第10話
所長、どうかなさいました?」
「いや、所長と呼ばれたのが初めてでね、気付かなかったよ。どうかしました?」
「昼休憩は頂いても構いませんか?」
時計を見ると十二時を少し過ぎていた。
「ああ、十二時から十三時まで昼休憩を取ってもらって構わんよ」
「ありがとうございます」
一つ思い出してさっきの電気店に電話をかける。すぐに応答があった。
「先程はありがとうございました、どうかいたしましたか?」
「そこにはタイムカードの機械は売ってるかい? それとシュレッダーを一台、あれば用紙も付けて届けてほしいのだが。クレジット払いで」
「置いてますよ、そこの事務所に見合った物をお届けします」
「頼むよ」
電話を切ると、涼子に
「昼以降にさっきの電気屋がまた来るんで、お願いしてもいいかね? 俺は仕事に出掛ける」
「わかりました」
「合っても無くてもいいものを買った。適当なところに設置しておいてくれ、後必要そうな物があれば勝手に揃えておいてくれ。俺が戻らなくても時間が来たら勝手に帰ってもらっていいですよ」
といいクレジットカードを一枚渡しておいた。
上着を来て地下に降り、レストランに行ってチキンカレーを食べた。美雪が出てきて。
「どう様子は?」
「親父さんの選んだ人だ優秀そうだ、水谷グループのバッジも持ってる」
「事務員個人でバッジを持っているのなら、相当優れた方かもしれないわね」
「まあ信頼できるだろう」
「この後はどうするの?」
「新井か山崎を見張る」
「気を付けてね」
コーヒーを一気に胃へ流し込む。
「じゃあ、行ってくる」
手を挙げ車に乗り込む、百円玉を指で弾き左手の甲で受け右手で押さえる、右手を開けると裏だった。山崎を見張る事にする。
山崎の家も大きな日本家屋だった。この街のヤクザの中で流行っているのだろうか? 街の中心部から少し外れるとこう言う屋敷が多いからかもしれない、しかし寒川や新井の家に比べると小さく感じる。
俺が山崎の息子を再起不能にし、新井の手下が息子を殺している、俺の事は恨んでいるだろう。新井も恨まれているかもしれない。注意しておいた方が良さそうだ。
新井との関係は良好とは聞いているが、探る必要がある。
車は二台止まっているが、三時間待ったも人の出入りはない、諦めて事務所の方に行こうか悩んでいると坊主頭の男が出てきた、ヤクザではなさそうだが危険な雰囲気を醸し出している。シルバーの国産車に乗り込み走り去って行った。デジカメで写真を撮り顔を覚えておく。
更に三十分程待つと山崎が出てきた、疲れきった顔をしている。黒のベンツに乗り込むと、走り出す。距離を空けて尾行する。
事務所に向かっただけの様だ。組員は少ない車も新井のベンツの他に二台止まっているだけだ。真知子を探しにでも行っているのだろうか。暫くすると車が一台二台と帰ってくる。時計を見る十六時だ。あの危険そうな男は来ない。暫くすると新井と山崎が出てきて話をしている、何か揉めているようだがここからでは聞き取れない。
すぐに二人共別々に車に乗り込み、走り出す。迷わず山崎の後を付ける、自宅に戻っただけのようだ。十七時まで待ち誰も出入りしていない事を確認すると、俺も事務所へ戻った。
事務員の涼子はまだ残っていた。デスク周りを片付けている。
「おかえりなさい」
「涼子さん、まだ帰宅していなかったんですね」
「ええ、片付けをしていました、これお返ししておきます」
午前中に渡したクレジットカードだった。
「事務用品を多少揃えましたが良かったでしょうか?」
「別に構わんよ、必要な物があればまた言って下さい」
「それとシュレッダーとタイムカードはここでいいですか?」
「ありがとう」
「真知子夫人からファックスが入ってましたので置いてあります」
よく出来た事務員だ。
「もう帰っても構いませんよ」
「わかりました、では失礼します」
にこやかに、帰って行った。
デスクにファックスが一枚置いてある、真知子からだった。
「印鑑と通帳が新井に取られた、所持金の二百万しか残っていない、取り返して欲しい」
俺が取ったとは思っていないようだ。切り詰めて生活すれば大丈夫だろう、とりあえず携帯に掛けてみる。
「神崎だ、俺には今抱えてる案件がある、あんたの依頼は受けられない」
「よその興信所などにも頼んだけど、ヤクザが絡んでいるなら引き受けられないと断られたわ、あなたに頼むしか方法がないの」
「言っただろう、俺は今一つ依頼を受けている最中だ。それに新井達に印鑑を取られたからと言ってあいつらに使い道は無いだろう、通帳はわからんがな」
「通帳には残り一億円も入っているのよ、通帳と一緒にキャッシュカードも取られたから引き出されてるかもしれないわ」
「俺には関係ないね」
「あなたは今、新井組に関わる依頼を受けているのよね、だったらついででいいから取り戻して頂戴」
「ついででも俺は一件しか依頼は受けない、体は一つだからな」
「そんな、私はどうすればいいのよ?」
「知ったこっちゃない、ところであんた今どこだ?」
「言えないわ、せめて娘に会いたい」
「俺は忙しい、切るぞ」
と言って電話を切った。
俺が全部知っている事も、離婚が成立した事も把握していないようだ、暫くそのままにしておこう。
翌日、事務所に行く前に幸之助の病室に足を運んだ。
また祐介以外揃っていた。
「仕事の邪魔をしてしまったかな?」
「大丈夫じゃ、事件が終わればここにいる京子を養子にしようか考えておっただけじゃ」
「お父様、ありがたいですが、さっきから言ってます通りお父様に迷惑がかかってしまいます」
「そんな事は心配要らん、この話はまた今度じゃ、それより神崎君どうしたね?」
「昨日、真知子を電話で話をしましてね、俺がやった事はバレていない様です。ここにいるみんなも黙っていて欲しい」
「君に任せたんじゃ、誰も何も言うまい」
「天野、離婚届は受理されたのか?」
「ばっちりだ、俺が直接役所へ行って来た」
「ありがとよ。京子お前親父さんのさっき言ってた話受けろよ」
「前向きに考えてみます」
「天野、真知子と京子の絶縁状みたいな物はは出来ないのか?」
「簡単な事だ、任せておけ。京子もそれでいいと言っている」
「だったらそっち方面は任せた、俺の話は以上だ。何か言いたい事は?」
山口が初めて口を開く。
「神崎さん、先日言っていたお嬢様の秘書の件ですが、かなり優秀です。」
「そうですか、なら山口さんにお任せしますよ、京子もそれでいいな?」
「はい、私で良いのであれば」
「お前はもっと自信を持て、親父さんにも山口さんにも認められているんだ」
「はい、ありがたい事です」
白い歯を見せて喜んでいる。
俺は手を挙げ病室を後にした。
事務所へ入ると涼子は忙しそうに電話対応をしている。
一息ついたみたいだ。
「おはようございます」
「おはよう、一人で大丈夫か?」
「ええ、忙しいのは昼過ぎまでですから、やりがいはあります」
「頼んだよ、俺はまたすぐに出掛ける。ところで涼子さんは事務員なのに何故バッジを持っているんだ?」
「元々山口さんの元で働いていたんです、過労で倒れた時に、そこまでよくやってくれたと、特別に頂いたのです。で今回こちらで働くようにと言われました」
「なるほど、じゃあ完全に信用出来るな。しかし山口さんのところほど給料は出ないがいいのか?」
「はい、お見舞金もかなり頂きましたし、リハビリだと思ってここで働いています、バイト代程度で結構ですよ」
「そうか、だが働いた分はちゃんと払うよ、では出掛けてくる」
「わかりました」
今日は新井組の張り込みをする事にした。
昨日の坊主頭は出入りしていないみたいだった。今日は人の出入りが多い、やはり真知子を探してるのだろうか?確認しておかないといけない。一旦張り込みを止めて幸之助の家へ向かった。
玄関先で使用人が掃き掃除をしている。俺が近づくと慌てて門を閉められた。
「ちょっと待ってくれ、神崎という者だ」
と大声を出すと門が僅かに開いた。
「神崎隼人さんでございますか?」
「ああ、そうだ」
ホッとしたかのように、ため息をつく。
「誰かが来たら門を閉じるという事は何かあったんだな?」
「はい、ガラの悪い方が昨日から何回も訪ねて来て真知子を匿っているだろうとか、真知子を出せと怒鳴り込んで来るのですなのでてっきりまた来たと思い閉めました」
「俺の名前は、祐介の親父さんからも聞いてるな?」
「はい、自由に出入りしていいとお聞きしています。とりあえず中へどうぞ」
俺が入ると門を内側から鍵を掛けた。
「客間に通された、使用人が三人集まって来た。
「親父さんから何をどう聞いてる?」
と尋ねると一人が。
「怪しい人物が来たら門を閉じて入らせるなと、後真知子さんを絶対に家に入れるなと聞いております」
「なるほど、俺と山口さんと祐介と京子くらいはは入ってもいいと言う事か?」
「その通りでございます」
「真知子が入ったら駄目な理由は聞いてるのかな?」
「それは存じておりません、神崎さんはご存知なのですか?」
「知っている、親父さんから聞いていないと言う事は、俺からの説明は言わない方がいいだろう」
俺はバッジを見せた。
「顧問探偵の神崎隼人だ、親父さんの言う事はしっかり守ってくれ。特に真知子は絶対に駄目だ、京子は構わないがな」
「わかりました」
「真知子の部屋を見させて貰えるか?」
「旦那様にお聞きしないとちょっと」
俺は携帯で幸之助に掛けた。
「俺です、親父さん真知子の部屋を見たいんだがいいかな?」
「構わんよ、今私の家かね?」
「そうです、ちょっと待って下さい。使用人の方と代わります」
一人に電話を渡す。暫く話し込んでいる、
電話をまた渡してくる。
「好きなようにやりたまえ真知子と離婚した事はまだ言うとらん、漏れたら君も私も困るじゃろう」
「助かります、では」
電話を終えると、こちらですと案内してくる。
「親父さん俺の事はなんて言っていた?」
「神崎さんの好きなようにさせろとお聞きしました」
「ここが奥様の自室がある建物です」
敷地内の別の小さな洋風な建物だ。
「もう一つのは京子の物か?」
「いえ、あちらは我々住み込みの使用人の建物です。坊っちゃんとお嬢様は旦那様と同じ屋敷に住んでおられます」
たくさん鍵を持った使用人が真知子の住居のドアを開ける。
「どうぞ、用が終わればまた声を掛けて下さい」
「ありがとう、小一時間で終わる」
そう言って中に入った。三階建の広い家だった。一階は広いリビングとキッチンが主で、バスとトイレがある。二階が自室の様だ自室と言っても三部屋もあった。寝室に入り見て回る、通帳三冊とたくさんの印鑑をポケットに仕舞う。寒川や新井の事に関しては何も見つからなかった。相続に関する本が何冊か棚に並んでいる。三階は物置の様だ衣装部屋、靴部屋、バッグなどの小物部屋が三部屋、特に何も見つからない。
終わると屋敷に戻りさっきの客室へ戻る、さっきの使用人三人がいた。
「終わったよ、ところで使用人は何人いるんだ?」
「私が使用人長の渡辺です、住み込みが私とこの二人で掃除係と料理担当の者です。後二人いますが通いのお手伝いさんです」
「そうか、ありがとう。とりあえず真知子は家に入れないでくれ、チンピラは俺が後で何とかする」
「わかりました、お願いします」
「危険なのはもう暫くだけだ、我慢しておいてくれ」
「大丈夫です」
俺は屋敷を出て車に乗り込み、病院に向かった。
病室にはまた全員揃っている、
「どうじゃった、真知子の部屋から何か出たのかのう?」
俺は今日探し出した物を幸之助に渡す。
「収穫はそれだけです、俺からも渡辺さんたちに真知子を絶対に家に入れるなと念を押しておいた」
「真知子のやつこんなに隠しておったのか、泥棒猫じゃわい。神崎君にあげよう」
「京子にやって下さい、俺には興味ない」
「お前さんは本当に欲がないのう、そう言うところが気に入っておるんじゃが。京子これも先日と同じ様にしなさい」
「お父様金額が多すぎます、お父様が受け取って下さい」
「三冊で三億円じゃ、通帳に入れておきなさい、どれがどの印鑑かわからんから、天野も一緒に銀行へ行ってくれんか」
「わかりました、さあ京子さん行きましょうか?」
「はい、お願いします」
二人が出ていった、山口が口を開く。
「神崎さんはお金に興味がないのですか?」
「食えればいいんですよ」
「会長どう思われます?」
「最初からこう言うじゃろうと思っておったわ、神崎君は金よりプライドが大事なんじゃよ。山口もそう言うところがあるぞ」
「はい、気持ちはわかります」
沈黙が続いた。
その間に京子と天野が帰ってくる。
「全て終わりました、真知子さんの印鑑も破棄してきました」
「ご苦労じゃった」
「お父様、本当に良かったのでしょうか? 神崎さんに少しお渡しした方がいいのではないですか?」
「それは私が何とかする、感謝なら神崎君に言うんじゃな」
「神崎さん、ありがとうございました」
「お前の元母親が持ってたものだ気にする必要はない」
「母に動きはありましたか?」
「特に無い、手持ちが二百万あるから暫く何とかなるだろう、母親が心配か?」
「いいえ、興味すらありませんが何をするかわから人なので」
「大丈夫だ、真知子にはこれ以上何も出来んよ、ところで親父さん離婚や通帳の話をそろそろ話して動きを見るつもりですがいいですか?」
「君に任せたんじゃ、何時でも良いぞ」
「わかりました、じゃあ俺は帰ります」
手を挙げ病室を後にした。
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