第6話

 次の日も事務所へ行ったが、ファックスが二枚入っているだけだった。


 二枚とも真知子からだ、うんざりしながら目を通す。


「新井が組長になり、早く私が相続しないと殺されてしまう。指を一本切り落とされた。祐介を探す依頼を受けて下さい」


 字体が震えているのが伝わってくる。真知子が死ねばこの事件も終わりだ。だが殺しはしないだろう殺せば新井も一文にもならないからだ。丸めて捨てる。


 二枚目も読む、先程より汚い字で、


「私を新井から開放して欲しい、新井の家に軟禁されている、娘も携帯を変えたのか連絡が取れなくなってしまった」


 これも丸めて捨てる。


 祐介に電話を掛ける。


「神崎さん、軽い事件です」

「何があった? 隠れ家が見つかったのか? それとも真知子から連絡が来たのか?」

「家は見つかってないようです、メールは来ました、相続権を破棄しろ。たったこれだけの短いメールです。姉からは新しい携帯に買い替えたから、と言って携帯番号とメールアドレスが送られて来ました。天野さんの指示のようです」

「俺も聞いておこう、後で俺のアドレスに京子の番号とメールアドレスを送ってくれ、それが事件なのか?」

「送っておきます、事件はここからです。寒川組にいた新井が組長になって新しく事務所を作ったみたいです」

「知っている、事務所の場所までは知らんがな」

「知ってたんですね流石に情報が早い、場所は姉の番号とメールと一緒に送ります」


 携帯を操作している音が聞こえる。


「スピーカー通話か?」

「そうです、今送るところです」


 俺もスピーカー通話に切り替える、すぐにメールが届いた。


「今、受信した助かる」

「ちょっとでも役に立てて良かったです」

「お前の義母を何とかするか、新井組を徹底的に潰さないと事件は終わらんな」

「俺もそう思っています、頼めますか」

「これも依頼の中に入っている事だ、改めて依頼する必要はない」

「そうですね」

「昨日親父さんのところへ行ってきたぞ、ガンがかなり小さくなっていて、余命宣告が解けたみたいだ。退院も出来るそうだ」

「そうなんですか、良かったです。何しに行ったのか聞いてもいいですか?」

「美雪と親父さんが昔からの知り合いだったらしくて、あのチキンが食べたいと言うので二人で持って行ったんだ」

「知り合いだなんて、知りませんでした」

「俺も知らなかったが、数年前にレストランの料理が美味いからと言って、土地を破格の値段で美雪に譲ったんだそうだ」

「父は昔からそういうところがありますね、気に入った人には家を立てたりビルを安くで譲ったりと」

「俺にも傘下に入れと言ってきたよ」

「それは俺からもお願いします、別に傘下に入ったからと言って特別何かをしろとは言いません。第一神崎さんは人に縛られるタイプじゃないですから、一匹狼を貫いてくれてもいいんです」

「今のスタイルを貫けるなら考えてもいい」

「やっぱり神崎さんらしい答えですね、普通は傘下に入らないかと言えば、誰もが飛びついて入れてくれって頼みに来るのに、考えてもいい、なんて初めて聞きましたよ。やっぱり飼い犬より一匹狼タイプの人ですね、父も同じ考えでしたよ」

「まあ、今は考えておくよ、それより先に事件を片付けてしまわないとな、俺は調査を続ける、また連絡する」


 水谷親子に気に入られた、まあグループに入ろうが入るまいが俺は俺のやり方でやらせてもらう。


 パソコンで地図を見て新井組の事務所を確認する。


 車に乗り込み事務所前を通ってみる、資金ぶりはいいのか、三階建てのビルのような建物だ。寒川家の金を巻き上げたのかもしれない。


 よく考えると寒川登も取り巻きも寒川修も殺されたのに雅史だけは殺されていない、何かあるのだろうか? もう寒川に付いていく人間がいなくなったせいなのか、これ以上騒ぎを大きくしないためなのか、考えるがわからない。


 搬送されたという病院を尋ねてみた。

やはり護衛などいなかったが個室を与えられていた、破いた鼓膜はもう戻っている頃だろう、耳しか聞こえないはずだ周りに人がいない事を確認し、中に入る。勿論指紋が残らないように注意する。


 体中包帯まみれだ、点滴の数も多い。


 ドアを開けた音が聞こえたようで顔だけこちらに向け、低い声で。


「あー、あー」


 と言っている。目も鼻も口も包帯で見えているのは耳だけだった、耳も削ぎ落としたので穴が開いているだけだ。

 耳元で


「俺だ、神埼だ」


 と言うと失禁していた、表情はわからないがかなり怯えているようだ。


「ヤクザになんかになって悪事を働き、何人も殺した罰だ、一生そのままの体で後悔しながら生きろ」


 震えながら頷く


「お前を殺しに来たわけじゃない、俺はお前の様に息子らを痛めつけたが殺しはしちゃいない。新井の手下によって息子たちをはじめ修も殺されたのに、なぜお前だけが殺されないのかが不思議でな、って言っても返事もできんか」


「あー、あー」


「理由を知っているのか?」


 首を振る


「ナンバーツーだった新井が、昨日新井組を立ち上げた、知っているか?」


 頷く


「お前は関与しているのか?」


 首を振る


「お前の財産は新井に巻き上げられたのか」


 首を傾げる、わからないようだった。


「新井は何をしてあそこまで金を手に入れているんだ?覚せい剤か?」


 大きく頷く


「覚せい剤のありかを知っているのか?」


 頷く


「拳銃みたいに港のコンテナか?」


 二度頷く


「お前の嫁はよくここに来るのか?」


 暫く考えて頷く、


「一日一回程度か?」


 頷く


「そのうち新井のところの者がお前を消しに来るかもな」


 震えながら頷く


「気が向いたらまた来る、精々怯えながら暮らせ、じゃあな」

「あー、あー」


 助けてくれと言っているのか、いっその事殺してくれと言っているのかわからない。見る事も話す事も筆談すらできないのだ。


 部屋を出る。誰にも見られてはいない。


 帰りがけにまた新井組の前を通る。ベンツが二台、新井と山崎が降りてきたところだった護衛が三人ずつ付いていた。覚せい剤で一財産築いた男だ。


 港を見て回るがコンテナの数が多すぎる、覚せい剤をどれに隠してあるかなんて、探すのには時間がかかりすぎる。


 天野に電話を掛ける。


「どうした? 俺の出番か?」

「新井は以前から覚せい剤で金儲けをしている、港のコンテナらしいが数が多すぎて探しきれない、何とか探せないか」

「専門外だが、どのコンテナがどこの会社が管理しているかくらいは調べられる、ある程度までは絞れるだろう。あそこの港も水谷グループが管理しているからな。警察に垂れ込みを入れれないのか?」

「助かる、警察に言うのは後回しだ。直接調べたいんでな」

「わかった、二日程待ってもらえるか?」

「いつでもいい、ある程度絞れたら連絡をくれ、残りは俺がどうにかする」


 電話を切った、また天野に借りを作ってしまった。



 翌日の昼過ぎに天野から連絡が入った。


「昨日の件だが調べたぞ、会長と山口さんに話したら会長が乗り気で、私の管轄内での悪事は許さんと言って、港の管理部署に直接命令を出して貰いすぐに絞れた。今家か?」

「ああ、そうだ。助かるよ」

「じゃあ、ファックスを二枚送る。所有者不明なのが八個まで絞れた」

「親父さん達にも礼を言っておいてくれ」


 電話を終えるとすぐに二枚のファックスが届いた。地図に港の上空写真が写っていて、八個の一から八まで丸が付いているのがわかった。二枚目は箇条書きで一は五年前から、など、八個まで詳細が書いてある。ファックスとバールと指紋が付かないよう手袋も持って港へ向かった。


 念のため車は別のところへ隠し、丸印の付いたコンテナを一個目から当たる事にする。

コンテナには鍵が掛かっているので、持って来たバールでこじ開けていく。


 一つ目は空だった二個目三個目と開けていく、五個目のコンテナを開けると棚が並んでいてまた拳銃などが詰め込まれている、まだこんなに武器が残っている事に驚いた。


 全てのコンテナには番号が書いてある。二十三番武器庫とファックスに書き込む、六個目と七個目は空だった。八個目最後だ、汗を流しながらこじ開ける、ブルーシートが被せてある、シートをめくると覚せい剤の山を見つけた。すぐに売れるように小さなビニール袋に入っている、これだけあれば億単位の価格になりそうだ。三分の一程の覚せい剤を取り出すと、一つずつ袋から出し海に投げ捨てたり、周囲に撒き散らす。気分がいい。コンテナの番号五十一番覚せい剤とメモを取ると、車のところへ引き返し近くの公衆電話で警察に電話する、声色を変え。


「港に新井組の武器庫二十三番、覚せい剤が五十一番に隠されている」


 といい電話を切って、新井組の新井にも連絡を入れる。新井本人に、


「覚せい剤と武器は全て没収する、二十三番と五十一番のな」


 と伝えた、取り乱した様で早口になる、


「お前は誰だ何故知っている? 寒川たちを再起不能にしたのはあんただろ? 。見つけたら八つ裂きにしてやる」


 電話を切りすぐに車で港から少し離れ、港の入口が見えるとこに駐車する。


 五分もしないうちにベンツが三台入って行く、二分程でパトカーも入って行った、今頃鉢合わせているだろう。寒川組と同じ港に保管しておくとは頭が弱いんだろう。


 俺は満足感に浸りながら家に帰った。テレビを付ける、まだニュースは流れない。

コーヒーを入れソファーに腰を落とす、小一時間程でニュース速報が入る。


 新井組の武器庫を発見、大量の武器が見つかり、末端価格十億円の覚せい剤も押収、誰かの通報によって発覚、鉢合わせた組員十二人が現行犯逮捕、警察に届け出た人に感謝状を用意している。


 普通の番組に戻った、テレビを消す。感謝状なんか探偵の俺には必要ない、これも俺の復讐の一部だからだ。


 祐介から連絡が入る


「神崎さんニュース見ました、あれも神崎さんがやったのですね?」

「そうだ、よくわかったな」

「あんな巧みなやり方は神崎さん以外考えられませんから、これで新井組の資金源もなくなったんですか?」

「主な収入源はあの覚せい剤だったからな、しかし喜ぶのは後回しだ」

「なぜです?」

「収入源が絶たれたと言う事はかなりの痛手になった、次に考えるとすれば、今度はお前の相続権を狙いに来るだろう、ここからが本番だ、今まで以上に気を付けろ、本格的にお前を消そうとする可能性が大きい」

「わかりました、俺も姉と同じく携帯を新規で買い直しましょう、義母が俺の携帯番号やメールアドレスを知っています。どこから情報が漏れるかわかりませんからね」

「お前も頭が回るようになったな、買い替えたらメールアドレスと携帯番号をすぐに教えてくれ、後少し寂しいだろうが友達にも暫くは教えるな。親父さんと山口さんと天野と京子くらいなら教えても差し支えないだろう、瞳にも教えていいぞ」

「わかってますよ、事件が終わるまでそれでいいです。神崎さんチャットのアプリ入れてますか?」

「ああ、知ってるのは美雪と天野くらいだがな」

「俺にも教えてくれませんか、いざと言うときメールより早くて便利です」

「わかった、他の奴には漏らすなよ」

「わかりました、では携帯を変えてきます」

「行動力もあるな、親父さん並だ」


 電話を切ると十七時になろうとしている。


 美雪が帰ってくる、


「今日は何かやらかした様な顔付きね」


 美雪の洞察力にはいつも負ける、今日一日の事を全部話した。


「新井組も潰すつもりなの? 祐介君に矛先が向くんじゃないかしら?」

「鋭いなその通りだ、新井組も潰すが同時に祐介も守り抜くつもりだ」

「あなたは言い出したら止められないから、その言葉を信じるわ」

「もう少しだがなかなか進展がない」

「今日の事でかなり進展があったじゃない」

「まあな」


 メールが鳴る、祐介からだった。


「行動力のある奴だ、こいつは大物になりそうだ」

「幸之助さんの息子さんだもの」


 早速番号とメールアドレスを登録する、メールに俺のチャットアドレスを書いて返信する。すぐに電話がかかってくる。


「新規の携帯なのですぐ終わりました」

「お前のとこの傘下の携帯ショップだろう」

「バレました? そうです割り込ませて貰ったので十分程で終わりました。これから父や天野さんとかにも伝えておきます」

「一つ聞きたいんだが、俺は秘書の山口って人には会った事がないが、本当に信頼出来る相手なのか?」

「天野さん以上に信頼出来ます、俺が生まれる前からずっと父の秘書をしてる人です、父が入院してからもグループが傾かないのは山口さんのお陰と言ったところでしょう」

「今度会わせてくれ、俺の目で確認しておきたい、俺は人の話からより会って確認しないと信用できない性格だからな」

「わかりました、明日にでも会えるように父にも言っておきます」

「頼むぞ」


 と言い電話を切ると美雪が、


「山口さんなら昔会った事があるわ、紳士的で幸之助さんと同じくらいの歳よ、副社長や専務と言った役職が嫌いみたいで、秘書にこだわりを持っていて正にやり手の秘書って感じがしたわ」

「お前がそう言うんなら大丈夫かな? とりあえず会ってみない事には俺は信用しない」


 チャットが鳴った早速祐介からだ。


「明日の十一時なら病院で会えるそうです」


と入っていた。


「わかった、ありがとう」


 とだけ返信しておいた。


「あなたが私と天野さん以外にチャットを教えるなんて珍しいわね」

「メールより連絡が取りやすいからだとさ」

「明日、私も付いて行っていいかしら」

「構わんよ、少し話がしたいだけだからな」

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