すとーりあハント

なわ

第1話はじめまして、物語

あれ?おかしいな?

私はいつもと違う道を歩いている。そして戸惑っている。いや、確かにいつもとは違う道に入ろうと思っては、いたのだが、なんというか雰囲気が違う。今まで歩いていた家のまわりの住宅街とは空気が異なり、周りの家々は昭和にタイムスリップしたように、かと言って空気感は歴史深い外国に触れているような気がした。そんなふうに感じているからだろうか、今歩いている一本道は両脇に見慣れない住宅があるにも関わらず人の気配がしない。生活感がしない。そんななかふと、目につくものがあった。そこの前で自然と足が止まる。他の家とは明らかに違う建物。絵本に出てきそうな可愛らしいログハウス。全面格子窓で正面は入り口として開け放たれている。入口前の小さな椅子にはopen。窓からは今までになかったオレンジ色の暖かな光が漏れている。

なんのお店かな?

入口前でチョロチョロしてみる。見えるのは窓のそばに置いてあるアーティークの雑貨たち、中は雑多でものが多すぎて入口付近しか見えない。しかし、紙、インク、紙束、本などがやたら多いとも思う。

…?

ますます、何屋だかわからなくなった。こんな住宅街にあるからパン屋とか、ご飯屋ならば納得できるけど、それにしては食べ物の匂いとかは全くしない。むしろ、懐かしさのある埃っぽい匂いがする。なら純粋にアンティークショップ?果たしてこんな住宅街にアンティークショップは需要があるのだろうか?にしても、雑貨より紙類が多い。

……ええい。もう、このあとの予定も特にないし入ってしまおう。

店に一歩足を踏み入れるとギシッと床のきしむ音がして、埃っぽい匂いと古びた紙と乾いたインクの匂いが強くなった。人気のある温かさにどこか安心しつつ奥へと進む。奥は店の外見よりも遥かに広かった。こんなことが可能なのか、ここだけ外とは切り離されたように空気が違う。あの外見で、コンクリートの上で、こんな年季のある板の気がきしむ音はしない。あんなに新しい外装でこんなに年季のある風にはできない。そんな奇妙さを抱えながらも広々とした奥へと進む。大きい本棚の横をすり抜けるとやっと壁へとたどり着いた。

「こんにちは。」

そこには木でできたカウンターを挟んで私と同じくらいの歳の二人の少女がいた。

私はそのうちのカウンターの奥にいる少女に話しかけてみる。

「あの、ここは…?」

少女は答える。

「ここはネタ屋。話のネタを扱っているお店だよ。」

ネタ屋…?

そんなお店のジャンルは聞いたことがなかった。ますます怪しさを感じる

「まぁ、立ち話もなんだし座ったら」と提案され、促されるままにもう一人の少女の隣の席に座ることにした。カウンターの少女は白い陶器のカップにお茶を注いで私の目の前に出してくれる。私はペコリとお辞儀をした。その光景を同じ容器に入った飲み物を飲みながら見ていた隣の少女はカウンターの少女に声を荒げた。

「え、ちょっ!?なんでその紅茶出したの!?私のじゃん!?!?」

「えー。確かに悠に頼まれて仕入れたけど、別にお店のだしー。ってか、そもそも、一人で飲みきれないでしょこの量。」

どうやら、カウンターの少女と、隣の少女は仲がいいらしい。それは会話の仕方でわかった。それと同時に先程目の前に出された透き通った紅色の飲み物は隣の少女と同じ紅茶だということがわかった。試しに一口飲んで見る。二人は紅茶を飲む私の姿をじっと見ていて少し恥ずかしい。

ごくり。

温かい液体が私の喉を通る。ほぉ、と息をつく。おいしい。温かい飲み物はなんとも不思議だ。喉があたたまると同時に心も温まり、そして、ほぐれる。二人はそんな私の姿を見て、目を合わせて微笑んだ。少し緊張が解れたので聞いてみる。

「お店の方なんですか?」

「ん、私?私はここの店主だよ。北原希って言うの、よろしくね。あ、で、こっちの合法ロリみたいな見た目してんのがうちの常連で、ってか、常連通り越してほぼほぼ居候みたいになってるのが三島悠。」

そう言うと店主の北原希さんは私の隣に座っている少女を指した。

三島悠…。どこかで聞いたことあるような気がする。

「私の扱い…!!もう、初対面の人には清楚なキャラ保とうと思ってたのに!」

初対面の相手にそんな紹介をされて悔しそうにする悠さんに希さんはあざ笑うような笑顔を浮かべて言った。

「ふはははは!残念だったな!お前の猫かぶりなんぞ、3日で暴かれるわ!!」

楽しそうだな、そう思って率直に言う。

「仲いいんですね。」

「まーね。長い付き合いだし。紛いなりにもお客だからねー、追い出せないし拒めないしで、こんな仲。それに、天才小説家、三島悠様はここで生まれたようなもんだから。」

あー、だからか。三島悠という名前は以前どこかで聞いたことあると思った。それはつい最近芥川賞を受賞した新人作家の名前と同じ名前だったのだ。

希さんはそのままお店ご説明をしてくれる。

「ネタ屋はね、名前の通り、本当に話のネタを取り扱っているの。それの使い方は人によって違うんだけどね。例えば、悠みたいに小説や漫画、映画やアニメにする人。他にも普通に会話のネタにする人や夢を見るために買う人もいる。」

「夢…?」

「そう。ここのネタはとっても不思議でね、少し特殊なことをするとそのネタの世界の夢を見られるの。だから、いい夢見るためにここに訪れる人がごく少数いるんだ。」

「ま、基本は物語に関わる人が来る場所だから気がつけばここの店はそういった人達の意見交換の場にもなってるの。」

「なるほど、それでカウンター…。」

本当に不思議なお店だな。それに、自分と同い年の少女が店主をやっているだなんて。

「で、お客さんは何をお求めで?」

希さんが肘をつきながら尋ねてきた。

「私は…。」

少しの間。思考を巡らす。でも、

「私は、何も求めていません。」

正直な答えだった。しかし二人は私の答えを聞くと目を白黒させてしまった。何か変なことでも言っちゃったかな。私がそんなふうに慌てだすと、希さんが、ニヤリと笑い

「なるほどね。アナタみたいなお客さんは初めてだよ。」

と言った。

「ねぇ、今日はどうしてここに?」

そのまま希さんが私に質問する。

「いつもとは違う道で散歩していたらたまたま見つけたのでなんのお店かなー、と。」

これもありのままに答える。そしてまた、希さんの質問がくる。

「いつも散歩しているの?」

「はい。」

「じゃあさ、物語とかって書いたりする?」

それは唐突の質問だった。今までの散歩の話と全然関係がなくてたじろいだが、これもありのままに答える。

「いや、そういうのは苦手で…。」

そう、苦手だ私は文や言葉が。喋るのは何を話したら良いのかわからないし、ましてや文なんて面白い話一つできない人間に面白い文なんてかけるわけがなかった。

「本当に初めましてなお客さんだねー。」

今まで黙って私と希さんのやり取りを聞いていた悠さんがここで口をはさむ。私は何か場違いな場所に来てしまったのだろうか。そういう不安にかられはじめた。

「じゃあさ、」

希さんのその言葉にはっとする。

「何か書いてみない?」

今思うとこれがすべての始まりの言葉だった。私とこの不思議なネタ屋さんとの平凡じゃない日常の物語の。まぁ、当然その時の私はそんなこと知る由もなくその誘いには動揺した。

「えっ」

動揺が表に出て言葉が詰まる。

「いや、私、面白い話なんてかけませんし。」

「面白い話を書くためのネタ屋でしょう?」

そのとおりだ。ますます、返す言葉が無くなってきた。希さんが続けて話す。

「でも、いきなり何か一本書いてっていうのも苦だと思うから、最初は日記から始めるのはどう?」

日記…?

希さんはそう言うとカウンターから出て私のもとまで来た。そういえば、希さんの全身を見るのは初めてな気がする。背は私よりも少し小さいくらいで、長い髪を高いところでポニーテールにしてまとめていた。近くで見ると高校のクラスの子たちと何ら変わらずに見える。

希さんはそのまま店の入り口の方まで行くと何かを取って私のもとまで戻ってきた。

それは、希さんと先程話した通り、日記だった。しかし、そこらの文房具店で売っている日記とは違い、装飾がとても豪華でどこかファンタジー世界の魔導書みたいなものだった。

「日記はね、単純に日記って言うと文学な感じはしないけど、エッセイとか随筆とかと何ら変わらないから十分立派な文学なんだよ。」

希さんはそう説明すると日記を渡してきた。私はその日記を渡されされるがままに受け取る。表紙は革で、はめ込まれた石は様々な色をしており、光をキラキラと各々の色に染めて屈折させていた。その石は、単純に考えてプラスチックか何だろうと思っていたが、その綺麗さから本当の宝石のように見えた。

「あの、今日そんな持ち合わせがないんですけど…。」

最初っから散歩するつもりで家を出たから、とてもこんな高価そうなものが買えるほどお金は持っていなかった。

「300円でいいよ。」

「えっ?」

驚きに言葉が隠せない。何なのだろうか、実はこの革っぽいのも宝石っぽいのも全部偽物の極安素材とか…?戸惑いが隠せず悠さんを見る、楽しそうにこちらを見ていた。助けてくれよ…!

「いや〜。やっぱり最初はビビるよね〜。」

悠さんはそれしか言ってくれなかった。楽しんでやがる…!

「うち、あんまり商業的な利益は求めてないの。そういうお店の方針。だから、仲良くなった記念、とかで安くしてるわけじゃないよ。」

希さんはそう言ってくれるがだからといってはいそうですか、と言って買うわけにはいかない。

「本当はただでいいんだけどね。それだと、誰も申し訳ないって言って受け取ってくれないから。だから、300円。」

なろほど、たしかにそうだ。こんな物ただでは受け取れない。しかし…。

「よく、そんな経営でお店切り盛りできるよね〜。」

悠さんが私の気持ちを代弁してくれた。

「そもそも、このお店は紙とインクさえあればやっていけるし、まぁ、強いて言うならお客さんの御好意で普通にやっていけるって感じ。だから、300円でいいよ。何だったら、100円でいい。このまま放っておくと紙で物理的にこのお店潰れるから…!」

熱が強い…!これが商人か。普通に商業戦略としてうまい。

「じゃあ、300円で…。」

なんだか、負けた感じがした。なんでだろう…?財布を開けると本当に持ち合わせが全然なかったが300円が払えそうじゃなくて安心した。

「何だったら、つけ払いもありなんだよ?」

ニヤニヤしながら悠さんがそんなふうに口を挟む。

「初っ端からつけぶっ放したのはあんたぐらいだよ。」

すかさず、希さんがツッコむ。何をやらかしたんだこの人は。そんなこと思いつつ手のひらに丁度300円を乗せ、希さんに手渡した。それを受け取ると希さんは「毎度あり〜」と言ってニシッと笑う。もしかしてハメられた…?そう思って悠さんを見ると悠さんもニヤニヤ笑っていた。

つかめない…!!

これほど怖いことがあるだろうか。まぁ、そんなこんなで私とネタ屋の人達との物語が始まったのであった。

「まぁ、お店の方針決めたの私じゃないんだけどね〜。」

希さんはそんなことを言いながらカウンターに戻る。私もさっきの席に戻った。出してもらった紅茶は半分を残してもう冷めてしまっている。

「へー。その話は初めて聞いた。誰が決めたの?」

悠さんでも初めてなんだ…。内心少し驚きつつ話を聞く。

「先代の店主。それもずっと前の。多分、このお店を作った店主じゃないかな?」

お店の人である希さんでも、そんな不確かなんて

「あの、このお店っていつからできたんですか?」

「いつだっていう具体的なときは知らないけど、すべての世界のうち、最も速く文を娯楽にした時からだって言われてるよ。」

なんだそりゃ。壮大すぎていつだか全くわからない。

「そんな長いんだ。この店。」

悠さんも驚いてる。こんな新しそうなアンティークショップみたいな所が下手したら何千年も前からあるなんて。

「そのときの人が決めたことだから今とは全然事情も違うと思うし、その時折に合わせて店の方針も変えていいと思うんだけどねー。」

希さんの言葉に含みがある。

「何か変えられない事情があるんですか?」

希さんはカップをもう一つ出し、紅茶を入れて今度は自分が飲んだ。

「んー。私、主店主じゃないから、そういうのの決定権はないんだよね。」

「えっ?」

主店主…?まだ、他にお店の人がいたんだ。初耳だ。しかも希さんより偉いだなんて。確かに、言われてみればこんな広いお店を希さん一人で切り盛りしてるのは厳しい気がする。あと二人くらい従業員の方がいてもおかしくない。

「その、主店主さんは今どちらへ?」

「今はお店出ちゃってるんだよね。いつ帰ってくるかはわからないけどそのうち会えるからそのときに紹介するよ 。」


話が一段落ついたところで丁度全員の紅茶が空になり、カップの底が顔をのぞかせた。

「さ、話はこのくらいにしてあなたはそろそろ帰ったほうがいいんじゃない?ここにいると時間を忘れる人が多くてね。コイツみたいに。」

「だから、扱い!!」

相変わらずの流れだということがこの短時間でよくわかった。それにしても、言われてみたら確かに今が何時だか全然わからない。近くに時計はなかったからだろうか。

「よかったらまた明日も来てよ。ここで待ってるからさ。」

そんな言葉を最後に私は手短に別れの挨拶をして店を出た。外はここに訪れたときの明るい日差しとは違い、もう太陽は西に傾きオレンジ色の光が私の顔を照らした。

帰り道はすぐにわかった。少し来たあのどことなく不思議な一本道を戻ればもう、家の近くの路地裏だった。しかし、振り返っても先程歩いていた一本道は消え、今度は逆にネタ屋へ行くことができなくなってしまったことに気づく。

また、明日も会えるかな…?

そんな不安にかられたが、今はもう、家に帰るしか方法がなかった。

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