第二話 不思議な少女

 路地裏に倒れていた少女と出会ったアキリオは、すぐさま、少女を抱きかかえ、店へと運ぶ。

 外に出ていたリュンと遭遇し、彼に事情を話し、少女を、空き部屋のベッドに寝かせた。

 万が一の事もあるため、医者を呼び、見てもらったが、どこも、悪いところはないようだ。

 過労か、空腹が、原因で、倒れてしまったのだろう。

 どちらにしても、深刻だ。

 なぜ、少女が、倒れていたのだろうか。

 思考を巡らせるアキリオであった。


「まさか、女の子が、路地裏で倒れてたなんてねぇ」


「僕も、びっくりしたよ」


 少女が、路地裏で倒れていた事は、アキリオやリュンにとって、予想外の出来事だ。

 路地裏に入る者は、滅多にいない。

 ゆえに、なぜ、彼女が、路地裏にいたのか。

 何があって、倒れたのかは、定かでははない。

 何か、事件に巻き込まれたのであろうか。


「でも、まぁ、悪いところなかったみたいだし、良かったじゃん」


「うん」


 と言っても、少女の体に異常はないと、医者は言っていた。

 それが、わかっただけでも、一安心だ。

 と、言いたいところであったのだが……。


「でも、ちょっと、家計が……」


「そ、そっか……」


 少女の診察代は、もちろん、アキリオが、払っている。

 ゆえに、家計の事が、心配なのであろう。

 赤字続きと言っても、過言ではない状況であるがゆえに。

 リュンも、アキリオを慰めるかのように、肩をたたいた。

 その時だ。

 アキリオは、ふと、少女の顔へと視線を移したのは。

 少女は、すやすやと、眠っている。

 ぐっすり眠れているようだ。


――似てるなぁ、なんとなくだけど……。


 少女は、「彼女」に似ている。

 どこが、と言われると、アキリオも説明できないのだが、強いて言えば、雰囲気だ。

 「彼女」の面影があるようにも思えてならない。

 この少女は、「彼女」と深いつながりがあるのだろうか。

 だが、「彼女」に、家族は、いなかったはずだ。

 かつて、アキリオは、「彼女」から、そう聞いている。

 両親は、幼い頃に他界し、身寄りがなかったのだと。

 ゆえに、少女が、なぜ、「彼女」に似ているのか、アキリオは、見当もつかなかった。

 その時であった。


「ん……」


「お、気付いたみたいだぜ」


「大丈夫?」


 少女は、体をピクリと動かす。

 どうやら、気がついたようだ。

 リュンは、安堵しつつ、少女の顔を覗き込む。

 アキリオも、心配そうに、声をかけた。


「うん?」


 少女は、完全に意識を取り戻したようだ。

 目を瞬きさせ、ゆっくりと、起き上がる。

 だが、見慣れない部屋であったのか、戸惑いながら、あたりを見回していた。

 心配そうに。


「あれ、ここは?」


「魔法具店、モン・トレゾール、だよ。君、路地裏で倒れてたんだ。アキリオが、運んでくれたんだぜ」


「モン・トレゾール?」


 少女は、アキリオに尋ねる。

 心配したのだろう。

 もしくは、警戒されているのかもしれない。

 少女の警戒心を解くために、リュンは、アキリオの代わりに、少女が、どこにいるのか、説明した。

 もちろん、状況をちゃんと、説明して。 

 少女は、店の名前を呟いて、黙ってしまう。

 何か、考え事をし始めたようだ。

 しかし……。


「ええええええっ!?」


 少女が、突然、叫び始めた。

 これには、さすがのアキリオとリュンも、びっくりだ。

 目を瞬きさせている。 

 少女が、叫ぶとは、予想外の事であったのだろう。


「ど、どうしたの!?」


「な、何でもありません!!」


 アキリオが、困惑しつつも、少女に問いかける。

 自分のお店が、叫ぶほど、有名だとは、思っていない。

 ゆえに、なぜ、少女が、叫んだのかは、見当もつかない。

 だが、少女は、慌てて、首を横に振り、何でもないと答えた。

 深呼吸し、心を落ち着かせる少女。

 自分の身に何が起こったのか、そして、どこにいるのか、ようやく、理解したようだ。

 少女は、じっと、アキリオの顔を見始めた。


「えっと、貴方が……」


「ん?」


「ここのオーナーさん、ですか?」


 少女は、恐る恐るアキリオに尋ねる。

 どうやら、少女は、アキリオが、「モン・トレゾール」のオーナーだと、気付いたようだ。


「そうだよ。僕は、アキリオ。こっちは、リュン。君は?」


「も、モノカ、です。た、助けてくださって、ありがとうございます」


 アキリオは、優しくうなずき、改めて、名を名乗る。 

 もちろん、リュンも紹介して。

 少女は、慌てて、自己紹介した。

 目の前にいる少女は、モノカと言う名のようだ。

 モノカは、お辞儀をしながら、お礼を述べた。


「いいよ。気にしないで。ねぇ、モノカちゃん、どうして、倒れてたの?」


「え、えーっと……」


 今度は、アキリオが、モノカに尋ねる。 

 気になったのであろう。

 なぜ、あの人気のない路地裏で、倒れていたのか。

 何か、事件に巻き込まれた可能性もある。

 心配しているのだ。

 アキリオに、質問されたモノカは、戸惑い始めた。

 答えづらいのだろうか。

 アキリオとリュンは、ますます、不安に駆られた。

 彼女の身に何かあったのではないかと。 

 だが、その時だ。

 ぐうぅ~と盛大にお腹が鳴ったのは。

 しかも、モノカから。


「あ」


「おなか、空いてるんだね」


「……はい」


 モノカは、顔を赤らめる。

 どうやら、お腹が空いていたようだ。

 だから、倒れてしまったのであろう。

 ようやく、倒れた原因がわかったアキリオは、安堵しつつ、微笑んでいる。 

 モノカは、照れながらもうなずいた。



 モノカは、アキリオがリュンからもらった差し入れのパンをほおばる。

 彼女が、食べているパンは、メロンパンだ。

 美味しかったのか、モノカは、幸せそうに、パンをほおばっていた。


「お、美味しい!!」


「だって、良かったね、リュン」


「おう!!」


 美味しそうにパンを食べるモノカ。

 彼女の様子をうかがっていたアキリオは、嬉しそうだ。

 特に、リュンは、嬉しそうに笑みを浮かべている。

 自分のパンを美味しそうに食べているのだ。

 心の底から、喜んでいるのであろう。

 今すぐ、両親に報告したいくらいだ。


「え?これ、リュンさんが、作ってるんですか?」


「まぁな。うちの両親が、パン屋やってるから」


「そうなんですね」


 モノカは、リュンが、パンを作っていると思ったようで、尋ねる。

 リュンは、照れながらも、モノカに説明した。

 実家が、パン屋であり、自分も、パンを作っていると。

 と言っても、まだ、半人前扱いらしい。

 アキリオは、リュンのパンも、美味しいと思っているのだが、リュンの両親は、中々、厳しいようだ。


「美味しい……ありがとうございます」


「おう。けど、よっぽど、お腹空いてたんだな」


「はい。丸一日、何も食べてなくて……」


 モノカは、意外な言葉を口にする。

 なんと、モノカは、一日、何も食べていなかったのだ。

 アキリオとリュンは、驚き、あっけにとられていた。


「何かあったの?」


「えっと……」


 アキリオは、モノカに尋ねる。

 何があったのだろうか。

 モノカは、答えられないのか、口ごもってしまった。

 ますます、心配になるアキリオとリュン。

 モノカは、まだ、十代前半くらいの年頃だろう。

 そんな彼女が、なぜ、丸一日も、食事をしていないのか、気になって仕方がないのだ。

 だんまりしてしまったモノカであったが、意を決したのか、ゆっくりと、語り始めた。


「この街のどこかで、働きたいって思って、来たんですけど……。行くあてもなくて……」


「え?つまり、就職先も住む場所もないのに、ここに来ちゃったの?」


「は、はい」


 モノカ曰く、この街に住みたいと思って、訪れたそうだ。

 だが、就職先も、住む場所も、決まってない状態で、ここを訪れたらしい。

 リュンの問いに対して、モノカは、肯定した。


「なんで、ここに来たいって思ったの?」


「見てみたかったんです。お母さんの大好きな街だから」


 アキリオは、モノカに尋ねる。

 ここを訪れたのには、よほどの理由があるのであろう。

 モノカは、ゆっくりと、答える。

 モノカの母親が、大好きだった街だからだそうだ。

 確かに、おしゃれで、賑やかだ。

 アキリオも、この街やアンティカ通りが、好きであった。

 だからこそ、ここで、店をやり始めた。

 アキリオは、モノカの気持ちを理解していたのだ。

 しかし……。


「あの、ありがとうございました。失礼します」


「え、ちょっと待って、これから、どうするの?」


 モノカは、突然、ベットから降りて、頭を下げる。

 もう、行くようだ。

 と言っても、彼女は、行くあてがないはず。

 丸一日、何も食べていないという事は、一文無しなのだろう。

 リュンは、モノカを心配して、慌てて、尋ねた。

 これから、どうするつもりなのかと。


「自分で、何とかします。今までも、そうしてきたし……」


「けど、また、空腹で倒れちゃうよ?」


「わかってるんですけど、そうするしか……」


 モノカは、何とかすると答えるが、何とか、できるはずがない。

 就職先が、そう簡単に見つかるはずもないし、住む場所だって、見つけるのは、容易ではない。

 リュンは、モノカを引き留めようとするが、モノカの決意は、固いようだ。

 誰にも頼らず、一人で、生きていこうとしているのであろう。

 彼女は、芯の強い少女のようだ。

 彼女の様子をうかがっていたアキリオは、ある事を提案した。


「なら、ここで、住み込みで働く?」


「え?」


「お?」


 アキリオが、住み込みで働くことを提案する。

 あれほど、人を雇うつもりはないと言っていたのに。

 モノカは、きょとんとした顔で、アキリオを見つめ、リュンは、意外だと思ってはいたが、嬉しそうに、笑みを浮かべている。

 アキリオが、腹をくくったのではないかと推測しているからだ。


「あ、えっと、その……僕も、人手不足で困ってたところだから……」


 アキリオは、我に返った様子で、照れながらも、説明する。

 もちろん、人手不足なのは、本当のことだ。

 と言っても、アキリオは、人を雇うつもりはなく、店をたたもうとしていた。

 一体、どうしたのだろうか。

 リュンは、アキリオが、なぜ、モノカを雇おうとしたのか、気になっていた。 

 しかし……。


「お、お気持ちは、うれしいです。でも、大丈夫ですから。失礼します」


 モノカは、アキリオの提案を丁寧に断り、頭を下げて、その場から去ってしまった。

 モノカにとっては、喜ばしいことのはずだ。

 それなのに、なぜ、断ったのだろうか。

 アキリオとリュンは、理由がわからず、思考を巡らせていた。

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