連鎖の始まり

これから話をするのは、昔々の小さな島で起こった、愛の物語。


決して結ばれてはならない二人の愛の話。


その島に住む男、名を藤吉と言った。藤吉は病気がちの母と、それを支える兄と暮らしていた。藤吉は母の世話であまり外に出られず、目も悪いため、兄の代わりに野山に出掛けて食料となる動物を狩るのが仕事だった。

「ただいま」

「おぉ、藤吉戻ったか」

「ん、今日は珍しく大物がおったわ」

「それは良い。母上の調子も良いし、今晩は豪勢なものを作ろう」

「俺も手伝うことあるか?」

「あぁ、それなら浅ちゃんのところへ行ってきてくれ。さっき顔を見せてな、野菜取りに行ったところだ」

「わかった、行ってくる」


浅というのは、藤吉の近所に住む幼馴染の女子だった。父と二人で暮らしていたのだが、一年前に出稼ぎに行ったきり帰ってきていないらしい。それから、浅は藤吉の家で一緒に生活することが多くなっていた。藤吉は浅のことを実の妹のように大切に想っている。



「浅ーー」

「ん?藤吉やん。こんなところまで来てどうしたん?この付近に狩場はないのに」

「手伝いに来た」

「え?」

「どれ持ってく、猪肉に合うもん」

「猪肉って、あんた猪狩ったんか?」

「珍しくうろついてたから」

「そんな危ないことして馬鹿やないの!」

「平気や」

「心配しとるんよ!」

「心配せんでも、傷一つついとらんわ」

「・・・・・・・・・・・・」

「ん?どした?」

「なんも!!それとそれ持ってくやつや」

「わかった」



藤吉は今まで、野山を駆け回り、動物を狩ってくることばかりだった。女心なんててんで理解できないし、そんな色恋沙汰は一切考えていなかった。二人のことを良く知る藤吉の兄は、藤吉に思いを寄せる浅をいつも不憫に思っている。浅が床に就き、二人で晩酌をしているときのことだった。


「それで、藤吉はいつ身を固めるんだ?」

「何を言っているんだ、俺はそんなことはせん。第一する相手もおらん」

「浅ちゃんとはどうなんだい?」

「浅?なんでそこで浅が出てくる」

「お前は浅ちゃんのこと、どう思っとるんだ」

「どうもこうも、浅は大事な妹みたいなもんやろう?兄上は違うんか」

「・・・・・・そりゃあ大事だけれども、そういうことではなくてな」

「・・・・・・?」

「えーと、つまりだ・・・・・・一人の女性として浅ちゃんを好いとらんのかって話だ」

「・・・・・・・俺が?」

「お前が」

「っはは、兄上も冗談が過ぎる。俺が浅とどうこうなるなんて、考えたこともない」

「そうか、お似合いだと思うけどな」

「俺はそんなことしてる暇があるなら、狩りに出て少しでも良いもん食わせてやりたい」

「・・・・・・お前は、家族思いの良い子に育ったな」

「それに俺には好きとか、ようわからん」

「ほぉ、なんだ、それじゃあお前は誰かと共に一生を過ごしたいと、こいつの側を離れたくないと、そう思ったことがないというか」

「ない。それが好いとるいうことか?」

「そうだ。気がつくとその人のことばかり考えて、何も手につかなくなる」

「なんだか、それは恐ろしい。そんなことになってしまうなら、俺はこのままでいい」

「今はそうでも、未来は何が起こるかわからんからな。」

「気ぃつける」






兄とそんな話をしても、藤吉が浅を見る目は変わらずだった。家族のように大事な存在、けれどもそれ以上には決してならない。


「藤吉や」

「母上、起きてきて大丈夫なのですか?」

「あぁ、最近は随分と調子が良くてねぇ」

「それなら良いのですが」

「それより、今日はどこへ行くんだい?」

「今日は天気も良いので、少し奥の方へ行こうかと。神授の森の手前まで」

「おぉ、そうかい。気をつけるんだよ」

「はい」

「神授の森には絶対に入ってはいけん。森が見えたら、引き返すんだよ」

「わかってます。それじゃあ」



この島には決して近付いてはならないとされる場所があった。それが「神授の森」。そこは人ならざる者が生きていけるようにと、神様が授けた森。故にそこに住んでいるものは人に在らず。といういわくのある森だが、そんな話は年々風化していき、いつしか信じているのは年を取ったものたちばかり。藤吉も、心の底から否定しているわけではないが、何の疑問も持たずにその伝説を鵜呑みにすることはできないでいた。



藤吉は神授の森の手前まできて、丁度良い獲物を見つけた。それを追っている内に、いつの間にか森の中へと入ってしまった。しまったと思ったときにはすでに遅く、周囲を気にしながら獲物を追い続けた。しばらくして、藤吉の耳に何かの音が入る。何かの曲を奏でているような、優しい旋律。獲物を追っていくうちに、徐々にそれに近付いていく。


獲物を追って、藤吉は少し開けた場所に出た。薄暗い森の中が、急に明るくなり目を瞑る。ゆっくりと目を開けると、大きな岩の上に座って笛を吹いている女性が居た。獲物として狙っていた兎はそこで落ち着いている。藤吉はその女から目が離せなかった。白髪の長い髪は風に揺れて、自らが風景の一部のように笛を吹いている。この世で一番美しいと、今まで見てきたものの中で一番美しいものだと思った。


やがて曲は終わり、女は藤吉の存在に気がつく。

「誰だ・・・・・・?」

「・・・・・・お、俺は麓の村で猟師をしている藤吉だ」

「そうか。では、藤吉よ、今すぐ帰れ」

「なに?」

「そしてもう二度とここへは近寄るでない」

「それはできん!」

「なぜだ?・・・・・・あぁ、この兎か?こやつを持って帰らねばならぬというわけか」

「そ、そうだ!」

「ふむ、では問おう。なぜこの兎を狙う?」

「そいつを食うためじゃ」

「なぜ食らう?」

「生きるために」

「生きるためなら、動物の命を犠牲にしても良い、と?」

「それが自然の摂理じゃ。そやつには申し訳ないが」

「ならば、わらわが生きる為に貴様を食らおうとも、文句は無いわけだな?」


女がそう凄んだ瞬間、森はさざめき、雲が翳った。まるで、この世のものではないような気配を醸し出す。


「構わん・・・・・・!」

「・・・・・・ん?」

「そなたが生きるために俺を食わねばならないのなら、喜んでこの身を差し出そうぞ」

「・・・・・・なぜだ?貴様にも家族が居るだろう。普通泣き叫び尻餅をつきながら逃げ惑うものよ」

「さっきも言ったとおりじゃ。弱き者は食われ、強い者が食う。それだけだ」

「・・・・・・」

「それに、お主のように美しい者のためならば、こんな命など惜しくも無い」

「・・・・・・わらわが美しい、と?」

「あぁ、今まで生きてきた中で一番」

「くっ、あっはっはっは!」

「?」

「なんとも面白いやつじゃ。そんなことを言われたのは初めてじゃ」

「そうか。では、お主の周りの者は皆見る目がないの」

「不思議なやつじゃ」

「すまぬ、そろそろ戻らねば」

「わらわに謝る道理は無い」

「最後に名前を教えてはくれぬか」

「そうじゃのう・・・・・・もしまた会うことがあれば、そのときに教えようぞ」

「まことだな?では、また必ず会いにくるぞ」

「ふふ、期待せずに待っておる」



こうして藤吉は出会った女に会いに神授の森へと通い始めた。

ゆきという名の女も飽きもせずに藤吉に付き合っているのです。

毎日毎日、会っては他愛の無い話をしている。

しかし、藤吉の心はそれで満たされていた。


「藤吉、それはなんだ?」

「知らぬのか?これは猟銃という物だ。この穴から弾が出て、獲物を仕留める」

「ふむ、なるほどのう」

「命を奪うことが容易くできるのだ、あまり触らん方がいい。ゆきに当たってしまう」

「はっはっはっ。お主は本当におかしなやつじゃ。わらわはそんなものが無くとも軽々と命を弄べるというのに、わらわの心配をするのか」

「いくらそんな力があろうとも、この距離では耐えられまい」

「確かに。お主はものの道理が良くわかっておる」

「しかし、この森から出たことがないというのは本当なのだな。麓には猟銃を持ったやつがうろついている」

「わらわは嘘などつかん」

「疑っているわけではないぞ」

「わかっておる」

「・・・・・・」

「どうしたのじゃ?」

「・・・・・・いや、すまん。では、その笛は一体どうしたのかと思っての」

「ん?これか?」

「あぁ、見たところそれほど古くも無い。しかも、こんな小さな村で手に入るような代物でも無さそうだ」

「気になるのか?」

「男からの贈り物であるならな」

「・・・・・・」

「なぜ顔を赤らめる」

「前々から思っておったのじゃが、お主はわらわを好いておるのか?」

「何を今更。初め会ったときから言っておろう。そなたは一番美しいと」

「・・・・・・」

「そなたは俺が嫌いか?」

「いやっ・・・・・・そんなことはない」

「それなら充分だ。今日はもう帰ろう。また明日会いに来る」

「あぁ、待っておる」

「・・・・・・・・・・・・今まで、お主のように真っ直ぐな人間は、いなかった・・・・・・」





藤吉はゆきへの恋慕の情を自覚しておりました。そしてそれを隠すこともせず、ただ真っ直ぐに伝える。いつしかゆきもそんな藤吉に惹かれていた。


藤吉はゆきに森を出て一緒に住まないか。そう伝えようと思っていた。

しかし、そのためには皆の許可が要る。

大切な家族と住んでいるのだから。


藤吉はどうしたものかと考えた末に、まずは兄と話し合うことにした。

母と浅が眠りに就き、兄の晩酌に付き合うときに聞こうと。



「そういえば藤吉」

「なんだ兄上」

「近頃、遠くの方まで行っているそうじゃないか」

「あ、あぁ」

「頼むから神授の森には近付かんように。母上が心配しとる」

「・・・・・・そのことなのだがな、兄上」

「ん?」

「すまん」

「・・・・・・」

「もう既に森の中へ足を踏み入れてしまった」

「なっ・・・・・・」

「それで・・・・・・」

「誰にも・・・・・・・・・・・・誰にも、会っていないだろうな・・・・・・」

「兄上?」

「あの森で・・・・・・!誰にも会ってない!そうだろう!!」

「あ、あに、うえ・・・・・・?」

「駄目だ。もう駄目だ。二度と、あの森へ近付くな」

「・・・・・・すまん、兄上。それはできぬ」

「っなぜ!!」

「好きな女ができた。あの森で」

「・・・・・・・・・・・・」

「兄上が以前に教えてくれたものだ。とても幸せでいられるものだ」

「・・・・・・なぜ」

「兄上や母上に心配をかけてしまったのは真にすまないことだと思っておる。しかし、これだけは譲れんのだ。俺はゆきの側を離れたくは無い」

「ゆき・・・・・・?」

「だから」

「は、はは・・・・・・はははははっ!あーはっはっはっ!!!」

「あ、兄上?」

「そうか、あいつが、あいつが藤吉をたぶらかしたのか。そうしてまた、裏切るつもりなのか。あのときだ、あのときに生かしておいたのが間違いだったんだ。そうだ、なら今度こそ」

「兄上!!」

「あぁ、藤吉。すまなかったな。お前は何も悪くない。悪いのはお前を唆したやつなんだ。お前は騙されているだけなんだよ」

「兄上・・・・・・」

「大丈夫、あいつは私が退治しておくから。だから安心するんだ。そしてもう二度と、あの森へ近付いちゃいけない」

「兄上!?俺はそんなこと・・・・・・」

「なにがだい?」

「俺は・・・・・・神授の森へまた」

「絶対に!!!!あの森へは近付くな。もう二度と」

「・・・・・・・・・・・・兄上」



いつも優しい兄の豹変した姿に、藤吉は大変驚いた。しかし、それでも藤吉が森へ行く足を止めることはできなかった。もしかしたら、明日には無理やり家に閉じ込められるかもしれない。兄の目を盗んで、いつもとは違う道を通り藤吉は森へと向かった。



「どこ、行くん?」

「浅・・・・・・」

「ここ、いつもの狩場とちゃうやろ。こっちはなんもない」

「別に、今日はここ通りたい気分なだけや」

「そんなに神授の森に行きたいん?」

「なっ・・・・・・どうしてお前がそれを」

「由親さんが朝教えてくれたわ。藤吉が神授の森にいる化物にたぶらかされてるから助けてやってくれって」

「そんなしょうもない話、信じたんか?」

「信じたくないわ!!」

「・・・・・・」

「でも、もし本当だったら、どうしたらええの?ずっと藤吉のこと見とったのは私なのに」

「浅」

「ずっと、ずっと昔からあんたのこと好いとったん私なのに、なんでそんな訳もわからんようなの好きになるん!なんで!!」

「・・・・・・」

「なんで!なんで!!!」

「あさ、浅」

「・・・・・・・・・・・・なんで、私じゃ駄目なん・・・・・・」

「浅、すまん。お前の気持ちに応えられんくて。俺にもわからないんだ。なんであの人が好きなんか。でも、どうしようもなく、あの人の側に居りたいんよ」

「うん・・・・・・うん・・・・・・」

「お前のことは、ずっと大事に思っとる。それは、例え名前が違っても、比べられない気持ちや」

「うん・・・・・・」

「ごめん、ごめんなぁ」



藤吉は自分を慕う浅との気持ちに別れを告げ、神授の森へと向かった。

森の入口に立って、違和感に気がつく。

いつも聞こえているはずの笛の音が今日は聞こえない。

藤吉は妙な胸騒ぎを覚えて、ゆきがいるはずの場所までかけていった。



森の中を走り回り、藤吉はようやくいつもの場所へたどり着いた。

しかし、そこにゆきの姿はない。

いつもならここにいるはずなのに。

周辺を探し回っていると、奥から1発の銃声が聞こえた。



藤吉の血の気が引いていく。

頭の中で最悪の想像を浮かべては、違うと消し去る。

息を切らしながら、森の奥へ。


そこで藤吉が見たのは、猟銃を構える兄と、倒れこんでいるゆきだった。


「ゆき!!!」

「と、きち・・・・・・」

「大丈夫か!今すぐ手当を・・・・・・」

「そこをどけ、藤吉」

「嫌だ。なぜこんなことをする必要がある」

「なぜ?それは全部こいつのせいだからだ」

「全部?」

「ああ!全部だ!!私の目が悪くなったのも!浅の母が死んだのも!!!私達の父だってこの女に殺された!!!!」

「そんな、そんなことがあるわけない・・・・・・そんなの、ただの言いがかりだ!!」

「なら、聞いてみるがいいさ。そこの化物にな」

「まさかこんな手荒い真似をしてくれるとはのう由親よ」

「・・・・・・ゆき?」


藤吉が後ろを振り返ると、ゆきの身体は黒い瘴気のようなものに覆われていた。ゆきはゆっくりと立ち上がり、藤吉に微笑んだ。

銃で撃たれた傷は見る影もなく、爪は鋭く尖り、頭には2本の角が生えていた。


「そいつは人を喰らう化物。鬼だ」

「鬼、と言ってもお主らと何ら変わりはない」

「ふっ、馬鹿を言うな。その銃で撃たれても生きながらえる生命力と、人間を一瞬で八つ裂きにできる力のどこが、私達と変わらないというのか」

「確かに生まれ持っての力は少しだけ大きいが、悩み苦しみもがき、誰かを愛しいと思う心がある」

「だがそんなもの、すぐに消えてしまうのであろう?」

「由親、お主は思い違いをしておる」

「なにがです」

「わらわはお主を、お主達を裏切ろうなどと思ったことは一度もない」

「何を今更」

「信じてくれなくとも良い。だが、わらわはあの日確かにお主のことを」

「うるさい・・・・・・」

「由親・・・・・・」

「あのとき貴女がどう思っていたかなんて、そんなことはもうどうでもいいのです。私はただ、私を裏切った貴女が、私を捨て置いた貴女が、よりにもよって弟と・・・・・・」

「・・・・・・」

「兄上。俺は、俺は・・・・・・」

「です・・・・・・」

「・・・・・・?」

「貴女一人が幸せになることを、私は許せんのです!!」

「なっ!」

「くっ」


激昂した兄はゆきの心臓を狙って銃を撃った。その目は血走り、涙に濡れている。


少しの静寂、やがて口を開いたのは優しい声。


「だい、じょ・・・ぶか?ゆ、き・・・・・・」

「っ藤吉!!」

「・・・・・・なぜ」


ゆきの腕に抱かれ、藤吉は息も絶え絶えといった様子。

藤吉は身を挺して、咄嗟にゆきの前に出ていたのだ」。


「待っていろ、今すぐ手当を」

「い、い・・・・・・」

「良い訳がないであろう!」

「なぜ、なぜだ藤吉。どうして・・・・・・」

「あに、うえが・・・・・・かなしむ」

「は・・・・・」

「い、とし・・・・・・ひと、じぶ、で・・・・・・きずつけ、かなし・・・・・・」

「私の、ため・・・・・・?」


藤吉は血を噴出し、脈も遅くなり、温かさも徐徐に消えていく。まさに、燃えさかる炎が水を浴びているように。

このままでは間違いなく、数分もせずに藤吉は死んでしまいます。それを逃れる術を知っているのは、この中のただ一人。

「由親、わらわ達はお前の言うとおり。化物じゃ」

「・・・・・・っいまさら・・・・・!」

「神授の森の生物を取り込めば、その者も森の中の生物となる」

「・・・・・・なんだ、それは」

「わらわ達に伝わる伝説じゃ。簡単に言うと、わらわの血を飲めば、わらわと同じ老いることを忘れた鬼になる」



ゆきは藤吉の腰から短剣を抜き取り、自らの左腕に当てた。その刃は今にも全ての肉を断つような雰囲気だ。刃はゆっくりとゆきの腕を切り裂いて、そこから赤い雫が滴り落ちる。


「さぁ、選べ」


ゆきは左腕を由親に向けて伸ばす。

由親を真っ直ぐな目で見つめながら。

由親は涙を浮かべながら、背を向けた。

藤吉を化物にするところなど、見たくはなかった。


「お前は泣き喚きながら、止めろと言うかと思ったがの」

「・・・・・・っ、化物になったとて、私の弟です。例え化物でもいい、鬼だっていい。生きていて欲しいのです・・・・・・!」


ゆきは由親の背中を見ながら悲しげに微笑んだ。


「きっと、わらわもそうであったのだろうな・・・・・・」






由親は藤吉を負ぶさりながら、家まで歩いていた。

自分のしたことが正しかったのか自問自答しながら。

弟は生きながらえた。鬼になるという代償を支払って。




何日かして、藤吉は目を覚ました。

由親は藤吉に全てを話す。

それで、藤吉が自分を責めても仕方が無いと思っていたからだ。

しかし、藤吉は由親を責めることなどしなかった。

いっそ責めてくれたなら、どれ程楽だっただろうか。

由親の心が晴れることは無かった。



さて、藤吉はこれまでのことを母と浅に全て話した。

そして自らも森で暮らすことを決めた。

家を飛び出し、森で待っているゆきの元へ。


藤吉を見たゆきは安堵の表情を浮かべて笑った。




そうして二人はこの森で末永く幸せに暮らしましたとさ。


めでたし、めでたし。


















この後にも、多くの出来事があったんだけど、それは割愛しよう。

さて、この物語には続きがあった。

藤吉が森に住んだことで、神授の森の伝説は徐徐に崩れていった。

やがては島そのものが彼らの子孫となった。


そんなとき、島に近い大陸の小さな村に、一つの大きな桃が川から流れてきたそうだ。

それを拾い上げ、持ち帰った者がいた。

その桃を食べようとすると、中から小さな赤ん坊が出てきたそうだ。

赤ん坊はすくすく成長して、大人になった。

物心がつくころには、海の向こうの島に興味を示しだした。

いつしかそれは、黒い感情へと変化していった。

あの島を滅ぼさねばならないと。


大人になった彼は仲間を連れて島へ行った。

感情の、本能の赴くままに、島の全てを滅ぼした。

かつて鬼と呼ばれたものの子孫を全て切り払った。


これは余談だけれど、優性遺伝というのがあるだろう。

彼らの髪色なんかはそれだ。

鬼の色は元来白色でね。いくら黒髪の人間と交わろうとも、生まれてくる子は白髪をしている。

桃から生まれた彼はその島にいる白髪の者を殺して、その島に居座った。


彼が何なのか、それは一切わからない。

あるものの狂気か、またあるものの嫉妬心か。

おそらく、かつてあの島に居たものの負の感情がそれを生み出したのだろう。



そうしてこの連鎖は始まった。

何年、何十年、彼が島に子供を増やしていき、集落ができる。

すると、近くの大陸の小さな村の川に桃が流れてくる。

今度はきっと、彼に殺された鬼達の憎しみ。

桃から生まれた子供は真っ白な髪をしていたそうだ。




この物語に終わりはない。

永遠にその連鎖を繰り返し続ける。

彼らは自分の意志とは関係なく、あの島へ行き、島に居る者を滅ぼさねばならないという感情に支配されているのだから。



「改めまして、第13代目桃太郎です。あぁ、鬼の方ですけどね。お爺さんお婆さんに育てられて、すくすくと成長しました。私も大きくなってしまったので、行かなくてはいけないのです。あの島へ。何をしに?それはもちろん。鬼退治です」



鬼が鬼退治という大義名分で大量殺戮なんて、本当にこの世界は狂ってますよね。

そうは思いませんか。

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