていたアキリオは、嬉しそうだ。
と、言いたいところであったが、モノカに申し訳なさそうに話す。
家計が苦しいため、あまり、多くパンを出せない事を悔やんでいるようだ。
だが、モノカは、アキリオばかりに家事をさせてしまっている事を悔いている。
アキリオは、昨日も、夜遅くまで、魔法具を作っていたのだ。
おそらく、昨日の男性の魔法具も、どうするか、考えていたのであろう。
そう思うと、自分は、何もしていないと嘆いていたモノカであった。
「いいんだよ。お店で働くのも大変だし。でも、そのうち、慣れたら、手伝ってもらえると助かるかな」
「はい!!」
アキリオは、理解している。
モノカは、まだ、環境に慣れていない。
仕事にも、生活にも。
今は、環境に慣れることの方が先だ。
彼女が、慣れれば、仕事がより、はかどるであろう。
品も増えるはずだ。
アキリオは、モノカに期待していた。
彼女となら、うまくやれるのではないかと信じて。
「朝食の後は、魔法具の事、教えるね」
「よろしくお願いします」
実は、アキリオとモノカが、早く起きたのには、わけがある。
それは、モノカに、魔法具の事を教えるためだ。
たまに、お客から聞かれるからだ。
何に使う魔法具なのか。
モノカには、説明できるようになってもらわなければならない。
数は、少ないと言えど。
朝食を終え、片付けが終わった後、アキリオは、モノカを連れて、店に移動し、魔法具が置いてある棚の前に立った。
「これは、灯のネックレス。灯を灯すことができるんだよ」
「夜でも、安心ってことですね」
「うん」
アキリオは、オレンジ色の宝石のネックレスを手に取る。
これは、宝石の部分が光る魔法具だ。
これを身に着ければ、夜、暗くても、移動することができる。
お年寄りや子供にとって、安全な魔法具と言えるであろう。
モノカは、質問しながらも、しっかりとメモをしている。
しっかりした子のようだ。
「こっちは、ハトの人形。手紙や荷物を送る時に使うんだ」
「可愛いですね」
「でしょ?」
アキリオは、次に、可愛らしいハトの人形を手に取る。
この魔法具は、手紙は、もちろんの事、重さ10kgの荷物も運んでくれる魔法具なのだ。
しかも、一瞬で。
このハトの人形についている宝石には、転移魔法が施されている。
それゆえに、一瞬で届けてくれるのだ。
「それから、これが、魔法のティーカップ。温度を保ってくれるんだよ」
「昨日のも、魔法具だったんですね」
「うん」
次に、アキリオが説明したのは、昨日、モノカや男性にも差し出した魔法のティーカップだ。
説明を受けた時、モノカは、昨日手にしたティーカップも、魔法具である事に気付いた。
アキリオは、次々に魔法具を手に取り、説明する。
モノカは、うなずきながらも、必死にメモを取った。
「これで、全部だよ」
「これだけ、ですか?」
アキリオは、全て、説明し終えたようだ。
だが、モノカは、ついつい、質問してしまう。
意外と少なく感じたのであろう。
「うん。店番をしてると、作る時間が限られてくるからね。品薄状態なんだ」
「そうだったんですね」
アキリオは、店の現状を説明する。
アキリオ一人では、成り立たない事を。
モノカは、理解し、だからこそ、オーダーメイドも、作れない状況だったのだと、改めて、察した。
「でも、モノカちゃんが、来てくれたから、きっと、多くなるよ。頑張ってね」
「は、はい!!」
と言っても、それは、昨日までの事だ。
今日からは、モノカも、働いてくれる。
アキリオにとっては、心強い事だ。
モノカがいてくれれば、品も増えるであろう。
アキリオは、本当に、モノカに期待しているようだ。
モノカは、期待に応えられるよう努めたいと改めて、決意した。
アキリオは、店を開店せた。
しかし……。
「来ないですね……」
「うん。そうだね……」
お昼の十二時になろうとしているが、お客は、まだ、一人も来ていない。
モノカは、張り切っていただけに、どこか、寂しそうだ。
アキリオも、いつもの事ながら、残念がっていた。
だが、その時だ。
一人の女性が、お店に入ってきたのだ。
ようやく、お客が、お店に来た。
「いらっしゃいませ!!」
「あら、可愛らしい子ね。新しい子を雇ったのね」
「はい。よろしくお願いします」
その女性は、常連さんだ。
毎度、魔法具を手に取って、買ってくれる。
シエル大通りに住むご婦人らしいが、「シエル」で大量生産された魔法具よりも、こちらの方が可愛らしくて好きだと好んでくれたようだ。
ご婦人が、微笑むと、モノカは、緊張しながらも、頭を下げて、あいさつした。
「あら、新作が出てるわね。それも、可愛いリボンだわ。ねぇ、これ、何に使うの?」
「あ、えっと、それは……」
ご婦人は、宝石の着いたピンクのリボンを手に取る。
可愛らしいと気に行ってくれたらしい。
ご婦人は、さっそくモノカに、何の魔法具なのか、問いかけるが、モノカは、口ごもってしまった。
緊張して忘れてしまったのかもしれない。
まだ、慣れないため、言葉が出なくなったのかもしれない。
そう思ったアキリオは、すぐさま、カウンターから出て、ご婦人の隣に歩み寄った。
「これは、髪型のアレンジに使うんですよ。結ぶだけで、思い浮かんだ髪型を作ってくれるんです。朝、忙しいときに、使っていただけると、時間を短縮できます」
「素敵ね。朝は、忙しくて、大変なのよ。これ、一つ、いただこうかしら」
「ありがとうございます」
アキリオが、モノカの代わりに説明する。
そのリボンは、結ぶだけで、思い通りの髪型が作れる魔法具のようだ。
何通りの髪型にアレンジできる。
忙しいご婦人にとっては、ありがたい魔法具なのだろう。
彼女は、おしゃれにも、気を使っているのだから。
その魔法具を気に入ったようで、ご婦人は、買い取ってくれた。
アキリオにとっては、うれしい事だ。
アキリオが、頭を下げると、モノカも、慌てて、頭を下げた。
「「ありがとうございました」」
ご婦人は、リボンを買い、お店を出る。
アキリオとモノカは、笑顔で頭を下げた。
しかし、ご婦人が去った後、モノカは、落ち込んでいるようだ。
初めての仕事だったのに、失敗したと思い込んでいるのであろう。
「あの、すみません」
「いいよ。最初は、覚えるのも、大変だと思うから。ゆっくり、覚えていこうね」
「はい……」
モノカは、申し訳なさそうに頭を下げる。
失敗したことを咎められると思ったのだろう。
だが、アキリオは、咎めるつもりは、毛頭ない。
最初は、誰だって失敗するものだ。
いや、これは、失敗したうちになど入らない。
だからこそ、アキリオは、笑顔でモノカを励ました。
それでも、モノカにとっては、失敗のうちに入る。
モノカは、気を取り直して、今度こそ、と決意を固めた。
その後、昼食を済ませ、何人かのお客が、店に入り、アキリオにフォローしてもらいながら、モノカは、仕事を続けた。
夕方頃になり、閉店時間となった。
お店の片づけを終えた二人は、ダイニングへと入った。
「はぁ……」
「何とか、終わったね」
「あ、すみません」
「いいよ、気にしないで。最初は、慣れないから、疲れるよね」
慣れない事をして、相当、疲れたのであろう。
モノカは、思わず、ため息をついてしまった。
うまく、やれなかったと落ち込んでいるのだ。
アキリオは、モノカの心情を読み取り、励ます。
モノカは、申し訳なく感じていた。
もう少し、うまくできればと焦燥に駆られて。
「夕飯にしようか」
「あ、はい!!私、作ります」
「いいよ、僕が作るから。モノカちゃんは、休んでて」
「は、はい……。すみません……」
夕飯にしようとアキリオが、言うと、モノカは、自分がやると手を上げる。
だが、アキリオは、モノカに気遣い、自分が作ると告げた。
モノカは、まだまだ、未熟者だと思い知らされる。
もちろん、アキリオは、咎めるつもりはなく、モノカに気遣っているだけだ。
アキリオは、モノカの頭を撫で、励ました。
何も言わずに。
モノカは、少し、気持ちが落ち着いたようで、笑顔を見せた。
夕飯を済ませたモノカは、部屋に戻った。
アキリオは、これから、魔法具を作るらしい。
その工程を見てみたいという気持ちはあったが、今日は、とてもじゃないが、体力が残っていない。
ゆえに、モノカは、部屋に入り、すぐさま、ベッドの上に、ダイブした。
「はぁ、疲れたぁ。大変だったなぁ」
モノカは、独り言を呟く。
思っていた以上にハードだったのだ。
魔法具の種類を覚えたり、接客したり、魔法具の包装をしたりと、覚える事は多い。
「でも、せっかく、アキ君に会えたし、頑張るよ。お母さん……」
それでも、モノカは、あきらめるわけにはいかなかった。
どうやら、彼女は、アキリオの事を知っているようだ。
モノカは、母親に誓うかのように呟いていた。
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