第一話 魔法具を作る青年

 さかのぼる事、約十一か月前の事。

 色とりどりの花が、咲き誇る季節の時だ。

 「モン・トレゾール」は、いつものように、開店していた。

 だが、お客は、たった一人。

 それも、店には、アキリオしかいない。

 それどころか、棚の上に並んでいた魔法具は少ない。

 まばら状態だ。

 なんとも、寂しい風景だろうか。

 あれほど、落ち着きがあって、宝石箱のようにきらびやかだというのに。

 それでも、魔法具を買ってくれるお客はいる。

 お客は、ティーカップを手に取り、カウンターにいるアキリオに、差し出す。

 どうやら、魔法具を買ってくれるようだ。

 お金を受け取ったアキリオは、ティーカップを包装紙で、包み込み、紙袋に入れて、お客に渡す。

 お客は、静かに頭を下げ、アキリオに背を向けた。


「ありがとうございました」


 アキリオは、深々と頭を下げて、お礼を言う。

 嬉しいのであろう。

 自分が、作った魔法具が、人の手に渡るのだ。

 大事にしてもらえると。

 しかし……。


「はぁ、やっと、一つ売れた。まぁ、仕方がないんだけど……」


 アキリオは、深いため息をついた。

 その理由は、売れ行きが、絶不調だからだ。

 なぜなら、時刻は、昼の一時。

 朝の十時から開店しているというのに、やっと、一つ売れたのだ。

 と言っても、それは、仕方のない事だと、アキリオは、あきらめた様子で呟いている。

 理由は、品の少なさなのだろう。

 だが、増やす事は、容易ではない。

 アキリオは、再び、ため息をついて、うつむく。

 だが、その時であった。

 ドアが開いたと同時に、カランと、鐘の音がなったのは。

 お客が店に入ってきたのだ。

 アキリオは、勢いよく顔を上げた。


「いらっしゃいませ!」


 アキリオは、嬉しそうに、お客に向かて、笑顔を見せた。

 お客が、入ってきてくれたのだ。

 嬉しいのであろう。

 しかし……。


「よう、アキリオ」


 入ってきたのは、白い帽子に、白の服装に、紺色のエプロンを身に着けた茶髪の青年だ。

 青年は、右手を上げる。 

 どうやら、お客ではなく、アキリオの知り合いのようだ。

 彼の姿を目にし、お客が来たのではないと知ったアキリオは、小さなため息をついた。

 もちろん、彼に気付かれないように。


「なんだ、リュンか」


「ちょいちょい。なんだとは、なんだよ。せっかく、来てやったのに」


「ごめんごめん」


 と言っても、アキリオは、思わず、本音を漏らしてしまう。

 リュンは、突っ込みを入れるが、むっとしているわけではない。

 店の現状を知っているからなのだろう。

 彼の名は、リュン。

 アキリオの友人だ。

 モン・トレゾールの向かい側にあるパン屋の息子であり、アキリオと同い年である。

 だが、アキリオと知り合ったのは、一年くらい前、アキリオが、お店を立ち上げた時の事だ。

 このご時世に、手作りの魔法具店を立ち上げる店は少ない。

 なぜなら、今は、大量生産できる時代だからだ。 

 ゆえに、不思議に思ったのかリュンは、「モン・トレゾール」を訪れる。

 彼が、最初のお客だったのだ。

 試しに、魔法具を買ったリュンであったが、これが、予想外に、使いやすい。

 だが、それだけではなく、心が落ち着くのだ。

 魔法にかかったかのように。

 それ以来、リュンは、アキリオのお店を訪れるようになった。

 差し入れとして、パンをアキリオに、渡したり、魔法具を買ったり。

 ゆえに、二人は、友人同士となったのだ。

 リュンは、アキリオにとって、数少ない友人であった。


「ほい。これ」


「ありがとう、助かるよ」


 リュンは、アキリオに、カゴに入った差し入れのパンを渡す。

 どのパンも、食欲がそそるほど、美味しそうに見える。

 その中でも、アキリオが手にしたパンは、パン・オ・ショコラだ。

 アキリオは、パン・オ・ショコラをほおばる。

 甘いチョコが、舌に広がり、空腹を満たしてくれる。

 今、売り上げが少なく、収入も少ないがゆえに、リュンの差し入れのパンは、本当にありがたい。

 アキリオは、パン・オ・ショコラをたいらげ、お礼に、リュンに、紅茶を差し出す。

 リュンは、ティーカップを手に取り、紅茶を飲み始めた。


「で、今日の売り上げは?」


「それ、聞く?」


「一応」


 リュンは、店の状況をわかっていながらも、意地が悪そうに尋ねる。

 と言っても、これは、いつもの質問だ。

 アキリオは、苦笑しながらも、問いかけるが、リュンは、にっと笑って、うなずいた。


「まだ、一個しか、売れてないよ。まぁ、品が、少ないからだと思うけど……」


「まぁ、作業時間が少ないのが、原因だろうなぁ」


 アキリオは、答える。

 それも、いつもの事だ。

 リュンは、知りたかったのだろう。

 今日こそは、うまくいっているのではないかと。

 アキリオの店は、過去に栄えていたのだ。

 だからこそ、もう一度、栄えてほしいと願ったのかもしれない。

 それは、リュンなりの優しさなのだろう。


「なぁ、アキリオ。何回も聞くけど、人、雇う気、ないの?」


「何回も言うけど。ないよ」


 リュンは、アキリオに尋ねる。

 この状況を打開するには、人を雇うほか道はないのだ。

 なぜなら、品数が少なすぎる。

 これでは、お客が多く来ても、売り上げにはつながらない。

 アキリオも、わかっていた。

 店番と職人の両立は、難しいのだと。

 誰か、店番をしてくれる人を雇わなければ、「モン・トレゾール」は、成り立たないのだと。

 それでも、アキリオは、人を雇うつもりはなかった。


「でも、もったいないと思うぞ。オーダーメイド、結構、評判良かったじゃん。皆、言ってたぜ。モン・トレゾールの魔法具が、あれば、幸せになれるって」


 リュンは、もったいないと、嘆く。

 当然であろう。

 リュンは、アキリオが、店を立ち上げた時から見守ってきたのだから。

 アキリオが、店を立ち上げたのは、二十五歳の時だ。

 もちろん、オーダーメイドもそのころから、始めていたのだ。

 その時は、アキリオは、一人の女性と店を切り盛りしていた。

 その女性は、アキリオの恋人だった。

 とても、気さくで、明るい彼女は、アキリオの支えだった。

 最初は、中々、繁盛しなかったが、街の人々が、支え、魔法具やオーダーメイドの評判や口コミのおかげで、店は、繁盛し始めたのだ。

 二人は、二年間、店を続けていた。

 だが、一か月前、突然、彼女は、アキリオの前から、姿を消してしまったのだ。

 アキリオは、理由を知っているようだが、いくら、問いかけても、答えようとしない。

 それ以来、アキリオは、一人で、店を続けている。

 人を雇うつもりはない。

 オーダーメイドも、現在は、中止している。

 アキリオ曰く、自分、一人では、難しいからだと言うが、実際は、不明だ。

 ゆえに、売り上げは、下がる一方であった。

 幸せになれる魔法具を置いているお店として、有名になったというのに。


「けど、時間がないからね」


「だから、人、雇えって」


「……それは、無理だよ」


「なんで?」


「やってく自信がない」


「そっか」


 アキリオは、「彼女」以外の人間とうまくやれる自信がない。

 だからこそ、状況をわかっていながらも、人を雇わないのだ。

 ここまで、言われるとリュンも、何も言えなくなってしまう。

 アキリオにとって、「彼女」の存在が、それほど、大きかったと言えるからであろう。


「まぁ、無理せず、やってけよ。じゃあな」


「待って、まだ、パン代、払ってないよ」


「いいよ。今月も、きついんだろ?ツケって事で」


 リュンが、店を出ようとする。

 パン代を払おうとするアキリオに対して、リュンは、にっと、笑みを浮かべ、断った。

 リュンは、差し入れをしただけだ。

 アキリオの店が、続いてほしいと願っていたから。

 だからこそ、リュンは、アキリオからお金を受け取るつもりなど、毛頭なかった。


「ごめん」


「いいよ、じゃあな」


 アキリオは、申し訳なさそうに謝罪する。

 本当は、支払わなければならないのであろう。

 お店を経営しているからこそだ。

 だが、パン代を払う余裕すらも、あまりない。

 リュンには、いつも、支えてもらってばかりだ。

 だが、リュンは、気にしていない。

 リュンは、手を振りながら、店を出た。

 一人、店に残ったアキリオは、思わず、ため息をついてしまう。

 リュンの言いたいことは、もっともだ。

 品を増やすには、人を雇う必要があった。


――わかってるんだよね。今のままだと、いずれは、潰れるって。


 このままでは、自分のお店は、潰れてしまう。

 アキリオは、その事に気付いていた。

 しかし……。


――でも、もう、僕は、彼女以外、雇うつもりはない。彼女じゃなきゃダメなんだ……。


 アキリオは、「彼女」以外の人間を雇うつもりは、なかった。

 「モン・トレゾール」は、彼女との思い出が詰まっている。

 それに、彼女のあの明るい笑顔が、あったからこそ、アキリオは、お店を続けてこれたのだ。

 今のアキリオにとって、一人で、店を続ける事に意味などなかった。

 アキリオは、ドアを開け、外に出て、振り返る。

 「モン・トレゾール」は、寂しさが、漂うように感じていた。

 まるで、自分の心情を映しているかのようだ。


「店、たたむしかないのかなぁ」


 アキリオは、寂しそうにつぶやく。

 彼女と続けてきた自分の店をつぶしたくない。

 だが、今の自分は、どうしても、続けたいという強い気持ちが、消えかけている。 

 そう思うと、店をたたんで、この街から、出たほうがいいかもしれない。

 彼女との思い出を忘れるくらいどこか遠くへ。

 ふいに、思いつめてしまうアキリオ。

 だが、その時であった。


――アキ君。


「え?」


 路地裏の方から、アキリオを呼ぶ声がする。

 それも、女性の声のようだ。

 弱弱しい声が、アキリオの脳裏に響く。

 しかも、アキリオの事を「アキ君」と呼んで。

 彼の事を、「アキ君」と呼ぶのは、「彼女」だけだ。

 それゆえに、アキリオは、戸惑い、あたりを見回すが、彼女らしき人物は、どこにもいなかった。


「今、声がしたような気が……」


 空耳だったのだろうか。

 「彼女」が、ここにいるはずがない。

 アキリオは、困惑しながらも、一呼吸し、心を落ち着かせ、店に戻ろうとした。

 逃げるかのように。

 しかし……。


――アキ君、助けて!


「まさか、この声って!!」


 やはり、女性の声がする。

 しかも、アキリオに助けを求めているのだ。

 アキリオは、声の主が、誰なのか、気付いた。

 間違いなく「彼女」の声だ。

 路地裏へと向かっていった。



 路地裏に入ったアキリオは、立ち止まり、あたりを見回す。

 この路地裏に、人がいるのは、珍しい。

 暗く、不気味だからだ。

 それでも、アキリオは、この路地裏に、声の主がいると確認して、歩き始めた。


「確か、この辺りから……」


 慎重になりながら、アキリオは、進み始める。

 必ず、どこかにいるはずだと、確信して。

 その時であった。


「え?」


 角を右に曲がったアキリオは、困惑し、立ち止まってしまう。

 アキリオの目の前で、人が倒れている。

 だが、そこにいたのは、「彼女」ではなかったからだ。

 アキリオの目の前で倒れていたのは、金髪で、両サイドに三つ編みの少女であった。

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