episodeー3
田所の自宅に着いて車椅子ごと部屋に入れる為に、一旦彼女を抱き上げてリビングのソファへと移動する。
十年使われていない彼女の下肢は細く、全体的に小柄なのもあって子供の様に軽い。
「ごめんね、
「何言ってんの、こんなの手間の内に入んないってば!
「楢崎さんは見た目怖いお兄さんなのに、優しいよね。最初見た時は、金髪だしツンツンだしごついアクセサリーいっぱいで、優等生のお兄ちゃんと一緒にいるのが不思議なくらいだった」
「見た目怖い!? 俺、怖い?」
「何か……がおーって感じ」
「ははっ、何それ、可愛い」
天音をソファに降ろして、玄関先に置いてある車椅子の車輪を濡れた雑巾で拭いて部屋の中へと入れた。
お腹が空いているかと聞いたら、そうでもないと言うので田所の帰りを待つ間DVDでも見ようと漁る。
「あ、これ見てみる?」
「何? それ……」
「今年の秋に、企業向けのショーをやったんだ。その時、テンさんモデルで出てさ。そん時の映像」
「わっ! 見たいっ」
今年の秋、西日本を統括している
会社のイメージダウンを避ける為に、その同性愛者であるスタッフをどうするかと言う処遇に揉め、楢崎は声高に退社させるべきだと主張した。
だが、大神の部下である
無性別、雌雄の境界がないファッション。
そう言う意味のジェンダーレスと言う言葉は、確かに流行ではあるけれども楢崎の中ではその同性愛者であるスタッフ一人の為にいつか田所にも何らかの影響があるのではないかと懸念したのだ。
だから、早々にその彼を排除したい衝動に駆られた。
「あ、お兄ちゃん」
「あぁ、うん。カッコいいだろ?」
長い髪をビッチリ纏めてハットを被り、新作の燕尾服を少し着崩した様な彼の着こなしは女性が男性物を着ているが故のエロさがあって、これをやると決めたあの時の田所の言葉が脳裏を過って行く。
戦う場所があるなら、戦わない訳には行かないでしょ――。
守ろうと思ったのに、自分より一歩も二歩も前を行こうとする。
楢崎は自分の不甲斐なさが嫌になるけれど、そうやって自分の居場所を切り開こうとする田所の事が好きで仕方がない。
自分みたいな年下の男の手の内に収まってくれるような人ではない事くらい、分かってはいるけれど、どうしても諦めきれないのだ。
「楢崎さんは、私の足がどうしてこうなったかお兄ちゃんから聞いてるんだよね」
「え、あ……うん、ちょびっとね」
「あれ以来、お兄ちゃん変わっちゃって……態と人に嫌われる様に振る舞う様になっちゃって……でも、楢崎さんがお兄ちゃんの傍にいてくれて、私本当に嬉しいの」
「いや、俺はそんな大したもんじゃない」
彼女が一人で兄に会いに行こうとして、父親に殴られた事を電話で聞いた田所は楢崎の前で噛み締める様に泣いた。
自分のせいで、自分がいるから、そう責めずにはいられない田所を楢崎はただ抱き締めて背中を擦ってやる事しか出来なくて、それでも彼の弱い姿を見ていられる自分に優越感さえ感じてしまう。
苦しんで欲しいなんて欠片も思ってないのに、普段気丈な田所が崩れ落ちて行く姿を見せてくれるのは、彼が選んだ人間の前だけだと楢崎は知っている。
だからこそ、彼の泣き顔を見れる事には大きな価値がある。
「私を陸橋から突き飛ばしたの、お兄ちゃんの元カノだったんだ」
「うん……」
「顔があんまり似てないから、私の事彼女だと思ったんだって」
「そっか……」
田所がまだ大学生だった頃、自分の足でまだ歩けていた高校生の天音はこっちに遊びに来て、田所と一緒に歩いていた陸橋から突き落とされた。
田所の目の前で――――。
「私、お父さんに似てるの。お兄ちゃんはお母さんに似てるから、凄く美人だけど……そのせいで、お父さんからも辛く当たられてて……」
「どう言う意味?」
「お兄ちゃんの心が女の子だって両親にバレちゃったのは私がまだ小学校くらいの時で、私にはそれがどう言う事なのかよく分かってなかったけれど、両親はそれをどっちが悪いのかって喧嘩ばかりしてた。結局、お母さんは夫婦喧嘩に疲れて家を出て行っちゃうし、お父さんの怒りの矛先はお母さんに似ているお兄ちゃんに向いてしまった」
「そっか……」
「そしたら今度は私が陸橋から突き飛ばされて、こんな足になっちゃって」
「それは天音ちゃんのせいじゃないだろ……」
「でも、お兄ちゃんはあれ以来実家には帰って来なくなった」
母親の事は楢崎も初めて聞いた話だった。
田所が敢えて人に嫌われる様に振る舞うのは、自分を好きになってくれる人ほど不幸に巻き込むと思い込んでしまっている。
本当は愛されたくて堪らないか弱く女の子らしい心の持ち主なのに、毅然として人を寄せ付けようとしない。
悪い所に目を向けないスタッフに対して厳しいのも、他人のせいにする父親や妹を突き飛ばした元カノを心底嫌っているからだ。
「楢崎さんは、お兄ちゃんの事が好きだよね」
「う、え? あ、うん……尊敬してるよ?」
「お兄ちゃんが私の事故の話するなんて、他にいないもん。お兄ちゃんもきっと楢崎さんの事、好きなのね」
いいや、それは違うよ。
楢崎はそう言い掛けてグッと口の端に力を込めた。
田所が好きなのは、どんな難題を押し付けられても我儘一つ言えない社長の
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