第三話 モノカの叫び

 モノカが、店を去った直後、リュンも、店を去った。

 一人残されたアキリオは、店番をしている。

 現在、客はいない。

 店にいるのは、アキリオだけだ。


「……」


 店番をしなければならないというのに、アキリオは、考え事をしているようだ。

 思い返しているのであろう。

 モノカに、住み込みで働かないかと、誘った時の事を。


――なんで、あんなこと言ったんだろう、僕……。


 アキリオは、自分でも理解できなかった。

 なぜ、モノカを誘ったのか。 

 リュンにも、散々聞かれたのだが、放っておけなかったからだと答えている。

 間違いではないが、まだ、他に理由があるように思えてならない。


――誰も、雇うつもりなんてなった。でも、気になったんだよね。あの子の事……。


 アキリオは、本当に、誰も、雇うつもりなどなかったのだ。 

 店まで、たたもうとしていたくらいなのだから。

 おそらく、気になって仕方がなかったのだろう。

 モノカが、「彼女」に似ていたから。

 だが、なぜ、「彼女」に似ていると思ったのかは、わからなかった。


――今頃、どうしてるかな……。


 アキリオは、モノカの事が気になっているようだ。

 一文無しだというのに、何とかすると言って、モノカは、店を出てしまった。

 どうにかなるはずがない。

 このままでは、同じことが起こってしまう。

 最悪の場合、餓死する可能性だってあるのだ。

 そう思うと、アキリオは、居てもたっても居られず、カウンターから出た。


「そう遠くには、行ってないよね」


 アキリオは、店を出た。

 モノカを探すつもりだ。

 もう一度、説得するために。



 慎重にあたりを見回しながら、モノカを探すアキリオ。

 だが、モノカの姿は、見当たらない。

 そう遠くへは、行っていないはずだ。

 アキリオは、不安に駆られながらも、モノカを探した。

 その時だ。

 アンティカ通りで、花屋を経営している女性と遭遇したのは。


「こんにちは」


「あら、こんにちは、アキリオ君。どうしたの?こんな時間に外に出るなんて、珍しいわね」


「すみません、人探しをしてて」


「人探し?」


「はい。金髪の三つ編みの女の子なんですが……」


 花屋の女性は、不思議に思ったようだ。

 今は、昼の三時。

 この時間は、アキリオは、店番をしているはずだ。

 そのアキリオが、外に出ている。

 それも、慌てて。

 女性は、笑みを浮かべながらも、アキリオに問いかけた。

 アキリオは、外に出た理由を女性に説明する。

 モノカの特徴を告げて。


「あのかわいらしい女の子の事ね。その子なら、大通りに行ったと思うわ」


「ありがとうございます」


 女性は、モノカを見かけたようだ。

 見かけない姿であり、可愛らしかったので、覚えていたのであろう。

 アキリオにとっては、ありがたい事だ。

 モノカは、大通りに行ったらしい。

 おそらく、シエル大通りの事であろう。

 あの大通りには、魔法具の会社「シエル」がある。

 ゆえに、シエル大通りと名付けられたのだ。

 アキリオは、モノカに会うため、女性にお礼を言い、シエル大通りへと向かった。



 アキリオは、アンティカ大通りを出て、シエル大通りに着いた。

 大通りは、建物のあちらこちらに、魔法具が装着されている。

 シエル大通りは、魔法具で動く車や路面電車、多くの人で、にぎわっていた。


「人が多いなぁ。どこに行ったんだろう……」


 シエル大通りは、アンティカ通りとは違って、人が多い。

 モノカが、人ごみに紛れてしまっては、見つけ出すのも、至難の業だ。

 このままでは、モノカを見失ってしまう可能性がある。

 アキリオは、焦り始め、人ごみをかき分けて、モノカを探しだそうとしていた。

 しかし……。


「た、大変だ!!お、男が、飛び降りようとしてるぞ!!」


「え?」


 男性の叫び声が聞こえる。

 しかも、男が、飛び降りようとしているというのだ。

 アキリオは、驚きながらも、振り向き、ビルの屋上へと視線を移す。 

 すると、ボロボロな服を着た男性が、屋上の柵を超えて、飛び降りようとしているのが、アキリオの目にも映った。


「待て!!早まるな!!」


「落ち着きなさいよ!!」


「うるさい!!私は、もう、決めたんだ!!」


 人々は、口々に説得をし始める。

 だが、男性は、聞き入れようとしない。

 本当に、飛び降りるつもりのようだ。

 これでは、何を言っても、男性には届かないであろう。

 男性は、冷静さを失っているのだから。


「私なんか、生きてても、仕方がない。もう、死ぬしかないんだ!!」


――まずい。このままだと……。


 男性は、うなだれ始めた。

 絶望に陥っているようだ。

 男性の過去に何があったのかは、わからない。

 だが、飛び降りてはいけない。

 そう思ったアキリオは、男性を説得しようと試みた。

 だが、その直後、男性は、下を向く。

 本当に、飛び降りるつもりだ。

 アキリオは、焦燥に駆られ、密かに魔法を発動しようとする。

 魔法で男性を助けるためだ。

 しかし……。


「そんなことないです!!」


 突然、モノカの声が聞こえた。

 それも、屋上からだ。

 アキリオは、モノカを探すが、モノカの姿は、見当たらない。

 視界に映っていないようだ。

 だが、確かに、モノカはいる。

 アキリオは、そう、確信していた。


「あの子は……モノカちゃん!!」


 アキリオは、すぐさま、ビルの屋上へ向かおうとするが、人ごみのせいで、進むことができない。

 アキリオは、焦燥に駆られながらも、二人を見守るしかなかった。


「おじさん、お願いです。死のうなんて、思わないでください!!」


「ほっといてくれ!!もう、私は……」


 モノカは、必死に説得を試みる。

 だが、男性は、あきらめているようだ。

 生きることに。

 柵を握りしめた手は、震えている。

 飛び降りようとしているが、恐れているのであろう。

 死ぬ事を。

 そう思ったモノカは、心を落ち着かせ、大きく息を吸い込んだ。


「死んだら、絶対に、後悔します!!」


「どうして、わかるんだよ!!」


 モノカは、叫ぶ。

 自分の想いをぶつけて。

 男性も、涙ながらに叫ぶ。

 理解できないと思っているのだろう。

 自分の苦労を、苦しみを。

 十代の少女に何がわかると。


「わかります。だって、私のお母さんは、生きたかったのに。やりたいことだって、あったのに……」


 モノカは、涙ながらに語り始める。

 モノカの母親は、命を落としたようだ。

 だからこそ、モノカは、知っているのであろう。

 どれほど、生きたくても、生きられない人達がいる事を。

 アキリオも、幼い頃、母親を亡くしていた為、モノカの気持ちが痛いほど伝わってきた。


「おじさんは、まだ、やり直せるじゃないですか!だから、命を無駄にしないで……」


 モノカは、男性の元へと歩み寄り、手を差し伸べる。

 モノカの想いが届いたのか、男性は、柵を乗り越え、モノカの手をつかもうとした。

 しかし、男性は、足を滑らせ、後ろへと傾いてしまった。


「わあっ!!」


「おじさん!!」


 男性は、真っ逆さまに落ちようとしている。

 このままでは、命を落としてしまうだろう。

 アキリオは、魔法を発動しようとし、人々が叫び声を上げる中、モノカは、慌てて、男性の手をつかんだ。

 だが、モノカは、歯を食いしばっている。

 十代の少女が、男性の手をつかみ、引き揚げる事は、困難を極めるのだ。

 アキリオは、人ごみの中をかき分け、屋上へ登ろうとするが、やはり、進むことは、不可能に等しい。

 アキリオは、焦燥に駆られていた。


「駄目だ!!お嬢ちゃん、手を……」


「嫌です!!絶対に、離しません!!」


 男性は、モノカに手を離すよう訴えるが、モノカは、決して、手を離そうとしない。

 モノカは、必死に、男性を引き上げようとするが、バランスを崩し、男性と共に、ビルの屋上から、落ちてしまった。


「わああっ!!」


「モノカちゃん!!」


 真っ逆さまに落ちていくモノカと男性。

 人々が、叫び声を上げる中、アキリオは、魔法を発動した。

 魔法は、瞬く間に、モノカと男性を包みこみ、二人は、宙に浮く。

 アキリオが、発動した魔法は、二人を宙に浮かせる魔法だ。

 アキリオのおかげで、モノカと男性は無事であった。

 人々は、一呼吸し、心を落ち着かせる。

 アキリオは、人ごみをかき分けて、モノカと男性の元へたどり着いた。


「ふぅ。何とか、助けられたみたい……」


「あ、オーナーさん……」


「怪我はない?モノカちゃん」


「は、はい!!」


 アキリオに助けられたと気付いたモノカは、アキリオの問いかけに、元気よくうなずく。

 どうやら、怪我はないようだ。

 アキリオは、安堵し、微笑んでいた。

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