第2話はじまりの登竜門

日が沈み、また、日が昇った。昨日の晩は希さんに言われた通り、昨日のことをしっかり日記に記してから寝た。生まれて初めて日記を書いてみたが、国語の課題の作文や感想文に比べるとずっと描きやすかった。自分の言葉で自分だけが伝わるように自分に起きた出来事だけ書いても、誰からも何も言われない、こんなに心が楽に書けたのは初めてだった。"筆が止まらない"この言葉が本当に現実に起こるということが私の中で初めて証明されてワクワクしたせいだろうか、今日は今年一番寝起きがいい。しかし、昨日ネタ屋に続く道がなくなっていたことが気になったため、早々に家を出ることにした。ネタ屋へと進める足が家から離れれるほど早くなってゆく、それは、心の焦りからだというのは自分でもわかった。早く真実が知りたい。昨日のあれは自分が疲れていただけなんだと思いたい。逆に、もし本当にネタ屋への道がなくなっていたらどうしたらいいかなんてわからなかったが、とにかく知りたかったのだ。

「………あった!!」

昨日と全く同じ場所に同じように不思議な雰囲気の道は続いていた。今は、この怪しい空気が、人気のまったくないこの道が、私に安心感を与えてくれる。全くもって不思議だ。それでも私は、スピードを緩めることなくネタ屋へと急いだ。昨日と同じように、昨日よりも速く。椅子の上のopenの看板を抜かし、開け放たれた全面格子窓をくぐり、大きな本棚を避け。

………。

そこでやっと足を止めた。弾んだ息から相当走ったことがわかった。しかし、気持ち的な問題だろうか、疲れてはいない。

「いらっしゃい、日記ちゃん。」

希さんの声。希さんがカウンターから優しく声をかけてくれる。

「どうしたの、そんな急いで。」

悠さんがカウンターの昨日と同じ席から目を丸くして聞いてくれる。

弾んだ息のせいでうまく答えることができない。もどかしい。

そんな様子を察してくれたのだろうか、希さんが昨日と同じように悠さんの隣の席を勧め、またカップを目の前に渡してくれた。昨日とは違い、今日は優しい色をしたマグカップで、中にはミルクココアが温かい湯気を立てていた。

ふぅ。

落ち着いた。ので、質問に答えていく。

「すみません。昨日帰るときここへの道がなくなっていたからもう、ネタ屋に行けなくなるんじゃないかって思って。」

沈黙。それから、二人は目を合わせると、ふふふ、と笑った。

「初心者あるあるだね!」

「それで正しいんだよ。大丈夫。ここは不思議なお店。必要がなくなったら自然と道を閉ざしちゃうの。逆に必要だったらいつでも道は開くから安心して。」

「えっ?」

「昨日の帰りは日記ちゃんの目的が"帰ること"だったから、ここへの道は閉じた。逆に今は目的が"ここへ来ること"だからここへの道が開いた。そういうこと。馴れればどうってことないし、割とどうでもいいことだから、気にしなくていいよ。」

えぇー。希さんって以外と大雑把だな。どうでもいいって…。そんなこと言われても逆にその原理とかそこら辺が普通に気になってしまう。

希さんはさっきの話からお腹を抱えて笑っている悠さんをあしらっている。…教えてもらいそうにない。諦めよう。

「…っていうか、"日記ちゃん"って何ですか?」

さっき希さんが私に対してそう呼んでいた。

「えっ?あなたのことだよ。ほら、昨日名前聞くの忘れちゃったから、わかりやすいように。それに、この店で日記を売る人は何人もいるけど、白紙の日記を買っていったのはあなたが初めてだから初めて記念に。」

初めて記念にって…。日記を押し売ってきたのはそっちじゃないか。それにしてもダサすぎだろ、日記ちゃんって。

「嫌だった…?じゃあ、Diaryちゃんにする…?」

「英語にしただけで意味変わんないじゃないですか!?」

しかも、発音めちゃくちゃいいし…!

また、悠さんが吹き出した。いや、流石にこの流れは笑う。もう、漫才がやりたいわけじゃないのに…

「はぁ、普通に亮って呼んでください。私の名前は宮沢亮です。、」

「そう?じゃあ、私達も希と悠でいいよ。私は北原希。コイツは三島悠。あと敬語もなしで。歳、そんな離れてないだろうし。」

「あれー?おかしいなー。私の決定権はー?」

悠が自分のことを指しながら左右に揺れて聞く。

「えー、どうせ悠様と呼べとか言っみて、亮に断られるか、悠自身が自分で言ってて恥ずかしくなってきてやっぱり悠でいいってなるオチでしょ?なら最初から悠でいいじゃん。」

「やめろ!私の思考を読み取ったうえに、未来まで予測してオチまでつけるな!!」

面白いなーこの人達。

そんなやり取りをしていると、ふと、後ろから人の気配がした。人の気配がしたという表現は少し怖いだろうか、もっと細かく言うと、人の足音と服のこすれる音、または服が商品の紙に当たってそれがこすれ合う音。

その音の発信源者は大きな本棚からひょっこり出てきた。ここに来て初めて男性の人にあったな。第一印象は暗いなこの人。伸び切って目が見えてるのかよくわからない前髪に、いかにも手入れしてなさそうな癖っ毛の金色の髪。全然日に焼けてない白い肌。背は高いけど細くて、というか長い?で、黒いコート等黒系の服をダラーンと着ている。そのせいだろうか嫌に髪の金が目立つ。

「あ、ポーさん、いらっしゃい。」

そんなことは気にせず希さんは私が来たときと同じように対応した。

切り替え早いな。

ポーさんと呼ばれた男性は希さんに軽く会釈をすると私を見た。いや、正確に言うと前髪で視線がどこだかよくわからないから、私の方に顔を向けていた。

「あ、この子は例の日記ちゃんだよ。宮沢亮ちゃんっていうの。」

「よろしくお願いします。」

希さんに紹介されて、挨拶をする。んー。前髪で全然表情が読めなくて怖いな…。

「あぁ、例の。何だ。もっと、突飛なやつだと思ってたのである。」

例の…?希さんはこの人に何て話したのだろう、相当ひどいことになってそうだな。

「吾輩はポーラン・エドゥである。ミステリー小説を書いている。」

吾輩…。である口調…。キャラ濃いな。というか痛いな。ん?待って…ポーラン・エドゥ?

………

「外人!?」

「そうだよ。ポーランさんはイギリス人。」

なるほど金髪は地毛だったのか。

「日本語お上手なんですね。」

「?」

「?」

何だこの間は。私は何かおかしなことでも言ってしまったのだろうか、3人ともキョトンとしてしまっている。

「あ、亮には説明してなかったか!ここね言語がバラバラでも大丈夫なの。亮は日本語で話して日本語で聞いてるけど、全く同じことをポーランさんは英語で言って英語で聞いてるの。」

なんだそれ。わからん。

「そんなことが可能なの?」

「可能、可能。だって不思議なお店だし。」

理由が適当すぎるだろ。何でもありか。

「あ、で、ポーランさんは何か用?」

相変わらずこの人は切り替えが早い。すぐにポーランさんの方に向き直ってまた別の話を始めだした。

「あぁ、今日はネタを持ってきたのである。」

そう言ってポーランさんは懐から紙の束を出した。

懐から出すのかー。

希さんはそれを受け取るとパラパラと眺める。遠目から見える限りだとそれは案の定、日本語には見えなかった。

「これ、すごくしっかりした内容だけど、もしかしてネタ用じゃなくてボツ…?」

もう読み終わったのだろうか、だとしたらすごいな。あのスピードで海外のものを読むなんて。やっぱり、希さんは只者じゃない。「そうなのだ。自信作の新作のつもりだったんだが…」

ポーランさんはそこまで言うと言葉を濁す。それを見た希は察する。

「あぁ。ランさんに解かれちゃったんだ。」

「秒だったのだ。なので、秒で解かれてしまう作品なんて、その程度で喜ぶ2流、3流にくれてやると思ってな。」

そう言うとポーランさんは一つため息をついて踵を返そうとした。それを希が止める。

「よかったら少し残って新しい新作でも考えたら?」

ポーランさんは希の提案にのったようで、何も言わずにカウンターの一番端っこに座った。希はそんなポーランさんの様子を見届けると、軽く息をついてポーランさんから受け取った紙の束をトントンと整える。

「さて、語訳でもするか。」

希はそこまで言うと何気なく目線を軽く上げる。あ、私と目が合う。「あ」

希が呟いた。なにかに気がついたみたいだ。

「そういえば、亮は語訳もやったことないんだよね。」

希が私にそんなことを言う。語訳?普通に英語を日本語に訳すのだろうか。確かに物語に全然関わってこなかった私は本の語訳をやったことがなかった。…そういうことなのだろうか?言葉の意味を理解できていない私に希は説明してくれる。

「ウチの語訳はただ単に言語を訳すんじゃなくて、その世界に入って1から紡ぎ直すの。」

ほう。よくわからん。

「毛糸に例えるとわかりやすいかな?ポーさんがくれたこのネタは毛糸で言うところの羊から毛を刈って、その毛を洗った段階。で、今からやる語訳はそれを色を染めて糸にしてあげる感じ。あとは、それ使って書く人がマフラーにするなり、セーターにするってね。」

なるほど。とてもわかりやすい説明だ。しかし、希は苦い顔をした。

「にしても、初、語訳がポーさんかぁ、厳しいな…。悠も手伝ってくんない?」

希のその要求に「あいよー。」と悠が軽く答える。ん、初?希初めてなんだ。こんなに手慣れてるように見えるのに。そんな風にもう自分は話に入れないなと確信してぼーっとしていると、二人は私に視線を送った。…えっ?

希が真面目な様子で私に言う。

「亮、心の準備はいい?」

「え、何が?」

何故そんな確認を取るのだろうか。そんなすごいことをするのかな、そんな風に思っていると希は眉を寄せた。

「何ってやるんだよ、語訳。」

「うん。頑張ってね。」

…?二人はポカンとしている。なんか、話が噛み合っていない。次に二人を見ると、希は呆れ、悠は笑っていた。

「やるんだよ。一緒に。」

「えっ?」

「語訳と手伝いはここにいたら絶対にやらされるから。」

「えー!!」

驚きが隠せない。それってお店の人である希がやるんじゃないの?私お客だよ?そんなことを言おうと口を開くが先に希が喋り始めてしまった。

「語訳やってもらったらウチのこと少しはわかると思うよ。説明は長くなるから追々するとして…。」

そこまで言うと希は考えるような仕草をした。

ここのことがわかる。そこには少し興味があった。こんな不思議なお店のことがわかるのならやってみようかな…。

「まぁ、心構えなんてしても何も変わらし、もうやろっか。」

「雑になったな。」

悠の最もなツッコミが飛ぶ。その言葉に希はちょっとムッとした顔をするが何も言わず、手元のポーさんのネタを胸の前に翳した。

「」

希が何かを唱える。するとネタから眩い光があふれ出し私の視界を塞いだ。

そこで私の意識は一度切れたのだった。

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