第9話

 新井の自宅を遠くから見張る、護衛はいないようだ。寒川の家のように日本家屋の大きな屋敷だ、真知子の情報が本当なら、ここのどこかに軟禁されているはずだ。助けに来たわけじゃない。数時間様子を見る、人が出入りしている様子はなかった。


 覚悟を決めて歩いて近づく、監視カメラなどもないようだ、安心して門をくぐる。誰も出てこない、家中を探し回る途中で使用人らしき女性とすれ違う


「こんにちは」


 と声を掛けられただけだ、新井組の者と間違われたみたいだ一安心して更に奥へ入る。


 外から鍵がかかっている部屋を見つけた、南京錠ではなく、スライド式の鍵だ。


 そっと鍵をスライドさせ静かに中に入る。

真知子は柱と左手を、長い手錠で結ばれていた。寝ている。左手の指は人差し指と親指だけが残っていた、切断されたのは本当のようだった。真知子のカバンを漁り印鑑を探す、実印らしき判をポケットに入れる、幸之助から貰ったらしい通帳とカードも貰っておく、

ポケットに入れカバンを元通りにすると、真知子を起こす、驚いている。


 俺は人差し指で喋るなと言うジェスチャーをし、手錠の鎖を切ってやった。

 小声で話す


「たまたま見つけたから、ここまで助けてやる後は好きにしろ」

「ありがとうございます」

「じゃあな」


 来た道を引き返す、誰ともすれ違わなかった。門を出て車まで戻ると、新井の実家の様子をまた観察する。


 五分程で手錠の鎖を引きずりカバンを持った真知子が出てきてこちらへ早足で歩いて来るシートを倒し見つからない様にする俺の二台前の外車に乗ってすぐに車は走り去って行った。後を付ける。


 街外れの小さい家に入った、暫く待ったが出て来る気配はない、見届けると幸之助に電話を掛ける。


「神崎君どうしたね?」

「ちょっとだけ動きました、親父さんは真知子の実印を知っていますか?」

「知っている、私が作らせたからな」

「じゃあそちらに行ってもいいですか?天野に京子を連れてくるように頼めますか?」

「わかった、いつでもいいぞ」

「今から向かいます」


 電話を切り、病院に向かう。


 病院に車を止める、天野の車もある。


 八百三号室にノックをし入る天野と京子も来ていた、なぜか山口もいる。


「揃っているな、まずは皆にこれを確認してもらいたい」


 と言い真知子の印鑑を見せる。


「これは真知子の実印で合ってるか見て欲しい」


 幸之助が手に取り見る山口と京子も覗き込む。


「確かに真知子の実印じゃ、どうやって手に入れた?」

「それは後で話します。先日俺を水谷グループに入れた時のように出来ないかな?」


 天野が驚いて


「神崎お前頭いいな、それで京子さんも呼んだのか?」

「そうだ、実の娘が離婚届と相続権放棄の書類にサインをし、この実印を押す。これが出来ればいんだが」


 山口がほうと言うように頷いている、天野は書類を取り出すと、


「お前の言う通りだ、法的には問題ない、それで行こう。京子さん頼めますか?」

「はい、大丈夫です」

「天野はいつもこの二つを持ち歩いているのか?」

「いや、お前から集まるようにと、会長から連絡が入ったので金庫から出して来たんだ」


 俺と天野が話している間に京子は書類の記入を終えたようだ。


「全部、書き込みました。判も押しました」

「助かる、お前は母親とは違って賢明だ。一つ聞くがお前の実の母親が死んでも大丈夫かい?」

「ええ、構いません。もうあれは明るくて優しかった母とは別人です。もう顔も見たくないです」

「なら、大丈夫だな。新井組に殺されるかもしれない。実はすでに左手の小指から順に中指まで三本切り落とされている、今は別のところへ逃げ込んだ」


 幸之助に向き直り。


「親父さん、海沿いのこの街の西に二階建ての家を何軒か持っていますね?」

「あの辺りだと、何軒かな? 山口わかるかね?」

「はい」


 と言ってこの街の見取り図を取り出す。


「神崎さんこれでわかりますか?」

「十分です」


 俺は一つの民家を指差し、


「真知子の逃げ込んだ家です」


 山口が丸を付ける。幸之助が話す。


「最初から話しを聞かせてくれるかね? もう話してもいいころじゃろう」

「そうですね、では今日の事を全て話しましょうか」


 俺は朝起きてからの事を話して行く、みんなが耳を傾ける。話し終えると。幸之助が。


「大胆なやり方をするのう、家にチンピラ共がうようよと何人もいたらどうするつもりだったんだね? いや聞かずとも想像できるわい、しかしそんな家に堂々と入り真知子にも気付かれず、よくそこまでやった」


 俺はポケットの中の通帳と銀行のカードを幸之助に返した。


 幸之助は通帳の中身を確認すると、京子に手渡す。


「しばらくこれで生活しなさい、わかっておるようだが全額引き出して、自分の口座に入れなさい病院の中にある銀行を使いたまえ、今すぐじゃ。それと山口あれを渡してやってくれ」

「はい」


 と言ってかばんから例のバッジを取り出すと京子に渡す。


「お父様、私がこのバッジを頂いてもいいのですか?」

「お前は真知子とは違う、特別に持っておきなさい、真知子の様になったら返させてもらうからな、落とすんじゃないぞ」


 京子は頭を下げ病室から出ていく。


「興味はあまりないですが、真知子の通帳にはいくらくらい残ってたんですか?」

「一億円じゃった」


 病室の電話が鳴る


「わしじゃ、ああ銀行の者か今京子が金を引き出しているのはわしの指示じゃ、全部京子の口座に入れ替えて、真知子の通帳とカードは破棄したまえ、バッジを見たじゃろいちいち確認せずともよいわ」


 怒った様な顔つきになった幸之助が言う。


「天野行ってやってくれ」

「わかりました」


 天野が飛び出して行った。


 暫く幸之助と山口が仕事の話をしている、俺の出る幕じゃない、黙っていた。

 すぐに天野と京子が帰って来た。


「上手くやったんじゃな?」

「はい、京子さんがバッジを見せなかったので銀行員も疑っていたみたいです、私と京子のバッジを見せるとすぐに手続きは終わりました」

「ご苦労、京子普段からバッジを見せる癖を付けなさい、服に付けておくだけでもいいんじゃて」

「お父様、すみませんでした」

「ちなみに真知子はバッジを持っているのかな?」

「渡しておらん、家族だからと甘やかすつもりはないからのう、祐介には持たせておるがな。祐介と京子には幼い頃から英才教育をしておる。事件が終われば京子にもそれなりの事はしてやるつもりじゃ」

「お父様、今は改心しましたが、母に付いて行って一度は裏切りかけた私を再び信用してくださるのですか?」

「人は過ちを犯し、それを悔いて大きくなるもんじゃ、信用し直したからバッジを渡してやったんじゃぞ、頭の中に叩き込んでおきなさい」

「はい、ところで私はまだお父様とお呼びしていますが、これからは会長と呼んだ方がいいのでしょうか」

「お父様でよいぞ、真知子とは離婚したが、お前の事は実の娘の様に思っておる」

「ありがとうございます」


 初めて京子の笑顔を見た。


「京子、俺はお前が笑う事の出来ない性格だと思ってたぞ、親父さんがさっき言っていた通り英才教育を受けているなら、祐介のサポートをしてやってくれ、山口さんももう若くない山口さんの様になれ。山口さんこれでいいですか?」

「ええ、構いませんよ私の後釜候補の一人に入れておきましょう」

「後釜候補って何人いるのですか?」

「お嬢様を含め三人ですが上手く育っていないのが悩みのタネですね、この三人だとお嬢様が一番優秀かもしれませんね」

「京子、今度また裏切ったら俺が許さんぞ」

「もう、あんな事は二度としないわ、初めから乗り気では無かったし、母に付いて行ったのが間違いだったわ。私はこれで母と決別しておさらばよ」

「それを聞いて安心したよ」



 帰りがけに事務所へ車を向ける、地下からエレベーターでそのまま事務所に入れるのは好都合だ。


 事務所のドアのプレートの様子が変だ、いつの間にか変更されていた。


 『神埼探偵事務所』の文字の上に、水谷グループのバッジの形の図形と、水谷グループの名前が掘られている。


 祐介に電話を掛ける。


「俺だ、事務所のプレート付け替えたのはお前か?」

「そうですよ、よくわかりましたね」

「水谷グループと付いたのが噂で広まったみたいだ依頼がかなり増えた。それも個人からだけでなく企業からもな」

「信頼の証みたいな物ですからね」

「増えすぎて断るのに時間がかかって仕方ない、どうにかならんか? 今もファックスが溜まっていく」

「それなら留守電に、父の名前を入れた伝言メッセージを吹き込んだらどうでしょう?」

「いい案だな早速そうするよ」


 電話を切ると電話の説明書を取り出し、やり方を見る、簡単だった。早速録音する。


「神埼探偵事務所です、只今水谷幸之助氏からの依頼で留守にしています」


 聞き直す、何か変だ。電話で美雪に来てくれと頼む。


 その間に企業からのファックスに断りの電話を入れていく、朝と同じ要領でだ。効果はバッチリだ何件か掛けてると、美雪がノックして入ってくる。ちょっと待てと合図し電話を続ける九社に掛けやっと終わった。


 電話が立て続けに入るが留守電にしておく。


「何か用事なの?」

「ああ、次電話がなったら良く聞いててくれないか。


 早速電話が鳴る数コールで留守電に切り替わる。


 俺のメッセージが流れる、電話が切れる。


「俺のメッセージが変じゃないか? 代わりにメッセージを吹き込んで欲しいんだ」

「いいわよ、あなたのメッセージ固くなりすぎよ。操作のやり方を教えて」


 美雪にやり方を教える。


「簡単ね、任せて」


 と言い録音ボタンを押し、声色を変え。


「お電話ありがとうございます、神埼探偵事務所です、只今水谷幸之助氏の依頼で留守にしております、ご用件をどうぞ」


「こんな感じでどうかしら?」

「ありがとう、助かったよ、今の依頼が終わったら企業から依頼がまた増える、事務員を一人雇うよ」

「一階のプレートもドアのプレートも、水谷グループの名前が書いてあるから、仕事が増えるわね、いい事だわ」

「後はファックスだな、ファックスが入らないように出来ないか」

「電話とセットのファックスなら何とかなるけど、このままじゃどうしようもないわね、早く事務員を一人探した方がいいわ」

「早めに募集かけておくか。親父さんに電話してみるよ、ちょっと待っててくれないか」

「いいわよ、今日はもう帰るつもりだったしね」


 携帯で幸之助に電話をする。


「君か? どうしたね」

「水谷グループに入ってからいろんな企業からの依頼が増えましてね、断りの連絡だけでいっぱいいっぱいなんです。親父さんの名前を使って断っていますがね、口の固そうな事務員を探してるんですが見つからなくて」

「なんじゃそんな事か、すぐに手配しよう。明日の十時に事務所に行くようにしておくわい。都合はいいかのう?」

「大丈夫です助かりますよ、では」


 電話を切ると、美雪が話し出す。


「あてがあるみたいね」

「みたいだな、事務員もすぐに手配してくれる様だ。明日の朝来るらしいお前も一緒に顔合わせしないか?」

「そうね、私も付いていくわ」

「よし、じゃあ今日はもう帰ろう」


 帰宅して美雪の手料理を食べる。今頃真知子がいなくなったのを新井が気付いて捜索しているだろう。真知子も実印と通帳が無くなっているのに気付くだろう。今日の事を美雪に話してベッドに入る。


 翌朝十時に二人で事務所へ向かった。


 ドアの前に俺たち二人よりもちょっと年上のメガネをかけた女性が立っていた。


 水谷グループのバッジも付けている。


「すみません、待ちましたか?」

「少しだけです」


 笑顔で返される


「とりあえず中へどうぞ」


 ドアを開け招き入れる。


「会長から大体の事は伺っています。どんな野蛮な人かと思っていましたが、安心しました永井涼子といいます、秘書から事務まで一通り出来ますのでよろしくおねがいします。給料はいくらでも構いませんので」

「俺は神埼隼人です、これからよろしく頼みますよ」

「私は神戸美雪です。隼人さんの婚約者でレストランを経営しています。よろしくお願いします」

「トライアングルのオーナー様ですってね、お話は伺っています。私もあのレストランにはよく食べに行っています」


 笑顔の絶えない女性だ、口も固そうだ。


「仕事内容ですが、俺がいない間に電話やファックスが入ったら、水谷幸之助氏の依頼で留守にしていると、断りの連絡を入れてください、後は領収書の整理を頼みます。今のところこれくらいです、空いた時間はのんびりとしていて貰って結構です」

「わかりました、私の出社時間と帰宅時間を教えて下さい」

「そうですね、九時から十七時まででどうです?」

「わかりました、何曜日が休みです?」

「週二回休んで下さい、曜日は任せます」

「では、暇そうな日曜日と適当に平日一日休ませてもらいましょう」


 合鍵を渡した。


「じゃあ今からこの溜まったファックスを片付けていって下さい重要そうなのは俺のデスクに置いておいて下さい。それと猫探しと浮気調査はきっぱり断ってもらって結構です、企業のスパイの様な内偵も断って下さい、ガラじゃないんでね。ところで興信所や探偵事務所の事務の経験はありますか?」

「はい一度興信所の事務をしていた事もあります」

「頼りになりそうだ」


 真剣に聞いていた美雪は。


「あなたには出来すぎた事務員さんじゃないかしら? キャリアウーマンって感じよね」

「親父さんからの紹介だ腕は良さそうだ」

「過大評価ですわ、大した事は出来ないですが、口が固いのには自信があります。親父さんとは会長の事ですか?」

「俺だけに許された特権ってやつです、俺は自由に親父さんや山口さんや祐介の名前も使ってもいいと言われたただ一人の男です」

「まあ、余程会長に気に入れられた方の様ですね」

「私はレストランに戻るわ、永井さんよろしくおねがいします」


 と言って出ていった。


「私も仕事を始めます」

「俺はちょっと買い物に行ってきますよ、すぐに戻ります」

「いってらっしゃいませ」


 俺は先日の家電量販店へ行った、店員を捕まえ、バッジを見せる、更に笑顔になった。


「先日この電話を買ったんだが、事務員が増えたからもう一台内線が使えるようにしたいんだ、どうすればいい?」

「同じグループですね、それでしたらすぐに手配しますよ、予算はどの程度ですか?」

「五万以下で頼む事務員が更に増えればまたここに頼むからサービスしてくれよ」

「わかりました、精一杯サービスさせて頂きます事務所の住所をお名前をこちらに書いて下さい」


 記入が終わった、店員に渡す。


「すぐそこですね、すぐ向かいます」

「じゃあ、帰って待ってる」


 と告げ店を後にした。

 事務所に戻ると涼子さんは電話対応をしている、邪魔しないように静かに入りタバコに火を付けた。電話が終わったようだ。


「おかえりなさい」

「タバコの煙は大丈夫かい?」

「ええ、慣れてます。買い物はどうされたんです?」


 俺の返事より早く、ドアがノックされる。


「どうぞ」


 俺より早く涼子がドアを開ける


「先程はどうも、配線だけ先に見させて下さい」

「ああ、自由に見てくれ」


 部屋を見回し、すぐに


「これなら簡単に終わります、早速取り付けましょうか?」

「ああ、すぐに頼む」


 十五分程で涼子のデスクに同じ機種の電話が備え付けられた、二人で内線の取り方や受け方を教わった。


「ありがとう、いくらだ」

「同じ水谷グループですので、二万五千円で結構です」


 ここでも水谷グループの影響力は大きい。


「電話代より安いじゃないか、じゃあ残りはチップにしてくれ」

「ありがとうございました」


 ドアが閉まり静かになった。


「私専用の電話を買って下さったのですね、やりやすくなります」

「ああ、この方がいいだろうと思ってね」

「では残りを片付けますが、順番待ちしたいという依頼が何件かありましたが、どういたしますか?」

「今の依頼が一週間から一ヶ月はかかるそれでもいいなら順番を取っておいてくれ」

「わかりました」


 タバコに火を付け、考える。


「所長、所長。神崎所長」


 言われた事がなかったの気付かなかった。

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